※この作品はR-18です。

オバロ外伝:安穏無事に過ごしたい   作:ウキヨライフ

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第7話:媚薬と娼婦

 バレアレ店を出た俺は、リイジーとマリーに導かれるように街中を歩く。行き先はマリーの勤め先だ。

 道すがら話を聞くと、どうやらマリー自身は女将ではなく事務仕事に従事する「引退組」らしい。

 

 進むにつれて街の様相が徐々に派手になる。昼過ぎにもかかわらず、どこもかしこも店支度に追われている。つまりは繁華街よりも歓楽街、行き先が行き先なだけに夕方以降に営む店が多いのだろう。

 そして、店構えの派手さに反比例するように路面が悪くなる。中央の大通りは石畳だったが、ひとつ区画がずれただけで建物の基礎部分だけの敷設になり、通りは砂利を敷いただけになってしまった。この世界にローマ帝国は現れなかったようだ。

 

「ずいぶんと中途半端な整備だな」

「道のことかい? この辺はまだいいほうだよ。ああ、そうだ。貧民街には行くんじゃないよ。治安が悪いからね」

 リイジーの忠告にマリーも頷いている。

 統治するうえで治安維持は重要な要素だ。しかし、完全環境都市(アーコロジー)の下層や外がそうだったように困窮する人々の制御は難しい。異相協会の設定を思うと忠告に従って距離を置くべきだろう。

 

「着いたよ。裏に回ろうか」

「店構えが違うのは面白いな」

 “裏”と言うので勝手口から入るのかと思ったら裏は裏で別の店だった。表通り側は娼館で裏通り側には洗濯屋の看板が掲げられている。娼館に勤めるマリーが裏から入るということは建物自体が内部で繋がっているはずだ。

 

 俺が面白がっているとマリーが振り返る。

「珍しいかい? どこも同じだと思っていたよ」

 彼女によれば少なくとも王国や帝国では珍しくもない営業形態だという。特に売春を兼業する店が多く、奉公先に恵まれなかった者――例えば口減らしにあった者、容姿に恵まれなかった者、元奴隷、身体が不自由な者などなど、生きていくだけでやっとの者たちが最後に流れ着く場所らしい。

 思いかえせば完全環境都市(アーコロジー)の中下層区や外縁区にも確かに存在した。言わば行き場を無くした者たちの緊急避難先(シェルター)だろうか。そこでどう扱われるかは本人の能力と運次第なのだが。

 

「洗濯女、飯盛女、湯女といえばほとんどが訳ありさ。娼婦一筋でいける女は一握りよ。さあ、入って」

 店に入ると扉が堅く閉じられる。鍵をかけ、さらに閂までもかける用心深さだ。

 

 奥へ向かう途中、通りかかった洗濯場で水が張られた桶を前に数人の女が揉み洗いをしていた。

 洗濯に集中している女もいればペストマスクの俺にギョッとしている女もいる。

 

 それらを横目にさらに奥に進むと通路の雰囲気が変わる。恐らく娼館側の区画に入ったのだろう。一番奥まった部屋に案内された。

 室内には小さな机がひとつに椅子がふたつ。粗末だが清潔なシーツが敷かれたベッドがひとつだけという簡素な部屋だ。

 

 俺はペストマスクを外し、リイジーに向きなおる。

「そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか?」

「なに、診察を手伝ってもらうだけじゃよ。ただ、わしは規約違反、おぬしは組合未加入だからのう。人目のある所で話せなかっただけじゃ」

 

 詳しく聞けば神殿や薬師が提供する価格帯では治療を受けられない者たちを相手に、通常よりも安い値で診るらしい。そのため人目のある大通りで話すわけにはいかなかったのだ。特に神殿勢力が治療に関して口煩く、冒険者組合にまで圧力をかけるほどだという。

 とはいえ、貧しい職人やその家族が身を売るのはよくある話のようで、大衆の“売春行為”への理解は少なからずあるらしい。そのおかげで男娼や娼婦はいまだに市民権を失わずにすんでいるとのことだ。

 

 リイジーは嘆息する。

「おおっぴらに診てやることはできんが、まあ、奴らにも世間体がある。ひっそりと診ているうちはわざわざ扉を蹴破ってまで咎めにはこないさ」

「お目こぼしがあるだけマシってところか」

「そんなところじゃ。さあ、準備をするよ」

 

 

 

 

 

 準備を進めていると扉が開く。目を向けるとマリーよりさらに10歳ほど齢のいった女が立っていた。

 白髪で細身のその女は親しげにリイジーに話しかける。

「リイジーさん、今日はふたりで来たんだって?」

「臨時の助手じゃ。質のいい品を扱っているから見とくんだね。ここで買わないと損だよ」

 

「貴女にそこまで言わせるなんてね。後で見せてもらうわ。そして、初めまして“助手さん”。ここの女将をやってるグニラ・ブレンドレルよ。グニラって呼んで」

「ヴィクトル・ヴィ・ニェボ・アルヒミアだ。好きなように呼んでくれ」

「あらあら、ご立派なお名前ねえ。せっかくだから名前で呼ばせてもらおうかしら」

 グニラの目に艶が増す。

 

 そんな彼女の態度にリイジーが呆れる。

「お前さんまでそんな調子じゃ先が思いやられるわい」

「あら、引退したとはいえ女を捨ててはいないわよ?」

「いい加減にせい。早く娘らを連れてきな」

「あっはっは、はいはい。すぐに戻るわ」

 ふたりのやり取りは気心の知れたそれだ。

 長い付き合いであることがわかる。

 

 娼婦を待つかたわら最終確認をする。

「何人診るんだ? 手順は?」

「9人じゃ。わしが“こいつ”で娘たちを調べる」

 リイジーが小指ほどの“青く細長い紙”を取り出す。

「唾液を含ませて赤くなったら健康、橙色は風邪、黄色は性病を表しておる。症状にあわせてそこにある薬を渡してやっておくれ。簡単じゃろ?」

 

