そんなに長い時を待たずして見えてきた島を示して、ルフィを呼べばそれまでとは少し違った反応をされてつい笑みが浮かぶ。エースの父親であり、ルフィの目標の1人でもある男が産まれて、死んだ町。
「流石にわかるのかな。あれは、ローグタウン。海賊王が産まれ、そして処刑された町」
俺の声がルフィにどこまで届いているのか分からないけれど、ルフィはキラキラと輝く瞳でその町を見つめている。そんな姿に俺は笑みを浮かべて、船をつける。
船をとめて上陸すればルフィは大はしゃぎで町を見ている。そのまま飛び出そうとするルフィを捕まえて、お小遣いを見せながら今後どうするのかと皆で情報共有しようと全員を集める。
すると、ルフィは死刑台を見学に行くと言い出して、サンジは食材調達、ウソップは装備を集めに、そしてゾロも買い物にと言う。何となく予想はしていたが、そうなるよなと思えば、最初に小遣いとは別に用意していた袋をサンジに差し出す。
「それなら、サンジはこれ持って行ってくれ。買出しの金だ。それから3人はこれがお小遣い。くれぐれも迷子にならないようにしてくれよ」
そう俺が言えば、全員が驚いた顔をするのでそう言えば今まで1度も渡してなかったと気付く。それとも、金銭管理をこれまで誰もやってなかった事にでも気がついたのだろうか。
問題は元手が俺の持ち出した1億ベリーだけだから、足りるかが正直心配だという事のみ。俺の分はこの町なら、適当にスれば良いから構わないんだが……。
「ああそうだ、ちょっと待て。ウソップはこれで夏物と冬物の服3着ずつ揃えてきてくれ」
追加でベリーを渡せば、不思議そうに首を傾げられるが気にしない。
「細かい事は気にしないで買って来い」
後3人はと視線を向けて、背中から肩幅等をペタペタと触って確認すると1応メモしてから解放する。
「ナミゾウ?」
サンジが動揺した様子で聞くから仕方なく答える。まったく持って何に動揺してるんだか分からない。
「ウソップは言えば買ってくるだろうが、ルフィとゾロは忘れるだろうと考えられるし、サンジは食料の買出しがあるだろ?趣味はわからないから今着てるのと近い物を選んでくる。そうなると買ってこられるのはウソップだけだろうから、ウソップには追加資金を渡しただけだ」
そう言った後で、何か希望があったのかと聞けばサンジは首を大きく横に振ったので、それぞれを見送って俺も買い物に出発した。
色々忘れたとはいえ、これから向かう偉大なる航路は天候がおかしかった筈だと思い出したからだ。最悪各季節物が3着あればどうにか回せるだろうと言うのもあった。
洋服を見ながら下着はどうしたものかと考えて、各サイズ10枚ずつ購入する事にした。タイプも2種類とも用意すれば、消耗したり雨が続いてもどうにかなるだろう。
ついでに予定していた通りに出版社に入ると『シンデレラ』と『桃太郎』そして『小さな島の恋物語』を並べて作者登録したいと話す。旅をして、そこで知った話を少し脚色して出版したいといった形で。
それにより即座に3作品を読み、判断してもらえる事となったので、座って待っているとまぁ、色々面倒な話はあったが概ね良好な感じで契約できた。鳥笛を渡されて、書けたらどこに居ても吹けば引き取りに行くと言われる。
出版したい物を渡して10日経ったらまた笛を吹けば、今度は現金を送ると言われたので受け取ったが、場合によっては次の原稿を受け取りに来た筈の鳥から追加で収入を渡す事も考えられるそうだ。それは正直助かるので、その契約で良しとして立ち上がると、即座に呼び止められた。
「ペンネームの確認と、大人向けの普通の小説も頼めませんか?最近書く人が減ってるんですよ」
「ペンネームは桜姫で、大人向けの普通の小説は、先程渡した『小さな島の恋物語』を悪い人達とかの所を海賊にでも直して書くのでいいか?……それとも、官能か?」
俺が答えれば出版社の人間は嬉しそうに頷いて、その直後に1般的な作品で!!と言われるのでつい笑ってしまう。その時にあれと言うので思い当たった俺はああ、と言ってから答える。
「ああ、鍛えてるから男に見えたか。俺、女なんだ」
ニッコリと笑えば周りからそうなんですかと納得される。おかしいだろう、疑えよ!と思うのに、誰も突っ込まないから気に入らないがそれでいい事にする。
無事に契約を終えて俺は店を出たが、その時思わず顔を顰めた。……こりゃ雨になるな。
