※この作品はR-18です。

オバロ外伝:安穏無事に過ごしたい   作:ウキヨライフ

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第2話:戦闘とクレマンティーヌ

 星空の下、手綱をマーシャに任せ、あてどなく馬車を走らせる。

 流れる景色と記憶の中のワールドマップを照らし合わせても、該当するものがない。10年以上遊んだゲーム、何度となく各ワールドに遠征したのにも関わらずだ。

 

 しばらく経ち、屋根に就いたジルから報告が入る。

「ヴィクトル様、方位2時に明かり、11時に森と思われる影を発見しました」

「それぞれの距離は?」

「明かりまでは2キロ、森は4キロほどです」

 優先すべきことは馬車を隠すこと。

 明かりは後回しだ。

「森に向かう。マーシャ、進路を11時に」

「はい。進路を11時に取ります」

 

 

 

 

 

 ジルの案内で辿りついたのは、馬車を隠すのに適した森だった。木々や藪は乱雑に生い茂り、人の手が入った様子はない。馬車を50メートルほど奥まった場所に停め、マーシャとジルがかき分けた轍を隠蔽する。

 その様子を興味深く観察する。なぜなら、馬車に紐付けられていたNPCが、馬(・)車(・)か(・)ら(・)降(・)り(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)た(・)か(・)ら(・)だ(・)。

 

 隠蔽し終えたのを見計らい、次の指示をだす。

「お前たちはこのまま馬車の護衛だ。俺はさっき見えた明かりを調べに行く」

「お一人では危険です! 私共かアエラを同行してください!」

 マーシャが慌てたように声を上げる。

 しかし、連れて行く訳にはいかない。彼女たちは馬車の付属品として“迎撃用のAI”を搭載しているが、馬車を離れてもそれらが機能するのかが分からないからだ。もしかしたら傭兵NPCのように立ち回れるかもしれないが、今は大人しく留守番をさせるのが無難だろう。

 

「お前たちには馬車の護衛を命ずる。分かったな?」

「……畏まりました」

 俺の有無を言わさぬ物言いに、2人は不承不承引き下がる。

「そう不安がるな。ただの偵察だ」

 念を押すと2人は渋々ながら頷いた。

 

 

* * *

 

 

 俺はマーシャたちをその場に残し、謎の明かりを目指す。

 向かう先に人間種がいることを想定して、外見は人間の姿を保っている。変身中は能力値が低下してしまうが、粘体(スライム)の姿を見咎められて問答無用で襲われるよりはマシだろう。

 

 少し走ると都市にたどり着く。十分な距離を保ちながら正門と思われる大きな門を観察すると、遠目にも門番が“人型”だと分かる。恐らくは人間種の街なのだろう。

 異形種の性か、無意識に正門を避けて外周をぐるりと巡り、人気のない入口を探す。

 

 

 

 

 

 ここまでの道中で、新たな発見があった。

 本来、背中に感じるはずの「背もたれ」の感触が無くなっていた。いくら体感型ゲームとはいえ、感覚の全てをゲーム側に奪われるのは異常だ。地震や火災に対応できるだけの現実世界(リアル)の感覚は残すよう法的にも定められているのだ。

 それが今、仮想現実(ゲーム)の「仮初の身体(アバター)」に現実味(リアリティ)を持って実(・)体(・)感(・)を覚えてしまっている。

 さらに言及すると、この“人間の姿”が本(・)当(・)の(・)意(・)味(・)で(・)「擬(・)態(・)」で(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)も(・)自(・)覚(・)し(・)た(・)。

 

 この身体には「骨」がない。

 

 幸いにも特殊技能(スキル)が機能しているので、意識しなくても容姿を保つことができている。逆に意識さえすれば手足を伸び縮みさせることができたのだ。

 それもユグドラシルの仕様よりも自由が利く。

 

 ユグドラシルでは異形種の多くが爪や牙、角や尻尾などの部位で攻撃することができた。粘体(スライム)であれば触手を鞭のように振るえ、特殊技能(スキル)を取得すれば触手に毒を纏わせたり、先端を刃物のように鋭く固くすることもできる。

 ただし、繰り出されるモーションはプログラムによって補正されており、「腕を振る感覚で」簡単に触手を操れた訳だが、その反面、見た目の挙動は概ね固定されていて個性のない動きだった。

 プレイヤーが介在できるのは力の強弱とタイミングだけ。人間に備わっていない触手や翼などを動かそうと言うのだから当然の制限だ。

 

