宵のうち、俺たちはエ・ランテルでも名高い最高級の旅館を訪れていた。
宿泊のためではなく、大商人のバルド・ロフーレから食事に誘われたのだ。貴族も利用する歴史ある旅館と聞き、俺は
いまはバルドが手配したテーブルで当の本人を待っている状況だ。
「カッコイイわよ」
「人気があったのは知っていたが、こうして着ることになるとはな」
クラーナが用意したのは旧イタリアの国家憲兵をモデルにした制服だ。現場の人間が身につけるにしては装飾過多な気もするが、武器も携帯できて実戦にも耐えられる作りになっている。流石にマントは取り外しているが、こうした上品でお堅い場にはよく馴染む。
心配事といえばテーブルマナーだが、そもそもが異世界、他のテーブルを覗き見て学ぶことにした。
俺の着こなしを満足そうに眺めていたクラーナがふと視線を上げる。
つられて顔を向けると、バルドが足早に近づいて来るのが見えた。
「おふたりとも失礼いたしました。ご招待した身でお待たせしてしまい、申し訳ない」
「お気になさらずに。大丈夫でしたか?」
「ええ、声はかけましたが……」
バルドが言葉を濁す。
実は入店して早々、店内に若い女のヒステリックな声が響いたのだ。
バルドの知人だったらしく、彼は様子を見に席を外していたのだった。
「元気なお嬢さんだったな」
「はい、帝国の方なのですが、御付きの方が立派なだけに同情してしまいます」
聞けば帝国から訪れた大商人のご令嬢で、ここ数日は「黄金の輝き亭」で豪奢な生活をしていたという。その我儘ぶりは目に余り、振り回される執事に多くの同情が集まっているのだとか。先ほどの一幕も「この場にいる方々のお食事代は私の方で支払わせていただきます」と支払いを申し出ていた。あの調子だとさぞや苦心していることだろう。
「ささ、料理を楽しみましょう。私の卸した食材です、美味しいですよ」
バルドはエ・ランテルで食料取引の多くを担う大商人。その彼が味を保証するなら疑うべくもない。姦しいご令嬢のことは忘れ、料理に集中する。
バルドが給仕に合図を送ると料理が次々と並べられていく。
卵のスープに
こっそり鑑定すると「豆と鶏肉の煮物」と、量は少ないが「チーズ」の栄養価が高い。得体のしれない「味付けされたなにか」で飢えを凌いでいた身としては、自分が何を食べているのか知れるのは素晴らしいことだ。
目の前の料理にクラーナも好奇心を隠し切れずにいる。
「美味しそうですわ」
「さあさあ、頂きましょう」
バルドに合わせながら食を進める。
「美味しい」
「それは宜しゅうございました。仕入れ先が品種改良に力を入れてまして、自慢の食材です」
「どうりで、どの料理も素晴らしいわけだ」
この世界の農作事情は知らないが、少なくとも魔法による〈鑑定〉がある。農家の経験則に頼るだけでなく、魔法的な裏付けもあるのなら品種改良も捗るのだろう。
なにより実食した感想は「最高」につきる。バルドが保障する通り、味は確かだ。
俺たちは世間話に花を咲かせた。ずいぶんと街の空気にも慣れたが、それも保証人であるバルドのお陰だ。エ・ランテルに来て日の浅い俺たちに事あるごとに世話を焼いてくれた。しかも、ただ人が良いだけではない。損得をもとに接してくれるので一定の信頼を置けるのだ。
「ロフーレ殿、我々は近いうちに王都へ行こうと思っている。出立前に挨拶を兼ねてお時間をいただきたい」
「おお、左様ですか。では商会の割り印をご用意いたしましょう。私共の支店で提示していただければ色々と融通が利きます。補給や宿の調達などお申しつけください」
「感謝する。我々の商品も各支店へその都度卸すつもりだ。話を通しておいてくれると助かる」
