その戦いはまさに一進一退。そう初めのうちは言えるものだった。驚いた事にウソップでさえも、役立ち戦えている。
その証拠に勝ったと言って帰って来たウソップは何処か誇らしげだ。それなのに俺は、気がせいて戦いに参加しようとする村の人を抑えたり、姿の見えないゲンさんや姉さんを気にしているしか出来ない。
そもそも今の俺は意識を保っているのだけでも精一杯に近い。意識が朦朧とするのは、血を流しすぎたからか、薬の影響か、どちらにしても悔しい事に変わりはない。
その悔しさにより吐き気さえしてきた時、戦いは1方的なそれへと変わった。アーロンの1方的な蹂躙。それなのに何故彼らに期待したのかと言う言葉は、村の人達の誰からも聞こえてこない。
それに僅かな安堵感を感じつつ視線を向ければ、ゾロがまた大量の血を流している。それに慌てて立ち上がるが、体はそれを許さないのかふらりと体が揺れて、意識が途切れそうになる……だが、途切れさせてる場合じゃない。
「アーロン、お前の狙いは俺だろう。そいつを離せ」
俺がふらりと歩み寄ればアーロンが視線を向けて来る。俺はニヤリと笑ってアーロンを挑発的に見る。
「……ナミゾウ、そうか、そんなにコイツらが大切か。俺に見せるのは、その種類の笑顔だけだな。それが許せないと、何故気付かねェ!」
「何が言いたい、アーロン。俺は、そいつを離せと言ったんだ。聞こえなかったのか?」
俺は多節棍を手に前に歩みでる。それを見ているゾロは何を思っているのか俺を黙って見ている。
「コレはナミゾウのイロか?」
「馬鹿が。ゾロはルフィからの預かりモンだよ。無事に返す必要があるんだ」
吐き捨てるように答えながら、俺はアーロンに多節棍で挑みかかる。その瞬間アーロンは、咄嗟にゾロを掴むその手から力を抜いて俺を止めようとする。
油断していたのと、ゾロにより片手を塞がれていたのがアーロンのマイナス要因となり、俺の覇気を纏う攻撃が直撃する。それだけでアーロンはアーロンパークへと突っ込んで行く。
だが俺の体力もそこまでで、反撃の為に飛び出して来たアーロンを止める事が出来ない。それに気付いたらしいゾロが俺の前に立ち塞がる。
そんな事をすればゾロが攻撃に晒される。ルフィに返すべき大切な存在なのに、死なせる訳には……!
「交替だー!」
俺が必死に手を伸ばすより早く、ルフィがゾロを掴むと位置を交代した。飛ばされて行くゾロを見て、良かったと思った瞬間膝から力が抜ける。
「ナミゾウ、無事か?」
「ああ、大丈夫だ……まだ、戦える」
俺が答えるとアーロンはおかしそうに笑った。その言葉が何故か上手く聞き取れない。
頭がクラクラして、状況が把握出来なくなってきている。それでも、戦わなければ。
「戦える?何を言ってる。動けば動くだけ毒が周り、お前は既に意識を保ってるのがおかしい状態だろう。その状態で良くもまぁこの俺を吹き飛ばせたものだ。……薬を飲ませていて良かったぜ。……コイツらを全員ぶっ殺した後で、村の奴らの前でたっぷり可愛がってやるから、大人しく待ってろ!」
その時誰かが俺を抱き上げたのが分かった。その腕が暖かくて、優しくて少しホッとする。
そして、壁の所に寄りかかれるように座らせてくれる。俺は無意識でその腕を掴み、離れていくのを止めようとしてしまう。
「……もう、庇われて泣いてばかりの俺じゃねェんだって、見せてやるから、待ってろよナミゾウ」
聞こえてきた声と言葉で視線を上げれば、俺を抱いていたのがルフィだったと分かり、俺は素直に笑うとその腕から手を離す。……ルフィは、強く、なったんだな。
それから間もなくして、サンジと共に姉さんとゲンさんが姿を見せて俺はホッと息を吐き出す。良かった、全員無事だった。
