シャワーから出て髪から水気を取った所で、いつものシャンプーを久々に使えたからか、自分から蜜柑の香りがして少し心が落ち着く。先に描いていた海図と描き上げた海図を持って降りると、それをアーロンに見せる。
「アーロン、これが次の海図だ。……欲しいだろう?」
「分かってる。俺は約束は守る男だ。これが契約書だ。……失くすなよ?それとだ、今後の契約について話す時間を作れ」
手渡されたのは、ココヤシ村の権利書。これがあれば今後ココヤシ村だけは無事だとホッとする。アーロンとの今後の契約についての話は、確かに1度時間を作る必要はありそうだと思う。
村を破壊した分の返金と、海図1枚をいくらで買い取るつもりなのかの確認。消耗品等の買い出しは今後も経費で落ちるのか等、確認や精算等すべき事は多い。
ナミちゃんはアーロンがナミちゃんを手放したくないという理由から、アーロンにお金を奪われた。だが俺は、ルフィ到着前に金を貯めた事で全ての問題が解決したし、そもそも金銭で雇われるという事で話してある。
「俺は東の海の残りの海図を描いたら、偉大なる航路へ行く予定だ。数年は帰らないが、海図の為だ、構わないだろう」
それから思い出したようにアーロンに言う。
「これでもう、当初の契約通り薬を飲む必要は無いよな。アーロンは村に、2度と手は出さないと考えて問題ないんだろう?」
そんな事を言った俺にアーロンは笑う。約束は守ると言って。
それに何故か嫌な予感がしたけど、確証もなく騒ぐ事は出来ないから大人しく成り行きを見守る。そんな俺に、相変わらず無表情な奴だとアーロンは笑う。
その笑い声を背に聞きながら、俺は帰って行く。2人に話をしてから、村の人達に伝えようと決めて。
歩き出して暫くしたら、何故かそこにルフィがいるのが見えて、俺の願望を具現化したような事を言い出す。
「ナミゾウ!迎えに来た、1緒に帰ろう!」
「なに、言ってるんだ。帰るも何も、ここが俺の居場所だ。勝手に入ってくるな、出て行け」
俺の言葉にルフィは嬉しそうに笑う。
「そっか、ここがナミゾウの島か!小さい時からずっと、ここの事ばかり気にしてたもんな」
悪意を感じさせない無邪気な笑顔。それの暖かさと、優しさに俺は笑いそうになるのを耐える。
本来ならばルフィについて行きたい。解決したように思えるのもある。
だけど恐らく、何も解決してない。嫌な予感ってものは往々にして当たるものだ。
そんな時にウソップを殺しただのなんだのと騒ぐ男が割って入る。そんな雑音で俺はルフィを逃がす必要性を思い出す。
今の俺では体力が減り過ぎて幹部の1人さえ仕留めるのは厳しいだろう。そんな俺の戦いにルフィを巻き込めやし無い。
だからと言って今は問題がまだ起きてないから、逃げ出す事も出来はしない。そんな俺の前で突然倒れるルフィに思わず駆け寄り名を呼びながら支えれば、ルフィはにししと笑う。
「本当に俺を邪魔に思ってたら、ナミゾウはこんな事しねェだろ。大切な相手にしか表情を変えられないナミゾウがどんだけ強がっても無駄なんだよ」
「……巫山戯るな。俺は、部外者がこの島の事に首を突っ込んで、怪我でもして言い掛かりをつけられたくないだけだ。泣き虫坊やは大人しく帰れ!」
本当はそんな事思っていないが、ルフィには帰ってもらうしか無い。押し問答の末に、泣きそうになる自分を誤魔化すようにルフィから手を離して怒鳴る。
その時でさえ、俺はルフィを本気では突き放せない。どうしたってルフィが可愛い事に変わりがないから。
そっと地面に寝かせて、頭をいつものように撫でそうになった手を握り締めて立ち上がる。近くに居るのはサンジとゾロで、2人の怪訝そうな表情を見れば俺の仮面が剥がれそうなのだと理解は出来てる。
「勝手に死ね!」
そのまま走り去って家につけば、それまで我慢していたものが爆発する。暴れ終われば虚しさしか残らないけど、とりあえず海図を片付けて机で潰れていたら姉さんと母さんが帰ってきた。
母さんは部屋の状況に呆れを隠さないし、姉さんは怒ってる様子だ。そんな2人に俺は権利書を投げ渡してみたが、2人はそれを見て固まるばかりだ。
何かおかしい所があったかと2人を見れば、遅れて大喜びしてくれる。村の人達にそれをいつ、どうやって伝えるかと話し始めた時、俺の体は薬の悪影響もあり限界を迎えて倒れてしまう。