 それが今、自分のイメージ通りに触手を伸ばし、変形させることができるのだ。

 

 

 

 

 

 身体の調子を確かめながら都市の外壁を巡る。

「静か過ぎるな」

 サービス最終日とは思えない静けさだった。騒めく橋(ギャッラルブルー)のように花火もなければ、普段なら無駄撃ちできない経験値消費型の大技も飛び交っていない。街は寝静まったかのように静寂に包まれている。

 いや、夜なのだからこれが正しい「夜の街」なのかもしれないが、しかし、これでは他のプレイヤーとの接触が難しいのではと不安になる。

 

「定番は酒場で情報収集なんだが……」

 外壁に触れるが“警告メッセージ”がない。

 仮にこの街が人間種の街であれば、警告の後に衛兵NPCによる通報判定が行われ、一歩でも侵入すると街に居る人間種プレイヤーへ強制的にアナウンスされる理不尽な仕様があるはずだ。

 それらが無いということは“中立エリア”なのかもしれない。

 

「悩んでいても仕方がないな」

 外壁を難なく登攀し、街を見渡す。

 街並みは西洋風。何重もの防壁と張り出した側防塔が、この街が軍事的な要所であることを示している。

 今いる場所は大通りから外れているためか、街灯は少なく薄暗い。周囲は住宅地というよりは倉庫街、同じ規格の建物が延々と続いている。

 

 意を決して街の中へ飛び降りる。

「……入れた。中立エリアか?」

 無事に侵入できたことに安堵したのも束の間、不意に話しかけられる。

「おやおや~。こんなところからのご入場とは怪しーねぇ」

 若い女の声に視線を向けると、建物の影からローブで顔を隠した女が現れる。

 

 己の迂闊さに舌打ちする。警告も無く侵入できたことで気が緩んでいた。不法侵入の現場を目撃されるとは余りにもお粗末だ。

 ただ、この女は衛兵NPCのように騒ぎ立てる様子がないので、プレイヤーか運営のどちらか定かではないものの、いわゆる“肉入り”で間違い無いだろう。貴重な情報源だと思えば不幸中の幸いだ。

 

 

 

 

 

 女はローブで隠していた顔を晒す。

 第一印象は犬より猫。肩口で切り揃えられた金髪に、整った顔立ちは如何にも男好きそうだ。

 そして、例の如くこの女にも表情がある。

 

 まずは取り繕いつつ、情報が得られないか探りを入れる。

「ああ、説得力は無いかもしれないが、怪しい者ではない。この街の者と情報交換がしたくてね」

「あはは、ほんと説得力なさすぎだよ~。お話したいならさ、その怪しい仮面くらい取ったら?」

 

 その言葉に久しく感じなかった新鮮味を覚える。

 わざわざアバターを確認したがる奴も珍しい。幾らでも顔を変えられる仮想現実(ゲーム)で、素顔を見せる行為が“誠意”を表す意味合いは極めて薄いからだ。

 拒否してもよかったが、もしかしたらそ(・)う(・)い(・)う(・)ロ(・)ー(・)ル(・)プ(・)レ(・)イ(・)なのかもしれない。

 ここは心証を良くするために彼女に倣って素顔を晒す。

 

 マスクを外すと粘体(スライム)種特有の視界に切り替わる。

 粘体(スライム)は人間とは異なる視覚を持つ。暗視、全周囲の視覚、動く物体の強調表示などのメリットと、青黒い色相視覚、100メートルまでの視界、動かない物体の遠近感の喪失などのデメリットを持つ。

 余分な視覚情報を削ぎ落すことで情報処理を軽減できるため、適合者は格闘や不意打ちにめっぽう強くなる。その反面、癖のあるパノラマ視界は人を選び、100メートル先までしか見通せない視界はとかく嫌われていた。なので多くの粘体(スライム)プレイヤーは見難い視覚を嫌い、人間種と同じ視覚を得るアイテムを常備していたものだ。

 実際問題、上級者による超長距離射撃が可能なので、常に防御に徹してくれる仲間がいないと運用には覚悟のいる種族特性だと言える。かく言う俺も、今外したペストマスクに視覚変更のデータクリスタルを組み込んでいたのだが、こうして青黒く歪んだ視界を目の当たりにして早くも気が滅入ってきている。

 

 

 

 

 