とりあえず広場にでも行って、雨宿り出来そうな所で食事でもしようと俺は考えていたが、似たような事を考えたのかウソップ、ゾロを見つけ、続いてサンジも発見した。運良く合流出来たと思って顔を上げれば、何故かルフィが処刑されようとしているのが見える。
そこで俺は赤い鼻を思い出す。
「バギー……」
どうしてその場にならないと思い出せなくなったのかと、不便で仕方なくなったそれに歯噛みするがどうにもならない。荷物の事もあるし、ルフィも心配だし、雨も降るだろう。
『はるか未来に語り継がれる伝説は……はるか昔に幕を開けたる物語……』
脳内に響いた言葉に、流石はローグタウンだと思いつつ、俺は空を見上げる。雨かと思っていたが、これは嵐になる。
……ある意味チャンスだ。
「この町に嵐が来る。船が流されたらどうにもならないから、ここは2手に別れるぞ」
俺がそう言うと、ゾロとサンジ、ウソップは力強く頷いた。そしてゾロとサンジは船長は任せろと言うので俺はウソップと共に船に戻る事にする。
「じゃぁ、また船で!」
船に到着すると、バギーの仲間がそこにいるのが見える。
「モージとリッチ?だったか?」
記憶が曖昧だと小さく呟く俺にウソップは名前何かどうでもいいが、メリーが燃やされたらたまらないと走る速度を上げる。俺もウソップも荷物だらけでどうやって戦うかが問題だったりするが。
ただ、この悪天候のおかげで火がうまくつけられなかったようだったので、助かった。それにしても、あの時とは船が違うのに良くわかったなぁなんて、船に乗り込みながら考えていると天候はますます悪くなっていく。
いつでもメリーを出せるようにウソップに指示をしながら、俺達はルフィ達の帰りを待つ。その姿が見えると同時に船を緩やかに回転させ、3人が飛び乗るのを待つだけという所まで用意しておく。
3人の後ろから海兵が迫っているのを見ながら、ルフィなら大丈夫だと少しだけ船を進めればルフィが2人を巻き込んで船に飛び込んできた。
激しい音と共に帰り着いた3人を確認して、全力で船を先に進める。
「お帰り」
俺の言葉に3人は1瞬ほうけたように、けれどすぐに楽しげに表情を変えて笑った。俺は3人に買ってきた荷物の片付けを命じながら、部屋割について聞いてみる事にする。
「1つ使ってない部屋に俺が勝手に海図とか持ち込んだだろ?あの部屋で俺は寝るんでもいいか?」
「え、何でお前だけ別なんだよ」
ルフィは不満そうに言うが、冷静になって欲しい。
「部屋無駄に空けとくのも勿体無いし、傾く原因にもなるだろう。それに……俺は海図や地図描いてるし、日誌もつけてるから荷物が多いんだよ。資料のある場所をそのまま部屋にすれば、移動時間を削減できるってのもありがたい。無理なら物置にして、他は勝手に測量室として使うからそれでも構わないんだが……どうする?」
「なら、ナミゾウとは1緒に寝られねェのか?」
泣きそうな顔で言うルフィに、俺は笑ってしまう。エースが旅立ってからはどうやって寝てたんだコイツは。
「そろそろ1人でも寝られるだろ。……それに今は、俺の他にも仲間が居るのなら、こいつらと寝たらいい」
「ナミゾウと寝るのが、1番落ち着く」
俺は1瞬、エースとサボを殴りたくなった。元はと言えば俺が癖をつけたのかもしれないが、1人で寝られないとか言われても困る。
「おい、ルフィ……。お前俺と寝た事なんか無いだろう」
そこにゾロの声が入ってきて、ルフィが小さく舌打ちしたのが聞こえた。待てコラ、ルフィ何だってそれならゾロが見張りの時いつも俺の布団に入ってきてたんだよ。
「……ゾロ、その話後で詳しく聞かせてくれるか?」
「ま、待てナミゾウ、早まるな!俺はその!」
「ルフィ?」
俺がゾロに声をかけるとルフィが慌てたように何か言い出したので、ルフィを呼んで微笑めば全員が黙った。怯えたような様子のルフィに、小さく肩を落とした俺はその頭を軽く叩く。
「……俺がガキの頃に甘やかしたのが悪かったのかな。ルフィがどうしてもって言うなら、たまになら1緒に寝てやるから、嘘はつくな。本当は1人でも寝られるんだな?」
「ああ、寝られる。嘘ついて、ごめんなさい」
素直に謝られては許すしかない。いくつになっても、相変わらずルフィは可愛い弟だ。
その空気を壊す為なのか、ルフィが突然進水式をしようと言い出すと、ゾロが楽しげに受け入れたので準備する事になった。本来船に向けて瓶を割るものだが、俺達らしくていいのかも知れないと思えた。
それぞれが夢や目標を語り足を乗せていく。そして、揃って足で酒樽を割った。
