※この作品はR-18です。

オバロ外伝:安穏無事に過ごしたい   作:ウキヨライフ

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第12話:エリアス・ブラント・デイル・レエブン

「――実に惜しい。だがこれ以上の条件は難しい。ウェネフィカ殿、せめて友人でありたいものだ」

「それはもちろんですわ。今後ともよろしくお願いいたします、レエブン候」

 

 俺たちは城塞都市エ・ランテルを出て西に進み、しばらくしてから進路を北にとった。右手に大森林と山脈を望みながら、数日をかけてレッテンマイア都市長に薦められたエ・レイブル領に辿りついた。

 滞りなく領内を進み、今はレエブン候の屋敷で当主であるエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵に挨拶と滞在する旨を伝え終えたところだ。

 

 レエブン候はリ・エスティーゼ王国の六大貴族の一人だ。齢は40代前後、長身痩躯で金髪のオールバック。切れ長の碧眼で、唇は薄い。蛇を思わせる風貌だが、各方面の情報をまとめると「蝙蝠」と揶揄されるくらい王派閥と貴族派閥の間を巧みに飛び回っているらしい。蝙蝠外交の是非はともかく、六大貴族であることから政治手腕は確かなのだろう。

 

「レッテンマイア卿から連絡をもらった時は半信半疑だったが、貴殿らの力は本物。領内の妖巨人(トロール)を討伐してくれたことには重ねて礼を言おう、感謝する」

「お気持ちは嬉しく思いますが、すでに褒賞を頂いております。我々は自衛したに過ぎません、あまりお気に留められませんようお願いいたしますわ」

 

 実はエ・レイブル領内の村が妖巨人(トロール)と人食い大鬼(オーガ)の群れに襲われているところへ異相協会の馬車が出くわしたのだ。名声を上げるために軽く狩り尽くし、エ・レイブルの冒険者組合に切り落とした首を提出したのだった。

 冒険者ではないので報酬は期待していなかったが、そのあまりの数に驚いた冒険者組合から領主のレエブン候へ連絡が行き、村を救った褒賞として正式に支払われたのだ。この世界のモンスターは金貨もデータクリスタルもドロップしないので最良の結果だ。

 なお本来は耳などかさ張らない部位を切り取って提出するものらしいが、クレマンティーヌがうろ覚えだったために「頭をまるごと持っていけば確実じゃん」となった経緯がある。

 

「つつましさは淑女の美徳ではあるが、この件に関してはそうもいかない。妖巨人(トロール)を野放しにしていたらと思うと背筋が凍る思いだ。本来なら兵を出しただろうが、被害の拡大は免れなかったはずだ。――そうだろう?」

 応接室にはレエブン候の他に、彼が信頼しているという軍師と護衛の男4人がいた。

 その全員が頷いた。

 

 軍師が言う。

「過去に小鬼(ゴブリン)と人食い大鬼(オーガ)が同時に現れたことはあります。ですが今回のような、人食い大鬼(オーガ)の群れを率いる妖巨人(トロール)の出現は初めてです。ボリス殿らの力をもってすれば討伐はできたと思いますが、被害そのものは甚大なものになっていたはずです」

 ボリスと呼ばれた護衛のリーダーらしき男が続く。

「軍師殿の言う通りだ。我々は犠牲覚悟の戦いを強いられただろうな」

 

 軍師と護衛の肯定を受けたレエブン候は呆れ顔だ。

「聞いた通りだ、ウェネフィカ殿。魔物を“ただ倒しただけ”ではないのだよ」

 彼は念押しするかのようにこの場に居る配下全員に視線を送り、そして不意に話題を変えた。

「ふむ、くど過ぎてもいかんな。――そうだ、個人的な趣味に付き合わせてしまうかもしれないが、もしよかったら今まで見聞きしたモンスター、魔法、アイテム、何でもいい、話を聞かせてほしい。有用な情報には報酬もはずもう」

「ふふ、お話に聞いた通り勤勉ですのね。領地の整備にもご熱心だと伺いましたわ。私の知識で宜しければいつでも」

 言葉を切ったクラーナが俺に視線を送る。

「ただその前に、この出会いを記念して、この場に居る皆様にささやかな贈り物を。ヴィクトル、よろしく」

 