 既に接近している相手であれば、粘体(スライム)の視覚でも不安を覚えることはない。――そう思っていたが、マスクを外した際、現実(リアル)の習慣で深呼吸をした瞬間、ゾワリと鳥肌が立つような感覚に襲われ、ヤ(・)バ(・)い(・)と直感する。

 自室のカビ臭さを感じなかったからではない。

 

 血(・)の(・)匂(・)い(・)だ。

 

 一瞬、現実(リアル)の身体に何か異変が起こったのではと錯覚するが、どうやら血の匂いは少し離れたところから漂ってきているようだった。

 しかし、動(・)か(・)な(・)い(・)何(・)か(・)から漂っているとすればスライム(今の俺)にそれを視認することは難しい。

 

 緊張が高まるなか、目の前の女に不審がられないように“眼鏡”を装備する。

 ペストマスクと同じように人間の視覚を得ることができるアイテムで、視覚に加えて鑑定や翻訳などの効果を幾つか付与した“買い出し用”の眼鏡だ。

 

 改めて匂いの元を目で追うと、茂みの中に隠しきれていない死体を発見する。濃厚な血の匂いから察すると死体は一つではないだろう。

 しかし、問題は血の匂いそのものではなく、電脳法で禁止されている“嗅(・)覚(・)の(・)再(・)現(・)”だ。

 マスクをしていて気づかなかったが、もしかすると馬車の中もハーブの香りで満たされていたのかもしれない。

 

「へぇ~、意外といい男だねぇ。その淀んだ目とか、割と好みだよ。あ、私はクレマンティーヌ。よろしくね♪」

「俺はヴィクトルだ。で、聞きたいんだが、ここは何というワールドだ? コンソールが開かなくて困ってるんだ。お前はどうだ?」

 死体のことには触れず、クレマンティーヌと名乗った女の様子を窺う。

 

「は? 世界(ワールド)? 制御卓(コンソール)? ……ここが何処かって意味なら、リ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルだよ? 何々? 迷子かな?」

 

 リ・エスティーゼもエ・ランテルも聞いた事がない。

 クレマンティーヌが嘘を吐いているのでなければ未知のエリアという事になる。

 

「あはは、その反応からするとほんとーに迷子なのかな? でも安心しなよ。迷う必要が無くなるように手伝ってあげるからさ。気付いてるんでしょ? こ(・)・れ(・)♪」

 クレマンティーヌが抜き放ったスティレットで死体を指し示す。

 

「ああ」

 ここで生まれる新たな疑問。

 クレマンティーヌに殺されであろう者たちの正(・)体(・)。

 

 それが、気になる。

 

 死体がNPCであるなら演出かもしれない。だが、もしもプレイヤーの死体であったならリスポーンしていない事に違和感を覚える。

 リスポーンが制限されているのか、そもそもリスポーンが存在しないか。

 

 危険だ。既知のユグドラシルとは明らかに違う。一度死んで確かめてみようなどと到底思えない程に異質だ。

 

「という訳でー、死んで欲しいんだけど。いいかな?」

「待て。俺はこの街の人間じゃない。このまま後腐れなくさよならってのはどうだ?」

「んー、残念だけど、それは無理♪ やっぱ目撃者は消しとかなきゃじゃん? この街の人間じゃないなら追っ手も付きにくいかもだし……。そうだっ! 殺し合いは止めて、勝った方が負けた方を好きにして良いってのはどうかな。死んだ方がマシっていうくらい愛してあげるよ?」

 

 クレマンティーヌがマントを脱ぎ棄て、引き締まった若々しい肉体を晒す。はっきりと板金だと分かる個所は胸当て、肩当て、籠手、腰当てだけ。それらを繋ぐ革紐を除けば残りはリネンを重ねた下着のような格好だ。

 ビキニアーマーほど卑猥ではないものの、目のやり場に困るほど防御面が少ない。

 彼女がゆっくりとスティレットを構え、対峙する。

 

 結局戦うんじゃねーかと悪態をつきたくなる。

 擬態を解きたいが街中で正体を晒すのはリスクが高い。

 とはいえ、武器を向けられて無防備でいるわけにもいかない。こちらもダガーを抜いて正眼に構える。

 

「お? このカラダを見てやる気になっちゃったかな?」

 ケラケラと笑うクレマンティーヌを無視する。

 正直な気持ち、この異常な世界で戦闘はしたくない。ここに来るまでに常時発動型特殊技術(パッシブスキル)が働いているのは確認したし、不思議と自分に出来る事と出来ない事も分かるが、このアバターのビルドは器用貧乏で戦闘向きではないからだ。

