※この作品はR-18です。

オバロ外伝:安穏無事に過ごしたい   作:ウキヨライフ

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第6話:城塞都市エ・ランテル

「で、これがお前の言うハッタリか」

「そうよ。ゴージャスでしょ?」

 城塞都市エ・ランテルへ向かうにあたり、馬車はクラーナの手によって“魔女の家”から“汽車の客車”に換装された。外観の特徴としては窓がなく、一点の曇りのない純白を基調に金細工の貝殻や植物を意匠としたロカイユ装飾が細部に至るまで施されている。客車の側面や御者台の日差し部分には異相協会のロゴマークが配置されていた。

 4頭のアイアンホース・ゴーレムもさながら白馬のようで、馬車と同様の装飾からそれ単体で芸術品と見紛うばかりの姿だ。

 なお、出入口が左側面にひとつ増えた以外は内部に変更はない。

 

「これだけ大きいと威圧感があるな」

 荷台の全長は6メートル、高さは3メートル近くある。本来は繊細さや優雅さを放つ意匠が、その大きさと高貴さが相まって近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

「狙い通りよ。さあ、出発しましょうか」

 

 “設定”に従いエ・ランテルへは南から目指す。

 ほどよく離れた地点に転移した後、何食わぬ顔で馬車で乗り付ける手筈だ。

 

 

* * *

 

 

「意外と並んでいるな」

 昼頃に着いた南門には審査待ちの馬車が列をなしていた。

 どうやら自由な往来はできず、検問や徴税を受ける必要があるようだ。

 

 俺の疑問にクレマンティーヌが答える。

「居住区が複雑だからさ、こーして外を回ったほうが速いんだよね」

 夜に訪れた時には気づかなかったが、聞けばエ・ランテルは背の高い城壁からなる三重構造で、都市中央部には行政区などの重要な区画が占めているいらしい。そのせいで周囲の市街区の移動、とりわけ南北や東西のように都市の反対側への往来に難があるとのことだ。

 また地理的にも三ヶ国の中心に位置するため、他の王国の都市よりも物流が盛んらしい。

 

 遠目に荷馬車の御者らが衛兵に何かを提示している。

 通行証の類いで審査を簡略化しているのか、順番待ちの列は少しずつではあるが止まることなく進んでいる。

 

「ヴィクトル様、こちらに衛兵が向かってきます」

 ジルの報告に目を凝らすと、居並ぶ馬車の間を縫って老いた衛兵が歩いてくる。

 

「クレマンティーヌ、本当に任せて大丈夫なんだろうな」

「大丈夫だって。こー見えても良いとこの出なんだからさ」

 入場の際、衛兵との会話や手続きはクレマンティーヌに任せることになっている。これで文字の読み書き、簡単な礼節を嗜む程度には育ちが良いらしい。

 そんな彼女には新しい装備、新米暗殺者用のセット装備を与えてある。暗殺者(アサシン)用だが職業(ジョブ)による装備制限はなく、代わりに一定のステータス値を要求される装備だ。顔以外の露出が無くなっているものの身体のラインがハッキリと分かるデザインで、身体能力が少し向上する以外は特筆する点のない代物だ。

 

 しばらく待っていると衛兵がたどり着く。腰の剣以外に武器はなく、金属製の胸当てを除けば防具はほぼ革製だ。ゲームのように末端の兵士まで鈑金鎧(プレートアーマー)とはいかないようだ。

「ああ、お嬢さん方、こちらの馬車はどちら様のものか、お名前を頂戴したいのだがよろしいかね」

 老いた衛兵の声音からは緊張が窺える。

 彼が俺を無視して「お嬢さん方」と言ったのには訳がある。屋根に就く俺とジルは透明化していた。彼には御者台に座るマーシャとクレマンティーヌしか見えていないのだ。

 

「お務めご苦労様です。我が主の名はクラーナ・デア・セルペンス・ウェネフィカ様です。遥々南の地より旅をしてまいりました。主は都市長との面会をご希望されております。お取り次ぎ願います」

 クレマンティーヌは用件だけを述べる。彼女曰く“命令され慣れている相手”には、できる、できないを問わず、要求だけ付きつけるに限るらしい。

 