その間もルフィはアーロンと戦いを続けており、俺はそちらに視線を戻す。けれども霞む視界の中では、その姿を捉える事は難しくて、ただ、ルフィが心配で気を揉むばかりだ。
アーロンが威圧するようにルフィに言葉を掛けても、それに対して力の抜けるような回答をルフィがするから、なんと無く気の抜ける会話にしか思えない。そこで突然、ルフィが大声で宣言するように言った事で意識がそれに集中する。
「俺は剣術は出来ねェ!」
アーロンは見事とは言えないかもしれないけれど、それなり以上には剣を扱える。だからこそ、俺も無駄には逆らわなかった。
逆らい万が一にも俺が仕留め損なえば、村の人達が犠牲になると分かっていたから。だが……薬を飲まされるようになる前に、1人ずつ確実に仕留めればこんな事にならなかったのではないかと、思わなくもない。
母さんも、不意打ちで銃を口に入れるという行為を出来たけれど、それでもかなわなかったのだから、接近戦では力負けするなんてのは目に見えていた。それでも弓に覇気を纏えば、倒せた筈だ。
今更悔やんでも仕方無いが、村の人達を無駄に苦しめたし、ルフィに負担を掛けたのは、俺の落ち度。どうしたら償えるのかさえ、俺にはわからない。
「航海術も持ってねェし、料理も出来ねェし、嘘もつけねェ!」
その言葉に俺の意識は思考の海からルフィへと帰る。その視線を周りに向ければ、サンジもどこか嬉しそうだし、小さくウソップがツッコム声も聞こえた。
でも何より、続いた言葉が何故だかどうしょうもなく愛しく感じた。
「俺は助けて貰わねェと生きていけねェ自信がある!」
ずっと……独りで生きていこうとしていた。独りで居るのが当然だと思っていた。
誰にも頼らず、すべてを自力でできるように。だから、航海術も、海図を描くのも、文字の読み書きも、天候を知るのも、知識で出来る事は幼いうちから自力で頑張った。
洗剤作って商売して、シャンクスに師事して、覇気を身に付けた。医学と言えない程度のものだから、応急処置と呼ぶべきかも知れないが、それも身に付けた。
海賊専門の泥棒となり、気配を読む事、音を聞き分ける事、料理と裁縫についても経験して、勉強して、それなりにはできるようになった。
そして、アーロンから俺を助けようと皆が傷付いたあの時から、誰も頼ってはいけないと思って来た。それでも、頼りたいと思わされたのは、強いとわかっていたのに、ゾロやサンジではなくて……泣き虫のイメージが拭えないルフィだった。
そのルフィが今、潔くも無理だと言ったのだから、俺も頼って良いのだろうか。ルフィのそばにいたいと、願う事が、許されるのだろうか。
「てめェにいったい何ができる!」
「お前を倒せる」
アーロンの高笑いに応えるように高らかと宣言するルフィに、息が止まりそうになる。辞めた筈の期待が、ルフィに注がれる。
ルフィとアーロンは、それこそ対等に戦っているように見える。どちらもまだまだ小手調べという風情で。
そんな中でアーロンが水中に消えると、俺はルフィに声をかけようとして咳込む。その代わりにサンジがルフィに隠れろと言うが、ルフィはそれには応えない。
ルフィはこんな時でも俺が守ろうとしている対象を、村の人達を共に守ろうとしてくれている。アーロンはノコギリとしか呼べないような武器……確か名をキリバチと言ったか……を持ち出して、暴れ出す。
建物の中に移った戦いの様子は外からではわからないが、それは上へ上へと登っていく。ひび割れる壁や聞こえる音でのみ、ルフィの居場所を判断できているに過ぎない。
俺はそれが途中で止まったのに気付き、嫌な汗が流れるのを確かに感じた。壁が壊された気配のある階の次の階には俺の部屋として用意された測量室があるのだから。
暫くの静寂。音がやんでどれ程たったのだろう。
皆も何があったのかと突然の静寂に混乱している。俺は建物に向かいふらりと立ち上がると同時に歩き出す。