 レベル差が不明なのが怖い。粘体(スライム)は物理攻撃に高い耐性を持つので、見るからに剣士スタイルのクレマンティーヌとはそこまで相性が悪くない筈だが、不安は大きい。

 

 戦うか、逃げるか。

 迷っているとクレマンティーヌに先制される。

「んじゃ~いっきますよ~」

 宣言と同時にクレマンティーヌがノーモーションで突っ込んできた。

「くっ!?」

 虚を突かれたが問題無く見える速さだ。

 粘体(スライム)の動体視力に頼らずとも知覚できたことに安堵する。

 

 しかし、安堵したのも束の間、スティレットの突きをダガーの峰で弾こうとすると、直進していたクレマンティーヌの満面の笑顔が不意に横へ流れる。

 そして、スティレットが在りえない速度で軌道を変えると、真っすぐ心臓を目掛けて滑り込んできた。

 

「な!?」

 ガギン、と鈍い音が響く。

「かったいなー……。ただのレザーアーマーじゃないでしょ、それ」

 望み通り貫けなかった事にクレマンティーヌが悪態をつく。手にしたスティレットを肩にのせて余裕の態度だが、その睨みつける視線は鋭い。

 

 刺突を受けた箇所を確認すると無傷、欠片も抉れていない。

 防具の性能に助けられた形だが、これでクレマンティーヌのスティレットが“眼鏡で得た情報通り”レアリティの低い金属だと確信する。“鑑定”は正常に働いている。

 

「これでも希少な龍皮を使っているんでね。魔法も幾つか付与してある」

「へぇ。じゃあ、私が貰っちゃおうかな♪」

「傷すら付けられないくせに、勝つ気でいるのか?」

「言ってくれるねぇ。まぁ、いいか。じゃあ、次は……」

 

 クレマンティーヌが地面に接するほどの異様な前傾姿勢を取る。四肢がしなり、全身のバネに力が蓄えられたのが分かる。クラウチングスタートで突っ込んでくるつもりだ。

 そして「なるほどな」と納得する。露出の高さが目立つ装備だが、この姿勢で対峙すると板金で覆われた箇所が前面に集中する。つまり、これこそが彼女本来のスタイル。一般的な軽戦士よりさらに尖った高速戦闘タイプだ。

 

 気を引き締める。警戒すべきはスキルと思われる慣性を無視した急激な動きの変化。あれに対応出来ないと再び打ち込まれる恐れがある。

 

 素早い敵はまず「足を潰す(部位破壊)」、だったか。

 俺が構えた瞬間、クレマンティーヌが凄まじい加速力をもって突っ込んでくる。

 

 だが、問題なく目で追える。

 

 やはり反応出来ない速さではない。

 この女は基礎能力値が低い。

 

 地面スレスレの位置から繰りだされるスティレットは明らかに顔を狙っている。素直といえば素直な攻撃だが、一撃目の不可解なスキルがあるので油断はできない。

 サイドステップでスティレットを躱し、突っ込んできたクレマンティーヌの真横に付く。そして部位破壊を狙うべく体重の乗った軸足へ蹴りを叩き込む――が、まるで堅固な城壁にでも阻まれたかのように弾かれ、逆に体勢を大きく崩される。

 

「クッ?! これもスキルか!?」

 俺の隙を逃すまいとクレマンティーヌの追撃が迫る。

 ダガーで迎え撃つが、スティレットは再び不自然な軌道を描く。そしてダガーを持つ右手、グローブとレザーアーマーの僅かな隙間をスティレットが貫いた。

 

 そして、その状況に激しく動揺する。

 

 ダメージを受けた感覚はない。物理無効(スキル)が正常に働いていることを実感するが、問題はそこではない。俺が動揺したのは、グローブとレザーアーマーの間を縫って粘体(スライム)の本体を直接貫かれたことだ。

 ユグドラシルでは、各装備が持つ防御値の合計値が“防御力”としてステータス欄に表示されていた。基本的にどの部位に攻撃が当たってもこの防御力と能力値からダメージが算出される。

 つまり、長年ユグドラシルをプレイしてきたことで、例え鎧の隙間からアバターの“素肌”を突かれたとしても、初撃と同じ、無傷で済むと思い込んでいたのだ。

 

