※この作品はR-18です。

オバロ外伝:安穏無事に過ごしたい   作:ウキヨライフ

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第14話:召喚、娼館

 昼過ぎ。俺とアエラは商品の護符を携え、レエブン侯の屋敷を訪ねた。

 そして、護符の効果を説明する流れで設置場所を直接確認することになった。

 

 レエブン侯の案内で敷地内を移動する。

 随伴者はアエラと軍師、そして少し離れたところに姿を見せない護衛がひとり。

 

 道すがら周囲を見渡すと、広い庭に面した石畳の広場が目に入る。

 広場にはジグザグと不自然に歪んだ人工池があった。

 

 石畳を乱暴に切り取ったかのようなその池は、周囲を植え込みで飾ってはいるものの、観賞用にしてはあまりにも風情が無い。

 

「気になるかね? あれは魔神が暴れていた頃の名残りだ」

 

 俺の視線に気付いたレエブン侯が語る。

 曰く、古くは屋敷が建つ土地に砦があり、広場は防壁跡地、人工池は防壁に沿う掘りだったそうだ。歴代の領主がその時々に必要な施設、流行の建築様式を取り入れて増改築を繰り返し、それらに合わせて防壁の位置も変化していったのだ。

 

「最近は優雅さを重視した改築をする領主も増えた。他人の趣味をとやかく言うつもりはないが、今は特段に平時という訳でもない。優先すべきことが他にあると思うのだがね」

 

 レエブン侯が横を歩く俺に顔を向ける。

「見栄のために散財する者を愚かだと思うかね?」

 

 突然の振りに戸惑う。

 しかし、俺の答えは決まっている。

「見栄を張ることで掴めるものもある。大切なのは自分を見失わないことだ」

「同感だ。だが一方で見栄のために身を滅ぼす者もいる。嘆かわしいことにな」

 

 見栄を張ること自体は悪いことではない。誰だって一度は自分を良く見せようと見栄を飾る。

 俺だって分割払いで手に入れた全地形対応車(クアッドバイク)や、防塵マスク、ゴーグルなどは、――今思えば悪趣味なデザインのペイントも含め、間違いなく同業者や取引相手に対する見栄だった。良くも悪くも、人は多くを見た目で判断する。はったりがチャンスを呼び込むこともあるのだ。

 だが、どんなに良い装備で身を固めても、実力を伴わない行動はいつかその身を亡ぼす。背伸びして繕った虚像で己を見失ってはいけない。

 

「レエブン侯、自滅するような連中のために憂うことはない。俺は見栄を張る連中は御しやすいと思っている。逆に見栄を張れなくなった連中は何をしでかすか分からない。卿が目を向けるべきはそういった者たちでは?」

 レエブン侯が抱える貴族事情は知らないが、底辺に生きた者として言えることがある。

 

 貧困が極まると人は見栄すら張れなくなる。

 極限に達した境遇は、人間を「人」から「獣」に変える。

 

 見栄を張れるうちは――、社会に属しているうちは人間だ。

 

「はは、なりふり構わない者がどれだけ脅威なのかは百も承知だ。だからこそ憂慮に堪えないのだよ。私がどう呼ばれているか知っているかね? 蝙蝠だ」

 余程腹に据えかねているのだろう。

 レエブン侯の語気が強くなる。

「愚か者どもが暴走しないよう私がどれだけ苦心して――、いや、忘れてくれ。王国の醜聞を口にすべきではないな」

「珍しい話でもない。まあ、聞かなかったことにするさ」

「そうしてくれると助かる。――さて、話しているうちに着いたぞ。ここが入口だ」

 

 着いた先は古ぼけてはいるが頑丈そうな地下への扉。

 周辺の様子から城壁跡地だと分かる。

 

「見ての通り、ここも十三英雄時代の遺構だ。我が先祖は領民と共にここに篭り、魔神の襲撃を凌いでいたと伝えられている」

 

 

* * *

 

 

 冷気が漂う地下へと降りると、そこはまさにシェルターだった。

 

 入ってすぐの空間は、素早く大勢を収容できる大広間。

 床や壁、柱には細かい傷がある。過去に使われた痕跡だ。

 

