※この作品はR-18です。

オバロ外伝:安穏無事に過ごしたい   作:ウキヨライフ

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第11話:脅威

「何ですって!? ――分かったわ、助けは必要?」

 アインズからの〈伝言(メッセージ)〉にクラーナが緊迫した声を上げる。ナザリック地下大墳墓から戻って1時間もしないうちに再びアインズから連絡が入ったのだが――。

「――ええ、連絡を待ってるわ」

 〈伝言(メッセージ)〉を切ったクラーナがソファーから立ち上がる。

「ヴィクトル、馬車へ移動するわよ。リオ、屋敷を引き払う。準備なさい」

 

「緊急事態か?」

「シャルティアが精神支配を受けたそうよ」

「ありえないだろ。種族特性で無効化されるはずだ」

「ええ、それは彼も理解している。だからこの世界固有の力を疑っているわ」

「――未知の魔法か、生まれながらの異能(タレント)か」

 粘体(スライム)も精神作用無効を持っているが、それを突破しうる力があるとしたら事態は深刻だ。

 

 俺たちは慌ただしく屋敷に持ち込んだものを回収する。

「クラーナ、アインズはどう動くつもりだ?」

「冒険者組合がエ・ランテル近郊に吸血鬼(ヴァンバイア)の出現を認めたそうよ。彼は冒険者として討伐を名乗りでるつもりみたいね。状況が動き次第また連絡するって」

「俺たちはどうする?」

「予定通り大門が開く時間になったら出発よ。それまでは馬車で待機ね」

 俺はその指示に納得する。

 バルドには申し訳ないが、彼の屋敷より馬車の方が安全だ。

 

 

* * *

 

 

 時刻は大門が開く少し前。俺たちは屋敷をバルドの使用人に託し、エ・ランテルの西門広場に馬車を移動させた。初めてエ・ランテルに到着した時は南門だったが、門や広場の作りは同じだ。

 こちらの広場は南門以上に商人の荷馬車や護衛に雇われた傭兵たちでごった返している。それもそのはず、西門は王国全土に通じているからだ。「城塞都市エ・ランテル」は言わば諸国と繋がる玄関。貴重な輸入品を得られる場でもある。ここに集う武装した商隊は、これから各領地へ仕入れた品を持ち帰るのだ。

 

 相変わらず異相協会の豪華な馬車は人目に付く。昨夜の件もあるので御者台にクレマンティーヌを配置して警戒させている。俺も馬車の横でアエラと戯れている素振りをしつつ、技能(スキル)を使って周囲を観察中だ。

 

「アルヒミア様、お待たせしました」

 俺は若い女の声に呼ばれて振り返る。

「ご苦労だったな、リタ、ソレーヌ。少しそこで待っててくれ」

 朝市で日用品を買い込んできたリタとソレーヌだ。

 

 実はグニラの店から4人ほど引き抜いた。経営組のカーリンと、娼婦のリタ、ソレーヌ、ナタリーだ。表に出せる使用人にするつもりなので、選考基準は「文字の読み書きができる」と「稼げない女」、そして「宣伝効果がある娘は除外」。これらの条件で残ったのが先の4人だ。

 カーリンは王国、リタは帝国、ソレーヌとナタリーは法国の文字に対応できる。ただしナタリーは読めはするが両(・)手(・)が(・)無(・)い(・)。つまり物理的に書けない訳だが、当然これだと洗濯屋の労働力としても微妙だったことで連れていくことになった。リタも20代前半でまだまだ稼げるはずだが、同じ帝国組の年長ふたりが除外されたので消去法で選ばれた。

 なおグニラには引退した冒険者を警備兼労働力として雇い入れるよう命じてある。あとはバルドと上手く連携して稼いでくれれば今後の活動がしやすくなる。

 

 ちなみにクレマンティーヌは元々家柄が良く教育に恵まれていたのと、漆黒聖典という特殊な環境下で訓練を積んだおかげで3ヶ国語の読み書きができる。法国枠を彼女で補う案もクラーナからは提案されたが俺は却下した。

 理由は単純、人格に難があるからだ。命令すれば今の彼女なら真面目に遂行するだろう。しかしアインズとの一件がある。目が届かない場所では正直なにをしでかすか分からない。飼い主としては不安が大きいのだ。

 

「おお、間に合いましたか。餞別にとっておきの果物を持ってきましたよ。あと、少ないですが路銀の足しにどうぞ」

「ロフーレ殿!? まさか見送りに来ていただけるとは。それに餞別まで」

 前日に出立の挨拶は済ませている。

 にもかかわらず改めて見送りに来てくれるとは義理堅い。

「お気になさらずに。我々は言わば共同事業者のようなもの。これは支援であり投資だと思ってください」

「では、遠慮なく」

 バルドから餞別品を受け取る。

 この世界の硬貨はまだ手持ちが少ないので助かる。

 

 不意に広場が騒めき、バルドも驚きの声を上げる。

「!? こ、これも魔法ですかな?」

「馬車の機能だが、魔法みたいなものだな」

 エ・ランテルに到着した日とは逆に、クラーナによって馬車の外装が“汽車の客車”から“ログハウス”に換装されたのだ。その際、御者台にいたクレマンティーヌがすっ転んだが見なかったことにする。

 