 風邪や性病にも種類があるはずだが、リイジーが用意した薬は少ない。鑑定するとそれぞれが複数の効能を持つ合剤で、ひとつの薬で幅広く対応できるものだった。

 しかし、目の前の薬とリイジーの能力が釣り合っていないように感じる。ユグドラシルでも合剤系の技能(スキル)はレベル30代から習得できた。技能(スキル)レベルに比例して重ねられる効能が増えるものの、欠点として重ねる数が増えるごとに各効果が減少する特徴があるのだ。

 それらを踏まえて薬を改めて見ると、効能の数と効果の高さがユグドラシルのそれと比較しても高い水準だ。リイジーの推定難度は30前後、レベルにして10代と思われる彼女が作ったとなれば、武技と同様この世界独自の理が働いているのだろう。

 

「よくひとつにできたな」

「王国以外じゃ使えんがのう。数十年の賜物じゃよ」

 リイジーの口ぶりからすると、この地域で多くみられる病に限定して調合しているようだ。長く地域に貢献してきたからできる技だ。

「予防薬は渡してある。居てもひとりかふたりぐらいじゃろう。――来たようじゃな」

 

 扉へ目を向けると女たちが現れ、入室と同時に黄色い歓声が小さくあがる。俺の顔をマジマジと観察する者もいれば、アエラに興味を示す者もいる。作業場で見た女もいるので改めて兼業しているのだと分かる。

 彼女たちは作業着のまま化粧もなくすっぴんで、金髪碧眼が多い。ただ身体的特徴は様々だ。片足を引きずる者、片目が無い者、火傷痕が顔の半分を覆う者、両手首から先が無い者、四肢の無い者。五体満足なのは9人中4人だけだ。

 そんな彼女たちは診察に慣れているようで、ベッドの両側に人数を分けて腰かける。

 

「リイジーさん、頼んだよ」

 最後にグニラが俺の横に陣取る。とりたてて何かをする素振りは無いが、もしかしたら監督義務があるのかもしれない。

 

「それじゃあ、口を開けな」

 リイジーが娘たちの舌に例の紙片をのせてまわる間、俺はアエラに指示をだす。

『アエラ、彼女たちの相手をしてやってくれ』

『お任せください』

 現実(リアル)では廃れてしまったセラピードッグの存在を思い出し、アエラに娼婦たちの相手をさせる。“相手”といっても順繰りに撫でさせるだけだが気晴らし程度には効果があるだろう。

 そこへ――。

 

『面白いことをしているじゃないか』

 

 リイジーの診察を眺めていると、クラーナから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 どうやら占術で覗いているようだ。

 

『ああ、返事はしなくていいわよ、情報共有するだけだから。私と貴方、第五位階まで使えることになってるから。覚えておいて』

 

 その言葉に内心訝しむ。

 事前の話し合いでは第三位階、精々第四位階を上限と決めていたはずだ。第五位階ともなれば国家に1人という希少性。世間の扱いは英雄級、下手したら吟遊詩人に歌われていてもおかしくないと聞く。

 だからこそ突然の路線変更に戸惑う。クラーナを問いただしたいが〈伝言(メッセージ)〉は発声した音を相手に届ける魔法。この場で急に独り言を始めたら、そもそも〈伝言(メッセージ)〉を懐疑的に思うこの世界の住人に不審がられてしまう。

 ここは聞き手にまわるしかない。

 

『それと、彼女たちに恩を売っておいて。やり方は、そうね――』

 

 

 

 

 

 ベッドを一周して、最初の娘から順に紙を回収したリイジーが指示を出す。

「エレンとリタは手を上げな。ヴィクトル、ふたりに風邪薬を。その小瓶じゃ」

 リイジーが用意した薬から該当するものを処方する。

 調剤済みなのでラベルにかかれた注意書きを伝えるだけの作業だ。

 

「6日分だ。朝食後、忘れずに飲むように」

 エレンとリタに薬を手渡す。ふたりは娼婦としての矜持か、笑顔を作ってしっかりと名を売ってきた。エレンは二十歳前後、リタは二十代半ばの娘だ。

 

「随分と若いな」

「そういうことはもっと齢を取ってから言うものよ。半分はヴィクトルとそう変わらないんじゃないかしら」

 独り言を隣にいたグニラに拾われてしまった。

 そして自分のアバターの外見が“青年”であることも失念していた。

 

「すまない、素直な感想だ。他意はない」

「因みにこの中で一番若いのはソフィアよ」

 グニラが目を向けた見るからに若い娼婦が顔を赤らめる。

「ヴィクトル、誤解のないように言っておくけど、こう見えてこの子も17歳。成人よ」

 想像以上に若くて思わず聞き返してしまう。

「待ってくれ。王国は何歳から成人なんだ?」

「15歳よ。――ふふ、本当に遠くから来たのね」

 グニラは俺の世間知らずなところを面白がっているようだ。

 

 そこへリイジーが回収した紙を調べながら会話に加わる。

「ここ数年で若いのが増えたね」

「そりゃ毎年戦争してればね。客入りがいいからうちも増やしたいんだけど、部屋が足りないのよ」

「昔は相部屋があったじゃないか」

「いつの話だい。他がみんな個室だし、客も嫌がるのよ」

「ああそうかい。――次、アンナ、ナタリー、リリア。客から貰っちまったようだね」

 リイジーが会話を区切り、再び娼婦たちの名前を呼ぶ。

 今度は3人、彼女の予測通り感染者がいたようだ。

 

 娘ふたりが手を上げる。ソレーヌと呼ばれた隻眼の娘と、ナタリーと呼ばれた両手の無い娘だ。娘と称したがふたりとも30代くらいだろうか。

 ソレーヌに用法用量を伝えて薬を渡す。そして、手のないナタリーへの対応と、そもそも手を上げなかったリリアはどの娘だろうと悩んでいると、横にいたグニラから声がかかる。

「ヴィクトル、ナタリーとリリアの分は私が預かるよ」

 グニラや娼婦たちの雰囲気でそれとなく察する。ベッド中央に寝かされていた四肢の無い娘がリリアだ。

 リリアの傷跡は古く、欠損個所は不揃い。痛みを感じている素振りはないものの、注意散漫で心ここにあらずといった様子だ。なぜここに居るのかすら理解できていないようだ。

 