「か、畏まりました。すぐに伝令を向かわせます。それと、反対車線を止めてるので、今のうちに馬車を進めていただけると助かります」

 その言葉に改めて門を見ると、確かに都市を出ようとする馬車が止められている。

「お心遣いに感謝します」

 クレマンティーヌが目配せすると、手綱を握るマーシャが待機列から馬車を出し、門へ向けて進ませる。

 順番を抜かされた者たちの視線を浴びるがそこに怒りは無く、どちらかと言えば見たこともない豪華な馬車に強い興味を示していた。

 

 俺は屋根の上で思わず感心する。

「お前の言う通りになったな」

「連中は名前が3つ以上連なる相手を貴族様だと思い込んでいるからね」

「これだけの馬車を目にすればその思い込みも強くなるってわけか」

「そーいうこと。いまごろ紋章官が慌ててるんじゃないかな」

「これが記録に残るのか」

 異相協会のロゴは“丸い赤地”の中央に、手の平に“目”を持つ人間とも異形ともとれる“黒い五指の手形”が配置されたものだ。生産系ギルドなので職人の手を表していると聞いたことがある。

「そだね。特に指摘しない限り“ウェネフィカ家の紋章”として記録されるんじゃないかなあ。そして潜入している帝国と法国の諜報員がその情報をすっぱ抜くってわけ」

 ギルドロゴが個人の家紋になるのはクラーナも望まないだろう。

 どうするか相談が必要だ。

「それにしても、この国の行く末が心配になるザルさだな」

 

 

 

 

 

 門を抜けると広い空き地――、次の市街区の入口まで広場になっていた。駐屯区なので有事の際はこの広場に兵が整列して出撃に備えるのだろう。平時の今は荷の積み替えをする商人の荷馬車や、護衛に雇われた傭兵たち、これから遠征に向かう一団でごった返していた。

 

 異相協会の豪華な馬車が周囲の注目を浴びる。商人の下男や傭兵らの下卑た視線がマーシャとクレマンティーヌに向けられるが近寄って話しかけようとする者はいない。その様子からはわずかに貴族への畏怖を感じる。

 この地の権力者に「切捨御免(きりすてごめん)」のような特権があるのかはわからないが、少なくとも彼らを隔てる“身分の差”は確かにあるようだった。

 

 馬車を誘導しに若い衛兵が現れた。

「市長の元へ使いの者を出しましたので、戻るまで今しばらくこちらでお待ち下さい」

「畏まりました」

「あと記録を残さなきゃならんので、お手数ですが代表者のお名前と人数、来訪の目的をご記入下さい」

 衛兵が台帳のようなものをクレマンティーヌに差しだす。

 クレマンティーヌがスラスラと記入する姿を上から覗いてみるが、翻訳機能のないペストマスクでは文字が読めなかった。後で知ったことだが、本来はここに記載された内容を元に通行税が決まるらしい。

 

「どうぞ、ご確認下さい」

「人数は9名。目的は補給と商いですね。ご協力ありがとうございます」

 台帳を確認し終えると衛兵は立ち去る。クレマンティーヌは通行税の有無を聞かないし衛兵も確認しない。クレマンティーヌは意識してのものだが、衛兵は職務を全うする気があるのかあやしいところだ。「上に連絡取っているし、彼らが何とかする」とでも考えているのだろう。

 

「ヴィクトル様、迎えと思われる馬車が来ました」

 再びジルからの報告に視線を上げる。

 直後に数名の衛兵を連れた黒塗りの馬車が横付けする。

 

 中から仕立ての良い服を着た男が降り、クレマンティーヌと二三言葉を交わす。

「私は秘書官を務めるミカル・アルテンと申します。ウェネフィカ様のお迎えに上がりました。こちらの馬車にてご案内したく、お手数をお掛けしますが乗り換えを願いします」

「主に確認します。少々お時間を頂きます」

 

 用件を聞いたクレマンティーヌが馬車に入り、しばらくするとクラーナを伴って現れる。

 クラーナを見た秘書官が息を飲む。それもそのはずで、彼女の衣装は色こそいつもの真紅だが、普段着ているローブではなく貴族風の豪華なドレスを着ていた。膨らんだスカートは薔薇の刺繍で溢れ、裾や袖といった端々が白いレースで飾られている。造花をあしらったベルジェールハットを被ったその姿は、アバター由来の整った顔立ちと濡れ烏のような長い髪も相まって完成された美となって佇んでいた。