 改めて“魔女の家”に戻された理由は、クラーナがアインズ・ウール・ゴウンに感化されたせいだ。俺はあの規模とディテールの細かさにただただ圧倒されただけだが、クラーナは維持され続けたナザリック地下大墳墓を目の当たりにし、ギルドマスターとして思うところがあったらしい。

 

「この外観がお気に入りでね。一番長く……、そうだな、長く愛用している」

「山小屋風というのも趣があって宜しいですねえ。世の中がもう少し安全なら私もこのような馬車で旅をしてみたいものですよ」

 バルドが共感を示す横で、御者台裏の扉が開く。

 

 御者のマーシャが旗を抱えて現れ、そして御者台の庇に括りつける。

 以前は異相協会の旗だけだったが、今日からは俺とクラーナの紋章が入った旗もある。

 

「では、私は店に戻ります。またエ・ランテルを訪れた際はよろしくお願いしますよ」

「もちろんだ。世話になった」

 バルドと握手を交わし、そして見送る。

 果たして「次」があるのか、旅先で偶然バッタリ再会するなんてことはないだろう。

 

 この世界の旅行事情は絶望的だ。モンスターがいない世界でさえ一生を10キロ圏内で終える時代があった。教会の鐘が聞こえる範囲でしか生存できない時代があった。この世界にはモンスターがいる。旅をするには財力、もしくはそれ相応の実力と運が必要だ。

 

『開門! 開門!!』

 ゴーンゴーンと時を知らせる鐘の音とともに衛兵が叫ぶ。

 落とし格子が巻き上げられ、大門がゆっくりと開く。

「マーシャ、クレマンティーヌ、頼んだぞ」

『お任せください』

「よし、ふたりとも馬車に乗れ。アエラ(お前)もだ」

 外装換装中で待機させたままだったリタとソレーヌ、それに寝そべっていたアエラを馬車に乗せる。

 いよいよこの街ともお別れだ。

 

 

* * *

 

 

 馬車で移動中、なんとなしにクラーナの部屋に顔を出したらマスターソースを開いていた。

 聞けば大した理由ではなかった。

 

「どうだ?」

「悩ましいわね。なんで10部屋しか作れないのかしら」

「文句は運営に言え。――俺の部屋はいじるなよ」

「辛辣ね、分かっているわよ」

 クラーナは馬車の部屋割りを編集していた。

 それは何故か。

「ああもう! 念願のハーレムなのに!!」

 そう、大した理由ではないのだ。

 さっきまで感傷に浸っていた奴とは思えない。

 

 俺はマスターソースと睨めっこするクラーナを置いて居間に移動する。

 居間も貴族然とした優雅なものからダイニングキッチンに戻っている。魔女の大鍋に見立てた“ダグザの大釜”、壁の棚には様々な水薬(ポーション)類、天井からは錬金素材の薬草が吊るされている。わずか1週間振りの光景だが、やはり長く見慣れたこの居間が一番落ち着く。

 

「すまないな、もう少し時間がかかりそうだ」

『いつまでもお待ちしております!』

 グニラの店から連れてきた4人が口を揃える。

 

 ユグドラシルの移動式拠点はそれを拠点として登録した時点でギルドの最大登録人数が10人になるペナルティーを受ける。そのためか拠点に作れる部屋の数も最大10部屋に制限されていた。課金アイテムでもこれ以上の拡張はできない。

 なおクラーナは「部屋」と称しているが、正確には「エリア」だ。だから今のクラーナの部屋のように「スイートルーム」の外装を使用すれば居間や寝室、浴室などを含むエリアになる。

 馬車の間取りは一見すると3LDK。しかしそのうちの一部屋はハブ空間だ。これは馬車に入って早々、廊下に扉がズラリと並んで見えるのを嫌ったクラーナが生産系の部屋に繋がる扉をひとつにまとめたものだが、当然このハブ空間もエリアにカウントされる。なので実質部屋として自由に使えるのは9エリアだ。

 

 クラーナは己の欲望のためにプレイルームを作ろうと苦戦しているが、それとは別にカーリンたち使用人の部屋――とは言っても相部屋ではあるが、キチンと用意しようとしているところがいかにも彼女らしい。

 どうせプレイルームに篭ることになるのだから使用人たちの部屋も兼ねてしまえばとも考えるが、きっとそれでは駄目なのだろう。クレマンティーヌを床で寝かせている身からするとなんとも手厚い扱いで頭が下がる思いだ。

 

「準備できたわよ。はいこれ、見取り図」

 部屋から出てきたクラーナから見取り図を受け取って確認する。クラーナの部屋、俺の部屋、居間、ハブ空間、倉庫、生産施設、工房、使用人部屋(NPC)、使用人部屋(人間)、ヤリ部屋。

「おい、ヤリ部屋ってお前。もう少し名付けようがあっただろ」

「よくよく考えたら私と貴方で使うものだし、ハーレム部屋は違うかなって」

「お前がなにを言っているのか分からん」

「人に見せるでもなし、気にしなさんな。やる事はひとつなんだから、いいじゃない」

 マスターソースは俺たちにしか呼び出せない。紙に書き出したものは例外だが、確かに人様の目に付かないのであれば気にし過ぎても仕方がないのかもしれない。言いくるめられているようで面白くはないが。

 

 改めて見取り図を見る。クラーナが望んだ部屋が全て収まっている。使用人部屋とヤリ部屋はもちろん、リリたちサキュバス組の部屋まで新たに作られている。ふたつずつあった生産施設と倉庫、それに転移してすぐの頃に作ったバストイレ用の部屋を改装したようだ。風呂とトイレは居住用の各部屋に備わっている。エリアをひとつ消費してまで個別に用意する必要はない。