 ご指名を受けて俺は鞄から複数の指輪を取り出す。

「レエブン候と軍師殿には“矢を退ける指輪”を、そして護衛の方々には“勇壮の指輪”をどうぞ」

「鑑定させていただこう。ルンドクヴィスト、頼む」

 護衛のひとり、レエブン侯よりもやや年上のように見える魔法詠唱者がテーブルに並べられた指輪を鑑定する。

「――間違いありません、本物です」

「全く恐れ入った。魔導具(マジックアイテム)を扱うと書かれてはいたが、これで裏取りもできた。商談がしたい。明日にでも商品目録を見せていただきたい」

 

 俺はその言葉を聞き、事前に用意していた目録をテーブルに置く。

「こちらが商品目録です。ご覧ください」

「ほう、準備がいいな」

 流石に聖遺物(レリック)級以上のものは目録から省いた。それでも厚みのあるそれを、レエブン候はペラペラと捲る。カーリンに代筆させたので読めはするはずだ。

 

 価格はあえてこちらの世界に合わせた。つまりユグドラシル時代よりも若干高く設定したのだ。この世界ではそれだけの価値があり、充分通用する値段だと判断した。特に今回は侯爵相手の取引。価格はそのまま信用にも繋がる。

 仮に、場の空気を読まずにゲーム感覚で安くしたとする。するとどんなに上等な商品でも偽物を疑われかねないのだ。それに安すぎると客の質も落ちる。いま必要なのは、この世界に合わせた現実味だ。

 

「素晴らしい。だが、やはり値が張るな。――ウェネフィカ殿、どうだろう、素材や品をこちらで用意したらその分値引きは可能だろうか」

 高価な品物を取引する場において値段交渉は避けて通れない。だがクラーナもギルドマスターだ。その手の交渉事はこなれている。

「もちろんですわ。ただ付呪(エンチャント)には触媒以外にも術者の魔力が必要です。量によってはお時間を頂くことになりますが」

「問題ない。ヨアキム、これを機に私兵の強化をするぞ」

 決断が早い。

 

 レエブン候と軍師がさっそく相談を始めたのだった。

 

 

* * *

 

 

 異相協会の者が退席し、深く息を吐く。

「久しぶりに有意義な時間を過ごしたぞ」

「閣下、とんでもない連中でしたね」

「そうだな。この際だ、都市の整備も異相協会に相談してみるか」

「宜しいのですか、その……」

 軍師が言い淀む。異相協会の協力を得るには都市の地図を開示する必要がある。しかし市中のみならず周辺地理の情報は都市防衛の要。彼はその取り扱いに慎重なのだ。

「お前の心配はもっともだが、今回は投資時だと考えるべきだ。――それよりもだ」

 

 テーブルに置かれたままの指輪を見る。

 私と軍師、そして護衛にと用意された7(・)つ(・)の(・)指(・)輪(・)。

「ロックマイアー、気付いていたと思うか?」

「ええ、間違いなく。彼女は“こ(・)の(・)場(・)に(・)居(・)る(・)皆(・)様(・)へ(・)”と言いました。指輪の数が何よりの証拠でしょう」

 そうなのだ。身を潜ませた5人目の護衛、ロックマイアーの存在を認識していた。でなければ高価な魔導具(マジックアイテム)を無償で譲ったことになる。

 

 今回、異相協会の連中が有用であることはレッテンマイア卿の親書で知らされていた。だからこそ妖巨人(トロール)の件を聞いた時、手っ取り早く接触するために褒賞を与えた。それも恩を売ろうと相場より高く設定してだ。

 ところが、その恩を相殺するかのように指輪を渡してきたから抜け目がない。あの女当主はこの手の駆け引きに通じた相手と見るべきだろう。

 貴族間の貸し借りは高く付く。なるべく借りを作らないことが大切なのだ。

 

「実に惜しい相手だ」

「味方にほしいご婦人でしたね」

「彼女だけではない。アルヒミア殿も、その配下たちも一流だ」

 無能な貴族に囲まれているせいか、優秀な人材を見かけると欲しくなる。例えば目の前にいる護衛や軍師はともに平民出身だ。領内の貴族や騎士たちはいい顔をしなかったが、その優秀さを示すことで黙らせた。