僅かに残る意識の中で、ルフィ達を島から出さないとと言えば、不思議そうに2人が1緒に行けばいいと言ってくれる。だから俺はそれに嫌な予感がするから、まだ離れられないと言って意識を手放した。
目が覚めて辺りを見れば既に夕方で、日は大きく傾いていた。そして、嫌な予感に突き動かされるように体を起こす。
母さんも姉さんも今はいない。ゾロとウソップを助けた後で俺はルフィに会った。
なら、もしも話の流れが変わらないなら……何が起きる?咄嗟に権利書の場所を確認すれば机の上にあったのでそれを胸元に片付ける。
それから慌てて外に飛び出せば、ネズミのような顔をした海軍が家の前に到着した所だった。人間嫌な予感は当たるものだ。
俺の名を確認して、不当に村を占拠しているとして権利書を海軍に提出するように言い出す。それならばこの島の他の権利書についても集めてあるのかと問えば、良いから差し出せと言われる。
「……そう来たか。腐れ外道が!!」
持っている武器を駆使して、海兵達を叩きのめしながら叫べば、建物も壊しても構わないと言いながら、ネズミは権利書を求めて兵を動かす。何人も何人も沈めて行く俺と、権利書を奪おうとするネズミの戦いを見ていたゲンさんがネズミに食ってかかる。
「海軍はそこまで腐っていたか!海賊と繋がっていたならば、こちらからの通報で動かないのも通り!」
そう言ったのはゲンさんで、その頭には相変わらず風車が回っている。そう〝風車が回って〟いるんだ。
「お前達が探しているのは、お前達が見逃した海賊から我々を救う為の物だ!例え何があろうと渡すものか!」
どうして今それを言うんだ。2人しか知らない筈で、2人は……約束してくれていた。そう思うのと同時に、気付きたくなかった真実に、回る風車が気付かせてくる。
待ってくれ、頭が混乱して。
膝から力が抜ける。何とも表現し難い感情で、俺の体は小刻みに震える。
その時、肩に手を置いたのは母さんで、俺は驚いてその顔を見上げる。
「ナミゾウ、私が話したの」
「母、さん……?」
約束を母さんが破るとは考えもしなかった。村の人達も何も知らない様子だったし。
「ナミゾウ1人で戦わせる訳にいかないし、皆を抑えるには理由が必要だったのよ。理由も無く何年もこんな生活、出来る筈もないじゃない」
言われてみればそれも通りで、母さんが困ったように笑うのを見ているしかできなくて、周りも動きを止めてるなんて気付けない。呼吸が止まったかに思えた時、母さんといつの間にか現れた姉さんが海兵に立ち向かう。
そうなれば、村の人達は俺の顔を見てしまうと泣きそうになり、泣けば俺にバレるから冷たくしていたと考える他無い。相変わらずの優しい人達に、俺は少し心が軽くなった気がした。
顔を上げて姉さんの様子を見て、俺はネズミを慌てて省みた。そこには銃を構えるネズミがいて、それでも狙われているのが俺だと分かりそれならいいかとホッと息を吐いた時、俺を庇った姉さんがその銃弾に倒れた。
「姉さ……?」
慌てて抱き起こしてみるも、苦痛に歪むその表情からは余裕なんて無いと分かる。姉さんの腹部が赤く染まって行く。
大丈夫だと掠れる声で言う姉さんを俺は咄嗟に横抱きにしようとした所で、感情を揺らし過ぎた弊害が襲って来た。頭が真っ白になり、体が燃えるように熱く感じる。
これはヤバイと母さんに姉さんを押し付けるように預けると、小さく逃げろと言う。それだけで母さんは俺が暴走するのだと察してくれて、ゲンさんに声をかけて姉さんの治療を兼ねてその場から飛び出して行く。
それを確認した俺は、身を焼くような熱に身を任せて暴れ出す。意識は朦朧として、どれが敵でどれが味方かも分からない。
ただ、全員の四肢を砕き、縛り上げる事のみを目的として動く俺の体は止まる事を忘れる。だからどうか、敵以外誰も、近付かないでくれ。
対象者全てにそれをするまで俺の体は何日でも暴れ続けると知っているから、だから俺は願う。誰も様子を見に来ないでくれと。
海兵全員、無論ネズミも含み縛り上げてから俺の体は動きを止めた。これで薬による暴走は終わった。
残る問題である暴走後の弊害はまだ発生していないからと、その場で崩れ落ちそうになる体に鞭打って、俺は村へと走る。体にまだもう少し耐えろよと言い聞かせながら。
この流れなら、皆が知っていたならば、皆が命をかけてアーロンに挑んでしまう。それはダメだ、それではジンベエが来るのに間に合わない。
死なせない。皆の事は、絶対に死なせない!