その次の瞬間、壁を突き破り飛び出してきたのは1つの机。村の人達が惚けたように机と呟くのと同時に、俺の瞳からは止まった筈の涙が流れ落ちる。
そのまま今度は海図が雨のように降ってきて、俺の呼吸は止まりそうになる。……辛くなかった訳じゃない。
辛いなんて言う権利を持たないと思って……いや、思い込んでいただけだった。村でただ、平和に生きて、縁があった船に乗って世界を見て回る。
俺が望んでいたのは、そんな小さな事だった。世界を見て回った証拠に海図や地図を描いて、それを家族に自慢して笑いたい。
その程度の事を、俺はただ……望んでいただけだった。未来を知っていたから、それだけじゃない。
俺は俺が今こうして生きている事を認められなかった。存在している事すら、許せなかった。
他人の人生を奪った罪悪感から、1人で全て抱え込もうとしていただけだったんだ。そんな俺にルフィは、自由に生きろと行動で示してくれる。
「ルフィ……ありがとう」
俺には、それしか言葉に出来なかった。気付かされた大切な事。
そんな、机や海図、本棚が落ちてくるそれを見て、村の人達もサンジも、ゾロでさえ俺に視線を向けているのが分かる。誰も、何も言わなくても分かる。
アレが何であるのか。
あそこに何があったのか。
何故、それが降ってくるのか。
その後、爆発するような音が聞こえたかと思うと、建物が崩れ落ちた。中に2人を残したままで。
「ルフィー!」
土煙が立ち上り、誰も姿を見せない。俺は不安になって瓦礫へと走り出そうとしたけど、いつの間にそばに来たのかサンジに腕を掴まれて止められる。
土煙が落ち着いた頃、人影が瓦礫の上に立つのが見える。そして、その人影はゆらりと体をふらつかせながらもしっかりと立ち上がる。
それが誰かなんて考えるまでもない。大声でルフィの名を呼ぶと、大きく息を吸う音が聞こえた直接、ルフィは叫ぶように宣言する。
「ナミゾウ!お前は、俺の仲間だ!!」
それに対して俺は、拭っても拭いきれない涙を浮かべたままで頷く。
「……おぅ!」
考えていた事は沢山あるけど、言いたい事も沢山あるけど、でも今はただ、頷く事しか出来なかった。
その瞬間に湧き上がる歓声。そしてそれを打ち破るように現れた四肢を砕いて縛っておいた筈の、ネズミとその仲間達。
そのネズミが、ネズミの分際でアーロンの宝を奪いに来たと知り、俺がトドメを刺さんばかりに攻撃を仕掛ける。それによりネズミは怒りを顕に負け惜しみを言うが、こちとら証拠も集めてある。
それを赤犬にでも報告してやろうかと脅せば、ガタガタと震えるから何とも言えない気持ちになる。赤犬との繋がりなんてある訳無いだろうにと、その背中を見送りながら言えばルフィが大爆笑で転がった。
騒ぎが1区切りついた時、ルフィの元に皆が集まっているのを見て後から近付く。そして、被せて貰っていた宝をその頭に乗せ返す。
「……っ……」
言いたい事は沢山あるのに、何も言葉に出来なくて、俺は自嘲の笑みを浮かべてからルフィに背を向ける。村の人達が待ってるのを言い訳にして。
俺の集めた宝は俺の手元に返され、それ以外のアーロンの宝は回収され島の人達に平等に分配される事となる。土地の権利書はゲンさん預りとなり、いつの間にかゲンさんはまるで村長のような勢いにされている。
そうして、長かった村人達の奴隷生活は、終わりを告げた。
ルフィ達が勝った。それが島中に広まるのに時間はかからず、島中の全員で宴が始まった。
泣いて、笑って、歌って、踊って、飲んで、食べる。
すべての人が生きている。それも自由に。
サンジは食事を楽しみ、ウソップは己の活躍を誇張しつつ話して、ルフィは気になったものに手を出しながら過ごす。