 その点、異相協会はその手の妬みを軽く跳ね返せるだけの実力を持っている。第五位階魔法を行使できる魔法詠唱者(マジックキャスター)が2人、オリハルコン級以上と思われる私兵が3人。これだけで下手したら上級貴族が率いる一軍に匹敵する戦力だ。

 

 しかし、勧誘は叶わなかった。こちらが提示した条件以上となると、残るは六大貴族と同等の地位と領地を用意するしかないが、こればかりは私ひとりの裁量ではどうにもできない。

 できることがあるとすれば、陛下への進言と周囲への根回しくらいだろう。

 

「確か、ロフーレ商会と懇意にしていると言っていたな」

「はい。そのロフーレ商会ですが、少し前に大広場への移転を出願しておりました。諸々の行事と重なっていたため保留としておりましたが、よろしいですね?」

「許可する。それとロフーレ商会を注視するよう諜報部に伝えろ」

 間接的すぎるが異相協会が特定の者と接触するなら情報収集は容易くなる。

 だが関係を深めるには直接的な何かがほしい。

 

「やはり土地か人材か、資源でもいいな。多少強引でも提供するしかないか」

「また断られるだけでは?」

「ひとつでも受け取ってくれればそれでいい。準備だけはしておけ」

「畏まりました」

 

 

* * *

 

 

 俺たちはレエブン候の屋敷を後にして馬車に戻った。レエブン候の計らいで馬車は市場が開かれる都市一番の広場に停めてある。

 ここがエ・レイブル滞在中の拠点だ。

 

 住人は遠巻きに様子を窺うだけで近づこうとしない。それもそのはずで、エ・レイブルの住人は「妖巨人(トロール)や人食い大鬼(オーガ)の首を沢山ぶら下げた魔女の家」という最悪の第一印象しか持っていないのだから仕方がない。

 これに関しては冒険者組合や領主のレエブン候からフォローが入るはずなので明日以降に期待だ。

 

「いい取引ができたわね」

 クラーナはレエブン候との取引にご満悦だ。

 今回、レエブン候から武具の強化依頼を受けた。剣には〈鋭利〉、鎧には〈頑強〉といった具合に単純なものだ。だが数が多い。彼の持つ専業兵のうち上位300人分の武具。他にも数は少ないものの都市に所属する各生産系組合(ギルド)の道具も強化対象として依頼を受けている。こちらは組合長や上級職人に対象を絞り、普段扱っている道具への付呪(エンチャント)を頼まれている。

「馬が散々だったからな、稼げそうでよかった」

 

 野盗から奪った10頭の馬は、エ・レイブル領に入ってすぐに売却した。だが期待したほどの値では売れず、合わせても金貨5枚にしかならなかったのだ。これは買い叩かれた訳ではなく、単に野盗たちの馬が“荷馬”だったのが原因だ。これが軍馬なら5倍の値がついたらしい。

 

「ヴィクトル、明日から大変だけれど、無茶はしないでよ」

「ああ、任せとけ。程(・)よ(・)く(・)手(・)を(・)抜(・)く(・)さ(・)」

 この「手を抜く」は品質を落とすのではなく、魔力が枯渇しないように1日の作業量を抑えるという意味だ。

 この世界ではログアウトしてPKをやり過ごすなんて手段が取れない。有事の際に戦えるだけの魔力は残しておかなければならないのだ。

 

 クラーナが憂う。

「魔力の回復方法が見つかればいいのだけれど」

「気長に探せばいいさ」

 八欲王とやらが位階魔法を広めてから500年は経つ。回復方法のひとつくらいは見つけるなり発明するなりしていてほしいところだが、魔法詠唱者(マジックキャスター)同士の繋がりが弱く、また一層はなはだしく冷遇されているリ・エスティーゼ王国では期待もできないだろう。

 悩ましい問題だ。

 

 

* * *

 

 

 翌朝、広場にでると馬車の周囲は露店の準備に追われる人々で賑わっていた。背負子や荷車で商品を運ぶ者が多く、その荷車も人力か大型犬に牽かせるスタイルが主流のようだ。商品は野菜や果物、肉、日用品雑貨などの他、日用品の修理を行う職人も居る。