「ええ、もちろんですとも。――おっと、そうでした」
それまで笑顔だったバルドが声を落とし真面目な表情になる。
「エ・ランテル近郊には派手に暴れている野盗集団がおります。異相協会の武力を侮るわけではありませんが、もし護衛や案内役が必要でしたらお声かけください。信頼できる者をご紹介させていただきますよ」
流石は大商人。商隊を運用する規模になるとセキュリティ意識も高い。
ただ彼も言っているように異相協会の戦力を考えると杞憂だ。
「ご忠告ありがとうございます。しかしご心配には及びません。冒険者登録こそしておりませんが、私どもの従者はアダマンタイト級の実力。野盗風情が100人襲って来ようとも後れは取りません」
「ふむ。これが並みの商人なら小言のひとつも言いたいところですが、大陸を渡ってきた猛者の言葉ともなると納得するしかないようですな」
「せっかくのご親切なのに申し訳ありません」
「気にする必要はありません。正直に言いますと、恩を売りたいのですよ」
「すでに十分過ぎるほどの恩を受けていますよ」
この言葉に嘘は無い。既得権益を侵すリスクはバルドを挟んでかわす目論見もあるが、異相協会の品を彼の商会に卸すのは恩返しを兼ねてのもの。もし彼でも難儀する横槍が入るようなら裏から手を回すつもりでもいる。
「そう言っていただけると励みになります。今後とも宜しくお願いいたします」
バルドがグラスを挙げたので乾杯する。
結局この街の風呂屋を牛耳るイズエルク伯爵には会えなかった。しかし、都市長に大商人、それに侯爵夫人と、この世界ではなかなかの伝手を手に入れた。地固めとしては順調な滑り出しだ。
王都に向かう前日、俺たちはお世話になった人たちに別れの挨拶をして回った。
たかだか1週間ほどの滞在では出会える人数は限られる。しかし電子メールもなく王国語も書けない俺たちはひとりひとり会って別れを告げるしかなく、丸一日をかけて挨拶を終えた頃には日もとっぷりと暮れていた。
屋敷の居間でリオがいれた紅茶を飲みながら寛ぐ。
バルドの屋敷でゆっくりするのも今夜で最後だ。
「ヴィクトル、王都にはお城のほかにも宮殿があるらしいわよ」
「〈
レッテンマイア都市長の保証書を握りしめながら城門を叩いてもいいが、国の重要拠点を観光できるとは思えない。手っ取り早くすませるなら覗きか侵入、然るべき手続きを踏んでまで見たいかと問われると答えは否だ。
「良いわね、それ」
どこまで本気なのかわからないクラーナの相槌に、俺は当面の問題点を挙げる。
「道中をどうするか、だな」
問題とは各領主が課す税。ひとつの国を名乗ってはいるが、このリ・エスティーゼ王国は各領主の裁量で様々な税を徴収していた。例えば王都に近い領地――魔物の出現が比較的に少ない地域では通行しやすい峠や橋などの要所に関所が設けられいる。場所によっては井戸や粉引場などにも税がかかると聞く。
もちろん異相協会の馬車でならそれらの問題を物理的に避けて通ることは可能だ。
「そうねえ、“バレなければ”とも思うけれど、揉め事の原因になりそうだし順当に――っ!?」
突然「チリンチリン」と鈴の音が鳴りクラーナの言葉を遮った。
以前グニラに渡した共鳴する魔法の鈴。
急を要する場合に限り使うようにと指示してあったはずだが――。
クラーナが魔法を発動する。
「〈
クラーナはグニラに呼びかけながら
「
不穏な言葉だ。
席を立ってクラーナの肩越しに
「これは、何が起こってる?」
「見ての通りよ、街なかに
月明かりの中、大通りを多くの人が逃げまどっている。
さらに目を凝らすと
「ハロウィンって訳じゃなさそうだな」