 しかし結果はご覧の通り、スティレットは手首を貫いている。この状態で万が一にも筋力値で負けていれば、武器を持つ手(片手)を封じられたことになる。

 これはクレマンティーヌを評価せざるを得ない。

 

 感心していると、クレマンティーヌはせっかく刺したスティレットを手放し、再度その場で身体を翻させる。

 まだ彼女の攻撃は続いていた。

 

 いつの間にか逆手に新たなスティレット。

 眼前に迫った満面の笑みが大きく歪む。

 

 避けられない。

 

「死ねぇっ!!」

「ぐ、ぉ゛っ!!?」

 殺意の乗ったスティレットで左のこめかみを貫かれる。擬態とはいえ頭部は人間にとって重要器官。異物に対し本能的な忌避感を覚える。

 

「まだまだぁ!!」

 喜々としたクレマンティーヌの声に続き、スティレットに込められた魔法が解き放たれる。

 発動したのは稲妻。種族特性として脆弱性を持つため、全身を切り裂く衝撃に硬直してしまう。

 そこを3本目のスティレットが右のこめかみに突き立てられ、またもや魔法が発動する。

「燃えちまえっ!」

 今度は炎が頭の中で暴れ回る。

 

 雷と炎、執拗に流し込まれた魔法で頭が燻る。

 立て続けに弱点属性を食らった訳だが、〈上位魔法軽減3〉のおかげで体力の減りは微々たるもので済んでいる。当のクレマンティーヌは俺の死を確信したのか、殺人の余韻を楽しむかのようにスティレットをグリグリと捻っている。悪趣味な女だ。

 

 俺はそんなクレマンティーヌの片手をおもむろに掴み、手首にスティレットが刺さったままの右手のダガーで一閃する。

「――え?」

 クレマンティーヌが籠手(ガントレット)ごと切断された己の左手首を凝視する。その表情は驚愕よりやや気の抜けた茫然としたもの。何が起こったのか理解できないでいる顔だ。

 

「今のがダメージを負う感覚、か」

 魔法が込められていたことは戦闘中に鑑定済みだ。

 攻撃を喰らうつもりは微塵も無かったが、クレマンティーヌの戦闘センスにしてやられた。

「馬鹿な! なんで死なない!?」

 クレマンティーヌが右手のスティレットをこめかみから引き抜こうとするが許さない。逆に強い力で押さえ込んで頭の中に引っ張り込むと、ようやく状況を把握したクレマンティーヌが叫ぶ。

「人外か!」

「ご明察」

 俺は革手袋を解除し、逃れようとする彼女を素早く抱き寄せる。

「くそっ! 放せ、変態!!」

 クレマンティーヌが渾身の力で振りほどこうとするが、格下の軽戦士然とした彼女では抗えない。

 

「取りあえず、その装備を破壊する」

「っ!? あ゛ぁぁぁああぁぁあ! あ゛ぁあっ!! はっ、はなせえぇぇっ!!」

 両手から強力な酸を分泌する。粘体種(スライム)十八番(おはこ)の〈装備破壊〉だが、クレマンティーヌが激しく暴れるせいで留め具だけ溶かすつもりが素肌をも巻き込んでしまう。

 俺の酸はそ(・)の(・)筋(・)の粘体(スライム)と比べるとお遊び程度だが、それでも時間さえかければ伝説級(レジェンド)も破壊できるもの。肌に付着すれば当然ただでは済まない。

 

 一通り破壊してほぼ全裸となったクレマンティーヌを突き飛ばすと、驚くことに爛れ続ける肉を庇いながらも背を向けて走りだす――が、数歩も進まぬうちに地面に倒れてジタバタともがく。

 

「ちくしょう!! 切(・)っ(・)た(・)な(・)!!? 糞ったれ!!!」

 己の身に何が起こったのか悟ったクレマンティーヌが、俺を大声で罵倒する。

 何のことはない。俺は逃げだそうと背を向けたクレマンティーヌの“両足首の腱”を、伸ばした腕を鞭のように振るって切断したのだ。

 

「裸にすれば羞恥心で動けなくなるかと思ったが、そんな玉じゃなかったようだな。……お前は強かった。俺は逃げ回るのが専門でね。正直、翻弄されたよ」

 地面に転がるクレマンティーヌを仰向けになるよう蹴とばし、その無防備に晒された腹へ馬乗りになる。

 