 

 それはそれとして今現在、異相協会の馬車の周囲に人だかりができていた。人だかりの半分は野次馬で、残り半分は雇用を求める労働者だ。おおかた俺たちが多額の報奨金を受け取ったことを聞きつけたのだろう。

 

「奥様、力仕事なら任せてくれ!」

「この子を街の案内にどうだい。気立てもいいですぜ!」

「読み書きができます! 雇ってくだい!」

 

 飛び交う売り文句を前に、クラーナが労働者たちを品定めしている。エ・レエブル滞在中は現地の労働者を積極的に雇うことにしたのだ。これは客以外の口コミ効果――、羽振りの良さを広めるためだが、純粋に労働力としても利用するつもりでもいる。

 朝市に参加するにしても商品を並べる手間があるし、場合によっては買い出しもあるだろう。そういった細々とした仕事に従事させる予定だ。

 

「旦那様、この子を買ってやってはくれませんか」

 幼い娘を連れた母親らしき女が売り込みにきた。ペストマスクの俺を恐れずに話しかけてきた気概は認めるが、朝っぱらから売春の斡旋とは恐れ入る。風体から察するに間違いなく私娼だ。

「お願いします、一晩だけでいいんです」

 

 差し出された娘は大人びた化粧を施されているが、どう贔屓目に見ても未成年。着ている服は特別着飾ったものでもなく、ごく普通の町娘の格好だ。くたびれた服を観察すると丁寧に繕った痕が所々に見てとれる。姉妹の御下がりかもしれない。なんにせよ、その様子から最低限の愛情は受けているのだろうと推察する。

 都市の住民ならなにかしらの労働階級に属しているはずだが、この場で母子揃って商売相手を探していることから旦那が働けないか、そもそも居ないかだろう。

 

 どのように断ろうかと考えていると、俺と彼女たちの間に男が割って入ってきた。

「ご婦人、施しを受けたければ神殿へ足を運びなさい」

 昨日レエブン候を護衛していたひとり、ヨーラン・ディクスゴードだ。40代後半だろうか、年季の入った装備からは熟練の戦士であることがうかがえ、また宗教的な意匠がデカデカと織られた外套を見れば熱心な信者でもあると分かる。

 

 ヨーランに諭された母娘が立ち去る。しかし広場を離れる様子はなく、取り合えず口煩い神官戦士から離れたといった感じだ。

 彼はその様子に軽く一息つくと、改めて俺に向きなおる。

「アルヒミア様、お迎えにあがりました」

「ディクスゴード殿、世話になる」

「では、さっそく参りましょうか」

 彼は武具が保管されている倉庫への案内役、目的地は都市の外縁部に位置する兵舎だ。

 

 

 

 

 

「神殿は貧しい者を受け入れているのか?」

 道すがら先ほど疑問に思った事を質問すると、ヨーランが慎重に言葉を選ぶ。

「正確には神殿に併設されている施療院で、ですね。無償で食事や衣服を、必要であれば部屋も与えられます」

 

「無償とは太っ腹だな」

 ヨーランは苦笑する。

「噂に尾ひれがついて誤解されがちですが、何でもかんでもお金を取る訳ではありませんよ」

「その噂というのは冒険者組合と交わしている協定の話だな?」

「はい。支給するのも現物だけですし、金銭を渡すことはありません。働き口を紹介することもありますよ」

 グニラやリイジーの話を聞き、神殿とは酷く排他的な印象を持っていた。

 しかし、教えの範囲内で彼らなりに社会貢献をしているようだった。

 

 考えてみれば当然か。不平等な一面があることも確かだが、そもそも人々に受け入れられなければ教えを広めることもできない。癒し手の支持を得られなければ組織が成り立たないのだから。

 

「四大神信仰に席を置くひとりとして言わせていただくなら、神殿は大昔から人々に寄り添い共にあったのです。酒場でどのような噂がされようとも、これからもそれは変わりません」

 