暴挙としか呼べそうも無い進水式が、何とも言えずに素晴らしいものに思えて、俺は自然と笑えている事に気付く。ここに居ても良いのだと、言われている気がした。
「いざ行かん、偉大なる航路!」
5人の心はこの時、1つだった。
船室に入って暫くすると暇になったのかルフィが俺にこの後どうしたら偉大なる航路に行けるのかと聞いてきた。俺は自分の手荷物の中から1枚の地図を持ち出してテーブルに広げて見せる。
「地図のここ、これがローグタウン。それで俺は導きの灯を頼りに進もうと考えてる」
ルフィにそう言って説明すれば、やはり山に向かっている事を気にする言葉が飛び交う。でもそれは想定内の事なので、自信を持って頷く。
「そう、山のところを流れる川を逆流して登る事になる。想定内の事は起こらない。何が起きてもおかしくない場所。それが、偉大なる航路だ」
そこまで言って、はたと気付く。いつの間にか嵐を抜けてしまっている事に。
しまったと顔色を変えた俺にルフィは首を傾げ、ゾロは嫌そうに顔を歪ませた。
「どうした?」
ごめん、話に夢中になり過ぎてた。ここはカームベルですなんて、どう言えば良いのか分からない。
顔面蒼白とはまさにといった風情だろう俺に、ウソップも青ざめる。ウソップは案外勘がいい。
「……ウソップ、洋服は、買えたか?」
誤魔化すように言ってみても、サンジも誤魔化されてくれなくて、声を揃えて問い詰められる。どうにかカームベルトに入った事を誤魔化せないかと俺は1瞬考えて、そんな事をしていたら死ぬと即座に気付いて素直に話す事にした。
「ここはカームベルト。今すぐ嵐の海域に戻ってくれ」
「嵐から抜けたんだったらその方が良いだろう」
ゾロの言葉に俺は首を横に振り、カームベルトについて説明する。悠長にしている暇はない。
「カームベルトは大型の海王類の巣で、風が吹かないから漕がないと永遠に帰れないんだよ。だから、帆をたたんで今すぐ漕いでくれ!」
簡潔にそう言ってみた瞬間に、船は高く高く上がってしまう。
ああ……遅かった。
俺は柱にしがみついて涙を飲む。こんな事で泣いてる場合じゃない。
海王類の鼻の上にいるという状態に気付いた3人は、顔を青ざめさせながらオールを手にしていつでも漕げるように準備をする。その中でウソップはと視線を向ければ気絶している。
それに危機感を覚えて俺が声を出そうとした時、海王類がくしゃみをした為に船から落とされない事だけにそれぞれが必死になる。その結果、嵐の中に戻れたのだから幸運と言えるのではないかなんて思った俺は、楽観的なのだろうか。
それから山を登れる理屈を説明してみるものの、恐らく理解はされてない。特に、ルフィには。
「成程!」
ルフィの言葉に分かったのか?!と期待の眼差しを向ければ、次の瞬間には力が抜けてその場に崩れ落ちる。
「不思議山なんだな」
「もう、良いよ。……それで」
諦めモード全開で言えばサンジがフォローしてくれるけど、この脱力感はどうしようもない。だが、座っていたらそれこそ船ごと死ぬから俺は立ち上がる。
「皆、死ぬ半数に入りたく無かったら頑張ってくれ!」
明るく笑って見れば、全員が明らかに嫌そうな顔をしてこちらを見た。だが、真実は変わらない。
ふざけている間もなく入口が見えてくると、ここが正念場だと気を引き締める。
「なんだ、あのでかい影」
騒ぎになって、感動しているのは何も仲間達だけじゃない。俺も、知識で知っているだけで初めて見るのだから、感動もすれば1瞬呆然ともする。
山を登れる筈が無いと言い続けていたゾロも、嘘みてェだなんて呟いていて、1瞬注意が疎かになる。それを1喝したのはルフィの1言。
「舵をしっかり取れ!」
即座に反応したのはウソップとサンジで、ルフィの言葉に従って舵を取ろうとしたけどそこで最悪の事態が待っていた。
舵が、折れた。となれば当然このままでは……!
そこでルフィが悪魔の実の力を使って衝突を防いで、ゾロがそれを助けて、少しのズレはサンジが蹴ったりしながら調整して、漸く軌道に乗ると、そこからは信じられない程スムーズに船は進む。
全員が無事に、海流に乗って頂上に到達する事が出来た。ここを下れば、偉大なる航路に入れる。
ワクワクする気持ちを誰1人抑えられずに、前を見据えて笑顔になる。
さぁ、広い世界を見に行こう。波間の向こうを目指して進もう。
見た事も無い大いなる海を、島々を、世界を見よう。
そこは正に、待ち望んだパラダイスなのだから。
俺は風に靡く自分の前髪が目に入らないよう気を付けながら退かして、両手を空に突き上げて大声で笑った。