 

 クラーナは金細工で飾られた漆黒の杖を突き、クレマンティーヌに手を引かれながら馬車を降りる。

 そして迎えの御者に声をかける。

「出迎えご苦労様です。私がクラーナ・デア・セルペンス・ウェネフィカ。道中、良しなに」

「こ、こちらこそ! あの、こちらの都合で恐縮ですが、従者をお連れの場合は2名までとさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか」

「このクレマンティーヌのみで構いません」

「畏まりました。では、さっそくですが、乗車願います」

 

 俺は馬車の出発に合わせてマーシャとジルへ新たな指示を出す。

「ジル、〈完全不可知化〉(パーフェクト・アンノウアブル)のまま付いて行け。万が一の時は撤退を優先しろ。発砲も許す」

「お任せください」

 短い返事と共にジルの気配が消える。

 

「マーシャ、このまま外で警戒を頼む。判断に困る問題が起こったら直ぐに呼べ」

 マーシャは周りの目に不自然に映らないよう無言のまま小さく頷いてみせた。

 

 

* * *

 

 

 俺は工房に移動する。今からこの地域の通貨を調達するために、ありふれた物で、且つ物欲をそれなりに刺激する品を見繕う必要がある。

 とはいえ錬金術師(アルケミスト)の俺に用意できるものは少ない。それも“クレマンティーヌ先生”のお眼鏡にかなう物となると相当な制限を受けることとなる。

 

「薬と香水で何とかなればいいが」

 この世界の技術水準は低い。例えるなら駆け出しプレイヤーたちの集まりにカンスト勢が紛れ込んだようなもので、詰まるところ異相協会の品は“良すぎる”のが問題だ。

 つまり、や(・)り(・)よ(・)う(・)は(・)あ(・)る(・)。別にユグドラシル産のアイテムが全て良品質である訳ではない。“低品質なアイテム”と常時発動技能(パッシブスキル)を切った“素の製作技能(クラフトスキル)”で、低レベル帯向けのアイテムを作ればいい。

「意図的に品質を下げた各種治療薬」と言うと聞こえは悪いが、要は誰もがお世話になる初心者用の水薬(ポーション)だ。

 

「こんなもんか」

 鞄には薬の他、念のために護符の類いも詰めた。

 もちろん護符の効果も初心者向けだ。

 

 目下の課題はふたつ。金稼ぎと、物件探し。この世界の因習に詳しくはないが、少なくとも馬車生活には限界がくるはずだ。不動産事情は追々調べるとして、理想は土地込みで家を手に入れたい。

 

 そして、それらギルドの事情とは全く関係なく楽しみなことがある。

 

「アエラ、立て」

 寝そべっていた狼状態のアエラを立たせる。

 体長が2メートル弱、床から肩まで体高は70センチ弱。大型と言っても差し支えのない彼女の身体にハーネスを付け、そこに先ほど用意した鞄を固定する。

 そう、アエラを“外”に出すのだ。念願の散歩に心が躍る。

 

「重くないか?」

『大丈夫です。運ぶだけならまだまだ余裕です』

 俺の問いにアエラはマジックアイテムを通して念話で答える。本来は互いに離れた場所にいる者同士で意思疎通する小道具だが、彼女の首輪に仕込むことで狼状態でも会話ができるという訳だ。

 

「それなら素材も少し持っていくか」

 言いながら錬金術用の素材を追加する。当然これらも低位の物で、且つプランターで生産できるものだ。

 

 

* * *

 

 

 俺が諸々の準備を終えた頃にクラーナとクレマンティーヌが戻ってきた。

 それも見知らぬ男をふたり連れて。

 

 初老の男が感嘆する。

「こ、これは、本当に魔法の馬車なのですね。ああ、これは失礼いたしました、バルド・ロフーレと申します。この都市で商いをさせていただいる者です。そして隣におりますのが――」

「私は衛兵隊長を務めております、ベルハルト・セデルホルムと申します。今後の入場を容易にするため、恐れ入りますが馬車の中をあらためさせていただきます」

 

「ヴィクトル・ヴィ・ニェボ・アルヒミアだ。宜しく頼む」

 居間で挨拶を交わし、クラーナに視線を送って会話を促す。

 手狭なので接客するジル以外は他の部屋で待機だ。

 