「この子は心が壊れちまっていてね。まあ、大人しい子だよ」

 グニラによると、王国が「奴隷解放令」を制定した際に捨てられた奴隷らしい。悲惨なことに走行中の馬車から捨てられて後続の馬車にひかれたという。

「行きずりのワーカーに助けられたんだけどね。持て余していたから私が引き取ったのさ。誰彼かまわず客を“お兄ちゃん”だと思い込むから好事家には受けがいいんだけどねえ」

 そう語るグニラは僅かに憐憫の相を浮かべた。

 

 

 

 

 

「さて、わしは店があるから先に帰る。グニラ、支払いはヴィクトルに渡しておくれ」

「待ってくれ、これで終わりか?」

 診断を終えて帰ろうとするリイジーを呼び止める。

 流石に薬を手渡しただけで終わるとは思っていなかった。

 

 戸惑う俺にリイジーは肩をすくめる。

「これ以上は目を付けられる。診て、渡す。線引きとしては妥当じゃろ。――じゃあ、わしは行くよ。おぬしはこのまま稼ぐといい」

「そうか、色々と助かった。感謝する」

「なに、またエ・ランテルに来ることがあったら寄るといい。今度はもう少しまともな値で買い取るよ」

 

 リイジーが帰り際、グニラに釘をさす。

「グニラ、買い叩くんじゃないよ」

「安心おしよ。しっかりと払わせてもらうわ」

 

 

* * *

 

 

「さあさあ、自慢の品を見せてもらおうかね」

「自由に手に取ってくれ。各種“香り”と保湿剤、あとは護符の類だな」

 アエラの背から鞄を外し、持ってきた商品を広げると娼婦たちが活気づく。リイジーに売却した品以外は酒場で飲んでる男どもを相手に「女への手土産」として売るつもりだったものだ。

 

「丁度切らしてたのよ」

「わあ、どんな香りがあるの?」

「見て、袋も可愛い!」

 

 彼女たちは職業柄、あるいは女に生まれた性分か、己を飾る香りに興味を示す。香水や匂い袋(サシェ)は大中小があり、価格は銅貨1枚から10枚。お手頃な値段のはずだ。

 ただ、個人的には保湿剤も推したい。薬を手渡した時に気づいたのだが、彼女たちは日々の洗濯作業で痛々しいほどに手が荒れていたのだ。スクアレンを主成分とした保湿剤は、そんなヒビ割れて赤剥けた肌に効く。

 

 もっともその原料が“クレマンティーヌ由来”であることは口が裂けても言えないのだが。

 

「魔除けに健康祈願、まるで雑貨屋さんね」

 グニラが盛り上がる娼婦を眺めながら感想をもらす。

「仲間が器用でね、色々扱っている。――そうだ、バルド・ロフーレの屋敷は分かるか?」

「ロフーレ商会の? ああ、知ってるよ」

「今そこに間借りしててな。俺を訪ねてくれれば他の商品も披露できるんだが」

「あら、お誘いを受けたからにはお伺いしようかしら?」

 

 グニラがなにやら含んだ笑みを浮かべる。

「ヴィクトル、惚れ薬はないのかい?」

 その一言でわいのわいのと騒いでいた娼婦たちが一斉に押し黙り、全員がその好奇心を隠そうともせずに視線を向けてきた。乙女恐るべしと気おされそうになる。

 しかし、用意した品に惚れ薬は無い。そして「ありません」では稼げない。

 

「惚れ薬は無いが、“その気”にさせるものならある」

「媚薬かい? 中毒性が気になるけど、どんなのがあるんだい?」

「お香、塗香、香水、それに飲み薬」

 部屋全体に効果を与えるもの、香りを身につけるもの、服用するものを並べてみせる。

「どれも値が張りそうね」

 グニラが苦笑する。事実これらの媚薬は先のものと比べると銀貨3枚から5枚とやや高価だ。なので俺は“笑顔を作る”。

 

「この中からふたつ買ってくれたら、どれかひとつお付けしますよ」

「抱き合わせってことね。なら遠慮なく選ばせてもらうわ」

 品定めするグニラに補足する。

「お香、塗香、香水は自分と相手の双方に効く。こっちは無味無臭で飲んだ本人に効果が現れる。どれも感度上昇と多幸感を得られるが――、飲み薬以外は効果を抑えている。香りは相手を選ばないからな」

 空気中に拡散する香りは少し離れた程度では逃れられない。抵抗力に個人差はあれど嗅げば誰にでも効果がでる。ただでさえレベルの低いこの世界の人間相手では、意図的に効果を抑えないと不味いことになるはずだ。

 

「――そうね、このふたつを頂こうかしら」

 グニラが手にしたのは二種類のお香。

「では、ひとつご自由にどうぞ」

「この香水にするわ」

「飲み薬を選ぶと思ったんだがな」

「疑う訳じゃないけど、飲み薬は怖いわ」

 王国には“黒粉”と呼ばれる麻薬が蔓延していると聞く。店を切り盛りする者としては真っ当な判断だ。しかし、知識として持っていないのか薬効経路の認識が低い。特に皮膚からの浸透を甘くみているように感じる。

 現実(リアル)でも見た目のインパクトでガスマスクばかりが注目されがちで、防護服への理解は低かった。湿布や塗り薬には頼るのに、肌を晒すことへの危険性に思い至らないのだから不思議な話だ。

 

 娼婦のひとりが会話に入る。

「試飲できるなら試してみたいわ。女将さん、いいでしょ?」

「カロリーネ。……でもねえ」

 顔に大きく火傷痕のある娼婦が名乗りでるがグニラの表情は渋い。

「私、“こんな”だし。ね?」

 当のカロリーネからは僅かな焦りがうかがえる。

 察するに火傷痕のせいで客を取るのが難しく、稼ぎがないまま世話になることに引け目を感じているのだろう。少しでも役立ちたいという想いが伝わってくる。

「――分かったわ。ヴィクトル、お願いできるかしら」

 