駆け出して向かった先には武器を持つ村の人達。戦うぞと声を張り上げているのは、今年8歳になった少年の姿もある。
あの日お腹に宿っていた少年が、村を守る為に立ち上がろうとしている。それを他の村の人達も止めようとしない。
「待って、皆待ってくれよ。村の権利書は俺が持ってる。もうこの村は大丈夫なんだ。それに、後少ししたら助けも来るから……」
「助け?海軍はアーロン1味の手先となり、ナミゾウさんと契約していた契約書を奪う為に差し向けられのに、助けなんて信用出来るのか」
冷たい声の方を向けば、今年13歳になった少年がいる。彼は圧迫された生活しか知らない世代のリーダー的存在だ。
俺はそれを受けて笑って頷く。辛いとは思うけど、ジンベエが来るまでの期間耐えてもらえたら、もう誰も傷付けられる事も死ぬ事も無い。
それをどうやって伝えようかと思った時、薬により感情が昂ると止まれなくなるあの症状の弊害が襲って来る。皆の前から1度隠れようとした時、ドクターに腕を掴まれて身動きが出来なくなる。
ここで俺の弊害を晒しては、優しい皆が止まらなくなるのは分かりきっている。ドクターは知ってる筈なのにと視線を向けると、ドクターが村の人達に視線を向けて声を出した。
「我々を守る為に、ナミゾウの体は既に限界を超えておる。これが証拠じゃ」
隠れる事も出来ずに、俺はその場で吐血する。暴走と俺が呼んでる行動の後、必ず少しすると襲って来るこれは、最低3回の吐血と、それをそのままにした場合窒息する危険を孕む。
俺が吐血して動けなくなっているのを、村の人達が見ているのが分かる。少年の1人が叫ぶように俺の名を呼ぶのが聞こえる。
「ナミゾウ兄ちゃん!俺達を守る為ってどういう事だよ!……ドクター!」
「定期的に毒を飲まされておったのじゃ。ナミゾウが逆らえないように。そして毒を飲むのを拒めば、儂らを殺すと言われていた」
予定の回数吐血を終えると、ドクターから水を差し出されて、口内をすすぐ。何度も繰り返しすすいで、呼吸ができるようになった頃には、怒りと闘志に満ち溢れた村の人達がいた。
だからと言ってそれを受け入れて行かせる訳にはいかない。俺はふらつく体に鞭打って立ち上がると皆に笑いかける。
血を拭ったから、ホラーのようにはなっていない筈だし、今ならまだ止められるだろう。大丈夫だ、あと少しで全て解決する。
「もう少しだけ待ってくれ。今回何かを奪われた訳じゃない。助けが来るまでは、皆の事は俺が守るから、だから……」
最後まで言わせては貰えなかった。
立ち上がって必死に言葉を紡いでいた俺を母さんが抱き締めてくれて、ゲンさんが頭を撫でてくれるから。だから……声を出す事が、出来ない。
振り払うなんて事は、もっと出来ない。大切な……人達なんだ。
「もう、良いんだ。ナミゾウが我々を守る為に残れば、アーロンはそれを利用するだろう。我々全員が助かったとしても、その時ナミゾウはいないのだろう」
帰ってきた時のアーロンの欲情の色を思い出せば、恐らくはヤリ殺されるだろう。そうでなくとも、村の人達を質に取られていては、何をさせられるかわかったものでは無い。