 隣接する大部屋に移動する。

「ここは礼拝堂だ。珍しくも四大精霊が揃っている貴重なものだ」

 魔神襲来という非常事態のなかで合祀されたのだろう。

 魔神への恐怖を振り払うには心の拠り所が必要だ。

 この手の配慮はシェルター(閉鎖空間)の秩序維持に欠かせない。

 

「こっちだ」

 続く廊下の奥には大中小の部屋が続く。

 用途は寝室から炊事場、倉庫など様々だ。

 

 部屋を見て回る内に疑問が生まれる。

「レエブン侯、どの部屋も物資を詰め込み過ぎでは?」

 どの部屋も面積の半分以上を物資が占めていた。

 避難所としての機能に支障がでる程だ。

「ああ、純粋に倉庫として使っているからな。人の収容は考えていない」

 

 やや言葉が足りないレエブン侯の説明に軍師が補足を入れる。

「十三英雄時代とは事情が変わりました。今は領地の各所に避難所があり、ここにある備えは魔神ではなく帝国を意識したものなのです」

 

「彼の言う通り、我々が直面している脅威は帝国との戦争だ。より正確には鮮血帝の戦略に備えているのだよ。――ここだ」

 レエブン侯が両開きの扉を開く。

 一見して保存食や酒樽が大量に積まれた貯蔵庫だ。

 

「この貯蔵庫がいわくつきでね。私の代ではまだないが、過去に幽霊(ゴースト)が現れたとの記録がある。これを予防したい」

「なるほど。幽霊(ゴースト)は不味いな」

 ここの物資が必要となる時は切羽詰まった状況だ。そんな状況の中で物理攻撃が効かない非実体のモンスターが現れたら厄介だ。特に補給物資などを扱う後方兵科では対処が難しいと容易に想像がつく。

 それを護符で防げるならと、レエブン侯は今回の購入に踏み切ったのだろう。

 

 魔除けの護符を軍師へ数枚手渡す。

「護符の効果範囲は護符を中心に球体状に広がっている。この広さなら中心に1枚設置すれば外の廊下まで護れるはずだ。残りはおまけだ、好きに使ってくれ」

 軍師が頷きながら護符を受け取る。

 何処に設置するかはお任せだ。

 

 レエブン侯が唸る。

「気前が良すぎる」

「異相協会をご贔屓にして頂ければ安いものだ」

「率直に言うが、異相協会の売り込み方は異常だぞ」

 

 

 

 

 

 最後に、ついでとばかりに貯水室へ案内された。

 天井に近い場所から水を引き込み、細かく分けられた幾つもの貯水槽に水が溜まる仕組みだ。全ての貯水槽が満杯の今は、溢れた分が部屋の隅にある穴から排水されていた。

 

 レエブン侯が語る。

「幸いなことに我が領地にはアゼルリシア山脈の恵みがある。こうして貯めることができるだけ他所よりはいい方なのだが、――この水を使う日が来ないことを祈っているよ」

 

 水は簡単に腐る。だからこそ保存が利く酒類を貯蓄するのが一般的だ。レエブン侯の言うように避難所の中に水源があるだけで恵まれていると言えるだろう。

 だが恵まれてはいるが、ここの水は一目見ただけで不衛生だと分かる。水の出入り口に格子と網が嵌っているものの目が粗く、小動物の他、小さな異物が混入してもおかしくはない。

 

「レエブン侯、こ(・)ち(・)ら(・)は飼育されているので?」

「ほう、よく気づいたな。衛生粘体(サニタリースライム)だ。水が腐らぬよう流水で常に入れ替えてはいるが、天候次第で濁ることもある。それを浄化するためだな」

 ふと目にした貯水槽に何体もの粘体(スライム)が潜んでいた。

 水に潜む半透明の粘体(スライム)は視認が難しいのだが、〈生命感知〉(ディテクト・ライフ)のおかげで気づけた。

 

「差し支えなければ数匹分けてほしい」

「これをか?」

 なんの脈絡も無く粘体(スライム)を欲しがる俺に、レエブン侯は訝しげな表情を向ける。

 

 当然の反応だ。彼は異相協会を取り込もうとあの手この手でクラーナに貸しを作ろうとしていた。何を提示してもなびかなかったクラーナを知る彼の目には下水処理用の粘体(スライム)を欲しがる俺は変わり者に映っただろう。