 

「ちょっと待て、俺の部屋とヤリ部屋が繋がってるじゃないか」

 よく見るとヤリ部屋は廊下やハブ空間とは繋がっておらず、クラーナの部屋と俺の部屋、それとふたつの使用人部屋と繋がっていた。

「まあまあ、いいじゃない。このほうが便利でしょ?」

 悪びれた様子のないクラーナに呆れる。

 

「生産施設と倉庫の中身はどうした?」

「生産施設はリリたちの部屋と一緒にしたわ。世話が必要なプランターとかを中心にね。倉庫の中身は私の部屋に。――できれば錬金術系の素材はヴィクトルの部屋で預かってくれると嬉しいんだけど」

 クラーナが上目遣いで、媚びるようにお願いしてきた。

 倉庫の中身はかなりの量だった。きっと自室を圧迫しているのだろう。

「仕方がない、運び込んでおいてくれ」

「ありがとう! 好きよ、ヴィクトル」

「そりゃどうも」

 甘いとは思うが仕方がない。倉庫の中身を各部屋に分けてもいいが、なかにはカーリンたちには危険な物も多くある。そういったものは流石に引き受けないと彼女たちの命がいくらあっても足りない。

 

「さあさあ、付いてらっしゃい。部屋に案内するわ」

 カーリンたちに持参させた私物を持たせ、クラーナが向かった先はハブ空間。

 そこには新たに使用人部屋に繋がる扉がふたつ増えていた。

 

 クラーナを先頭にカーリンたちが入室し、俺は後からどんな部屋になったのかと室内を見渡す。

 内装はログハウス風の外装を少し小奇麗にしたものだった。床と柱は木目を活かした材木のままで、壁は清潔感のある白い壁紙。窓が無い代わりにランダムで風景を映す大きな魔法の額縁が閉塞感を和らげていた。

 

「手前の扉がトイレ、奥がお風呂。向かいの扉が寝室。私物は各々ベッド脇の収納箱にしまうといいわ。衣装棚の中に仕事着があるから、昼用と夜用。まあ見れば分かるわ。あと食事は基本的にジルが作るけど、居間の台所は自由に使いなさい」

 

 入ってすぐの一室は家具や収納棚が並ぶリビングルーム、そこからシングルベッドが6台並ぶベッドルーム、バスルーム、トイレに繋がるようだ。ベッドルームはやや手狭だが、リビングルームには食事用の大きなテーブルと長椅子、それにゆったりと寛げそうなソファーがある。

 

「す、すごい」

「こんな立派なお部屋を……」

 カーリンたちが見事な部屋に感嘆する。

 貴族の屋敷のように贅を尽くすでもなく、娼館のように扇情的でもない。しかしユグドラシルのものなので何もかもが質が良い。

 

「次の街までは距離があるから、まずは荷物整理をしてもらうわ。仕事着に着替えたら私の部屋に来なさい」

『仰せのままに』

 

 

* * *

 

 

 俺が引き受けた素材を整理しているとクレマンティーヌが呼びに来た。

「ヴィクトル様、追跡されています」

「すぐに行く」

 

 俺は廊下から御者台に向かい、さらにそこから屋根の上に設置された銃座――、小さなルーフバルコニーに登る。銃座には既にジルが陣取っており、走行する馬車の後方へ短抗銃(パイルガン)のスコープを向けていた。

 

「相手は?」

「馬に乗った集団が、数は10。じきに追いつかれます」

「装備は?」

「クロスボウ、剣、棍棒。統一性はなく、ユグドラシルの装備にも見えません」

 後を走っているだけでは敵認定はできない。

 だがバルドの言っていた野盗の類だろう。

「エ・ランテルで目を付けられたか」

 壁の外に法の目は届かない。

 追いはぎにとって護衛を連れていない俺たちはいい鴨だ。

 

「エ・ランテルを出た他の馬車は?」

「すでに4キロ以上離れています」

 普通の馬とは違い、アイアンホースゴーレムは坂でも足場がしっかりしていれば速度を保つことができる。そのため同時刻に出発した他の馬車とは距離が開いていた。4キロも離れれば地平線の向こう側、目撃はされない距離だ。

 

 御者台のマーシャが指示を仰ぐ。

「振り切ることもできますが、如何しますか」

「このまま速度を維持だ。絡んできたら停めろ、反撃を許可する。だが馬は殺すな、売り払う」

『畏まりました』

 マーシャ、ジル、クレマンティーヌが了解する。

 馬は殺さない。別に愛護精神からではなく、言葉通り売るためだ。向こうの世界では“生き物”の価値は高かった。きっとこの世界でも同じはずだ。

 

 

 

 

 

「おい! 止まれ!」

 追いついた強面の野盗が御者台のマーシャとクレマンティーヌへ怒鳴るが、ふたりの容姿を見て早くもその表情は弛む。マーシャが馬車を停止させると、野盗たちはぐるりと周囲を取り囲んだ。下卑た笑いに囲まれ不愉快極まりないが、この状況に一種の懐かしさを覚える。運び屋をしていると稀に襲われることがあるのだ。

 しかし、転移して俺は変わった。粘体(スライム)としての特性で人間だった頃に感じたひりつくような緊張感がない。冷静に野盗の位置取りを分析している。感情が無くなったとは思いたくないが、修羅場においてはありがたい。