このままでは薬の効果で長くは無いと専門家でもないのに分かるのだから、良い結果になるとは思えない。それでも皆を守れるなら構わない。
俺1人が死ぬだけで助かるのならば、充分すぎる。本来存在しない筈の俺の命1つで事が済むのだから。
俺は微笑む。そして言う。
「大丈夫だよ。俺は元々頑丈なたちなんだ。だから、心配いらないよ」
それから視線を子供たちに向ければ、何故か泣き出しそうな顔をしている。まさか、子供たちも知っているのかと姉さんに視線を向ければ、子供たちの分の支払いを俺がしている事を子供たちは知っているのだと言う。
5歳になるまでずっと支払いをしてもらえている事と、村を助ける為に金を貯めている事を、皆が知っているのだと。俺はどうしたらいいかわからなくなり、されるがままに抱き締められる。
「我々の命を1人で背負って……よくここまで戦ってくれた……!お前にとってあの1味に入る事は、身を斬られるより辛かったろうに!よく戦った。お前はこのまま村を出ろ」
「えっ?ちょっ!?」
ゲンさんの言葉に何をどう返したら良いのか分からない。分からないけど、このままでは物語の予定通りに話が進んでしまう事だけは分かる。
そうなれば、今回誰にも助けてもらえる予定は無くてジンベエ到着には時間がかかる今、皆が死んでしまう。どうしたら止められるかと焦る中、肩に手を置かれてそちらを見れば姉さんが笑ってる。
「あんたにはさ……悪知恵だってあるし、夢だってある!」
「やめてくれよ皆!もう俺はっ……あいつらに傷つけられる人を見たくないんだ!そんな事したら、死ぬんだぞ!?俺は、そんなの認めない!」
そんな最期みたいな事言わないでくれ。お願いだからっ!
でも、皆は聞いてくれない。聞く気がない。
強い決意を秘めてると解る表情と眼差しに言葉が続かない。
「知っている」
ゲンさんの決意を込めた言葉に声を出せずに、助けを求めるように視線をさ迷わせればドクターが続ける。
「無駄じゃ、儂らは心を決めておる」
行かせてなるものかと動こうとしたら、母さんが言った。
「もう、充分ナミゾウには守って貰った。ここからは私達の番」
そんな順番は無いと言おうとしたけど、その瞳を見たら声が言葉にならなくて、母さんは俺の頭を撫でてから皆の中に混ざって行く。
「ナミゾウ」
姉さんは優しい顔で笑って、俺の腰に姉さんが愛用している短刀を差してくれる。それはまるで、形見にでもしろと言わんばかりに。
嫌だ!嫌だっ!
止めなければ!
両手を広げて皆を睨む。行かせるものか。
「ナミゾウ、退きなさい!」
ゲンさんのその強い声に、体が震える。刃を向けるなんて出来ない。殴り掛かるなんて出来ない。どうやって止めたらいいか思い付かない。
その間にゲンさんは皆に声を掛けて行ってしまう。皆は俺を残して歩いて行く。
どうして……どうして、届かないんだ。どうしてっ!
皆を見送るしか出来なくて、そんな自分が情けなくて、苦しくて、肩にあるアーロン1味の証が憎くて。既にそれがアーロンにしか見えなくて。
「アーロン……!」
姉さんに貰った短刀を抜いて、その肩にある証に振り下ろす。消したい……消したい、消したいっ消したいっ!