「レッテンマイア都市長、ラケシル魔術師組合長、そしてこちらのロフーレ様が共同保証人になってくれたわ」

「共同保証人?」

 俺の疑問にバルドが補足する。

「エ・ランテル限定ではありますが、ウェネフィカ様とアルヒミア様を貴人として認めるものになります。他の王国内の都市へ移動される場合は、先方の都市長へ提示すれば基本的に貴人待遇は継続されるはずです。入国許可証と通行証、取引許可証は準備中とのことですので後日届くはずですよ」

 

 彼に言わせるとこのような話は珍しいものではないらしい。隣国同士ならまだしも交流の無い国や遠方からの旅人は身元を保証できない。そのため滞在先の名士が保証人となる習わしがあるのだ。もちろん保証人となるからには詐欺師を見抜くそれ相応の洞察力と目利きが必要になる。会談に魔術師組合長と大商人が同席したのはそうした査定のためだ。

 そして社会的信用を賭けてまで“旅人”の話を聞く理由は外(・)か(・)ら(・)も(・)た(・)ら(・)さ(・)れ(・)る(・)情(・)報(・)に価値があるからだ。この世界には人間より強い種族や魔物が多くいる。そんな中で“無事に伝達された情報”が重宝されることは想像に難くない。高度な通信手段や記憶媒体がない世界ならではの“情報の価値”だ。

 大昔の地球、陸路と川岸しか貿易手段がなかった時代、地域に関係なく普遍的にあった価値観。シルクロードを繋ぐ人々が客人を手厚くもてなすのはそんな理由からだ。

 

「なるほど、共同保証人の件は了解した。――商談があるならクラーナに任せる。セデルホルム殿、検分するなら案内するが、どうする?」

 クラーナとクレマンティーヌがどのように保証を勝ち取ったのかは後で聞くとして、俺は衛兵隊長に向きなおる。

「あ、はい。宜しくお願い致します」

 察するにベルハルトは気後れしているようだ。

 それも仕方がない。「馬車で長旅」と聞いてくたびれた幌馬車を想像していたのだろう。それなのに目の前に現れたのはそこらの貴族ですら所有していない豪華な馬車――“魔法の馬車”とくれば気後れしない方がおかしい。

 

 

* * *

 

 

 ロフーレをクラーナに任せ、俺はベルハルトを案内する。

 最後尾の居間――かつては魔女の巨釜に見立てた“ダグザの大釜”があった空間から廊下にでる。そして手前から順当に“ハブ空間”に繋がる扉を開く。

 

「倉(・)庫(・)で(・)す(・)ね(・)?」

「ああ、基本的には食糧や補修材などの消耗品がしまってある」

 本来なら様々な部屋に通じる扉が並んでいるはずだが、ベルハルトには別のものに見えている。エ・ランテルに入場する前から現地人を招き入れることを想定して強力な幻術で隠したのだ。

 五感を騙すほどの幻術なので、彼がいま見ている何かを手(・)に(・)取(・)ろ(・)う(・)と(・)も(・)看破は難しいだろう。

「畏まりました。では次の部屋をお願いします」

 

 部屋をひとつ移動して俺の部屋へ案内する。

 扉を開けるとアエラとクレマンティーヌが寛いでいる。そこへ――

「ぅわ?!」

 ベルハルトが怯んだように一歩下がる。

「お、狼?」

 

「入る前に言うべきだったな。驚かせてしまったなら申し訳ない。――アエラ」

 アエラを手招きしてお座りさせる。

 きちんと躾けていることをアピールする。

「名前はアエラという。人を襲うことはないから安心してくれ」

「撫でても大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 念話でアエラに念を押しつつベルハルトに安全を保証する。

 種族特性でカルマ値がマイナス寄りのアエラだが、愛想よく振る舞える程度には演技ができるようだ。

 

 ベルハルトが恐る恐るアエラを撫でる。

「た、確かに賢そうな目をしていますね。ただ、もし連れだすなら手綱を付けてください。これだけ大きいと不安に思う住民もいると思いますので」

「了解した。用意しよう」

 やはりと言うべきか、大型の獣が繋がれることなく野放しでいるのは問題らしい。

 