そして俺は、気になっていたゾロの傷を手当てするようドクターに言って、2人がかりで治療してから1人で家から描き溜めていた海図をメリーに運び込むと、そのついでにと他に必要な物も揃えて運び込む。ゾロは傷の手当が終わると、そのまま寝てしまったようだった。
そんな中でゲンさん事ゲンゾウとベルメールは、岬に立って海を眺めながら語り合う。それは親子のような、夫婦のような、不思議な距離感で。
「お前の子供達は、実に立派に成長したな」
「勝手に育ったのよ。私は、何もしていないわ。……ノジコは3歳で戦場を生き延びて、無関係の子供を拾うくらい優しくて、精神的にもずっと大人だった。ナミゾウは信じられない位の天才で、知らない事も出来ない事も無いような子で、10歳の時には私よりも強くなってたわ」
自嘲するように笑うベルメールに、ゲンゾウは首を縦には振らなかった。
「2人共お前に似ている。お前が良い母親だからこそだろう」
そんな会話をしている所に、サンジが食べていた生ハムメロンを求めてルフィがひょっこりと顔を出すと、ベルメールが面白そうに笑った。
「ナミゾウは貴方の船に乗るのでしょうね」
ルフィの顔を見ただけでベルメールには分かった。ナミゾウが話していた友人であると。
勿論それはゲンゾウにもわかったが、だからこそ言わなくてはと思った。娘のように見える事も多い、大切な息子を想えば、言わずにはいられない。
「もしお前らが、ナミゾウの笑顔を奪うような事があれば、私がお前を殺しに行くぞ!」
明らかに力差ではルフィが上だとどちらも分かっている筈なのに、ルフィは1瞬息を飲んでから、引き締めた表情でそれに応える。ゲンゾウはそれでもナミゾウに手元から離れないでほしいと想いながら、同時に無理だとも思い、小さく息を吐き出した。
その頃ナミゾウは海図やら荷物を運び終えて、ドクターの元を訪れていた。
「入墨なんてもんは、1生消せない。分かっていただろう」
「ああ、分かってた。それでも、後悔はしない。……それでさ、ドクター」
俺は姉さんが自分に合わせて入墨を入れた時の事を思い出しながら、1枚の紙を差し出す。
「これを、入れて欲しいんだ」
それを見たドクターは目を見開き、小さく笑った。
「頼んだよ、お祖父ちゃん」
俺の小さな声を拾って、擽ったそうに笑いながらドクターはその紙に描かれたものを忠実に肩に描き始める。前程刺青を入れる事が辛いと思わないのは、気持ちの違いだろうか。
はたまたその頃ノジコは、ナミゾウに命を救われた少年と穏やかに会話をしていた。そうして夜はふけてゆき、それぞれの朝を迎えた。
朝になると俺は入墨を入れた関係で多少の痛みと熱に苦しめられていたが、ドクターにお願いするまでも無く薬を飲まされ、これからの為にと予備用の薬を持たされた。素直ではない祖父に笑いながら俺はドクターに笑いかける。
宴は今も尚続いていて、回復したらしいゾロは大喜びで酒を飲んでいるし、ルフィは食べ物を食べ続けている。ウソップは語り、歌うし、サンジは宴に出されている料理のレシピを聞き出している。
俺は家に帰り荷造りをして何時でも出発できるように準備を整えていたら、姉さんが俺にブレスレットを投げ寄越した。
「1緒に、連れてってくれるでしょ。……楽しくやんなよ!」
姉さんに思わず飛び付けば、珍しいと笑われた。俺はもしも姉さんと立場が逆だったら、死ぬの覚悟で戦いを挑むか、最初からジンベエに連絡していた。
だから皆を苦しめたのは増長していた俺の傲慢さと、俺を大切に想う人の心を考えられなかった身勝手さだ。苦しめて、ごめん。
「姉さん、ありがとう」
ここで謝る事はそれこそ許されない。だから俺はお礼を言う。
共に戦ってくれた家族だから。……大切な人だから。
「母さんにも、宜しく伝えて欲しい。今、ゲンさんの所だろう?」