「ヴィクトル、アエラちゃんを呼んで。行くわよ」
クラーナの〈
玄関側には“客”らしき男らが数名、即席の武器を手に外を警戒していた。彼らは突然現れた俺たちに驚いた様子だったが、グニラたちが駆け寄ったことで味方だと察したようだった。
「ウ、ウェネフィカ様! 外に
「分かってるわ。でも店は大丈夫そうね」
他の通り沿いの建物がその出入口や窓を境に
「多分こいつのお陰だろう」
「ああ、なるほどね? 備えあればって奴かしら」
入口横の壁に飾られた護符、俺が売った魔除けだ。
クラーナが周囲を見渡す。
「グニラ、彼らは客? 他の娘は?」
「仰る通りお客様です。あとふたり居たんですが、家族が心配だと言って飛び出していきました。娘たちは上の階に。みんな無事です」
「よく対応してくれたわ。貴方たちも騒動が治まるまで2階で休んでいてちょうだい。カーリン、マリー、彼らを案内してあげて」
外を見張っていないと不安だと主張する男たちを、カーリンとマリーが半ば強引に連れていく。クラーナの正体を知る彼女たちにとってその言葉は絶対だ。
男たちの気持ちは理解できる。しかし今はその目が邪魔だ。
俺はアエラに彼女たちに付いていくよう命じる。アエラの姿を見れば娼婦たちも安心するはずだ。
それにアエラは
ただそこまでやる義理はない。
俺は玄関先に立ちグニラに手招きする。
「グニラ、こうした
「共同墓地でならあると聞きますけど、こんな規模で、しかも居住区まで襲われるのは初めてです」
詳しく聞くと、
「となると人為的なものか?」
疑問を口にしながら店内に戻ると、クラーナが突然〈変身〉を解いた。
そして立て続けに呪文を詠唱する。
「〈
その様子に何が起こったのかを察し、俺はグニラへ戸締りを命じる。
「グニラ、扉を閉めて鍵をかけろ」
この混乱した状況でクラーナの正体が明るみになるとあらぬ誤解を受ける。戸締りを確認し、俺も〈
クラーナの行動はプレイヤーに走査された時のもの。敵対的なプレイヤーと遭遇する可能性を前にして俺たちのような異形種が、それも製造職が
詠唱を終えたクラーナが状況を説明する。
「ヴィクトル、誰かから〈
「――出ていいぞ」
クラーナに応じながら俺もバフ用の
「もしもし? ――あら、こんばんは。貴方もこちらへ来てらしたのね」
クラーナが俺に向かって手のひらを下にヒラヒラとしてみせた。
問題が無いことを伝えるハンドサインに頷き返し、俺は再び人間の姿に擬態する。
クラーナが通話を続ける。
「それは心中お察しいたしますわ。――じゃあ、この騒動も? え!? ああ、――それは不味いわね」
クラーナが俺と目を合わせる。
声の調子からそこそこ悪いことが起こったようだ。
「ええ、私から伝えるわ。じゃあまた後で」
通話を切って一呼吸。
クラーナは続ける。
「ヴィクトル、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞く?」
良いニュースがあることにひとつ安堵する。
「悪い方から聞こう」
「クレマンティーヌが死んだわ。ただこれは事故だと思って」
まさかの内容に一瞬思考が止まる。
「そうか。良いニュースは?」
「アインズ・ウール・ゴウンがこっちに来ている。いまの〈
異形種ギルド、アインズ・ウール・ゴウン。そしてそのギルドマスター、モモンガ。ユグドラシルにおいてはかなりのビッグネームだ。全盛期はギルドランクの上位に位置し、ロールプレイを重視したメンバーが多いにも拘らず、敵対プレイヤーによる大規模な拠点侵攻を撃退できるほどの実力を持つ強豪だ。