「まあいいだろう。定期的に間引いているものだ。自由に持って行ってくれ」

 

 

* * *

 

 

「それで粘体(スライム)を持ち帰ってきたの?」

「召喚用だ。アインズの資料にあった時間制限の解除を確認するつもりだ」

 クラーナの応接室で衛生粘体(サニタリースライム)を披露する。

 

「ヴィクトル、実演するならちょっと待って。リオ、貴方も見ておきなさい」

 壁際に控えていたリオが歩み寄る。

 彼は召喚特化なので後学のために見せてやりたいのだろう。本人も興味があるのかその目は真剣だ。

 対してアエラは狼姿のまま足元で寝そべっていた。こやつめと小言のひとつでも言ってやりたいが、耳だけはこちらを窺っているので完全に無関心というわけではなさそうだ。

 

 活きのいい1匹を掴み上げる。

 

―― 滋養の泥濘(ドクター・プディング) ――

 

 魔法を発動すると衛生粘体(サニタリースライム)の表面がブクブクと泡立ち、膨張しながら全体の色が徐々に変化する。そして泡立ちが治まると、馴染み深いエメラルドブルーの粘体(スライム)になった。

 こいつはユグドラシル基準だと小型で、モンスターとしては熱帯雨林のようなフィールドで遭遇する。生息域での発見はやや困難だがノンアクティブモンスターであり、近づいて触れると回復してくれる良い奴だ。もちろん不用意に攻撃すれば能力値異常を伴う反撃を受けることになる。

 アインズの実験に間違いがなければ貴重な回復要員になるだろう。

 

「こいつとの“繋がり”を感じる」

「資料にあったやつね。どんな感じ?」

「言葉では言い表せない。とにかく存在を感じる」

 感覚としては微弱なものだ。

 意識を向けなければ気が散ることもないだろう。

 

 召喚した滋養の泥濘(ドクター・プディング)を床に下ろし、今度は技能(スキル)を発動する。

 

―― 〈細胞増殖(セルプロリフェレイション)〉 ――

 

 握りこぶし4個分の大きさ、容量にして1リットルほどの漂う聖なる肉塊(ディヴァイン・グロブスター)が俺から分離するかのように召喚される。

 〈細胞増殖(セルプロリフェレイション)〉は粘体(スライム)種のプレイヤーが特殊イベントをクリアすることで取得できる技能(スキル)だ。発動に触媒を必要とせず、発動者の分身を召喚する。

 

 分身は発動者の8割の能力値で複製され、魔法や技能(スキル)も一部制限がかかる。制限の一例として超位魔法の使用不可などがあるが、発動者自身の分身なのでプレイスタイルに合わせたAIを組みやすく、またレベルを重ねることで召喚時間の延長やサイズ変更などもできるようになる。1日の使用可能回数が少ないことを除けば大した欠点が無い技能(スキル)と言える。

 ユグドラシルでは小型サイズの自律行動する囮となるようマクロを組んでいた。

 

 俺は分身に命ずる。

「擬態(ミミック)で“売り子(女)”になれ」

「……これでいい?」

 小型の分身がそのサイズに関わらず登録された少女の姿に正しく擬態する。

 腰まで届く黒髪を持つ12歳ほどの少女。コンソールを通さず客観的に見るのは久しぶりだ。

 

 そして、想像はしていたが裸だ。

 インベントリの中身が勝手に移動しないと思えば納得できるものの、これだと衣装を毎回用意せねばならず利便性に欠ける。

 

「なぜ召喚されたか分かるか?」

「うん、召喚時間の確認でしょ?」

「――そうだ」

 俺以上に上手く少女を演じる分身に内心眉を顰める。

 ただそれ以上に召喚時の意図をきちんと酌んで召喚されるのはありがたい。

 召喚の度に説明が必要では実用は難しい。

 

「クラーナ、こいつを預けておく」

「いいの!?」

 俺の提案にクラーナが食い気味に目を輝かせる。

「ああ、時間の確認だけ忘れるなよ」

「任せなさい!」

 