 

「おにーさんたち、なにか用?」

 クレマンティーヌがアインズの件で反省したのか、まずは会話から入った。いきなり襲いかからなかったことを褒めてやりたいが、そんな彼女に野盗のリーダーらしき男が近寄る。

「おいおい、本当にこの馬車か? まあいい、おい女、降り――」

 

 小さく「カシュッ」と乾いた音、間髪入れず「カンッ」と小気味いい金属音とほぼ同時に「ザンッ」と何かが地面に突き刺さる。

 

「リーダー?」

 さっきまで喋っていた男が落馬していた。

 いや、正確にはジルの短抗銃(パイルガン)に撃ち下ろされて地面に串刺しにされていた。

 

 今度は立て続けに「カシュッ、カシュッ」と響き、これで馬車の御者台左側を囲んでいた3人の野盗が地面に固定された。ジルは野盗の中から“視界から孤立した者”から順次射撃したため、当の野盗たちは「物音はするが仲間は静か」で状況判断が遅れる。

 派手な銃声がないので反対側にいる連中はまだ気付いていない。獲物を逃がすまいと馬車後部の扉を見張ったままだ。

 

「な、なんだ!? ぎゃ!」

 御者台の近くで異変に気づいた野盗の眉間にクレマンティーヌのスティレットが刺さり、マーシャもサイレンサー付きの魔導銃で側にいたひとりを射殺する。

 そして射線を移したジルの短抗銃(パイルガン)が反対側の野盗を襲う。

 

 

 

 

 

「馬を集めました」

「よし。マーシャ、死体を運び込むぞ。ジルは上で警戒を頼む」

 馬の面倒をクレマンティーヌに任せ、俺はマーシャと死体を工房へ運ぶ。

 痕跡を残さないためでもあるが、目的は装備を剥ぐこと。これではどちらが追いはぎか分からない。

 

 野盗は即死。死体はどれも穴がひとつ空いているだけで原形をとどめている。ジルが装備している短抗銃(パイルガン)はユグドラシル最終日にクラーナが買い与えたものだが、彼女は以前からこの種類の銃を愛用している。彼女のユグドラシル時代、馬車が走っていた頃の役割は、走行中の馬車からMOBやプレイヤーを足止めすること。レベル40台の彼女には始めから戦闘は期待されておらず、猟兵(イェーガー)や狙撃手(スナイパー)といった職業(クラス)も全ては足止め用の技能(スキル)を強化するためだ。

 短抗銃(パイルガン)はそんな技能(スキル)と相性が良く、命中時のストッピングパワーが極めて高い。基本的に逃げ撃ちしかしないので、高レベルのプレイヤーを1秒でも止められれば万々歳という運用だ。

 

 なおマーシャが最終日に買い与えられた武器は鈍器としての使用のみで射撃は禁止した。流石にこの世界で神器級(ゴッズ)を普段使いさせると悪目立ちする。なので以前使っていた伝説級(レジェンド)の魔導銃、チャージ・サブコンパクトウェポン・ヴァルキリー9、通称CSCW・Ⅴ9を装備させている。装弾数60発で単発とフルオートの切替可。サイレンサー付きの魔導銃だ。

 発射レートが極めて高く、瞬間火力は馬鹿高い代わりに使い勝手が悪い武器だ。ただマーシャの本業は御者、馬車を走らせることだ。使用に迫られる状況とはつまり追いつかれた時であり、そうなったらギルドメンバーが応戦するので援護さえできれば良いとされていた。

 

 野盗の装備を剥ぎながら状態を確認する。

「意外と手入れがしっかりとされているな」

「リペアすれば売れそうですね」

 統一性はないものの商売道具には気を配っていたようだ。野盗といえどもその点では好感を持てる。とはいえ、なんの魔法効果もない普通の武具なので、異相協会として販売するからには少し手を加える必要がある。

 

 どんな魔法を付与しようかと考えていると、クラーナから〈伝言(メッセージ)〉が届く。

『ヴィクトル、すぐに来て』

「――分かった」

 声の調子からまたアインズ絡みだろう。

 

「マーシャ、すまないがクラーナに呼ばれた。後は任せる。装備を回収したらリリたちに伝えろ。彼女たちが死体を処理してくれる。そしたら出発してくれ」

 マーシャに指示をだし、俺はクラーナの部屋に向かう。

 

 

* * *

 

 

「どうした?」

「彼から連絡が来たわ。結論から言うと世界級(ワールド)アイテムを使われた可能性があるみたい」

 言葉が出なかった。精神作用無効のシャルティアが洗脳されたと聞いて気付くべきだった。この世界に転移した直後に世界級(ワールド)アイテムを疑ったのにその可能性に至らなかった。

 

「それは確かなのか?」

「この世界固有のものである可能性はまだあるわ。でも超位魔法での解除は叶わなかったそうよ」

「なるほど、超位魔法を超える力はユグドラシルにはひとつしかない」

「その通り。だから手段がなんであれ、世界級(ワールド)アイテムと同等のものだと考えなければならないわ。ちなみに洗脳は物理的に解除したらしいけど、本人に事情を聞いても犯人は分からなかったって」

「――そうか」

 この世界の人間とNPCが同じかどうかはわからないが、クレマンティーヌも復活前後は記憶が曖昧だった。犯人の手がかりを得られなかったのは残念だが仕方がない。

 