「もちろんだ。さあ、ここに座って」

 アエラのサドルバッグから無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)とコップを取り出し、注いだ水に媚薬を数滴たらしてカロリーネに手渡す。無味無臭でさらに無色なので一見してただの水だ。

「綺麗なコップね。――うん、変な臭いはしない」

 カロリーネは口を付ける前に恐る恐る臭いを嗅ぎ、そして一気に飲み干した。

 グニラの心配をよそに仲間の娼婦たちが興味深げに取り囲む。

 

「ね、ね、どんな感じ?」

「味はどう?」

「気分は?」

 

「冷たくて美味しい水、――変な味はしないわ」

 カロリーネはエプロンを外し、動悸を確かめるように胸元へ手を当てる。

「初めてお酒を飲んだ時みたいな、フワフワする感じ」

「それならお酒に混ぜたほうが自然なのかしら」

 グニラが使い方を思案している。

 なんだかんだで興味はあるようだ。

 

「あ、身体の奥がジンジンしてきた」

 カロリーネが服を緩め、上半身と下半身を恥ずかしげも無く露出する。自慰に耽る訳でもなくただ座っているだけだが、乳首は見るからに固く尖り、秘裂からは早くも蜜が溢れている。

 その様子を見た娼婦たちがヒソヒソと囁き合う。

 

「数滴でこれって凄くない?」

「遅漏の男にも効くのかしら……」

「まだそんなに時間経ってないわよね?」

 

 カロリーネは気分が乗ってきたのか、下腹部を撫でながら俺の手を取る。

「んん゛、ね、ねえ、触ってよ」

「そうだな、実演してみよう」

 一瞬迷ったが、確かに飲んだだけでは周りに薬の凄さは伝わらない。

 デモンストレーションは必要だ。

 

 俺はカロリーネの横に移動して露出された下腹部を撫でる。

「くすぐったいけど、す、凄く、気持ちいい!」

 カロリーネは撫でただけで身体をビクビクと痙攣させる。秘裂から溢れる蜜が濁り、量も増える。臀部から滴る愛液で椅子はヌルヌルだ。

 

 下腹部を撫でていた手をそのままスルスルと恥丘まで撫で下ろす。陰毛を弄るように陰核(クリトリス)を手探ると、探すまでもなく自己主張する芯を見つけることができた。

 

「きゃっ!!?」

 包皮から顔をのぞかせていた陰核(クリトリス)を中指の腹でタッピングする。

 すでに愛液に濡れていたので叩くたびにピチャピチャと音が響く。

「あ゛ぁっ! い゛っ!? と、トントンされるだけでっ!!?」

 たいした前戯もなく、タッピングだけでカロリーネは椅子から腰を浮かせて身体を強張らせる。そして彼女の絶頂を察知し、それまで陰核(クリトリス)を叩いていた中指で尿道口を擦り上げ、そのまま一気に膣へ挿入する。

 カロリーネが一際大きくビクッと身体を震わせ、挿入した指を膣が締め付ける。

 それでも手を止めない。

 

「いひぃぃ! ああ゛ぁっ!!? ま、まって!! い゛ってるの゛ぉお!!」

 絶頂を繰り返すカロリーネの静止を無視して陰核(クリトリス)の芯を裏から責めたてる。プシッと尿道が決壊しチョロチョロと尿が漏れるのもかまわず責め続けると、やがてカロリーネは全身を大きく反らせ、間髪入れず盛大に潮を吹きながら果てた。

 

 その様子を目撃した娼婦たちが再びヒソヒソと囁き合う。

 

「凄い。手だけでこんなに?」

「あっという間だったわね……」

「ちょっと怖いわ」

 

「薬の効果は十分理解してもらえたかと思う。せっかくだ、未知の薬を飲んでくれた勇気を称えて感謝を示したい」

 娼婦たちが各々感想を述べる中、俺は果てたままぐったりしているカロリーネの後ろに回り、商品にはなかった軟膏を新たに取り出してみせる。

「ヴィクトル、それはなんだい?」

「まあ見ていてくれ」

 

 俺はカロリーネの髪をかき上げて顔の火傷痕を晒す。

「怖がらなくていい。身体を楽にして」

 果てたばかりで朦朧とする彼女を諭し、顔の火傷痕に薄く軟膏を塗る。

「……温かい。でも、ピリピリする」

「痛くはないだろ?」

「ええ」

 カロリーネは信用してくれているのか、完全に身を任せてくれている。

 

「何が起こってるんだい?」

 俺とカロリーネのやり取りにグニラは落ち着かない。

 

 頃合いを見計らって手をどけてみせる。

 軟膏は軽傷治癒(キュアウーンズ)と生命力持続回復(リジェネート)からそれぞれ要素を抽出したもので、効能を極力弱めてある。カロリーネには申し訳ないが、この軟膏ではギリギリ完治には届かない。それでも薄く赤味が残っているだけで、化粧をすれば十分隠せるほどには回復している。

 

「うそ、治ったの?」

「凄い! え、魔法!?」

「ほら! カロリーネ、鏡!」

 仲間から手鏡を受け取ったカロリーネがその場で泣き崩れる。彼女の身の上は知らないが、顔の火傷痕が原因で辛い思いをしてきたのならば喜びもひとしおだろう。

 

「グニラ、この軟膏に値を付けるならいくらになる?」

 俺の問いにグニラは逡巡する。

 しばし考えを巡らせ、すぐに首を振って項垂れた。

「値段なんてつけられないわ。私が知る限り、治(・)療(・)が(・)遅(・)れ(・)て(・)傷(・)跡(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)ら(・)治(・)せ(・)な(・)い(・)は(・)ず(・)よ(・)。よほど高位の魔法でないと無理なのよ」

 

 冒険者たちが良い例だとグニラは言う。箔が付いたと古傷を誇る冒険者は多いが、要は金策ままならない駆け出し時代に治療が遅れて痕が残っただけなのだとか。

 