 さっそく膝の上に乗せて堪能するクラーナの様子を前に、制限時間があってよかった、と密かに思う。仮にも自分と同じ存在が本人の与り知らないところで長時間あれこれされるのは嫌だ。

 

 

 

 

 

 実験と報告を済ませて仕切り直す。

「そっちはなにか進展あったか?」

「娼館をいくつか掌握したから組合を作ったわ」

「急だな。例の接触してきた連中か?」

「そうよ。各代表者らを拉致ってお茶会を開いたの」

 

 不穏な単語を聞いた。

「拉致った、だと?」

「同じ話を何度もするのは面倒でしょ? 異相協会に何を期待しているのか聞き出して、諸々検討したうえで組合を作ることにした訳よ」

 クラーナは俺の呆れた顔を気にせず気だるげに続ける。

「でね、八本指とかいう組織と揉めそうなのよね」

 

「背後関係を調べるって言っただろ」

「調べたわよ。王国を股にかける犯罪組織みたいなんだけどね。ただ、例のお姫様の政策で、売春業まわりが弱っていたみたいだから。付け入るなら今かなって」

 クラーナの言いたいことは分かった。

 ギルドマスターが商機と捉えたなら任せよう。

 

「俺にできることは?」

「今は無いわ。幸いなことにこの世界の情報伝達は遅いから、向こうが動きだす前にまずは組合の地固めね」

「実際どうするつもりだ? グニラたちが居るとはいえ異相協会は製造職のギルドだ。組み込むにしても規模が大きければ勝手も違うと思うぞ」

 俺の懸念にクラーナが小さく笑う。

「そこは心配しないで。私が現実(リアル)で所属していた組合を参考にするから。プラウドール、聞いたことない?」

「ああ、聞いたことはある。けど名前だけだ。実態は知らない」

 

 クラーナによるとプラウドールとは2050年に設立された労働組合だ。性風俗に関連する分野(性労働、製薬、寝具や衣装の生産など)に携わる労働者であれば誰でも加入できる国際的な組織で、属する国によって若干傾向が異なるが、主だった活動内容は政府への請願、社会的地位の向上、裁判など法律や権利に関する相談窓口、医療や生活必需品の提供などらしい。

 

「参考になるものがあるなら大丈夫か」

「心配しないで。異相協会に資金が流れるようにするし。――あ、そうだ」

 クラーナが何かを思い出したのか、ポンと手を叩く。

「ヴィクトル、アエラちゃんと夫婦にならない?」

 

「なんだって?」

 その突然の提案にクラーナの膝に座る分身もピクリと反応する。

 アエラに至っては動揺を隠せず、耳と尻尾がせわしく形容しがたい動きを見せている。

「まあ聞きなさいな。私は一部で既に神格化されているでしょ? 今はまだ噂話に人間味があるけれど、そのうち近寄りがたくなると思うのよ」

「畏れられると言いたいのか?」

「相手次第ではそうなるわね。だから緩衝材(ワンクッション)を置く意味でヴィクトルには間に立っていてほしいのよ」

 

 クラーナの狙いは分かったが――。

「それでなんでアエラと夫婦になる話になるんだ」

「信用の問題よ。20代前半の見た目で未婚の男はこの世界で体裁が悪いの。それに経験上、“名義”は幾つあってもいいのよね。神殿勢力と連携することがあるとして、彼らが愛妻家の貴方と娼婦を擁する私のどちらと付き合いやすいかって話よ」

 

 体裁を指摘されると返す言葉も無い。運び屋をしているとフロント企業を通しての依頼ばかりだった。逆に所属していた組織も客の都合に合わせた名義をいくつも持っていた。それらは実務的な問題として、裏社会と繋がりが疑われる名義の取引は第三者に監視または妨害されやすいからだ。

 とどのつまり他人からの評価で信用の優劣が決まるからこそ体裁(そとづら)は疎かにできないのだ。

 

「協力するのは吝かではないが」

「まあアエラちゃんさえ嫌でなけれ――」

「謹んでお受けいたしますっ!」

 食い気味にアエラが人間の姿になる。

 

 目に見えて嬉しそうなアエラにクラーナは微笑む。

「決まりね。でもひとつだけ、アエラちゃんには我慢してほしいことがあるの」

「御方や異相協会のためであれば、如何なる試練にも耐えてみせます」

 クラーナの言葉に舞い上がっていたアエラが落ち着いた様子で返事をする。

 