「どうする? 向こうと合流するか?」

「いいえ、その逆よ。しばらくは〈伝言(メッセージ)〉とか、シモベを介した間接的な接触だけになったわ」

「同盟を組んだのにか? 世界級(ワールド)アイテムが想定される状況なら戦力を分散しないほうがいいと思うんだが」

「私もそう考えたけど断られたわ。彼はシャルティアへの攻撃が偶(・)然(・)で(・)は(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)場(・)合(・)を懸念している。アインズ・ウール・ゴウンと知って攻撃を仕掛けてきた可能性を疑ってるわ。もしそうなら異相協会が合流したところで大局は変わらない。いっそ別動隊として情報収集に専念してほしいって頼まれたわ」

 

 俺はその言葉に唸る。犯人がアインズ・ウール・ゴウンだと理解したうえで攻撃したなら厄介だ。アインズ・ウール・ゴウンとの戦争に踏み切れる相手に、異相協会の戦力では渡り合えない。互いにレベル100の製造職と戦闘職が戦えば当然後者に軍配が上がる。「戦闘ができて製造もできます」はまずありえない。そんなことを運営が許してしまったらゲーム内のマーケットが成り立たないし、なんでもひとりで出来てしまっては課金での搾取機会も減るからだ。

 少人数で兼業が多い今の異相協会ならなおさらGvGは無理だ。

 

「トップ同士で決めたなら俺はそれに従おう」

「よろしく。しばらくはアインズ・ウール・ゴウンとの関係も秘密。でも勘のいい相手なら同時期に現れた私たちの関係性に気付くかもしれないわね」

「まあ、その時はその時だ」

「それじゃあ、これをアエラちゃんに渡してあげて」

 そう言って渡されたのは水晶で作られた勾玉(まがたま)の耳飾り。

 世界級(ワールド)アイテムの潮干玉・潮満玉(シオヒルタマ・シオミツタマ)。

「世界級(ワールド)アイテム対策よ。私も外に出る時は極光の面紗(ヴェール・オブ・オーロラ)を装備するわ」

 クラーナの対策は必須だが――。

「アエラでいいのか?」

「レベル100のあの娘に何かあったらそれだけで大損害よ。リオにも持たせたいけれど、天御柱(アメノミハシラ)を抱えての日常生活は流石に無理よね」

 確かに高レベルNPCほど異変が起こったら対処が面倒だ。それでなくとも莫大な復活費用がかかる。クラーナの言い分はギルドマスターとして正しいが、損得勘定で割り切られたマーシャとジルが少々不憫だ。

 しかし、どうしようもない。異相協会が所有する世界級(ワールド)アイテムは4つ。俺の身体の中にあるひとつ、設置型がひとつ、そして装備型がふたつ。取り回しが良く、かつ日常生活の妨げにならないのはふたつしかない。レベル順で与えるならアエラに装備させるのが妥当だろう。

 

 

 

 

 

 馬車が動きだした気配を感じ、話題を変える。

「このまま王都を目指す――、でいいのか?」

 不安要素は拭えないが、今は前に進むしかない。

 城塞都市エ・ランテルから西にある王都を目指すにはふたつのルートがある。道なりに最短を目指すならエ・ペスペル領、少し北へ迂回するとエ・レエブル領がある。もちろんそのどちらも選ばず道なき道を突っ切る選択肢もある。

「まずはエ・レエブルね。レッテンマイア都市長に薦められたし、魔法職にも理解があるそうだから」

「ほう、この国の領主にしては期待できそうだな」

 

 リ・エスティーゼ王国は魔法職の扱いが悪い。いや、細かいところへ目を向ければそれなりに優遇はされている。しかし優遇しているのは理解ある雇用者で、国策としての支援はない。

 例えば王国にも魔術師組合はある。魔法詠唱者の育成や魔導具(マジックアイテム)の販売を行なっている。組合長が共同保証人になるくらいには信用のおける組織だ。しかし、財政は芳しくない。適合者が少なくて授業料では稼げず、組合員も少ないので会費も期待できない。魔導具(マジックアイテム)は高価で販売機会にも恵まれない。

 これらは王国がなんらかの支援をすれば改善できるものだ。手品の類ではない、本物の魔法であるにもかかわらず実に勿体ない。

 

「俺は部屋に戻る。まだアイテム整理が残ってるからな」

 方針と行き先が決まったので、俺はクラーナの部屋を後にした。

 

 

* * *

 

 

 その日の夜、さっそくクラーナが全メンバーをヤリ部屋に招集した。

 ヤリ部屋は薄暗く、赤を基調とした部屋は淫靡な雰囲気を漂わせていた。四方の壁には各部屋に通じる扉と間接照明、部屋の中央には天蓋つきのキングベッドがひとつ、壁際はぐるりと大きなソファーが並び、サイドテーブルにはマーシャの鍛冶スキルを存分に発揮して作られた「大人の玩具」が並べられていた。

 部屋全体を媚薬効果のある濃密で甘い香りが覆い、クレマンティーヌらが悩まし気に身悶えている。

 

「ソレーヌ、そしてナタリー。このクラーナ・デア・セルペンス・ウェネフィカが、いまこの時をもって貴女たちふたりの罪を許し、無辜の信徒として迎え入れましょう。同志らと正しい道を歩むことを望みます」