痛みも感じずに、何度も刺す。薄皮じゃ意味が無い。
何度刺したか分からないが、まだ肩には1味の証がある。悔しくて、辛くて、涙が溢れて止まらない。
「アーロン!アーロンアーロンアーロンアーロン!」
肩の肉ごと切り落としたくて、でも、うまく行かなくて、今度こそ肉を削ぎ落とそうとした瞬間に、その手が掴まれる。
まさか、と思う。でも、それはルフィで。
ルフィを見たら、手から力が抜けるのが分かった。姉さんから貰ったナイフが手から落ちる音が、どこか遠くで聞こえた。
「どうして……」
声がこぼれ落ちる。
「何も、知らない癖に」
俺が本当のナミちゃんじゃない事も。この島に起きてる事も。
俺の絶望も、過去も……何1つ。
「うん、知らねぇ」
ルフィが相槌をうつ。
「俺、島を出ろって、言った……よな!?」
これは完全に八つ当たりだ。こんな……情けない自分が許せない。
ルフィは悪くない。悪いのは皆を止められると、簡単に未来を変えられるつもりでいた俺の甘さ。
「ああ、言われた」
ルフィは俺の手を離さない。ただ、淡々と俺の問いに答えるだけだ。
このままでは、皆が死んでしまう。今の俺1人で倒すには体力も力も足りない。
俺は、ナミちゃんじゃない。そもそも女ですらない。
だから、どうにもならないかも知れない。でも、でも……他に何も言葉が浮かばない。
「ルフィ……助けてくれ」
もう、俺の力では、どうにもできない。誰も傷付けたくない。
皆を、死なせたくない。随分前に枯れた筈の涙は俺の意思を無視して止まる事なく溢れ出て、止める事が無い。
その瞬間、ルフィに掴まれていた手が離れて頭に何かが乗せられた感触があった。驚いてそれに触れてみれば、ルフィの大切なシャンクスの麦藁帽子で。
ルフィに視線を向ければ、既に背を向けている。
「当たり前だぁー!」
その勢いにおされて、俺はもう、何も言えない。どうして頼ってしまったのか。
巻き込みたくないと思っていたのに、どうして……。ルフィの掛け声1つで、ゾロとウソップはともかく、サンジまで歩き出すのが見える。
そんな、有り得ないと思いながらも俺はふらりと立ち上がる。サンジが俺の為に戦う理由は無い筈だ。
俺はゆっくりと、けれど確実に後を追う為に歩き出して4人の後に続く。涙を強引に拭って止めて、ついて行く。
行くしかない。これは本来俺の戦いだ。
そんな俺に気付いたウソップが慌てた様子で駆け戻ってくる。そして俺を支えるから、大丈夫だと言うがウソップは聞かない。
俺のいた辺りには血溜まりが出来ていて、これで心配されたのかと思った。俺の肩からは今も血が流れ出ているのが分かるが、それさえ気にはならない。
アーロンパークの前には、村の人達が立ち止まっていて、皆が生きているのが確認出来た。だから俺はウソップに皆を止めたら参戦すると言って離れて貰う。
村の人達は揃って声を掛けてくる。心配そうに、優しく。
気遣うように、切なく。ゾロの後輩だという2人もまた、ナミゾウの兄貴と呼んでくれる。
慕われるような事は何もしてないのにと1瞬苦笑がもれるけど、その間にルフィは簡単に石の門を砕いて進む。村の人達をこの後輩達が足止めしてくれていたようだ。
「アーロンってのはどいつだ」
「アーロンってのは、俺の名だが?」
アーロンはルフィの言葉に答えるから、ルフィはそうかと言って歩き出す。俺は村の人達に大丈夫だから少しここに居てくれと宥めて戦いに身を投じようとしてみたが、名前を知らない6~7歳の子供に手を掴まれる。
それに視線を向けると、行かないでと泣かれてしまう。何故何もしてない俺をこんなにも慕ってくれてるのか分からない。
それでも泣いている子供を突き放せずに居たら、アーロンパークの中からルフィの怒りの声が聞こえてきた。
「うちの航海士を泣かすなよ!」
「そうかお前ら、ナミゾウが目当てか。そうだよな、あんないい男中々居ないよな」
アーロンのその言葉に俺は咄嗟にアーロンパークの中に飛び込む。村の人達やルフィに知られたくは無い。
「アーロン!辞めろ!何を……」
「ナミゾウを欲しがるのは分かるさ。海図を描かせりゃ天才のと呼ぶ他なく、航海術も並外れて高い。その上夜の技術も最高とくれば……船に1人は欲しいよな」
アーロンはルフィに殴られた事等気にもしてない様子で立ち上がり、舞台の中心で歌う歌手のように堂々と、高らかに語り始める。それルフィに知られたくなかった事であり、村の人にも家族にも、知られないようにして来た事。
」村の奴等を引き合いに出せば、どんな難題も受け入れて、軽々とこなしてしまう上に、抵抗もしない人形のような男だ。何度中に出そうとも孕む事の無い男だからこそ、何度も繰り返し使える。その上、抵抗出来ないように飲ませた薬のおかげで本来なら既に身動きの取れない寝たきりになってる筈の男だ。使い勝手は良いだろうな」
辞めろと叫ぼうとして、声が出ない事に気付く。まさか、怯えているのか、この、俺が……?