 それにしても“御方”とは。

 ナザリックのNPCと交流した時に覚えたか。

 

「試練だとか、そんな大袈裟なものではないわ。アエラちゃんにはヴィクトルの正妻になってもらうつもりだけれど、ヴィクトルには側室も迎えてもらうかもしれないの。だから、嫉妬するのは自由だけれど、追い出したり虐めたりしたら駄目よ」

 

 “側室”のワードに思わず口を挟む。

「ちょっと待て。アエラだけじゃ駄目なのか」

「基本的には断ってもらっていいわ。実際、私のところに娘をヴィクトルにって話も来てるの。断っているけどね? でも、側室を迎えざるを得ない状況もあると思うの」

 王侯貴族は書面によるビジネス関係よりも婚姻による繋がりを重んじる。

 それは理解できるが――。

「前にも言ったが、俺にも選ぶ権利はあるぞ」

「もちろんよ。私も面倒だとは思うけれど、娘を出すことで安心する連中が居るってことだけは覚えておいて」

 

 仕方がない。俺は了解の意味を込めて手を挙げる。

アエラも頭を下げてクラーナの意に沿う意思を見せると、クラーナが満足そうに声を張る。

「で、さっそくなんだけど。まずはふたりの指輪を用意しましょ?」

 

 

* * *

 

 

 バーバラ・ベックはエ・レエブルで小さな娼館を営む元娼婦だ。

 生まれはトブの大森林に接する開拓村。貧しくとも幸せだった14歳の時、魔物によって村と親兄弟を失った過去を持つ。

 

 バーバラは自分のことを不幸だとは思っていない。むしろ幸運だと思っている。

 村が魔物に襲われた時、生き残ることができた。行商人に拾われ、奴隷にもされずに街までたどり着いた。行商人の口利きで奉公先も見つかった。

 16歳の時、奉公先の小さな酒場が潰れたが、公娼の申請に許可が下りた。

 19歳の時、貴族の寵愛を受けることができた。

 38歳の時、貴族の支援の下、娼館の主となることができた。

 45歳の時、貴族は死に、その遺族から支援の打ち切りを宣言されたが、野垂れ死ぬことなくやってこれた。

 

 そして52歳の今、クラーナ・デア・セルペンス・ウェネフィカと出会った。

 

 

 

 

 

「なんだこれは!! ここはどこだ!?」

「――全員揃ったわね」

 喧しい男の声に続き、凛とした女性の声でバーバラは思考の海から浮上する。

 

 男が動揺するのも致し方が無い。

 バーバラとて半生を走馬灯のように振り返る程度には異常な状況だ。

 

 バーバラが今いる場所は草原。

 何もない大草原に円卓がひとつ、強制参加のお茶会だ。

 

 密かに嘆息する。

 目の前にある茶器や焼き菓子、円卓に椅子、側に控えるメイドまでが上物。そして、バーバラが知るどの女よりも美しいこのお茶会の主催者、クラーナ・デア・セルペンス・ウェネフィカ。

 今日のクラーナは普段見る扇情的なドレスではなく、魔法詠唱者を思わせる深く暗い真紅のローブを着ていた。

 いや、もともと魔法詠唱者だと聞いているので、こちらが本来の彼女なのかもしれない。

 

 円卓に並ぶ顔ぶれは見知った者ばかりだ。

 彼らを見て、連れて来られた理由を察した。

 

 同業者、つまり娼館を営む主たちだ。

 無限抱擁の主、ビリエル・ダール。届かぬ恋慕の主、ボルイェ・オースルンド。輝く薔薇の主、コニー・ビョルク。鳥籠の夢想の主、オルガ・アレリード。そして赤い白夜の主であるバーバラ・ベック。

 全員が全員、ただでさえ深い皺をさらに深くして、円卓を囲っている。

 

「さて、今日は異相協会の長として貴方たちを集めさせてもらったわ」

 クラーナの言葉に娼館の主たちの目付きが変わる。

 