『ウェネフィカ様、あなたの御名を讃美します。私どもの祈りを聞いて下さり、感謝します。これからは同志と共に、信仰者の道を歩んで行きたいと思います』

 

 鬼子母神(カリティモ)姿のクラーナが洗礼を模した儀式を行なっていた。

 実はソレーヌとナタリーのふたりが元罪人だと判明したのだ。

 

 きっかけはクレマンティーヌとの顔合わせだ。彼女たちの出自と“身体の状態”から、ふたりの身の上を言い当てたのだ。曰く、まともな法国民は国を出る理由がない。手首を切り落とす刑罰はどの国でもみられるが、とりわけ法国でよく行なわれる私刑のひとつだと。そう指摘されたソレーヌとナタリーは蒼白となり、そのまま流れでクラーナに懺悔し、許しを乞うたのだ。

 

 ふたりの話を詳しく聞くと、ソレーヌは姦淫を犯して相手方の女性と揉めた際に右目を負傷、治療を受けぬまま宗教警察に引き渡された。ナタリーは駆け落ちの資金にしようと奉公先から銀食器を盗んで捕まり、悪しき両手を切り落とされた。

 ふたりとも罪を流布された挙句に身分を奴隷へと落とされ、巡りめぐってリ・エスティーゼ王国へと売られたらしい。

 

 儀式を終えたクラーナがベッドにふたりを残し、蛇女(ラミア)状態のままスルスルと壁際のソファーに移動してきた。

 涙を流して喜ぶふたりに聞こえないように、俺は小声でクラーナに問う。

「今の儀式に意味はあったのか?」

 ひとりは片目を失い、ひとりは両手を失っている。その後も十数年を奴隷や娼婦として生きた。ここでことさらに儀式の真似事までして信者として迎え入れる意味があるのか疑問だった。今後の活動を見据えて手勢を増やす意味で信者を増やすのはいいとして、祀られる者が直接儀式を執り行うのはなんだか違うような気がする。そういったものは巫女や司祭の仕事だ。

 

 俺の疑問にクラーナは少し困ったような視線を向ける。

「ヴィクトル、少なくとも彼女たちには意味のある行為よ。それと誤解しているようだから言うけれど、彼女たちが欲しているのは神(・)の(・)許(・)し(・)であって、人が与えるそれではないわ」

「ああ、そういうことか」

 

 クラーナの指摘で合点がいった。ソレーヌとナタリーはスレイン法国出身、教義ありきの環境でいままで生きてきた人間だ。罰を受けた時点で許されて然るべきだが、彼女たちは奴隷とされ、果ては異国の地で身を売るしかなくなった。質が悪いことに、それらを行ったのが法国の司法機関とは無関係の自警団を名乗る宗教警察であることだ。公の組織ではないものの、その土地の人間で構成されているために影響力がある。正式な裁判もなく、彼らが信じる教義に基づいて断罪したのだ。

 それがいけなかった。本来なら裁判を経て罪を償い、司祭のような神殿関係者が「許し」を与えるべきなのに、彼女たちにはその機会が与えられなかった。さらに流れついたリ・エスティーゼ王国の神殿も性従事者に排他的だ。信心深いスレイン法国の民が、神に見捨てられたまま生きてきたのだ。

 彼女たちに必要なのは神の許し、再び歩きはじめるための節目、きっかけが必要だったのだ。

 

「私の言葉で変われるならいくらでも声をかけてあげるわ。前に進めるなら罰だって与えてあげる。――ただし、身内に限るけれどね」

 この場合の身内とは信者のことだろう。

「すっかり神様だな」

「やめてよ、その言い方」

 

 

 

 

 

「貴女たち、奉仕なさい」

 クラーナが側に控えていたカーリンとリタを呼ぶ。ふたりはクラーナが「夜用の仕事着」と称した卑猥な下着を着ていた。胸には隠すべきものも隠せない小さな薄い布切れが2枚、股間には秘部をなぞるように真珠が連なった紐が食い込んでいる。他にもチョーカーやリボンなどの装飾品類もあるが、これらをわざわざ4人分も用意したマーシャを労いたい。

 

 先のソレーヌとナタリーは、中央のベッドで淫魔たちと絡み合っていた。

 ソレーヌがベッドに大の字に固定され、幻術を解いた女淫魔(サキュバス)姿のリリが顔面騎乗位でその秘部に奉仕させている。同時に、リエが媚薬塗れの手で乳房を揉みこみ、さらに膣と肛門には深々とナタリーの腕が挿入され、前後交互に激しく往復していた。

 一方でナタリーはソレーヌへ両腕を挿入したなかば四つん這いの格好のまま、背後からリオに鞭で叩かれながら後背位で突かれていた。「淫魔の体液には催淫効果がある」と定かではない情報をどこかで聞きかじったことがあるが、ソレーヌとナタリーが上げる嬌声がそれを裏付けているようで興味深い。

 

 クラーナが奉仕を受けながら、乱交ショーを見て呟く。

「身体売ってると良くあるのよね」

「何がだ?」

 俺は専用のソファーでアエラとクレマンティーヌを侍らせながらショーを眺める。

「同性愛に傾くのよ。異性(客)の嫌なとこばかり目につくし、境遇を理解できるのも、共感してくれるのも身近な仕事仲間だけだから。女に限った話じゃないわよ?」

 ソレーヌとナタリーの関係は初耳だ。それに男娼も同じだと言いたいらしい。

「自由恋愛だ。共依存だとしてもほっといてやれ」

 歪な愛だとしても当事者が合意のうえなら問題ないだろう。

 