 ヨーランは言う。神殿は裕福な信者に喜捨を促し、それにより得た資金で神殿や施療院の運営を行っていると。施しが現物支給なのは貧民を騙る不届き者から寄付金を守るためで、ひいてはそれが地域の治安維持に繋がると。

 

「神殿内に腐敗が無いわけではありませんが、それは極一部。信仰のもとに正されると信じています。――さあ、着きました。どうぞこちらへ」

 守衛に話は通っていたのか、俺はペストマスクのままヨーランの案内で兵舎の敷地に入れた。兵舎の脇を抜けた先に広い訓練場があり、その一角に目的地の武具庫と、それに併設された小さな鍛冶場があった。

 

 

 

 

 

「オヤジさん、居ますか?」

「おお、待ってたぞ」

 ヨーランが鍛冶場に声をかけると、いかにも“鍛冶屋のオヤジ”という風体の男が現れた。

「こちらが本日符呪(エンチャント)していただく、ヴィクトル・ヴィ・ニェボ・アルヒミア様です。アルヒミア様、この者が専属鍛冶師のジーウ・カルム殿です」

 

「ご紹介いただいたヴィクトル・ヴィ・ニェボ・アルヒミアだ。放浪の身でね、気楽に接してくれると嬉しい」

「そりゃあ助かる、礼儀作法の類は苦手でね。ここの専属鍛冶師、ジーウ・カルムだ」

 俺の名前の長さに表情が硬くなりかけたジーウの緊張を解すと、快活な挨拶が返ってきた。

 

「アルヒミア様、オヤジさん、早々に申し訳ありませんが、私はレエブン候のもとに戻ります」

「おう、後は任せておけ」

 ヨーランはレエブン候の護衛に戻るようだ。

「案内に感謝する。明日からはひとりで大丈夫だ」

「承知しました。では、失礼します」

 

 ヨーランを見送り、ジーウに向きなおる。

「カルム殿、早速だがどうする? 先に職人たちの得物から済ませようか」

「ああ、そうしてくれると助かる。仕事馬鹿な連中ばかりだからな、早く返さんと後が煩い」

 ジーウが指す近くの机を見ると、彼が「朝一でかき集めてきた」という上級職人たちの得物――、金槌(ハンマー)や鑿(チゼル)、鋸(ソウ)や矢床(プライヤ)が並べられていた。符呪(エンチャント)する効果は〈職人の幸運(クラフターズ・フォーチュン)〉。ユグドラシルでは製造職の技能判定にボーナスを得るものだ。

 

 他にも得物を軽くしたり火耐性を上げたりも可能だと提案したが、これらはレエブン候や軍師殿に却下された。曰く、「職人とは得てして五感を重視する」というものだった。

 温度や質感、色味や重さなどなど、物作りには経験で培った感覚が大切らしい。そこで成果物(結果)にボーナスを得る〈職人の幸運(クラフターズ・フォーチュン)〉が選ばれた訳だ。

 

 ただ異相協会に提供できるものがそれしかなかったとも言える。

 ユグドラシルでの製造を雑に説明するなら、職業(クラス)レベルや特殊技能(スキル)を上げ、必要な材料を集め、プログラムが弾きだす結果に一喜一憂するだけのもの。プレイヤーの「感覚」が介在する余地があるとすれば、特定の製造過程において「タイミングを計る」必要があったが、経験頼りだったそれも後のアップデートでタイミングを計るための「ゲージ」が実装された。

 おかげで製造の失敗が減ったものの、変わりに価格破壊が起きて市場が混乱した。

 

「すぐに取り掛かる」

「わしは付呪(エンチャント)する武具を選別してくる。終わったら奥の倉庫に来てくれ」

 ジーウが腰の鍵束を弄りながらノシノシと鉄枠で補強された扉へ向かう。その先が併設された武具庫なのだろう。

 俺は了解の意を示して手短な所に触媒とスクロールを広げた。

 

 

* * *

 

 

「勘弁してくだせえ」

「許してください……、もう二度としません」

 異相協会の馬車を引く4頭のアイアンホース・ゴーレム、その先頭の2頭に、それぞれ裸にされた30代くらいの男女が跨っていた。両者とも後ろ手に縛られ、胸元には王国文字で大きく「泥棒」と書かれている。文字自体は濃い青色で、日光で分かりにくいが、よく観察すると青白く発光しているのがわかるだろう。