そして、異相協会のお得意様でもある。クラーナは同じギルドマスター繋がりでモモンガと懇意にしていたが、俺にとっては取引先の上役としてのイメージが強い。
異相協会とアインズ・ウール・ゴウンの付き合いは長い。始まりはクラーナがギルドマスターになる前、アインズ・ウール・ゴウンがまだクラン時代だった頃にまで遡る。ただギルド間の付き合いは長くても、双方のメンバーが仲良しだったかと問われるとそうでもない。
遊び友達というよりはビジネスパートナーだ。
俺が個人的に交流を持っていたと言えるのは獣王メコン川とヘロヘロのふたりだろうか。きっかけは俺が所有する希少アイテムを獣王メコン川が欲したことが始まりだ。
急を要すものの資金が無いと言う彼に、俺が出した交換条件でヘロヘロが巻き込まれた形だ。
「“アインズ・ウール・ゴウンが”ってことは、拠点ごとなんだな?」
「そうみたい。色々と相談したいから会いたいそうよ」
「分かった。なら馬車に戻って準備をしたほうがいいな」
グニラたちに騒動が治まるまで待機を命じ、俺たちはギルド拠点の馬車に戻った。クラーナによれば間もなくモモンガから連絡が入る。
あの〈
「アインズ・ウール・ゴウンの拠点名が思い出せん。行ったことはあるのか?」
「ナザリック地下大墳墓よ。入口前にだけ、5代目就任の挨拶で行っただけね。取引はいつも向こうから来てくれてたし、中はないわ。ほら、あの頃に“燃え上がる三眼”の件があったから」
「ああ、そんなこともあったな」
情報の秘匿性が高いユグドラシルにおいて、その情報を盗み出して有料サイトで公開していたギルドがあった。被害にあった上位ギルドが連合を組んで滅ぼしたのだが、あの事件以来スパイを警戒する各ギルドの加入が難しくなったと聞く。
「俺は動画や情報サイトでしか見たことがない。ちょっと楽しみだ」
「あら、意外と乗り気ね」
「まあな、伝説のギルドだ。興味はあるさ」
過去にナザリック地下大墳墓攻略を狙う大規模な攻勢があった。傭兵NPCを含む1500人からなる討伐隊をわずか41人で撃退した配信は、その後の炎上も絡めて再生数を記録的に伸ばした。
情報サイトにはその際に判明した「第八階層」までが載っていた。
「私もよ。――さて、準備もできたことだし、あとはお迎えを待つだけね」
俺とクラーナは異形種ギルドにお呼ばれしたとあって本来の姿に戻っている。何度見てもクラーナの本体は迫力がある。
「ヴィクトル、連絡が来たわ。――もしもし? ええ、準備は出来てるわ。防壁は切ってるから、いつでもいいわよ。え? それはいいけれど……、分かったわ」
〈
「どうした?」
「ロールするから合わせて欲しいって。ほら、NPCの目があるから。あと名前をアインズ・ウール・ゴウンに改名したって」
「ギルド名に改名? ――まあそれはいいが、向こうの設定なんて知らないぞ。アドリブは苦手なんだが」
「私が喋るから、ヴィクトルは適当に相槌を打っててちょうだい」
任せると言う間もなく〈
「次からは外に繋いでもらおう。狭くてかなわん」
拡張されているとはいえ、流石に馬車の中に繋げられると圧迫感が凄まじい。
そんな俺の愚痴と同時に〈
眼鏡にメイド服、夜会巻きの女だ。情報サイトには載っていなかったと思う。となるとあの大侵攻を免れたNPCか、新たに創られたNPCだろうか。
メイドがお辞儀する。
「ナザリック地下大墳墓の支配者、至高の御方であられるアインズ・ウール・ゴウン様に忠義を尽くす
「大丈夫よ。私と彼、あとこの子ね」
ユリと名乗ったメイドが“この子”と紹介されたアエラを見て僅かに怪訝な表情をみせた。
しかしすぐに姿勢を正すと、彼女は何事もなかったかのように一礼する。
「では、こちらにどうぞ」