「それは神殿や王族が知れば必ず欲しがるものよ。価値なんて想像もつかないわ」

「“もしも”で考えてほしい。商売としてだ。対象は平民で女限定、在庫も考えなくていい。どうだ?」

 

 俺の質問にグニラが質問を重ねる。

「ひとつ聞いていいかしら」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「どんな傷でも治せると思っていいのかしら」

「後天的かつ毒や呪いによるものでなければな。この火傷もあと1回施せば完治するはずだ」

 それを聞いた娼婦たちが騒めく。

 グニラはそんな彼女らを目で制す。

 

「それなら値段は薬そのものじゃなくて“傷のある部位”につけるべきかしらね」

「面白い着眼点だが、その心は?」

「こんな薬、持っていても手に余るだけよ。過ぎたものは身を亡ぼすわ。あんたも襲われないように気をつけなさい」

「ずいぶんと慎重だな。でもまあ忠告はありがたく受け取ろう。――それで、部位に値を付けるとしたらいくらにする?」

 

 なおも値を聞こうとする俺にグニラは呆れ顔になる。

「私ならそうねえ、顔は金貨1枚、片腕銀貨3枚、片足銀貨1枚。身体は上下で分けるか迷うところだけど、とりあえずまとめて銀貨2枚って感じかしら。この娘らには少し高い値だけど。出せない額じゃないし、平民相手ならこんな感じね。これが貴族相手なら3倍は吹っ掛けても大丈夫よ」

 挙げられた値段はグニラが考える重要視する部位順なのだろう。

 

 リイジーの店で見かけた水薬(ポーション)の値段は、第一位階相当の魔法が込められたもので金貨2枚、第二位階相当で金貨8枚だった。つまりこれら以上に高価だと水薬(ポーション)を買うか、そもそも神殿に駆け込んだ方が早いことになる。それらを踏まえるとグニラが挙げた値段は効果を弱めた軟膏にしては破格の値だ。

 

「なるほど、参考になる」

「でも、ひとつ問題があるわ」

 言葉を濁すグニラに先を促す。

 娼婦たちも静かに聞き入っている。

「客足が凄いことになるわよ。女は美に対しては貪欲なんだから」

 何の事は無い。この薬が世間に知れたら引く手あまたになることは容易に想像できることだ。

「その辺はうちの会長殿がなんとかするさ。――さて」

 知りたいことも知れたので会話を区切る。

 

「希望者がいれば今回は特別に無料で――」

「はい!」

 リタが勢いよく手をあげる。

 そして上着を脱いで胸元を晒す。

「客に嚙まれてさ。この歯型を消してほしいの」

 見れば乳房にハッキリと歯型が残っている。

 客が独占欲でキスマークを残すなんて話はよく聞くが、噛みつきは行き過ぎだ。

 

 そして、リタの傷を癒している間にも娼婦たちが我先にと服を脱ぎ始める。切り傷や火傷痕、なかには首輪や足枷の痕、鞭打ちの痕などが晒される。「女は美に対しては貪欲」というグニラの言葉が実証されたわけだ。

 グニラを見ると当然とばかりに頷いている。そして俺への報酬を用意してくれたのだった。

 

 

* * *

 

 

 稼ぎを終えた俺はクラーナの部屋に直行する。

 豪商の屋敷なだけあり応接室はそこそこ豪華だ。

 これからクラーナとふたりきりのギルド会議が始まる。

 

「おかえりなさい」

「あれで良かったのか?」

「ええ、十分よ」

「それで、目的は?」

「足掛かりにエステでも開業しようかと思って。前の世界でも紀元前からマッサージはあったから、もしかしたらって思ったんだけど。この世界にもあってよかったわ」

 どうやらバルド・ロフーレを介してこの世界のことに探りを入れているようだ。

 マッサージの方法は様々だと聞くが、文化圏によって身体の末端から中心に向かって施術か、またはその逆で身体の中心から末端へ向かって施術するかの違いがあるらしい。どちらにおいても医療行為として認識されてはいたはずだが――。

 

「異相協会は例えるなら道具屋だろ、なんでエステなんだ?」

「もちろん魔導具は扱うわよ? ただヴィクトルも実感したとは思うけれど、異相協会の商品はこの世界にとって劇物。気軽には扱えないのよね」

 言いたいことは分かる。「この世界の基準」と言っていいのかはまだ分からないが、周囲に合わせた商品を用意することはできるものの、それは異相協会の本来あるべき姿ではない。かといってユグドラシルと同じ感覚で商品を用意しても、そもそもそれらを買えるだけの財力を持った者は限られるだろう。

 ユグドラシルで高レベル帯のプレイヤー相手に商売をすれば平気で億単位の金貨が動くわけだが、だからといって現実世界の彼らが同じだけの財産を持っているとは限らない。現実とゲームの金銭感覚は異なると考えるのが自然だ。

 

「悩ましい問題だな」

「だからね、まずは会員制にして客をよりすぐろうかなって。貴族が幅を利かす社会で女に金をかけられる男が狙いめかしら」

 エステを利用する女ではなく、それを支援する男が標的だと言われるとなるほどとは思う。

「あと、余裕があれば娼館組合も作りたいわ」

「娼館組合? すでに在りそうなもんだが」

「在るにはあるけれど、実態は徴税官が税を取り立てるためだけの名簿でしかないみたいなのよ。公娼と私娼を区別するものかしら。犯罪組織と繋がっていることが多いから手を出さない方がいいとは言われたけれど」

 その忠告は素直に聞くべきではなかろうか。

 

「危なそうだが、エステだけじゃだめなのか?」

 俺の問いに少し間を置いてクラーナが答える。

「娼婦を救いたい――ってのはちょっと大袈裟だけど、神殿のせいで立場が弱いみたいなのよ」

 

 バルドによると、神殿勢力が売春行為を堕落だとして批判的な立場らしい。売春行為を生業としている男娼や娼婦、それらの雇い主などに対して非常に排他的で、神殿での結婚式、祭壇での祈り、奉納などが禁止。果ては墓地への埋葬までが拒否されるという。その影響力は他の組合にも及び、各組合員が男娼や娼婦と結婚することを委縮させるほどだという。