「クレマンティーヌは――、既に会ってるか。なら散らかっていて見苦しいかもしれないが自由に部屋を確認してくれ」

 そう言いながら俺はソファーに腰掛け、ベルハルトに確認作業を任せる。入口から見渡せる程度の広さしかなく、かつ家具も多くない。彼に付いてまわる必要もないだろう。

 

 ベルハルトは軽く目を通しただけで検分を終えた。

 無造作に置いてある物を失敬した素振りも無い。

 

 アエラとクレマンティーヌを部屋に残し、最後の一部屋、クラーナの部屋に案内する。

 ここには幻術で角と翼を隠したリリ、リエ、リオの三人がいる。

「彼女たちはクラーナ専属の侍女だ」

 

 ベルハルトがリリたちと挨拶を交わしている様子を見守る。

 リオのことはあえて説明しない。そもそも「男の娘」をどう説明していいのか分からない。

 

 ベルハルトは部屋を見渡す。

「それにしても、先ほどの部屋もそうでしたが、感覚がおかしくなりますね」

 どうやら外から見る馬車の大きさと内部の広さのズレに違和感を覚えているようだ。確かにゲーム時代には大して気にならなかったが、現実となった今ではなんとも言えない不思議な感覚に陥る。例えるなら遊園地にある視覚や平衡感覚の錯覚を楽しむ見世物小屋に入ったような感覚だ。

「慣れるものさ」

「正直いいますと羨ましい。我が家も広くしたいものです。――さて、検分はこれくらいで充分です」

 俺の部屋に続いて検分の割にはずいぶんと確認がおざなりだ。

 

「もういいのか? 隅々までひっくり返されることを覚悟していたんだが」

 ベルハルトが静かに首を振る。

「ご婦人の部屋ということもありますが、私も我が身が可愛い。あからさまに不審でなければ深く追及はしませんよ」

「そうか」

 反応の薄い俺に、ベルハルトが真面目な表情を向ける。

「老婆心ながら申しますと、今後出会う王国貴族にはお気をつけください」

「何が言いたい?」

「貴方がたの身分はレッテンマイア様がお認めになられました。それも貴族待遇です。――これはリ・エスティーゼ王国では重要な意味を持ちます。貴方がたは言わば“王派閥”の客人となりましたが、同様に“貴族派閥”からも接触があるはずです。どちらに付けとは言いません。ただ、ご用心ください」

 どうやら政争に巻き込まれないか心配してくれているようだ。

 

「流れ者に王派閥だの貴族派閥だのと言われてもな。だが忠告はありがたく受け取ろう」

 最下層民だった俺には政治自体が無縁だった。

 面倒ごとに巻き込まれる予感を覚えつつも、クラーナに丸投げしようと心に決める。

 

 そんなことを考えていると部屋の主が現れる。

「ここに居たのね。これからロフーレ様のお屋敷に移動するわよ」

 

 

* * *

 

 

 場所は移り居住区内の一角、馬車はロフーレ商会が所有する別荘に到着する。

 バルドの計らいでエ・ランテル滞在中は屋敷を借りることになった。

 

 俺は馬車の外で手綱を付けたアエラをベルハルトに見せる。

「これでどうだ?」

「はい、これなら大丈夫でしょう。ただ今後のためにも冒険者組合で魔獣登録することをお勧めします」

「それは、何か制約を受けるのか?」

「いいえ。本来は冒険者が使役する魔獣を登録するものですが、稀に冒険者以外――例えば趣味で魔獣を飼う場合にも登録を推奨しております。手続き自体はすぐ済みますよ」

 ペット登録だと言われてしまえば拒めない。

 

「近いうちに登録しよう。ところで、この近くに薬屋はあるか?」

 クラーナが商人を連れて戻ったのは予想外だったが、俺は俺で当初の予定どおり手持ちの商品を売りさばくつもりだ。それにこの世界の錬金術にも興味がある。それを調べたい。

「もちろんありますよ。ここら一帯が商店街ですので、おすすめはバレアレ薬品店ですね。この都市一番の水薬(ポーション)屋です。この先の通りにある“小瓶の絵”の看板が目印の店です」

「ありがとう、さっそく行ってみるよ。世話になった」

「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせていただきました。アエラちゃんも、街中だけでも我慢してくれな」

 ベルハルトは動物好きだった。初めこそ恐る恐るといった感じだったが、別れ際に頭を撫でるくらいには慣れたようだ。

 これなら街中へ連れて歩いても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 アエラを連れながら教えてもらった店を目指す。