「さっさと寝たきりになってくれたら、ベッドで海図を描かせりゃ良いと思っていたんだがな」
平然と言うアーロンに、ゾロは髪を覆うバンダナをつける。俺は自らの体を強く抱き締めて、震えを止める。
震えてる場合か!俺が戦わなくてどうする!
「能力は欲しいが少し、手に余るヤンチャな坊主でな」
そう言うとアーロンは続けて村の人達に視線を向ける。その眼差しが憎しみに染まっているのを見て、村の人は何も悪くないだろうと心から思う。
「今さら手放すくらいならば殺す」
そう言ってアーロンは俺を見るが、それよりも気になるのは村の人達の反応だ。今の話の流れで何も無かったと俺が言っても、誰も信じないだろう。
だからもうそれを誤魔化すつもりは無い。アーロンの視線から、逃げるつもりも、俺にはない。
「……あの薬が毒なのは知っていた。媚薬入なのもな。それが原因で死ぬなら、俺はそれまでの奴だったと思えば良いと考えていたが……アーロン、何故契約を守らない。俺は、お前に逆らった事等1度だけ、出逢ったあの日だけだっただろう」
「……だからだナミゾウ。僅か10歳であの戦闘能力を持つから、俺はお前を弱らせる事にした。それに使える薬を用意するのにかかった数年の間に、ナミゾウは1度も俺に逆らわなかっただろう」
俺は静かに頷く。それが村を守る事に繋がるなら当然だと思っている。
「何をしても、お前は表情1つ変えずに従う。人形のようなお前が、感情を見せたのは……村人を見たりする時だけだ」
その言葉に俺は首を傾げる。村人を見ても表情は変えてない筈なんだがと思ったからだ。
「お前を連れてくる時に刃向かった弱い奴……駐在だったか?に、お前は優しく微笑むよな。……家族の女2人には明るく笑ったな。だが、基本的に他には表情を変えないから、大切なのはその3人かと見ていたら……お前は、村人から見えない所で村人達を眺めては穏やかに微笑んでいた。それならば、それが急所であるならば、返せる筈無いだろう」
「……そうか、俺のミスか。皆、悪かった。やはり俺がどうにかするしかないみたいだ」
俺のせいで皆を苦しめたのならば、俺が責任を取るべきだろう。多節棍を握る手に、いつもより力が入っているのが自分で分かる。
俺が前に進み出ると、雑魚達がいっせいに引くのが見える。その光景にゾロとサンジ、ウソップが息を呑むのが分かった。
「俺が薬で弱っていても、相打ち程度ならどうにかなるのはアーロンが1番よく理解してるよな。……来いよ、相手してやる」
こんなもの、ハッタリだと自分がよく分かっている。今は貧血でもあるし、薬の効果もあるから、1撃入れるだけだって難しいかも知れない。
それでも、いやだからこそ、俺からは手負いの獣のような雰囲気が出ているのだろう。もしくは過去に暴れた俺を知るから、その時の恐怖が拭えていないのかもしれない。
武器を構えようとしたその時、ルフィに背後から抱き着かれて咄嗟に振り向くと、怒りに満ちた視線とぶつかった。
「お前は、下がってろ。アイツは俺がぶっ飛ばすんだ!」
「ルフィ……」
言葉がそれ以上出なかった。ルフィが心配で、叶うならルフィを危険に巻き込みたくは無かった。
そんな俺にウソップが言う。
「……アーロンは、ルフィに任せろよナミゾウ。お前、血を吐いたばかりじゃねェか。それにさ、大切な村の人達と同じくらいルフィが大切で庇おうとしてるんだろうけど、それ、結構酷い話だと思うぞ」
俺にはウソップの言葉が理解できない。何が酷いというのか。
と言うか、あの弊害の症状を見てたのかと驚き、何も言えずにウソップの顔を見れば泣き出すのを堪える子供のような顔をされる。辞めてくれ、俺は子供に冷たくできないんだ。
「やっと助けを求めてくれて、やっと認めてくれたように思えた仲間がさ、結局自力で全て解決しようとするんじゃ、仲間でいる意味無いだろう。俺もゾロも、助けられっぱなしって訳には行かねェんだよ」
ウソップの言葉に俺はそれならばせめてと思って、サンジに1瞬視線を向けてから言葉を口にする。