 クレマンティーヌは下卑た笑みを堪えながら、そんな男女の盗人を見上げる。

 このふたりの盗人はクレマンティーヌが捕まえた獲物だ。

 

 

 

 

 

「命は助かったんだからさー、下手なことは考えるんじゃないよ」

 手口は単純。女が注意を引き、男が盗む。よりにもよって――、いや、幸運なことに、このクレマンティーヌ様が店番の時にやらかしてくれた。「窃盗の被害者」という大義名分のもと、嬉々として盗人ふたりを可愛がった。

 が、途中でウェネフィカ様から「待った」がかかった。女主人は盗人ふたりの傷を癒し、「宣伝になる」として晒し物にしたのだ。

 

「ご主人様が慈悲深くてよかったねえ」

 甘くは感じるが、これはこれで有りだ。そもそも盗品は取り返した。それに実のところこの盗人には感謝すらしている。なにせ人狼(ワーウルフ)になって相手する初の人間。手加減を学べた。

 これで格下相手でも上手くやれる。

 

「姉ちゃん、この革鎧(レザー・アーマー)を売ってくれ」

 こんな状況でも馬車の横では、カーリンとリタの接客で売買が続けられている。

 ウェネフィカ様は雇った人夫を連れてロフーレ商会に約束の品を卸しに行っている最中だ。

「畏まりました。いま着てらっしゃる鎧を下取りいたしますか?」

「頼む」

 

「盗人ら(アイツら)を治した薬が欲しい。売り物じゃないのか?」

「あの薬は近々ロフーレ商会へ卸す予定です。それまでしばらくお待ちください」

 

「この香水を包んでおくれ」

「はい、ただいま」

 

 売れ行きは順調。特に野盗から剥いだ装備は人気で、なかでも値が張る割には消耗品であるところの「靴」が真っ先に売り切れた。

 中古品ではあるものの異相協会の手が入っている。目が肥えた者なら質と値が釣り合っていない“掘り出し物”だとすぐに気づく代物だ。

 そんな品々がゴロゴロあるのだから敵情視察に訪れた行商人たちの表情も硬い。

 

 

 

 

 

 冒険者たちが噂を聞きつけたのか少しずつ客足が伸びてきた。昼までにはまだ時間はあるが、魔法が付与された高価な武器や防具も売れ始めている。

 当然だ。本来この手の品は“良好な関係を築いた相手”が優先され譲渡されるもの。冒険者なら仲間、魔法詠唱者(マジックキャスター)なら弟子、貴族の家宝なら代々受け継がせるものだ。

 なんの伝手も無く手に入れようと思ったら財産片手に専門店へ駆け込むしかない。あるいは王都リ・エスティーゼや帝都アーウィンタール並みの大都市に足を運び、目を皿のようにして露店市を漁らねばならない。

 

「――失礼」

 売買を眺めていると数人の衛兵が現れた。

「こちらに窃盗犯がいると――、ああ、そいつらですね」

「遅いじゃん、ちゃちゃっと連れてっちゃってよ。あ、服はそこね」

 

 引き渡されると悟った盗人ふたりが青ざめている。領地に属する男たちがそのまま戦闘員を担う王国のような地域はえてして犯罪者に厳しい。窃盗罪で都市の外壁に吊るされることはないと思うが、都市内に頼れる有力者がいなければ水責めくらいはされるだろう。

 

「この文字は、消えるんですか?」

「勝手に消えるって言ってたかな」

 裸のまま連行するわけにはいかないのか、衛兵はせめて上着だけでもと思ったのだろう。盗人の胸元で光る“泥棒”の文字が目に入ったようだ。

 ウェネフィカ様曰く、「この光る洋墨(インク)は落書きにしか使えなかったけれど、愛好家はとっても多かった」と思い出を語っていた。主力商品ではないが、作れば売れる需要の高い魔導具(マジックアイテム)だったらしい。

 