 日はやや傾き始めているので過ごしやすい。何十年振りかに見る青空だ。

 

 城塞都市なので物々しい雰囲気を想像していたが、こうして実際に歩いてみると道行く人々は活気に満ちていて表情は明るい。

 気になる点と言えばむしろ自分自身で、外装(コスチューム)がゲーム時代のままなので“全身が赤いペスト医師”がこれまた“赤毛の狼”を連れているのだからとかく人目を引く。初代ギルドマスターの「商人は目立ってなんぼ(営業スタイル)」で慣れ親しんだものだが、しかしゲームとは違い“生の表情”で見られるとなんとも居心地が悪い。

 

 商店街を見渡すと色とりどりの看板が目に入る。文字は小さく、とにかく扱っている商品をそのまま絵に描きおこしたものが多い。家具屋なら机や椅子、酒屋なら酒樽やコップといった感じで分かりやすい。

 クレマンティーヌからリ・エスティーゼ王国は識字率が低いと聞いていたのでこの看板の作りにも納得だ。

 

「ここだな」

 目当ての店を見つけ、扉を開けるとチリンチリンと鈴の音が鳴る。

 その音に店主と思われる老婆が顔をだす。

「いらっしゃい。……何をお求めだい?」

 一瞬言い淀んだところをみると、赤い格好の俺を不審に思っているようだ。店に入る前にマスクを外すべきだったと反省する。

 素顔を晒し、改めて用件を述べる。

 

「今日この都市に着いたばかりの旅の者でね。路銀を工面したい。手持ちの水薬(ポーション)や素材を買い取って貰えないだろうか。ああ、それと、こいつを入れていいか?」

 店の外に待機させていたアエラを見せると老婆が目を丸くする。

「こりゃまた大きな狼だねえ。まあ、きちんと躾けてそうだし、奥の工房に入れなければ構わんよ。――さて、気を悪くしないでほしいんじゃが、取り引きの前に“通行証”を見せてもらおうかね」

「通行証はないが、これでどうだ?」

 都市長が用意してくれた身分証明書を見せる。クラーナ経由で受け取っていたものだ。

「どれどれ、……なんだい、小奇麗な顔といい名前といい、おぬし貴族かなにかかい? まあ、これなら問題なさそうじゃな。わしはリイジー・バレアレ、ここの店主さ。ほれ、買い取ってほしいものがあるなら出しておくれ」

 

 言われるままに持ってきた物を机の上に並べる。

「気になるものがあったら言ってくれ」

「ふむ、鑑定させてもらうよ」

 リイジーが呪文を唱えて品定めする側で、俺も店の商品を鑑定してまわる。ざっと見渡しても話に聞いたとおり下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)以上のものは見つからない。しかし、ゲームには無かった日常生活に即した薬が散見されて興味深い。

 そんな薬を眺めながらリイジーに話題を振る。

 

「バレアレ殿、やはり無許可の取引は違法なのか?」

 リイジーが最初に通行証を求めたということは自称旅人が正規のルートで都市に入場したのか確認するためだ。不正に入場した者との取引を禁止する規則があるのかもしれない。

「規模によるのう。小口の取引で王国民同士ならいちいち許可なんぞ要らんが、商いを生業とするなら領主や組合の許可が必要じゃ。怪しい品々から民を守るのも為政者の務めじゃからな。まあ、おぬしの場合は都市長の後ろ盾がある。露店を出す程度なら大丈夫じゃろ。――ほれ、選んだぞ」

 

 リイジーが選んだのは薬草2種類に茸が1種、ドラゴン由来の素材がふたつ。それに水薬(ポーション)がひとつ。

 素材はそれぞれユグドラシルではナイトシェイド、コーンフラワー、ルミナス・ルージュラ、ドラゴンの血、ドラゴンの胆汁と呼ばれていたアイテムで、水薬(ポーション)には〈毒の中和(ニュートラライズ・ポイズン)〉が込められている。

 