 リイジーから掻い摘んだ話と符合する。

 

「随分な影響力だな」

「まったく、あっちの歴史をなぞっているようで嫌になるわよね。いいえ、むしろあっちの方がマシかも知れないわ」

「そうか? 何の効果もない湧き水を崇めるようなものがマシとは思えないがな」

 俺たちの時代では水は奪い合うものだったが、かつては飲んだり浴びたら不治の病が治ったとかで湧き水を奇跡の水だと騒ぐ連中が世界中にいた。湧き場を聖地とし、救いを求める傷病者を信者へと変えた時代があったのだ。

 だが、奇跡を裏付けするものはない。科学的に検証しようにも「神への冒涜」とやらで有耶無耶にされ、50年後か100年後か、人々の記憶が曖昧になり、証拠が無くなった頃になって「あれは奇跡だった」と宣うのだ。

 

「逆よ逆。効果が無いから依存しなくて済んだの、医学が発展したの。でもこっちは違う。魔法(奇跡)が実在する。私たちが想像するよりもこっちの世界の神殿は力を持っているわ」

 

 数百年前、プレイヤーらしき“口だけ賢者”なる牛頭人(ミノタウロス)がこの世界の住人に「手術」を伝えた際、身体を直接開いて治療するその行為を「多くの種族がおぞましく野蛮な手法として受け入れられなかった」とクレマンティーヌは語った。その情報と合わせればクラーナの指摘するようにこの世界の住人が水薬(ポーション)や信仰系魔法に頼り、同時に魔法という奇跡がいかに尊ばれているのかが容易に想像ができる。

 癒し手を抱え込む神殿の権力が高いのも頷ける。

 

「なるほど。売春に携わる者の境遇は理解した」

「この世界の神が救いの手を差し伸べないのなら、いっそ私が囲っちゃおうかなってね。でもまあ、個人的な感情によるものだから、ヴィクトルが反対なら諦めるけど」

 現実世界(リアル)で生業にしていたからこそ、クラーナはこの世界の娼婦たちが置かれている状況に思うところがあるのかもしれない。

 

「先に俺の考えを伝えておく。無償で助けるつもりなら反対だ。対価は金でなくてもいいが、とにかく無償だけはやめておけ」

「対価を取れば協力してくれる?」

「もちろんだ。ただ、お前は“囲む”と言ったが、囲(・)ま(・)れ(・)る(・)の(・)は(・)俺(・)た(・)ち(・)の(・)方(・)だ(・)。さっきの話を思い出せ。無償にしたら奇跡を求める人が際限なく押し寄せるのが目に見えるだろ。神殿が治療費を取るのはその対策でもあるはずだ」

「確かに、治療方法が魔法ならMP消費は問題よね。信仰系魔法詠唱者を雇って補おうとしたら報酬が必要になる」

 無償で人は雇えない。志に惹かれた者が協力を申し出てくれるかもしれないが、そんな奇特な人は稀だろう。善意を当てにする商人はいない。

 

「神殿の代わりをしたいのなら診療所でもいいと思うがな。漠然と労働組合みたいなものを想像しているのかもしれないが、わざわざ娼館組合を作る必要はないと思うぞ」

「うーん、そうねえ」

 悩むクラーナに助け舟を出す。

「エステにこだわるなら美容以外の売りを用意すればいい。“健康になれる”とか“病気に強くなる”とか宣伝して実際に実感させるんだ。そうすれば娼館組合の方から接触があるだろうさ」

「そう、ね。そうかもしれない。ちょっと難しく考えすぎていたわ」

 既存の団体組織に割って入るのは骨だ。利用したほうが手っ取り早い。

 

 

 

 

 

「そういえば〈伝言〉(メッセージ)で第五位階がどうのと言っていたが、詳しい経緯を頼む」

「ああ、あれね」

 

 クラーナ曰く、都市長との会談の中でクラーナの世間知らずな様子が「流浪の貴族」設定に真実味を持たせ、うまい具合に話が進んだという。しかし、馬車ひとつで大陸を渡り歩くにはこの世界の人間は脆弱過ぎたようで、それをなした異相協会の武力に話題が及ぶと設定に綻びが生まれたという。そこにクレマンティーヌが即興で補足を入れて事なきを得たらしい。

 内容としてはマーシャとジル、それにクレマンティーヌがアダマンタイト級の冒険者に匹敵し、主人であるクラーナと俺は第五位階魔法まで行使できるといったものだった。

 

 しかし、3人のアダマンタイト級に加えて英雄級ふたりは偏りすぎている気がする。

「俺まで第五位階はやり過ぎじゃないか?」

「私もそう思ったんだけどね。ほら、最初にクレマンティーヌと相談したじゃない? でも、彼女もこの世界では強者の部類でしょ? その辺の感覚が少しずれていたみたいでさ。最初に決めた設定じゃあ無理があったみたいなのよね」

 要約すると国(・)が(・)滅(・)ぶ(・)よ(・)う(・)な(・)で(・)き(・)ご(・)と(・)か(・)ら(・)生(・)き(・)延(・)び(・)る(・)には英雄級の武力が必要なようだ。

 扱える位階はそのまま異相協会の品揃えになると思えば悪い話ではない。

 

「地球(あっち)も酷かったが、こっちの旅行もハードルが高そうだな」

「向こうには観光地なんて残ってなかったじゃない」

 辛辣な返しに「それはそうだ」と苦笑する。

 

 クラーナが続ける。

「ああ、あと都市長だけど、上手く豚を演じてはいたけれど、あれは曲者よ」

「腹芸ができるってことか? そういえば衛兵隊長が派閥がどうのと言っていたな。まあ、そいつの相手はお前に任せる。ただ、治療を提供するとなると神殿や裏組織とやらがちょっかいをかけてきそうだが、その辺はどう考えている?」