 手足の武具を残しているものの、ほ(・)ぼ(・)全(・)裸(・)の(・)女(・)に(・)跨(・)る(・)。

 その行為に対し運営からの警告を待つが連絡はこない。運営が見ていないのか、それともこの世界には運営が不在なのか。どちらにせよ、18禁行為に厳しい運営の目が届いていない事は確かなようだ。

 

 

 

 

 

 気を取りなおしてクレマンティーヌに話しかける。

「さて、確か、『勝った方が負けた方を好きにして良い』だったか? これでお前は俺の物だ。少々危険な実験に協力して貰うぞ」

「……好きにしな」

 左手と両足の腱を失ったクレマンティーヌに拒否権は無い。彼女は小さく呻き、切断された左手首を右手で必死に止血している。その目には僅かに怯えを宿しているものの、まだまだ気力はあるようだ。

 

「そのまま大人しくしていろ」

 ビクつくクレマンティーヌの首筋に顔を近づけて匂(・)い(・)を(・)嗅(・)ぐ(・)。首、胸元、腋と嗅いだ後、今度は“手のひら”で同じように、首、胸元、腋をなぞる。

 戦う前から気になっていた疑問のひとつが氷解する。汗と血、酸によって爛れた肉の匂いを手(・)か(・)ら(・)感じ取れたのだ。ペストマスクを外した時、鼻から血の匂いを感じたと思ったのはどうやら錯覚で、この粘体(スライム)の身体は部位に関係なく、外気に接していれば匂いや味を感じ取れるのだ。

 

 そして不意に在(・)る(・)べ(・)き(・)物(・)が(・)無(・)い(・)クレマンティーヌの乳房が目に入る。

 

 クレマンティーヌの両腕を無理やり万歳させて乳房を晒す。

 両乳首が抉り取られていた。傷跡から察すると古傷、拷問の跡のようだ。

「……」

「あはは! 色気の無い身体で残念だったねぇ! “下”はもっと酷いよ」

 クレマンティーヌを見据えたまま無言で股間を弄る。

 見るまでもなく無(・)い(・)のが分かる。クリトリスも大陰唇も小陰唇も、何もない。ただケロイド状に荒れた股に尿道と膣、二つの穴が開いているだけだった。

「こんな身体でも、死んだ方がマシっていうくらい愛してくれると嬉しいなぁ♪」

 強がってはいるが失血の為か顔色は悪い。

 

「黙ってろ」

 せっかくの情報源に死なれても困る。アイテムボックスから下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出そうとして――。

「なるほど、こうなるのか」

 コンソールが開けないのを失念したままアイテムを取り出そうとしたら、手首から先が虚空に消えていた。ユグドラシルの仕様とはだいぶ異なるが、不思議とその先にあるアイテムの存在を感じ取れる。

 下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出してクレマンティーヌの傷口に振りかけると傷口が瞬時に塞がる。そのまま身体全体に振りかけて酸で爛れた肌も治してやる。低レベル帯の水薬(ポーション)でこの効き目から察すると、この女のレベルは40代には届いていないのかもしれない。

 

 ただ、ひとつ気になる点がある。

 欠損した手(・)首(・)か(・)ら(・)先(・)が再生しない。状況から判断すると下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)は切り傷は治せても欠損部位を再生させるだけの力は無いことになる。

 もっと上位の回復手段であれば再生できるかもしれないが、その実験は後回しだ。

 

「い、いま、何を使ったの?」

 クレマンティーヌが関心を示す。

「ただの水薬(ポーション)だ。それよりも、今からお前の腹を裂いて中(・)を見させてもらう」

「……」

「なんだ、暴れないのか?」

「どうせまともな死に方はできないと思っていたからね」

「いい覚悟だ」

 

 万が一にも舌を噛まぬよう本人のスティレットで頬を左右に貫く。

「ぐっ!? かっ……ぁ……、て、てへぇ!」

 その乱暴な扱いに不満の声が上がるが、口に麻痺薬を流し込んで黙らせる。

 すぐさま薬が効き、クレマンティーヌは何の抵抗も出来ないまま動かなくなる。

「安心しろ。死なせるつもりは無い」

 

 ここに至り、この世界がユグドラシルでもなければ元居た世界(リアル)でもないことに薄々気付き始めている。いや、クレマンティーヌの手首の断面や自分の身体の変化で既に確信に変わりつつある。