「そ、それならそうと初めに仰ってくださいよ。心臓に悪いですぜ、ウェネフィカ様」

 ボルイェが代表して皆の気持ちを代弁してくれた。

「変わった趣向のお茶会だと思えばこれもいい経験かもしれないわね」

 続いたオルガの言葉に皆が頷く。

 

「早速だけれど、ここに招いた皆さんには熱烈なお誘いを受けたわ。客としてではなく後援者としてね」

 クラーナの言葉に全員が素早く目配せする。

 その表情にはどこかきまり悪さが窺える。

「ひとつはっきりさせておくけれど、異相協会は営利組織であって慈善事業も福祉事業もしていないの。一方的な支援はできないわ」

 

「もちろん承知しておりますぜ。後援者になってほしいとは言ったが、本音を言えば異相協会の商品を無限抱擁へ卸してほしいんだ。店の料金を割引する、どうだ?」

「待て、ダール。異相協会の商品はここにいる全員が欲している、――いや、必(・)要(・)と(・)し(・)て(・)い(・)る(・)ん(・)だ(・)。抜け駆けは許さんぞ」

 ビリエルの主張にすかさずコニーの牽制が入る。

 コニーが他の主らに視線を巡らせば全員が同意するように首を縦に振る。

 

 コニーの言い分は正しい。クラーナが娼館を訪れるたびにばら撒く薬や嗜好品に、娼婦や男娼が完全に溺れてしまった。しかも娼婦らの稼ぎではロフーレ商会で売られる価格はギリギリだ。黒粉のような危険な薬物ではないにしても、少ない貯金を切り崩してしまっては将来が危ぶまれる事態と言える。

 今はまだクラーナが頻繁に来客するのでおこぼれをいただけるが、彼女が姿を消した時が問題だ。下手すると娼婦らが彼女を追いかけて出ていく可能性もある。

 それが、ここに集まる五つの娼館が抱える潜在的な問題だ。

 

「うちは割引きどころか無料にしてもいいわ」

「それならこちらは付けを帳消しに――」

 女主であるオルガが媚びた様子で口を開けば、堪らず他の主たちも条件を出す。

 

 それらに耳を傾けていたクラーナが不意にバーバラへ問う。

「バーバラ・ベック、だったかしら。先ほどから静かだけれど、貴女からは何かないの?」

 

 円卓が静まる。

 この場に呼ばれた意味を考えればおのずと答えは絞られる。

 そして、その答えの中でも他の娼館にはできない提案をバーバラならできる。

 

 バーバラは乾いた唇をお茶で潤して気持ちを落ち着ける。

 

「ウェネフィカ様、赤い白夜の経営権をお売りします」

 他の主たちからどよめきが起こる。

 エ・ランテルから流れてきた娼館の噂は他の主も耳にしているはず。選択肢のひとつとしてあったかもしれないが、彼らにはバーバラのように踏みだせない事情がある。

 

「喜んでお受けするわ。他に売ってくれる人はいないのかしら?」

「――俺も、売ろう」

 しばしの沈黙の後、ボルイェ・オースルンドが意を決したように名乗りでる。

 

「オースルンド! 正気か!?」

「構わん、俺の店だ。届かぬ恋慕の経営権を売る」

 名乗りでなかった3人からは動揺が窺える。

 逆にバーバラは見知った者が同じ判断をしたことにひとつ安堵する。

 

 当のボルイェは神経質そうに眼鏡を弄っている。

 バーバラはその仕草に懐かしさを感じる。彼がまだ客だった頃からの癖だ。

 身受け話の相談を受けた時、娼館経営の相談を受けた時、そして妻を亡くした時も、深く思い悩んでいる時に見せる癖だ。

 分かりやすいからこそ嫌いになれない腐れ縁の男だ。

 

 クラーナがパンパンと手を叩いて注意を引く。

「ベックとオースルンドは後で書面を交わしましょう。――さて、本題よ。娼館関係者からなる組合を設立するから、それに参加なさい。組合費を課すけれど、見返りに異相協会の商品を割引きしてあげるわ。もちろんベックとオースルンドの店もよ」

 