「利権もあるし揉め事は避けられないと思うわ。対応のしかたはユグドラシルと同じ。有力ギルドを懐柔して味方にする。この世界だと貴族とか商人が相手になりそうだけれど」

 

 その言葉に俺は腕を組んで考える。

 ユグドラシル時代はゲーム内ランキングやコミュニティから他のギルド情報を拾えた。書き込まれた情報の真偽を見極める必要はあるものの、手っ取り早く候補を絞り込めた。しかし、この世界では情報収集すらままならない。

 クレマンティーヌで例えると、法国出身、家柄が良い、特殊部隊所属等の経歴から彼女は優良な情報源だといえる。しかし、一般人が知り得ない情報を多く持つ反面、市井の情報や市民感覚には少々疎い。その綻びとして現れたのが先に挙がった「一般人を演出する設定」だ。彼女が直接現地に赴いて諜報工作活動をする“風花聖典”に所属していればまた違った設定を思いついたはずだ。

 

「情報収集が大変そうだな」

「私には占術があるし、それは任せて。都市長やロフーレとも知り合えたわけだし、地道に人脈を広げていくわ」

 頼もしい言葉だ。

 

「表立った活動は任せる。代わりに手(・)を(・)汚(・)す(・)必要があれば言ってくれ。俺がやろう」

 俺の提案にクラーナはわずかに目を細める。

「気遣いは嬉しいけど、独りで背負うものではないでしょ」

「いや、一度手を染めると無自覚に慣れていく。異形化したとはいえ一線は越えないほうがいい」

「それは……、経験則かしら?」

 遠慮がちなその問いに緊張が窺える。

 

「言っとくがやむを得ずだぞ。本業は運送屋だ。扱っていた物がヤバかったからな。襲われることも多かったんだ」

「運び屋ってやつかしら? ――まあ、深くは詮索はしないわ。ただ、やっぱり気遣いは無用よ。異相協会が組織だって言ったのは貴方よ。それもたったふたりのね。“隠し事は無し”なんて束縛するつもりはないけど、共有と分担は柔軟にしていきましょう。無理なときはハッキリと言うから。ね?」

 自分なりに気をつかったつもりだったが、クラーナが望むならと引き下がる。

 

「分かった。――それで足掛かりにとは言うが、どこまで手を広げるつもりだ? まだこの街に落ち着くかどうかも分からないんだろ?」

「先立つものは必要だから集金できるようにしたいのよね。運営は現地人に任せるとして、飲食、芸事、賭博、手広くやりたいわ」

 そう言ったクラーナは一旦言葉を切り、ふと思い出したように続ける。

「ユグドラシルの都市型ギルド拠点みたいに税収をゲットできたら楽よね。ああ、あとお布施でも稼げるんだっけ。そう考えると神殿も有りよね」

 

 俺は返答に窮する。件の娼婦らを擁護する、または純粋に金儲けのためなら神殿も悪くはない。だが目的がお布施である以上この世界では“信仰”が関わる。

 であるなら確かめなければならないことがある。

 

「それは、どっちだ?」

「ん? なにが?」

 気持ちがはやり言葉が足りなかった。

 

「つまりだ、神殿を建てたいのは現実(リアル)のお前とアバターのどちらか、って意味だ」

 俺の問いにクラーナが困惑する。

「お金のため、と言いたいところだけど、とても曖昧。私を崇め奉る人間を集めたいと欲する気持ちもあるわ」

 自身の変質を確信したクラーナは息を深く吐くとソファーの背に身をまかせて天井を仰ぎ見る。

 

「まあ、そんな顔をするな」

「そうは言っても、これは来るものがあるわよ」

 先日あった味覚のような感覚的なものとは違い、今回は人格や思考にかかわる変質だ。

 だが、気にしすぎてもしかたがない。

 

「いいじゃないか、元々コソコソする気はなかったわけだしな。それに一般人設定に無理が生じたばかりだ。いっそ設定に素直になった方が楽かもしれんぞ。邪神って訳じゃないんだろ?」

 互いに異形種だが幸いなことにふたりともカルマ値はロウ寄り、クラーナに至っては天使種(エンジェル)だ。設定に従ったところで忌避される存在にはならないのではとフォローする。

「どうかしら。向こうの神様って人の影響を受けるのよね。人の世が平安なら善神になるし、乱れれば世界を創りなおそうと破壊神になるみたいな」

「設定は覚えているか?」

「うーん、安産がどうとか書いてあった気もするけど、ユグドラシルにそんなシステム無かったし。――そういえば」

 クラーナが何かを思い出し、そして重く口を開く。

「赤子を喰らうわ」

「マジか」

「ちょっと語弊があるわね。伝承通りなら改心しているはずだけど、ほら、ゲーム独自の解釈ってやつが入っていた気がするのよね。カリティモも本来は“訶梨帝母(カリテイモ)”だし」

「外見もアルビノの蛇女(ラミア)に天使の羽根だしなあ」

 蛇と縁のある神話生物は子供や赤子を食べる説を伴うものが多い。ユグドラシルの鬼子母神(カリティモ)はそれらを混ぜ合わせた“何か”だ。

 

 互いにしばらく押し黙り、進展が無いと分かるとクラーナが吹っ切れたように手を左右にパタパタと振る。

「ふう、もう神でもいいわ、前向きに考えましょう。ひとまず組合に関しては白紙にするわ。私の気が早かったということで忘れてちょうだい。私が神になる前提なら別の道筋もあるだろうし」

「はは、随分と割り切ったな。だが物事に対して否定的になるよりはいい」

「そういえば、娼館はどうだった?」

 クラーナが気分を変えようとしたのか、俺がさっきまで居た店に話題を移す。

 

「どうだったと聞かれてもな。洗濯屋を兼業していたのはお前も見た通りだ」

「兼業自体は珍しくもないわ。他に気づいたことは?」

「石鹸の香りが弱かった。ああ、強いて言えば専用の洗い場を持っていたことか。こっちでも水は貴重だと聞いていたが、魔導具(マジックアイテム)で水を生みだしているようだったな。ただまあ従業員――娼婦が洗濯の残り水で身体を拭っていたから惜しげもなく使えるようではなさそうだが」