「それにしても、世界級(ワールド)アイテムの脅威を聞いた直後でコレか」

「現実逃避も時には大切よ。――まあ、今回はあの娘たちのお願いもあったけれどね」

 

 

 

 

 

 しばらく経つとベッドはベッドで盛り上がり、クラーナも自分の世界に浸ってしまった。

 手持無沙汰の俺は、この機に隣で陰核(クリトリス)の拡張に勤しむクレマンティーヌに声をかける。

「クレマンティーヌ、俺の前へ。ああ、立ったままでいいぞ」

 自然と跪いて奉仕しようとするクレマンティーヌを制し、俺は宣告する。

「突然だが、お前には人間を止めてもらう」

 陰核(クリトリス)への刺激で上気していたクレマンティーヌの表情が凍る。

 

 返事がないので続ける。

「今のお前に不満はないが、戦力を拡充する必要がある。当初はナザリックで再強化するつもりだったんだが、その予定も崩れてしまった。だから異形種化して手っ取り早く強化しようと思う」

 クレマンティーヌはなおも反応を示さない。

「決定事項だが、一応お前の意見を聞いておこうか」

 

「――嫌です」

 

 シンプルに拒絶されて「まあ、嫌だよな」と分りきっていた答えに納得する。

 クレマンティーヌは〈人物支配(ドミネイト・パースン)〉を恐れていた。単に支配されることを嫌っているとも見て取れるが、その本質は暴力が支配する世界で己という存在を確立したからこその反応だ。命を懸けた戦いの場に身体ひとつで生き抜いてきた者の自我を脅かされたくないのだ。

 彼女が「どんな責苦も敗者の宿命」として自らの意志で俺に奉仕しているのはそんな理由からだ。

 

 しかし、拒否はしたもののクレマンティーヌ自身も半ば諦めているのか物静かだ。

 そんな彼女が疑問を口にする。

「人間を止めるって――、何にされるんですか?」

「アエラの眷属、人狼(ワーウルフ)だ」

 

 ユグドラシルプレイヤーやNPCの「レベル」には種族レベルと職業レベルの2種類がある。ふたつの合算がプレイヤーらのレベルであり、レベル100でカウンターストップとなる。種族は人間種、亜人種、異形種の3種類あるが、このうち人間種だけ職業レベルのみで種族レベルを持たない。そしてプレイヤーではない「ゲ(・)ー(・)ム(・)内(・)で(・)自(・)然(・)発(・)生(・)す(・)る(・)モ(・)ン(・)ス(・)タ(・)ー(・)」にはそれらとは別にモンスターレベルが割り振られていた。

 ここで注目したいのはプレイヤーが操るアバターの人狼(ワーウルフ)と、ゲームの敵として現れる人狼(ワーウルフ)ではレベルの扱いが異なる点だ。

 

 俺の狙いはクレマンティーヌをアエラの眷属とし、彼女の職業レベルにユグドラシルに由来する人狼(ワーウルフ)のモンスターレベルを上乗せすること。最低値のレベル6――この世界の基準でいう難度18でも死を挽回できる。仮に目論見が外れたとしても“異形種の成長率”を得られれば万々歳だ。

 これで強化が実現すればゆくゆくは人狼軍団だって作れるだろう。クレマンティーヌはそのための実験体だ。

 

「慰めにはならんと思うが獣人状態を月に一度、満月の夜だけに限定できる。基本的に今の姿を維持できるから安心しろ。身体能力も夜目と嗅覚が利く以外は筋力と頑強さがある普通の人間だ。強いて欠点を挙げるなら銀に弱くなるくらいだな」

 眷属化で引き継ぐ能力は基本的に劣化する。変異したクレマンティーヌでは満月の夜に人の姿を維持するのも、理性を保つこともできないだろう。アエラが持つ月齢の影響を抑え込む〈古の血〉は、人狼(ワーウルフ)の上位種〈古狼の血脈〉しか取得できない常時発動型技能(パッシブスキル)。流石に眷属化では引き継げないものだ。

 クレマンティーヌにできる対策といえば魔導具(マジックアイテム)による理性の強化のみ。理性で野生の暴走を抑えるしかないが、こればかりは本人の精神力頼みだ。

 

 クレマンティーヌが項垂れる。俺の言いようから異形化は免れないと悟ったのだろう。

 アエラに目配せし、眷属化の準備をさせる。対象を人狼(ワーウルフ)化するには〈感染〉と〈呪い〉がある。アエラの場合は爪牙による攻撃で〈感染〉を引き起こす必要がある。

 とはいえ、この世界で仕様が変質している可能性もある。全てアエラに任せるつもりだ。俺が粘体(スライム)の身体を無自覚に理解していたように、NPCも自分自身を理解しているはずだ。

 

 アエラの身体がにわかに膨れ上がると、ベッドの方から小さな悲鳴があがる。だがそれも仕方がない。全身が紅い毛皮に覆われた身長2メートル強の人狼(ワーウルフ)、その醜い姿は初めて見る者には鮮烈すぎる。

 アエラがクレマンティーヌの背後に控える。

 