「ここらじゃ見ない品種だね。それに、この解毒薬はわしが作るものよりできがいい。――どこで手に入れたんだい?」

 リイジーの目がスッと細められる。

 熟練の錬金術師(アルケミスト)の顔だ。

「自作だ」

「こりゃ驚いた。おぬし、同業者かい」

「そうだ。それで、どうだ? いくらになる?」

 リイジーは一瞬なにかを言い淀む。

「――そうさね、薬草と茸は合わせて金貨5枚、ドラゴンの血と胆汁は金貨30枚、水薬(ポーション)は金貨20枚、合わせて金貨55枚でどうじゃ」

「それでいい」

「なんじゃ、もっと高くしようとか思わんのかい」

 即答した俺にリイジーは呆れた様子だが、相場が分からないのだから了承するほかない。

「その手の交渉は仲間に任せっきりでね、苦手なんだ」

 嘘は言っていない。ゲーム時代は商人職を持つメンバーに売買を任せていたし、彼らが引退した後は付き合いの長いプレイヤーに委託していた。

 いま異相協会で商人職を持っているのはマーシャのみ。それもエクスチェンジ・ボックスで査定額を底上げする特殊技術のためだけで、残念ながらそれすら最大効率を出せるレベルには達してはいない。

 

「むう、なんか悪い気がしてきたのう……」

 眉をひそめながらも金貨を用意するリイジーだが、そこへ鈴が鳴り新たな来客を知らせる。

「リイジーさん、――って、お邪魔だったかい?」

 現れたのは化粧の濃い40代前後の女。

 俺の姿を認めると様子を窺うように声を落とす。

「なんだいマリー。いつものかい?」

「え? ええ、そうなんだけど、取り込み中なら出直すわ」

「いや、丁度いい。今から向かうよ。おぬしも付いておいで」

 話に付いていけず返事に困っていると、リイジーがたたみかける。

「なに、希少な素材を都合してくれた礼じゃよ。小遣い稼ぎだと思ってついておいで。このままじゃ寝覚めが悪いからのう」

 

「そういう訳ならついていこう」

 素材を安く買い叩いたことを気にしているようだ。

 そうと分かれば老婆の心を軽くするためにひと肌脱ぐのも悪くはない。

 それにリイジーが興味を示さなかった品を売る機会だと思えば渡りに船だ。

「孫に店を任せてくるから、ふたりとも外で待っておいで」

 

 

 

 

 

 店の外でマリーと呼ばれた女に話しかけられる。

「ねえ、見ない顔だけど、リイジーさんとどんな関係?」

「ただの客だ。旅の路銀を工面していたところだ」

「ふーん、旅人ね。あ、もしかして少し前に南門に着いた馬車?」

「そうだが……」

「呼び込みの子たちの間で噂になってるわよ、貴方たち。怖くて近づけなかったって。ねえ、旅をしてきたならさ、色々溜まってるんじゃない? うちにいい娘がいるわよ」

 最後の言葉で察する。

 これから向かう先はその手の店なのだろう。

 

「生憎と大所帯でね。無駄遣いできないんだ」

「あら酷い。無駄遣いだなんて傷つくわ」

「マリー、色をかけるんじゃないよ。これから世話になる相手なんだ」

 リイジーの助けが入る。

 マリーはバツが悪そうにするが反論する。

 

「リイジーさん。でも、こんな色男を連れてったらうちの娘らだって大騒ぎよ?」

「騒がないようにしっかり手綱を握っときな。こやつはわしより腕が良いんだ。せっかくの機会をふいにするつもりかい。おぬしも仮面で顔を隠しな」

 促されるままペストマスクを装備する横で、マリーが信じられないといった表情を浮かべる。

「リイジーさんよりも腕が上!?」

 

 その様子に堪らず口を挟む。

「待て。俺に何をさせるつもりだ?」

「話は後じゃ。今は先を急ぐよ」

 

 リイジーは周囲を気にしながら声を落とすと、俺とマリーを急かすように歩き出すのだった。

 

 




独自設定
・客車の大きさ、全長6メートル、全高3メートル。4㌧トラックを参考。幌馬車でも近いサイズのものがあり、お馬さんすごーいと思いました。
・エ・ランテルの区画事情など。
・エ・ランテルに限らず城塞都市などの門は本来もっと警備が厳しい。時代にもよるが門限は絶対、締め出された住人や旅人が夜通し門の近くで焚火を囲う絵画なども残っている。
・共同保証人や各種許可証など。現実世界では割と古くからあるものだが原作にあるか不明。
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