「……あの2人、早くくっつけば良いのにね」
姉さんは屈託なく笑うから、俺もそれに笑顔で頷く。大切な存在を、2度と見失ったりしないと心に決めて。
宴の中を抜けて蜜柑の木をメリーに植えた、その翌朝……手荷物だけを肩に掛けて港へ行けば、そこには人だかりが出来ている。それを確認して俺は叫んだ。
「船を出せ!」
その声を出してすぐに俺は人の間を駆け抜けるように走り、船に飛び乗った。既に動いている船を見て、島の人達が悲しげな声を出すのを聞いて、仲間達が良いのかなんて言うからつい笑みが浮かぶ。
洋服を捲りあげれば、スった財布がバラバラと船の甲板に落ちる。それを見せ付けてから俺は悪戯な笑顔で振り向く。
島からは責める声と共に、いつでも帰れという暖かな声が聞こえて、その中から1際大きな声が聞こえた。それはゲンさんの声で、約束を忘れるなと言う。
何事かと首を傾げると、ルフィが楽しげに笑ったので、何かあったらしいとは気付けたが、深く聞いてる時間的余裕は無い。視線を島に戻すと大声で皆に言う。
「じゃぁな、皆。行ってきます!」
俺は大手を振って笑顔でその場を船で去っていく。〝行ってくる〟とは、行って帰ると言う約束の挨拶。
いつか必ず帰ると、大切な人達に誓ったと言う証。それも旅立ちはこれまでとは違い1人ではない。
仲間がいて、家族の想いも側にある。腕には姉さんから貰った飾りを着けて、肩には両親をイメージした入墨を祖父に彫って貰って、家族の想いの欠片を身に付けての船出である。
島が見えなくなった頃、俺は漸く仲間に振り返る。そう、仲間と呼べるようになった相手が居るんだよなと思えば勝手に顔が笑う。
「改めて宜しく。麦藁海賊団の航海士ナミゾウだ。蜜柑畑を移植したけど、勝手に食べたら許さないのでそのつもりで」
そう言えばサンジにはちゃんと挨拶していなかったと思ったら、サンジはそんな事は気にしていないかのように視線を背けている。いや、何かに怒ってるようにも見える。
「何だってこの船には野郎しか居ねェんだよ!」
このサンジがあのヴィンスモーク家の1員とは、わからないものだと俺は考えて……その過去を知った時の話の流れが記憶に無い事に気付く。思い出そうとしてみても、仲間の姿はわかるのに、仲間のプロフィールもわかるのに、次につく島も、起きる事も、何も思い出せなくなっている事に。
死ぬ筈の人が死なないようにした事への弊害なのかと思うけど、答えはわからない。また、何か必要になれば思い出すかと呑気に考えてサンジに笑いかける。
それでも大筋は覚えている。迷子のお姫様を仲間にして、チョッパーを仲間にして、お姫様が消えてロビンが仲間になる。
「諦めろ。とまでは言わねぇよ。次は女が仲間になるから安心してろ」
「何だよ、この似非占い師」
サンジは嫌そうに顔を歪めるが、それを笑って受け流す。そんな俺にルフィは楽しそうに笑うから、ルフィを手招いて軽く抱き締める。
「……ホント、強くなったな。ルフィ」
「ナミゾウが弱くなってんだよ。弱ってないナミゾウには、まだまだ勝てる気がしねェ」
それを聞いて俺は確かにと少し思う。それにより無意識で頷けばムスッとした顔をされるから、指先に覇気を込めてデコピンを食らわせる。
それにより痛がるルフィを見て笑えば、ルフィが涙目で俺を見つめて来る。本当にルフィは可愛い。
「何で、俺ゴムなのに痛てェ!」
「やっぱりまだまだか。早く回復しないとルフィを守れないな」
「ナミゾウ!?どういう事だよ!てか、守ろうとすんな!」
「痛くして悪かった。確認したかったんだよ」
笑いながら謝ればルフィは何処かムスッとした様子で、けれども諦めたように俯く。その直後サンジが吼えた。
「何でその笑顔と容姿でお前、女じゃねェんだよ!」
「んな事、言われてもなぁ……それ、サンジにも言えるだろうに……」