 場の空気が重くなる。

「ウェネフィカ様、興味深いお話だが、そりゃ無理だ」

「誰だって一度は組合があればと考えるさ。だがなあ」

「そうだな、領主や神殿から横槍が入るに決まっている」

「うちは参加するわよ。異相協会の商品が安く手に入るならかまわないわ」

 クラーナの提案に男性陣が遠慮がちに応えるなか、オルガだけが毅然と賛同する。

 オルガの表明を受け、あれこれと天秤にかけた男性陣も最終的には首を縦に振る。

 

「うーむ、――駄目元だ。やってみよう」

「もしもの時は領主か神殿に手土産を渡せばなんとかなるかもしれん」

 

「賛同してくれて嬉しいわ。組合費の価格設定を改めて相談すると思うから、それまで少し待っていてちょうだい」

 

 クラーナが椅子から立ち上がる。

「私からは以上よ。貴方たちを長くとどめておくのも悪いからお開きにしましょう。バーバラ・ベック、ボルイェ・オースルンド、ふたりにはもう少し付き合ってもらうわよ」

「畏まりました」

「あ、はい。畏まりました」

 バーバラはたじろぐ。

 人の下につく感覚は十数年振りだ。 

 

 クラーナが娼館の主たちを見据える。

「最後に、〈今(・)日(・)の(・)出(・)来(・)事(・)を(・)誰(・)と(・)も(・)情(・)報(・)共(・)有(・)し(・)て(・)は(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)〉」

「なにを……」

 気のせいかもしれないが、バーバラにはクラーナの目が微かに光ったように見えた。

 狼狽える娼館の主たちをクラーナは宥める。

「ふふ、私との約束よ。横槍は面倒でしょう?」

「も、もちろんですとも。お約束します」

「私もお約束します」

「秘密にします」

 

「――じゃあ、お開きね。リオ、皆を帰してあげて」

 

 

* * *

 

 

 メイドが有無を言わさずひとりひとりを元の場所へと転移魔法で送っていく。

 そして円卓にはバーバラとボルイェ、クラーナだけになる。

 

「貴方たちも行くわよ。手を取りなさい」

 差し出されたクラーナの手を取ると、次の瞬間には草原から見慣れぬ室内に居た。

 

「お待ちしておりました、ウェネフィカ様」

 クラーナを迎える声。

 バーバラより二回りも若そうなふたりの女が跪いている。

「紹介するわ。エ・ランテルの店を任せているグニラとマリーよ」

 

「グニラ・ブレンドレルです。エ・ランテルで“白蛇の泉”の主を任されています」

「同じく、“白蛇の泉”で経営補佐を任されております、マリー・マルムボリです」

 バーバラとボルイェは、ふたりがメイドでも娼婦でもなく、まさかの経営者側であることに驚く。

 さらに会話の流れから転移した先がエ・ランテルであることも察する。

 

「そしてこちらのふたりはエ・レエブルで娼館の主をしているバーバラとボルイェよ」

「バーバラ・ベックです。“赤い白夜”の主でした」

「ボルイェ・オースルンドだ。“届かぬ恋慕”の主だった」

 

 バーバラとボルイェの挨拶にクラーナが苦笑する。

「ふふ、契約を交わしていないんだから、貴方たちはまだ娼館の主よ?」

 ボルイェの本心は分からないが、バーバラは覚悟を決めている。

 50歳を迎えてから身体にガタが来た。そろそろどこかしらの後ろ盾がなければ店を守れないと考えているのだ。

 

 クラーナが続ける。

「今日は異相協会の一員になるうえで覚えてほしい規則を彼女たちから説明してもらうわ。その後は店の雰囲気を実際に見てもらって、最後に改めて経営権をどうするか聞くわね。決心が揺らいだら遠慮なく撤回してもらって構わないから」

 

 

 

 

 

 応接室で規則の説明をグニラたちから受けていると、不意にクラーナの楽しそうな声が上がる。

「あらあら、約束したのに。困ったものね」

 いつの間にかクラーナの前に不思議な鏡が浮いていた。

 いや、正確にはクラーナを映していないので鏡ではないのだろう。

「皆、これを御覧なさい」

「これはいったい……」

「オルガ?」

 

 先ほど別れたオルガが床の上でのたうちまわっていた。

 その表情は苦悶に満ちている。

 