 衛兵たちを見送り、気持ちを切り替えて子供たちへ声をかける。

「お~い、おチビ君たち。仕事だぞ~」

『はい!』

 痩せた子供たちがワッと現れて、先ほどまで盗人が跨っていたアイアンホースゴーレムを磨く。

 その日暮らしでなんの保証もない、日雇いの子供たちだ。

 

 異相協会で一日働けばしばらく飢えずに済むだけの給金が支払われる。

 貴族や商人が施す黴臭いパンではなく、焼きたての黒パンを買えるのだ。

 

「せっかくの機会だ、上手くやれよ~」

 誰にともなく呟く。仕事を完璧にやれって意味ではない。

 帰ったら上手く立ち回れってことだ。

 

 浮浪児童ならまとめ役の兄貴分が、犯罪組織と関係を持っていれば元締めが稼ぎを確認する。その時にどう振舞うかはこいつら次第だ。

 

 まあ、上前を撥ねられたとしても悪いようにはならないだろう。

 貧困街(スラム)から離れたこの大広場までわざわざ足を運ぶ奴は使(・)え(・)る(・)。たとえ犯罪組織に働かされていたとしても、盗みにしか使えない奴らよりはましってことだ。

 

 裏社会の連中も馬鹿ではない。一度の失敗で失う駒より、合法的に稼げる駒を重宝する。そこらの平民やごろつきよりも、歴とした裏社会の人間のほうが非合法な活動に慎重なのはなんとも皮肉な話だ。

 もちろん純粋な順法精神ではない。腕力だけではやっていけないことを知っているのだ。

 

 

* * *

 

 

 職人用の付呪(エンチャント)は数が少なかったのですぐに終わった。

 俺は仕事道具を鞄にしまい、ジーウに指示されていた武具庫に向かう。

 

 鉄枠で補強された扉をくぐると今度は鉄格子の扉、2重扉だ。壁もやたらとぶ厚い。これで居住空間があればちょっとした砦だ。さらに魔術的な守りを追加で施せれば万全になりそうだが、エ・レエブル領といえどもここはあの王国だ。こんなものなのだろう。

 

「終わったぞ、カルム殿」

「おお、早いな。こっちだ」

 所狭しと立ち並ぶ棚の奥からジーウが顔を出す。

 そこへ向かうと、同じ規格で揃えられた武具がずらりと並べられていた。

 

 1人分の武具を列挙すると、頭、胴、腕、手、腰、足、靴、剣、盾の8種。これを300人分、2400個のアイテムに付呪(エンチャント)しなければならない。

 ユグドラシルならひとつひとつ作業してもボタン連打で30分とかからない量、マクロを組めば数分で済む量だ。

 

「何をしているんだ?」

 ジーウが装備品の一部を分解して手を加えていた。

「最後の微調整だ。付呪(エンチャント)すると手入れが難しくなるからな」

「なるほど」

 付呪(エンチャント)方法は様々だが、永続化すると総じて修復が面倒になる。多くの場合、希少な素材や専用の特殊技能(スキル)が必要になる。

 

「カルム殿、今日は1日でどれくらい付呪(エンチャント)できるかを試したい。どれから手を付ければいい?」

「そこに50人分ある。まずはそれで様子見だな」

 ジーウには試したいと言ったが、1日の作業量はすでに決めてある。不測の事態に備えてMP残量に余裕を持たせなければならないので、1日20人分前後に抑えるつもりだ。総作業期間は半月ほどになるだろう。

 

 俺は剣を手に取ると、付呪師(エンチャンター)の他、複数の職業技能(クラススキル)を併用しながら作業を開始した。

 

 




独自設定
・エ・レエブル領内の描写。
・軍師の名。
・ヨーランが語る神殿事情。
・ご指摘を受け荷馬の売却価格を銀貨5枚から金貨5枚に変更しました。Kevin Roddy氏の公開されている中世の物価リストより、1ポンド=20シリング、荷車用馬(13世紀10~20シリング)。某知恵袋より、17世紀から19世紀頃、1ポンド=5円くらい。これらを基に、荷馬1頭5円、現代価値で10頭をだいたい50万円。オバロweb版1金貨10万円で換算しました。なおたった半世紀でも価値の変動が激しく、またそれらを正確に円に換算できる資料がないため、ゆるゆるな設定であることをご了承ください。
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