「……だが、サンジには理由が無いだろう。怪我の1つだってさせたくはない。だから俺が自分で……」
「怪我してんのも、弱ってんのも、病気なのも、死にそうなのも全部お前だろうが!サンジだって既に仲間だ!何だってお前は1人で全員の命抱えてんだよ!何も出来ずに守られるだけの立場に当たる人間の気持ち、少しは考えたらどうなんだ!」
ウソップの言葉に俺は動きを止める。ウソップは強くは無いが、いつも大切な所はブレない。
だから、好きだったんだよな。迷言も多いけど、名言も多いウソップに、だからこそ共感出来る人が多かった。
「……ナミゾウ、だったな。本来男の為に戦うとかは趣味じゃねェが、お前が苦しむとお前の大切な家族が泣くんじゃねェか?2人のレディがお前を想って泣くのを見たくねェという、俺の我儘だ。気にせず休んでろ」
「サンジ……」
素直じゃない言動をするサンジは何処か、両親に似ている。タバコくわえて料理したりする姿が母さんと重なる。
お洒落なのに、足のスネ毛は処理しない所がゲンさんと似ている。そして、優しい所が両親に重なるから、だから……。
「サンジには、無傷でいて欲しいんだよ。俺の両親と似てるからな」
「両親って……」
サンジが言葉に詰まってるから、俺は視線を母さんとゲンさんに向けてから、サンジに笑いかける。
「ベルメールさんと、ゲンさんを足して若返らせたらサンジになると思ってる。だから、俺は守りたい」
「……っ!……随分勝手だな」
サンジが言葉を詰まらせるから、恐らくゼフと死んだ母親を思い出したのだろうと検討をつければ勝手に表情が緩む。だからその勢いで言う。
「ルフィは小さい頃の弟のような感覚が抜けねェし、ウソップはヤソップから聞いてたから他人のような気がしねェ。ゾロはルフィが最初に仲間に選んだ男だし、名前位筈っと知ってた。だから、巻き込むつもりは無かった。甘えて悪かったよ、もう大丈夫だからお前達は……」
「黙れよナミゾウ。これは、俺の喧嘩だ」
ルフィが俺の言葉を遮る。そして俺をぐるりと掴んで持ち上げると空高く持ち上げて、村の人達の所へと吹き飛ばした。
何とか無事に着地した俺にルフィは振り向きもせずに言う。
「俺はいつまでも、守られてるだけの弟でいるつもりはねェ。たまには大人しく守られてろ!」
「ルフィ……」
俺は名前を呼んでから少し間を置いて、仕方ねェなぁと笑いながらその場に座る。そしてその背中に語り掛ける。
「甘えさせてくれるって言うなら、存分に甘えるぞ。ルフィ……」
「おう」
ルフィが答えるのと、魚人達が暴れ出すのは同時だった。俺はそれを黙って見守る。
ゾロはハチと、ウソップはチュウと、サンジはクロオビと戦いはじめて、ルフィは雑魚を蹴散らしつつアーロンと対峙する。その戦いの中でルフィが海に沈められると、流石に俺も座ってはいられなくて立ち上がる。
そんな俺を横目に姉さんとゲンさんが姿を消した。恐らくルフィを助けに行ってくれたのだろう。
母さんに視線を向けたら、母さんは村の人達を押さえてくれるようで、ドクターやゾロの後輩達と共に見守っていてくれる。
ゾロはハチを、サンジはクロオビを相手にしている。ウソップはチュウを引き連れてこの場を去っている。
アーロンにルフィを殺させない為には、俺がアーロンと戦うしかないだろう。アーロンに視線を定めれば、アーロンが怒りに燃える視線を向けて来る。
「ナミゾウ、俺に逆らうか」
「ああ……だが、契約を反故にしたのは、お前だぞアーロン」
まぁ、俺もジンベエに連絡入れていたのだから、どちらが先かの勝負でしか無かったのだろうが……。これまでの事を思えば、それをアーロンにとやかく言う資格は無い。
多節棍を手にアーロンの前に立てば、アーロンは忌々しいと言う。俺はそんなアーロンに容赦無く攻撃を仕掛ける。
速度も威力も思った程出なくて、最初の1撃を仕掛けた後はただひたすらアーロンからの攻撃をかわすしかできない。見聞色が使えれば、躱すのにこれ程体力を使わなくてもいいのだろうけど、残念ながら武装色しか使えない。