「近くに娼婦がいるわね。うっかり話したのかしら」

 オルガの近くには状況を飲み込めず右往左往する気の毒な娼婦の姿が映し出されている。

 バーバラは堪らず問う。

「ウ、ウェネフィカ様、何が起こっているのでしょうか?」

「〈制約(ギアス)〉よ。今日の出来事を誰とも情報共有してはならないと約束したのに。――相当辛いみたいね。ああ、貴方たちにはかけていないわよ」

 

 クラーナの言葉に安心したのもつかの間、釘を刺すように彼女は続ける。

「でもね、ボルイェ」

「は、はい。なんでしょう」

 突然話を向けられたボルイェが背筋を伸ばす。

 

「八本指と連絡を取っては駄目よ」

 ボルイェの額に汗が滲む。

「ご存知だったのですか」

「ええ、バーバラ以外、八本指と繋がっていることは承知よ。異相協会の商品を転売しようとしていることもね」

 

 バーバラも驚く。他の娼館が八本指と通じていることは事実だ。八本指も悪名高く、素人が知っていてもおかしくはない。犯罪組織と娼館を結びつける噂はいくらだってある。だが、具体的に「どこそこの娼館が」といった情報は、それこそ業界に属していないと知るのは難しい。

 それを派手に娼館を出入りしていたとはいえ、街に着いて間もないクラーナが知っていたのだ。

 

「“娼婦に甘い”という評判がなければ貴方も制約(ギアス)で縛っていたわ」

 

 ボルイェは元商人だ。ひとりの娼婦に入れあげて身受けし、紆余曲折あって娼館経営に手を出した男だ。そして本人が娼婦を身受けした経験があるからか、他の経営者なら渋る娼婦の身受け話にも寛容。根っからの悪人でもないことから、行き詰まっている女に働き口として彼の店を紹介する者もいたりする。

 

「ウェネフィカ様! 誓って後悔はさせません。ウェネフィカ様のもとで働かせてください!」

「そんな必死にならなくてもいいわよ。ケツ持ちなんて普通でしょ。それよりも娼婦を身受けした貴方には多少の好感を持っているの」

 貴方はまだ何もしていないじゃないとクラーナは諭す。ゴロツキから店や娼婦を守る手段は人それぞれだし、少なくとも店を手放す覚悟を彼は見せた。

 

「先ほども言ったけれど、まずは店の雰囲気を知ってちょうだい。その後で気が変わっても咎めはしないわ。――話の腰を折っちゃったわね。グニラ、規則の説明を続けてちょうだい」

 

 

 

 

 

 数時間後、契約書にサインをするふたりの姿があった。

 そしてバーバラは幸運を噛みしめるのだった。

 

 




独自設定
・滋養の泥濘(ドクター・プディング)、粘体(スライム)種のオリジナルモンスター。
・〈細胞増殖(セルプロリフェレイション)〉。オリジナル種族技能(スキル)。
・労働組合「プラウドール」。「proud=誇らしげな」と「doll=人形」をニコイチにした造語。もともとは性労働者を愛玩人形と揶揄する声に対し「それでも自分たちは誇りある人形だ」とやや自虐的な命名で活動を始めた小さな抗議団体だった。他の類似団体と統合を繰り返すうちに活動内容が拡大して今の労働組合となった。抗議団体時代を含めると100年近い歴史を持つ。
・バーバラ・ベックは運がいい。公娼の申請が降りたのも、運良く生い立ちを証明する声が周囲にあったから。開拓村は政策による事業のひとつであり、魔物被害に対しては戦時法が適用され、バーバラは戦争孤児と同等の権利を得た=公娼になれた。
・バーバラが他の娼館の主たちが経営権を手放さないと考えたのは、彼らが八本指と関係を持っていることを知っていて、八本指を挟まないまま勝手はできないだろうと思っていたから。ただ実際にはセキュリティー会社のような関係でしかなく、経営への影響力はそこまで高くない。もちろん娼館を八本指が運営していた場合は別である。またバーバラの店を除く五つの娼館はそれぞれ八本指と関係を持ってはいるものの互いに連携しているわけではない。
・〈制約(ギアス)〉。D&Dを参考にしているものの「命令は実行可能で、なおかつ自殺的なものであってはならない」以外の設定はゆるい。当二次では行動の「禁止」や「強制」の内容はある程度複雑な命令もできるとする。

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