 しかし、もうひと押し、覚悟を決めるに足る何かが欲しい。この世界の住人がポリゴンとテクスチャの集合体ではなく、血肉の詰まった生き物であることをこの目で確かめたい。

 クラーナやマーシャたちでは怖くて試せない実験だが、覚悟を決めるためには必要だ。

 

「スキル(こいつ)で女の腹を裂くことになるとはな……」

 指先をメスのように変形させてクレマンティーヌの腹部にあてがう。

 そして内臓を傷つけないように、一気に腹を切り裂く。

 

 腹を裂き、臓腑を押し下げ、肺を分ける。

 立ち昇る臓腑の温もりと血の香りの中に、規則正しく脈打つ心臓があった。

 

 切り裂く肌の感触、皮下脂肪の滑り、血の香り、鼓動する心臓に循環する血液――。

 

 それらを見て、触って、感じて、そして、絶(・)望(・)す(・)る(・)。

 俺は医療従事者でもなければ哲学者でもない。目の前で起こっていることが現実なのか、それとも仮想現実なのか。それを見抜く術が俺にはなかったのだ。

 

 現実だと認めたくない。

 ユグドラシルの不具合だと思いたい。

 運営が対応している最中だと信じたい。

 

 だが、スペック不足なのだ。

 目の前の事象を再現できるだけの性能を、俺のコネクタは持っていない。

 

 思い至った結論に自我が揺らぐ。

 ともすれば発狂してもおかしくない状況だが、粘体(スライム)ゆえの〈精神作用無効〉がそれを許さない。

 

 ただひとつ、確かなことがある。

 

 目の前に握り潰せば消える命がある。

 

「……生きているんだな」

 そう認識する。

 いや、そ(・)う(・)自(・)分(・)に(・)言(・)い(・)聞(・)か(・)せ(・)る(・)。

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌは体内を弄られているせいか、細かく痙攣していた。

 結論が出た以上、いつまでも腹を開いていてもしかたがない。裂いた腹とスティレットで開けた穴を水薬(ポーション)で癒し、万能薬で麻痺を解除してやる。

 

「さてと、取り急ぎ済ませたかった実験は終わった。残りは拠点に戻ってからだ」

「拠点?」

「あぁ、仲間がいる」

「お前みたいな化け物が他にもいるのかよ」

「口には気をつ――」

 

「居(・)た(・)ぞ(・)っ(・)! こ(・)っ(・)ち(・)だ(・)!!」

 

 突然の声と共に複数の人影が現れる。街の衛兵では無さそうだが、今の俺は裸の女に跨った不審人物。側に転がっている死体と関連付けられたら完全に危険人物だ。

 右も左もわからないこの世界で「指名手配」は避けたい。

 

 集団から男がひとり歩み出る。

「その女を渡してもらおうか」

 変わり果てたクレマンティーヌを一瞥し、その身柄を要求される。声の調子から俺を警戒しているのが分かる。要求こそすれども近寄ろうとしないのがその証拠だ。

 態度からクレマンティーヌの仲間ではなさそうだが男達の強さを掴みきれない。

 

 小声でクレマンティーヌに問う。

「知り合いか?」

「まぁ、追っ手ってところだね」

 抉られた乳房が目に入り、思わず勘ぐってしまう。

「連中にやられたのか?」

「あはは、そうだよって言ったら、おっぱいの仇を討ってくれるの?」

「……」

 その問いには答えず、静かに立ち上がって男達に向きなおる。

 

 消(・)す(・)か(・)。

 素顔を目撃されてしまっては逃げる訳にはいかない。〈記憶操作〉(コントロール・アムネジア)を覚えていればやり過ごせたかもしれないが、ここは気持ちを切り替えて、どうせなら別の特殊技能(スキル)を試そうと思う。

 

「おい! 聞いているのか! その女を我々に引き渡せ!」

 怒鳴る男を無視し、無言のまま忍ばせた瓶を投擲する。

 瓶は錬金術師(アルケミスト)の特殊技能(スキル)で正確に集団の中央へと着弾し、内容物が男達を包み込むように飛散する。

 

「な、なんだ!? 抵抗するのか!」

「これは!? う、動けない!?」

 罵声が飛んでくるものの、もがくだけで何か仕掛けてくる様子はない。

 投げたのは粘着薬(スティッキー)。常時発動型特殊技能(パッシブスキル)で強化されているものの、効果は単純な行動阻害。しかし、ひとりとして動けないところを見ると、連中全員が対抗手段ないし無効化系装備を持っていないようだ。