頭をガリガリとかきながら答えれば、珍しくゾロが声を上げて笑い、ウソップも耐えられないと言うように笑う。自分の表情が動くのが分かる。
その時、上空にカモメがいるのに気付き俺が呼ぶと迷わずに降りて来た。お金を払って新聞を受け取ると、何だか感慨深くなる。
最初の頃はルフィが捕まえて食べようとしたなァとか思いながらも新聞を開いてみると、クーデターが頻繁に起きているとの情報が載っていた。
クーデターという単語を見て、微かな頭痛がしたかと思うとくらりと体が揺れる。それをさっとゾロが支えて、壁に寄りかかれるように座らせてくれた。
「ゾロ、ありがとう」
「気にするな」
そう言いながら散らかっていた財布と、ドクターから受け取った医療具や薬を纏めて近くに持ってきてくれるのだから、お礼くらい素直に受け取ってほしい。
「毒の影響か?」
俺はその言葉を受けて、とりあえずそういう事にしておく事にした。余計な心配をかけたくはないし、未来が見えるとか、頭おかしいとしか思われないだろう。
「8年欠かさず飲んでたからな。簡単には治らねェよ」
黙っていると眉間にシワを寄せていつまでも無言で心配されそうだから、素直に話してみれば何故か余計に眉間にシワが寄った。
「……そんな状態で笑ってんじゃねェよ」
呟くように言ったゾロの言葉に、何が気に入らないのかとつのりたくなる。だが、そんなゾロの優しさが嬉しいと思えたのも事実だ。
そう言えば、この船に乗る女は皆、素直に仲間になったりはしてなかったななんて、どうでもいい事を思う。折角だからと、壁に寄りかかったまま新聞を読み進めれば中から2枚の手配書が出てくる。
それは新たな手配書である事を意味している。だけどそれよりも、そこに書かれている金額と写っている人物を見て、頭を抱えたくなった。
「ルフィ」
名を呼べば不思議そうに俺を見ているから、手にした物の1枚をヒラヒラさせれば比喩ではなくビヨンとルフィが近付いてきて嬉しそうに手に取った。あまりにも無邪気な顔をしたルフィの手配書は、初めての物でありながら3千万と書かれている。
アーロンでさえ2千万だったと言うのに、何故。いや、それよりも何故アーロンがたかだか2千万だったのかが気になるところか。
そして、残されている1枚を見て深々と溜息をつく。確かにあのネズミをボコボコにしたのは俺だし、少し調べれば俺が何をしてきたのかも分かる。
だからと言って、アーロンのマークを抉り、麦藁帽子を被ってる所を使う事は無いだろうと思う。これではまるでアーロンの1味にいる少女のようではないか。正確には傷だらけで血塗れの為にアーロンのマークと判別するのも難しいだろうが。
それも座って動けなくなって、意識を朦朧とさせていた時の、人形のような状態にあった写真を使うとか、悪意を感じる。金額は2500万ベリーで、2つ名は〝泥棒猫〟と来たもんだ。
やってられるかと思い、ついでに見せたくないなと思ったので、丸めて片付けようとした所で先程の比ではない頭痛が俺を襲う。そして、見えない筈の情景が目に浮かぶ。
[これ弟なんだ!俺の大切な弟なんだよ!]
[へー、これがかい?]
[無邪気そうな弟だよい]
[初めから3千万、それも東の海でとは豪気な事したもんだな]
それはまるで今起きているかのように、鮮明に。明瞭な声と共に、同じ手配書を持って喜ぶ人達。
エース、イゾウ、マルコ、サッチ。会った事もないのに、目の前にいるかのように鮮やかにうつる彼ら。
声を出せば怪しまれると俺はただ頭を抱える。
そして少しのブレと共に映像が変化する。色彩は先程よりもくすんでいる。
[サッチが殺された?!]
[犯人はティーチだ!]
[やめろい、少し落ち着けよい!]
[ティーチは俺の隊員だったんだ!なら、俺の責任だろ!]