ユリの案内で〈
眼前には巨大な扉が鎮座していた。扉の右側には女神の、左側には悪魔の姿が彫刻されている。情報サイトには無かった空間だ。たまたま撮影を免れたのか、はたまた未知の階層か。どちらにせよ年甲斐もなくワクワクしてしまう。
「この奥が玉座の間でございます。アインズ様はそちらでお待ちです」
ユリが深く一礼すると重厚な扉がゆっくりと、それも誰も手を触れていないにもかかわらず開いていく。
玉座の間は天井が高く、豪華なシャンデリアが幻想的な虹色の輝きを放っていた。白を基調とした壁や柱には金による細工が施され、天井からは床まで垂れさがる旗が列をなしている。
俺たちは中央に敷かれた真紅の絨毯を進む。
左右にはユグドラシルではお馴染みのモンスターが並んでいた。どれも高レベル帯のモンスターだが、こうして目の当たりにする日が来るとは思わなかった。
絨毯の先には階段があり、各段には動画で見たことがあるNPCたちが佇んでいた。
階段の下にはいつの間に合流したのか案内役のユリが、恐らくは同じ
改めて階段の最上階、玉座に座るアインズを見る。
ユグドラシルではお馴染みの
正直、敵対していなくても対峙するには覚悟がいる。
ふと彼の足元で揺らめく赤黒いオーラにユグドラシルっぽさを覚えて物懐かしくなる。カルマ値がマイナスよりのプレイヤーに人気があった外装データだ。
階段の下、NPCたちの前まで到着するとアインズに侍る美女が、その容姿に相応しい綺麗な声を発する。
「アインズ様。異相協会ギルドマスター、クラーナ・デア・セルペンス・ウェネフィカ様、並びにギルド員、ヴィクトル・ヴィ・ニェボ・アルヒミア様がお見えになりました」
「良くぞ来られた、異相協会の者よ」
「お招きいただき感謝するわ。アインズ・ウール・ゴウン殿」
威厳あるアインズの言葉にナザリックのNPCたちが得意気な表情を浮かべるが、次の瞬間その表情が戸惑いに変わる。なぜなら彼らの主たるアインズが玉座を立ち、階段を降り始めたからだ。どんどん階段を降りるアインズに対し、NPCたちは慌ただしく追従する。
主を見下ろすのは不敬と言わんばかりの様相だ。
そうこうするうちにアインズがクラーナの目の前に到着する。
そしてクラーナの手を取り、硬く握手する。
「久しぶりだな、クラーナ。本当に、会えて良かった」
「ふふ、まだ一週間くらいしか経ってないわよ。えーと、――アインズ、と呼んでいいのかしら?」
「そうしてくれるとありがたい。それと――」
アインズが俺に向きなおり頭を下げる。
ざわりとナザリックのNPCたちが動揺するなか彼は続ける。
「ヴィクトルさん、知らなかったとはいえ貴方の配下を殺してしまった。誠に申し訳なく、心よりお詫びしたい」
「事故だと聞いている。そんな軽々しく頭を下げないでほしい」
「そうはいかない。逆の立場なら私は私を許せない」
想像以上にアインズは事態を重く受け止めているようだ。
肌を重ねたとはいえクレマンティーヌはこの世界で拾った犯罪者。殺した相手がアインズ・ウール・ゴウンであればギルドの利益を優先できる程度の存在だ。
「――分かった、謝罪を受け取る。ひとつ貸しにしよう。だから頭を上げてくれ。それと俺のことも呼び捨てで構わない」
「寛大な心に感謝する。私のこともアインズと呼んでくれ。――ペストーニャ、彼女を」
アインズに呼ばれた犬頭のNPCがクレマンティーヌを連れて現れた。
「こちらに。〈
その報告に頷いたアインズがクレマンティーヌを差し出すように彼女を導く。
「ヴィクトル、仕様がユグドラシルと同じなら復活によるレベルダウンは2くらいだろう。墳墓エリアを開放するのでレベル上げに使ってほしい。もちろんこれは謝罪の内、借りとは別だ」