 もしかしたら持ってはいるが品質が低すぎてそれらの効力を貫通している可能性もある。

 

 続いて業火の瓶(インフェルノ)を投擲する。

 今度は着弾と同時に爆炎と悲鳴が上がり、10秒も経たずにその断末魔も途絶える。

 “可燃物”が一瞬で燃え尽きたことで炎はない。代わりに体毛や爪などが燃えた不快な臭いだけが残っている。

 

「弱すぎて参考にならんな」

 ダメージログも見れないので諸々の判断に困る。

 判明したのは錬金術師(アルケミスト)の攻撃スキルが使えたことだけだ。連中には“弱かった”以上の感想がない。

 

「ふむ」

 撤退を急ぎたいものの気になることがあるので、しばし黒焦げの集団を観察する。

「リスポーンしないな。おい、こいつらは死んだんだよな?」

「見りゃわかんだろ。――この様じゃ蘇生も無理じゃない?」

 質問の内容を思えば当然だが、クレマンティーヌはやや呆れた様子だ。自ら殺した相手を前に「死んでいるのか」とは随分と間抜けな話だ。

 

「さて、移動するぞ。これ以上の面倒事は御免だ。――動くなよ」

 レザーアーマーを解除しながらクレマンティーヌを抱き起こす。

「ちょ、ちょっと! なにす――っ!? ぅわっぷ!!?」

「暴れるな。運ぶだけだ」

 クレマンティーヌを体(・)内(・)に(・)丸(・)呑(・)み(・)す(・)る(・)。

 脱がした装備もアイテムボックスに放り込み、外壁を登攀して街の外へ出る。

 

 

 

 

 

 走り出してから不思議に思う。

 俺は体内にプレイヤーやモンスターを飲み込めるようになる特殊技能(スキル)〈底無しの汚泥3〉を取得している。今、クレマンティーヌを飲み込んで走っているのだが擬態した姿(アバターの外見)が崩れていない。体内に女ひとり分(クレマンティーヌ)を感じるが、容姿にも走行にも支障がない。ユグドラシル時代は仕様として気にも留めなかったが、こうして現実世界で目の当たりにすると仕組みが気になって仕方がない。

 

「おい、聞こえるか?」

「い、息がっ! 苦しい!」

「ん? あぁ、空気か」

 飲み込んだ先は密閉空間。当然、酸素呼吸を必要とする生き物はすぐに酸欠に陥る。

 試行錯誤しながらアバターの気管に分岐を作り、クレマンティーヌがいる空間へ繋げる。そ(・)う(・)い(・)っ(・)た(・)事(・)が出来てしまうのがこの粘体(スライム)の身体だが、自分の“身体の中”を変形させる感覚はなんとも奇妙なものだ。

 さらに〈全方位視覚〉が不完全ながら内部にも及んでいるらしく、意識すれば飲み込んだクレマンティーヌをかろうじて見(・)る(・)ことができた。

 

「どうだ?」

「さっきよりはマシだけどさ、暗くて何も見えないし、今どうなってるの?」

「拠点に移動中だ」

「あー、ここはその、胃袋? ――ですか?」

 その慣れない口調に苦笑しつつも、クレマンティーヌの予想は当たらずと雖も遠からず。

 彼女が置かれている空間は、いわば粘体の中に浮かぶ肉袋だ。

 

「酸を分泌できるから胃袋と言えなくもないな。他にも色々分泌できるからそれも含めて後で実験だ」

「……聞かなきゃよかった」

 今後行われる実験が何を意味するのか察したようだ。

 同情できなくもないが、俺にとって優先すべきはギルドの仲間たち。この世界で多少なりとも手間をかけて手に入れた素材を今更手放すつもりはない。

 

「念を押すが、戦いを望んだのはお前で勝ったのは俺だ。諦めろ」

「……」

「そう悲観するな。実験が終わるまで生きていたら、飼ってやるさ」

 

 その励ましにもならない言葉にクレマンティーヌは溜息をつく。

「はぁ、喧嘩売るんじゃなかった」

「ある程度の自由はやる。まぁ、放し飼いってやつだな」

「はは、いいね、それ」

 

 そんなクレマンティーヌの乾いた笑いを最後に会話が途切れ、無言のまま帰路につくのであった。

 

 

 




独自設定
・クレマンティーヌの身体。原作では特に触れられていない。
・下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の効果。おそらく原作だと欠損部位も治りそう。当二次小説では欠損部位までは治せない。
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