そうして色を少しずつ、黒ずませながらも話は進む。進む度に全体の色彩は暗くなり、声もところどころに雑音が入るようになる。
シーンも飛び飛びで、無理な省略をされているように思える。そうしてその中で最後に写し出されたのが、エースの最期。
[愛してくれて、ありがとう]
そこまで見て、頭痛と謎の症状が落ち着いた。今回の手配書で見えたのは、恐らく今で、その後は近い未来から鮮やかで、暗いのは、時間的に離れている未来なのだろう。
ならば、今のところはまだサッチは死ぬらしい。このままこれが進めば、ルフィが傷付き苦しむ事になる。
それは控えたい。どうにかしなくては。
あの手紙だけでは弱かったのか。何をしたら、変えられるのか。
偉大なる航路の後半にいる海賊の未来をどうやって変えたらいいのか。脂汗が浮かんでいたのを拭ってから顔を上げれば、サンジが飲み物を差し出してきた。
「無理すんな。……その全て抱え込む癖、直した方が良いぞ」
「ありがとう、サンジ」
飲み物を受け取って1口飲むと、体調が落ち着いてくる。本当に少し腰掛けたり、飲み物を飲むというのは身体に良い結果を生み出す事が多い。
実際は身体に無意識で入れていた力や緊張を適度に抜けるから、その分楽になるという事なんだが、そんな理屈はどうでも良い。サンジの気遣いに感謝していたら、いつの間にか取られた俺の手配書をサンジが凝視しているのが見えた。
「サンジ!?それ、返せよ!」
「この手配書だけ見たら、本当に女だよな。何で男なんだよ!てか、何でお前に懸賞金かけられて俺のは無いんだ!」
怒り狂うサンジの言葉にルフィ達まで寄ってきて、俺の手配書を見る。それを見たウソップは俺と見比べてるし、ゾロは小さく確かに女に見えるとか言うし、ルフィは無言で見ている。
地味にルフィが1番怖い。何故無言なんだと思えば、その恐怖は増すばかりだ。
「本モノの良さが出てねェな、この写真。ナミゾウはもっと綺麗だもんな」
警戒していた俺の緊張を斜め上に通り過ぎていくようなルフィの発言に暫し呆然としてから、最近のルフィと付き合いが1番長いゾロに声をかける。
「……なぁ、ゾロ。ルフィがおかしく思えるのは俺だけか?」
「あ?ルフィはナミゾウに対してはいつもこうだろ。まだナミゾウに会う前から、お前の話され続けた俺から見れば、この程度の発言可愛いもんだぞ」
ルフィはゾロに何を話したのか。てか、あれか、雛の刷り込みか。
そんなある意味で平和な時間を過ごして、手配書を見て喜んだり落ち込んだりして遊び回る男達から視線を背けると波間の向こう側が輝いているように見えた。心の変化ってのは、多大な影響力を持つもんだと内心で笑いつつ、この大食らい達を養う方法を考える。
……何か、執筆でもしてみるか。思い浮かんだのは、日本人としてはお馴染みの昔話シリーズだ。
この世界には無いし、ひとつひとつは短い。次の島に着くまでに書いて、印税とかの話をつければ定期的に貰えるかも知れないなと思う。
新聞や本の出版社は確かに海軍と仲良しだが、必ずしも海軍の親友では無い。ならば、金の為だと……例え盗作と言われても気にしないと心に決めて、話を書いていく事を決める。
どちらにしろ手紙を出したりもするのだから、同じ手間だと考えたのも大きい。ペンネームをどうするかと考えて、俺だとバレた場合流石に賞金首だから不味いだろうと思った為に、女っぽい名前として好きな花に姫をつけて桜姫と決めた。
執筆と手紙をそれぞれ書き終えると、甲板は相変わらず賑やかで、それを微笑ましく眺めながらルフィに次の島を目指すか聞いてみる。
「目指すに決まってんだろ!今まで目指してなかったのかよ!?」
「ああ、海流の穏やかな所で漂ってただけだ。行くなら舵切るぞ」
「漂うなー!」
ルフィの声が谺響するのを聞き流しつつ、俺は次の島へと舵をとる。その間に俺の脳内に浮かぶのは不安だ。
これまではいつでも思い出す事ができた知識。それが突然わからなくなった。
更にそれを思い出せるのは何かのきっかけが必要だと考えるのが、今回のケースを見れば高い確率だと言えるだろう。そうなれば、今後戦いの最中にそれが起きないとも限らない。
それにより仲間を危険に巻き込む可能性を考慮すると、嫌な気持ちになる。それでも変える事の出来ないものならば、上手く付き合って行くしかないだろう。
嘆いていても仕方無いのだから。俺は舵を握る手から無駄な力を抜いて、前を見る。
たまにはルフィを見習って、なるようになるしかないだろうと思う事にした。行き当たりばったりなのも、この船っぽくていいような気がしたのだが、簡単に言うと考えるのを放棄したとも言える。
とりあえず船の上でも儲けてやると心に決めて、俺は小さく笑った。