「それは私も聞いたわ。都市が管理する水源から公共洗濯場に水を配ってるって」

 

 クレマンティーヌによれば自然にある水源の多くは人間よりも強い魔物に占拠されている。平原に追いやられた人間が水辺に都市を築けなかった場合、水を確保する手段は雨が降るのを待つか井戸を掘るしかない。魔法での生産は魔法詠唱者(マジックキャスター)の絶対数が少ないため、それこそ貴族や大商人に仕えるのが慣例だという。故に一般市民にとって水は貴重なものとなっていた。

 そして風呂事情も一般人には厳しかった。温泉が湧いていればそのまま利用できるが、そうでなければ自力で沸かさねばならない。城塞都市内で燃料目的の植林は非現実的、籠城に備えて果実のなる木を植えるのが一般的だ。地下に化石燃料でもなければ遠方から遥々輸入するしかない。となれば販売価格もおのずと高くなる。

 

「価格を抑えれば風呂屋は儲かりそうだな。蒸気風呂(スチームバス)でもやるか?」

「大浴場も上流階級向けみたいだからやりようはあるかもしれないけれど、風呂屋ってインフラが整ったらお終いよ? 現実(リアル)を思い出してごらんなさい。その手のサービスは将来的に個々が所有するものでしょ」

「まあそうなんだが、水を贅沢に使ってみたいじゃないか。エステのついでにどうだ? サウナとかエステと相性良さそうだろ?」

 なんだかんだ水には憧れがある。

 

 ふと今日の出来事を思い出す。

 そして少々不満気にクラーナを睨んでみせる。

 

「おい、まさか俺を客寄せにするつもりで軟膏を使わせたのか?」

「正解、と言いたいところだけど、本命はあくまでも軟膏のほうよ。ただ、会員制にして、その中でも一部の上客に、“ヴィクトルに塗ってもらえる”って売り込むのはどうかしら」

「俺にも相手を選ぶ権利が欲しいがな」

「まあそこは女性に限定するからさ」

 

 理不尽な物言いのクラーナが不意に真面目な表情になる。

「ねえ、マッサージってできるのかしら?」

「試したことは無いが、たぶんできるぞ」

 錬金術師(アルケミスト)の職業(クラス)を持つ俺は当たり前のように錬金台を扱えた。同様にゲームで得た滋養の泥濘(ドクター・プディング)、暗殺者(アサシン)、医薬師(フィジシャン)といった種族や職業(クラス)によって、普通の人間よりも「生物」に対する理解が深まっている気がする。

 注意するべき点があるとすればうっかり殺さないように加減することぐらいだが、ユグドラシルにおける“治療行為”として行なえば、カロリーネの治療のように失敗はしないだろう。

 細かい機微は相手の反応を見て学べばいい。

 

「それを聞いて安心したわ。実は料理を試してみたんだけど、何度試してもダメだったのよね」

「どういうことだ?」

「ユグドラシルに存在したスキルでかつ未修得のものは実践できないか、習得に途方もなく長い訓練期間が必要だと思った方がいいわよ」

「装備枠と似たような縛りか。覚えておく」

 

 クラーナのやりたいこと(サービスの内容)は何となく理解した。

 あとは「いつ・どこで」だ。

「肝心の店はどうする?」

「仮拠点のつもりだから出費は控えたいわね。理想は既存の店を買収してリフォームかしら」

「城塞都市だと物件を探すのも骨が折れそうだな」

 城塞都市のように“外への拡張”が望めない環境では限られた土地を分け合うしかない。当然そこにも利権が関わってくるはずだ。利便性の高い土地であれば所有者も簡単には手放さないだろう。

「ふふ、そうね。そのためにも都市長お勧めの大浴場に通うつもりよ」

 

 クラーナは都市長から大浴場を勧められたらしい。これには長旅の疲れを癒す以外にも別の意味合いがある。つまり、クラーナが――というよりは、異相協会が様々な品を扱っていると知った都市長が、社交場でもある大浴場で人脈を広げられるようにと気を配ったのだ。

 

「護衛を連れていけよ」

「何言ってるのよ。貴(・)方(・)も(・)一(・)緒(・)よ(・)?」

 一瞬なにを言われたのか理解が追いつかなかった。

 

「混浴なのか?」

「そうじゃなくて、幼女形態があるでしょ?」

「せめて少女って言え。というか、怪しまれるだろ。検分の時に居なかったんだぞ」

「申告漏れなんてよくある話でしょ。後で辻褄を合わせれば大丈夫よ」

 青年と少女、ふたつの姿で同時に存在できないと指摘したかったが、二重の影(ドッペルゲンガー)を召喚すれば解決できてしまう。

 

「どう紹介するつもりだ?」

「親戚の娘とかかしら。両親や友達を失って無口になったって紹介するわ」

「それなら執拗に話しかけられることも無いか……」

「そういうこと。私の近くに居てくれればいいわ。その方が情報共有の手間も省けるでしょ?」

 確かにその場に居れば共有もへったくれもない。

 一番の懸念はやはり演技だ。

 

「分かった、居るだけでいいなら付いていこう」

「渋々ね。男ならもっと喜びなさい。せっかくの異世界なんだから楽しみましょうよ」

 ついさっきまで落ち込んでいた人物とは思えない発言だ。

 

「話をまとめると、当面はエステの開業を目指して動くってことでいいんだな? 他に議題が無いなら戻るぞ」

「そうね、今日のところはお終いでいいわ。お疲れ様」

「ああ、お疲れさん」

 

 クラーナの部屋を後にし、部屋に戻った俺は面倒なことになったと深く息を吐いた。

 

 




独自設定
・リイジーの能力など。
・排他的な神殿勢力。他勢力との取り決めは確かに利権も絡むが医療崩壊を防ぐための政策でもあり決して冷酷ではない。信仰から外れるものに対して差別的な印象を周囲にあたえるが、それでも神学の影響が強いので社会はそれが当然のように受け入れられている。
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