攻撃を当てられればそれなりに威力もあるだろうが、そう簡単にはいかない。その間にゾロはハチを倒していたし、サンジはルフィを助けに飛び込み水中戦になっている。
叶うならばサンジを助けに行きたいが、今はアーロンを止めておくので精一杯だ。
「あの薬を今朝まで飲んでいてこれか。本当に厄介な奴だな、お前は。普通なら5年で寝たきり、10年で死ぬ薬だぞ!それを3倍濃度で飲ませていたってのに……」
「お褒めに預かり光栄だよ、アーロン」
憎まれ口を叩き合いながら、俺はアーロンと戦う。アーロンの瞳が海王類のそれと似てきたのを感じるが、俺の体力は既に尽きかけている。
「分かってるだろうが、お前は殺さねェぞ。お前を倒したら、両足切断して測量士として飼ってやる。……1生な」
「それは、ゾッとしないな」
アーロンの攻撃をかわしつつ会話をしていたが、そろそろ限界に近いと自分で分かる。その時アーロンの攻撃を交わし切れずに吹き飛ばされた。
壁に激突した俺をアーロンは憎々しげな眼差しで見てくる。そしてそんなアーロンにゾロが立ち向かおうとするが、簡単に捕えられてしまう。
サンジも水から上がりクロオビを倒してから参戦するが、水滴による攻撃で吹き飛ばされてしまう。双璧の2人が負けてしまい、残るは立ち上がる力も残されていない俺と、行方不明のウソップ。
そして、どうなっているのか皆目わからないルフィだ。そこでアーロンはゾロを捕らえたままで俺を見据える。
「お前がもしアーロン1味に快く戻り幹部として海図を描くというのなら、そこにいるココヤシ村の連中だけは助けてやってもいい!まあ……こいつらはダメだがな。暴れすぎた。要は、どっちかにつくかだ……」
試すように言って俺を見るアーロンの視線は、俺から離れなくなった。
「今の内におれについて村人と共に助かるか、この貧弱どもについて皆でおれと戦って朽ち果てるか!」
決めろとその眼差しは言う。そして、止めのように定められていた視線を周りに移しながら、舞台の主人公のように堂々とした様子で言い放つ。
「もっとも、頼りのこいつらがこのザマじゃあ惨劇は目に見えてるがな!ナミゾウ!お前はおれの仲間か?それともこいつらの仲間か……?」
決断の時は来た。
今更ここで、俺は仲間なんていない。手を組むだけなんて言い逃れは出来ないし、したくない。
俺はルフィから預かった麦藁帽子にそっと触れてみる。どんな状態であろうと……助けを求めた以上、皆の言葉を疑う訳にはいかない。
何より、これだけ暴れて今更、アーロンの仲間ですでは、通らないだろう。それに……俺はルフィのそばに居たい。
俺は村の人達を振り返り、力強く笑顔で言い切る。このままもし死ぬとしたら、全員1緒だ。遺される苦しみなんて誰も背負わずに済む。
「ごめん皆!俺と1緒に……死んでくれ!」
「「「ぃよしきたァ!!!!!」」」
湧き上がったのは、村の人達からの歓声。そして、それに呼応するように離れたところから海水が吹き上がる。
「ブゥーーーッ!……っっぱァ!!」
ルフィが大量の水を吐き出し意識を取り戻したのだと気付き、俺は多節棍を使って立ち上がる。あと少しだ。
ゾロを助ける為に攻撃を仕掛ければ、アーロンはゾロから手を離してくれたので、1応の作戦は成功と言えるだろう。
そこで即座にゾロは立ち上がり、アーロンに向かう。
「30秒!それ以上はもたねェ」
ゾロの言葉に応えるように、サンジは海へ。だが、そんなサンジを止めようとハチが起き上がる。
俺はゾロのサポートをしようとしたが、アーロンに脇腹を噛まれて出血すると血が足りない余りにその場で崩れ落ちる。ゾロが慌てた様子で俺を背に庇ってアーロンと向かい合う。
俺は脇腹に噛み付いて離れない歯を外そうと努力するが、力が入らずにそれを外せない。ゾロの邪魔にならないようにと、距離をおく為に村の人達の所へと移動すれば、ドクターや若者がその歯を外してくれた。
雌雄を決する戦いが、始まった。