 俺は項垂れたままのクレマンティーヌに声をかける。

「クレマンティーヌ、人間であるうちに何かやり残したことはあるか?」

 心残りがあるなら聞いてやりたい。

 そんな思いから声をかけたが、不意にクレマンティーヌの全身に力がみなぎる。

「糞があぁあああ!」

 絶叫と共に繰りだされた手刀が俺の左目に突き刺さり、弾け飛んだ眼鏡が落ちる音が空しく響く。

 

「満足か?」

「……ひと思いにやりな」

 なんらダメージを与えられないことぐらいクレマンティーヌも分かっていたはず。それでも放った一撃は彼女の慟哭だ。人としての最後の抵抗を受け取った。

 

 アエラに合図すると、その大きく鋭い鉤爪でクレマンティーヌの背後から両腕を掴み、ゆっくりと俺から引き離す。そして、無抵抗な首筋に嚙みついた。アエラの大きく裂けた口はクレマンティーヌの首筋にとどまらず、前は胸元、背中は肩甲骨辺りまでを覆い、無秩序に生えた大量の牙がズブズブと食い込む。

 

 パキッ、バキッと骨が砕ける音と共に濃厚な血の香りが部屋に漂う。

「うぁ゛……あぁ……」

 クレマンティーヌが呻く。チョロチョロと失禁しているが、叫びもせずよく我慢している。むしろ表情はやや恍惚としてる。この部屋に充満する催淫効果がいい具合に苦痛を紛らわせてくれているのだろう。

 

「アエラ、その辺にしておけ」

 新鮮な血の香りに興が乗ったのか、血を啜り始めたアエラを止め、俺はソファーに座りながら晒した陰茎(ペニス)を跨ぐようクレマンティーヌに命じる。

「クレマンティーヌ、傷を癒してやる。来い」

「は、はい。ご奉仕させて、いただきます」

 クレマンティーヌはフラフラの身体を奮い立たせ、自ら対面座位で俺の陰茎(ペニス)を挿入する。こんな扱いを受けてもまだ服従してくれるようだ。

 

「う゛、んん゛……」

 腰の動きに合わせて噛み痕からトクトクと血が溢れでる。ここで軟膏を使ってもいいが、今回はあえて種族技能(スキル)の〈接触治療(タッチ・リカバー)〉を発動する。嚙み痕を素手でなぞると、触れた先から傷が癒えていく――が、クレマンティーヌの血色は変わらない。

 止血はできても失われた血までは戻らないようだ。

 

「ヴィクトル様、こちらを」

「ああ、ありがとう」

 アエラが眼鏡を拾ってきてくれた。魔法の眼鏡なので手刀程度で壊れることはない。

「眷属化できたのか?」

「はい。気配といいますか、目が合えば眷属かどうか分かりそうです」

 興味深い。気配でどうこうなどはユグドラシルにはなかった。あとはク(・)レ(・)マ(・)ン(・)テ(・)ィ(・)ー(・)ヌ(・)が(・)感(・)染(・)さ(・)せ(・)た(・)者(・)をアエラが認識できるか調べる必要がある。頂点に立つアエラが群れ全体を把握できれば良し、出来なければ「勝手に増やすな」と掟(おきて)を作らなければならない。

 

「ふむ、クレマンティーヌはどうだ?」

 痛みを紛らわせようと、必死に快楽を貪るクレマンティーヌを突き上げる。

「い゛ひぃぃ! はい! 支配、されているようなあ! アエラ様を、上位者として感じます! ただ――」

 言葉を切ったクレマンティーヌが自分の裸体を改める。

「ただ、なんだ?」

「人狼(ワーウルフ)になったのか、よ、よく分かりません」

「常時獣人状態というわけじゃないからな。そういう意味でなら次の満月にならないと自覚はできないだろう」

 クレマンティーヌがエ・ランテルで死んだ夜は満月だったと聞いた。つまり彼女の暴走はだいたい30日後まで待たなければならない。

 なお初めての変身は実験も兼ねて経験させるつもりだ。どこまで眷属を増やすかはまだ考えていないが、将来的にアエラの国とかできたらそれはそれで面白いかもしれない。いまから少し楽しみだ。

 

「よし、胸元周りは治ったな。次は背中を見せてみろ」

 

 




独自設定
・王国出身のカーリンは46歳。教育は受けていないが30年以上かけて文字の読み書きを習得。帝国出身のリタは24歳。教育は受けていたが家が没落した。法国出身のソレーヌは36歳、ナタリーは32歳。法国には各神殿が義務教育を担っている。
・城塞都市エ・ランテルに限らず「門」を持つ都市や村には門限がある。
・馬車内部の風呂トイレは相変わらず排水問題を抱えている。なのでタンクを下に設置して溜めている。サキュバス組が回収してプランターの肥料にしている。
・サキュバス組に回収された死体は解体され、素材や肥料、餌などに加工された。
・クラーナが装備した世界級(ワールド)アイテムは「手に持つあらゆる武器からの攻撃を無効化する」、アエラのは「水がある地形」でしか使えない。川や海、内陸でも地下に水脈があれば使える。
・法国各地域の自警団は建国当時と比べると歪みまくっている。当初は外敵から自衛するだけでなく、文字が読めない人に代わって経典を読み聞かせたり、学校のように文字の読み書きを教えたりしていた。時代が下ると自衛だけでなく率先して魔女狩りのような活動もするようになった。
・人狼(ワーウルフ)の眷属化関係全般。
・種族変更にともなうレベルの解釈。web版の設定に寄せてはいるがかなり適当。
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