見た限りクレマンティーヌは最後に会ったままの姿だ。
しかし様子が変だ。真っ先に俺の横に侍るかと思いきや、彼女が控えたのはアエラの横。置かれている状況が飲み込めないのかやや落ち着きがないし、なんとなく避けられている気もする。
俺がクレマンティーヌの様子を不思議に思っているとアエラから念話が届く。
『ヴィクトル様、クレマンティーヌは御身の
「あ、そうか。そうだったな」
クレマンティーヌは俺たちが人間ではないことを知っている。でも正体を見せたことはなかった。このなかで彼女に見覚えがあるのは唯一アエラだけ。たとえアインズが目の前の
俺はアエラの指摘を受けて人の姿に擬態すると、クレマンティーヌがビクリと姿勢を正す。
「!? ヴィクトル様!」
「おう、災難だったな。まだ混乱しているだろうから話は後だ。そこで大人しくしてろ」
混乱しているクレマンティーヌを待機させ、アインズに話を振る。
「アインズ、ちなみにどういう状況でこいつと戦闘に?」
「ああ、それはだな――」
アインズの証言をまとめると、エ・ランテルの
なお後日落ち着いたクレマンティーヌに確認すると、どうやら彼女は首謀者たちから
その後はアインズの証言通りだ。
「こいつは喧嘩っ早いからな、自業自得だな。そうだ、ひとつ
「私に答えられるものなら喜んで」
「こいつは多くの命を奪ってきた人間だ。死罪に値するほどだ。――今回、アインズによって死を得た訳だが、復活したこいつの罪をどう測る?」
アインズが僅かに首を傾げる。
「“死刑執行後に蘇生したら自由の身になる”という都市伝説を語り合いたい訳ではなさそうだな」
アインズがクレマンティーヌへ赤黒く光る眼光を向ける。
「ふむ。ナザリックにおいて死はこれ以上の苦痛を与えられないという意味で慈悲である。それは転ずれば生きているうちは罰を受け続けなければならないということだ」
「つまり死刑を経ても罪は消えないと?」
「死刑とは人間の尺度で作られた法に基くもの、死を容易に覆せないからこその刑罰だ。命の価値を最高値に設定しているからこそ“死に値する罪”とやらを相殺
「確かに蘇生が容易なら命も軽くなる。犯した罪の重さを相殺できなければ赦免もありえないか」
「この世界の人間にとっても死はなかなかに重いようだがね。――その女がどんな罪を犯したのかは知らないが、死罪を相殺できるだけの“償い”は存在しないと私は考える。もしそんなものがあるのなら死刑なんぞ必要ないだろう」
「なるほど。相殺できないなら償い続けるしかないか」
俺はクレマンティーヌを落ち着かせるように跪く彼女の頭を撫でる。
飼うと決めたのは俺だ。生きるのに精一杯だった
「そろそろいいかしら? なにか相談があるから呼んだんでしょ」
痺れを切らしたクラーナが本題とばかりに切り出す。
俺は彼女と入れ替わるように一歩下がる。ここからはギルドマスター同士の話だ。
「ああそうだった。冒険者組合から呼び出しがあって時間がない。今日のところは手短に、アインズ・ウール・ゴウンは異相協会との同盟を希望する。どうだろうか」
クラーナが僅かに逡巡し、そして肯定するように頷く。
「異相協会の基本方針は中立。でもそうね、この転移劇は非常事態。同盟を組みましょう。そこで提案があるのだけれど――」
クラーナがインベントリから一枚の金貨を取りだし、アインズが骨の指で器用に受け取る。
「ユグドラシル金貨、それも旧バージョンか。懐かしいな。私はこちらのデザインの方が好きだったのだがね」
「ふふ、私もよ」
ユグドラシルには貨幣と呼べるものは金貨しかなかったが、実は新旧2種類の硬貨が存在する。初期からある男性の横顔が彫られた旧硬貨と、大型アップデート「ヴァルキュリアの失墜」から使用された女性の横顔が彫られた新硬貨だ。
これらの硬貨はプレイヤー間の取引はもちろん、ギルドの運営やシモベの召喚、スクロールの作成やNPCの復活など、利用方法は多岐にわたる。
アインズが手の中で金貨を転がす。
「それでこの金貨で何をしようと?」
「異相協会は生産ギルド、商売は自由にさせてもらうわ。アインズ・ウール・ゴウンの活動には配慮するけれど、どこかで物事が競合するかもしれない。そこでこの旧硬貨を提示された場合に限り、何をおいてもそちらとの取引を優先的に行なう――ってことでどうかしら」
「面白い提案だ。事故は想定して然るべきだし、要らぬ衝突を避ける仕組みは必要だ。加えてこちらからもひとつ。最重要な取引は旧硬貨、ユグドラシル由来の取引は新硬貨、その他この世界に由来する取引はこの世界の硬貨を使うのはどうかな?」
「いいわよ、それでいきましょう」
「成立だ。アルベド、シモベたちに情報を共有しろ。異相協会とは同盟を組む、敵対行為は厳禁だ。外に出ている守護者たちにも忘れずにな」
アインズが側に侍ていた美女に指示を出すと秘書然とした復唱が返ってくる。
「畏まりました、アインズ様。アインズ・ウール・ゴウンと異相協会との同盟をシモベたちに周知させます」
「うむ。――そういえば、その狼は」
鷹揚に頷いていたアインズが不意にアエラへ注意を向ける。
俺は手招きしてアエラをアインズの前でお座りさせる。
「アエラだ。獣王メコン川さんとヘロヘロさんの助力を受けて生まれたNPCだ」
「ああ、あの時の!」
アインズのテンションが目に見えて高くなる。
「懐かしいなあ。――この子の人化を頼めるかな?」
俺がアエラに目配せすると赤毛の狼から黒ナース服姿に変わる。
「やはり面影があるな。ルプスレギナ、ここへ」
アインズに呼ばれた
彼の言う通りアエラとルプスレギナは同じ赤毛で顔立ちも似ていた。
それもそのはず、希少アイテムを獣王メコン川に譲る代わりに出した交換条件は「犬を飼いたいから手伝ってくれ」。外装データは獣王メコン川の伝手を借り、犬の動作はヘロヘロにプログラムしてもらったのだ。
最終的に俺の手が入っているものの、アエラとルプスレギナが似ているのは必然だ。
「ギルド会議で相談された時は代金を立て替えようとも思ったが、うむ、許可を出して良かった」
アインズが懐かしむように独り言ちる。
「お前たちもこっちに来い。この娘にはメコン川さんとヘロヘロさんの意志が宿っている、言わばルプスレギナの従妹。メイドたちの親戚みたいなものだ」
アエラと
それはまるで幼い我が子を見守る親のようだった。
独自設定
・「溶いた卵のスープ」と「豆と鶏肉の煮物」は14世紀以降、ワイン煮込みの焼き鳥は15世紀以降(フランス周辺、“小鳥の墓”という冗談みたいな名前の料理)、
・転移世界の品種改良事情。この世界の場合、改良した品種を維持するのが大変そう。
・設定だけして忘れていたアエラの
・クラーナが対プレイヤーに詠唱した魔法。〈
・時期的にセバス、ソリュシャン、シャルティア、デミウルゴスは不在。活動内容は原作通り。
・当二次創作ではシャルティアの洗脳が判明するのはアルベドが同盟を周知する際にまでずれ込む。原作の時系列と比較するとおよそ6時間以上半日弱ほどのずれ込み。
・アエラ制作にまつわるアインズ・ウール・ゴウンのギルド会議。ギルドのリソースを流用するため獣王メコン川とヘロヘロは議題として提出している。大金を払わずに獣王メコン川を強化できるならと許可された。