エ・ランテルに到着した翌日、俺はクレマンティーヌに「放し飼い」を告げた。首輪は魔法で追跡できると念押しして、
初めは戸惑った素振りで馬車から離れようとしなかったクレマンティーヌだったが、そのうち「やり残した事がある」と言って姿を消した。
なおクラーナと一緒に大浴場へ行く件は、当のクラーナから「下調べが必要」と後日に回された。
そして俺はといえば、衛兵隊長に促された「魔獣登録」をしにアエラを連れて冒険者組合を訪れていた。
組合の入口広間からラウンジを抜けて受付へ。受付嬢と挨拶を交わして用件を伝えると、担当者が来るまで待機するように言われる。
待機中、周囲をうかがうと冒険者たちの表情が硬い。狼姿のアエラを警戒しているのかとも考えたが、どうも違う。ピリピリしているような、それでいて何かに耐えているような、そんな複雑な表情だ。
「アルヒミア様、お待たせしました。魔獣登録担当のウィナ・ハルシアと申します。さっそくですが部屋へご案内いたしますね」
ウィナ・ハルシアは昨日の娼婦たちを参考にすると20代前半くらいだろうか。金髪碧眼でやや痩せ型だ。
彼女に案内されてギルド2階の一室に移動する。
部屋は十数人で会議ができる広さだ。机を挟んで向かい合うように椅子が並んでいるので、ここは依頼人と冒険者が諸々話し合うための部屋なのだろう。
階が変わり扉も閉めればラウンジの喧騒も遠のく。
静かな部屋のなかで先ほど気になったことをウィナに質問する。
「冒険者たちが殺気立っていたが、何かあったのか?」
「殺気立って? ああ、先ほど戦士長様がおいでになりまして」
彼女の話は物騒なものだった。
俺たちが冒険者組合に到着する少し前に、組合長と王国戦士長との間で対談が交わされたそうだ。そして対談後、組合長から内容の一部が公表されたという。
曰く、王国領南部を中心に村々が襲われている。生存者の証言から隣国のバハルス帝国の兵士が目撃されている。街の外で活動する冒険者は以上のことを留意し、現場に遭遇した場合は慎重に行動すること。
「確か、冒険者は戦争に関与してはならない決まりがあるんだったな」
「仰るとおりです。ですが、その、あくまでも“不文律”ですので、農村出身の冒険者を縛る絶対的な掟ではありません。ラウンジが殺気立って感じたのは、そんな彼らの自制心の表れだと思います」
国家間の戦争に関わる決まり事が不文律だとは驚きだ。「組合」を名乗るほどの組織力を持つならば明文化して然るべきだ。さもなくば「強制的に徴用だ」と言いだす権力者を止めることができない。
「村人を助けるために手を出したらどうなる。国から咎められるのか?」
「戦争中であれば揉めた国へ引き渡されますが、今回はわかりません」
「というと?」
「はい、今回は宣戦布告もなく越境と襲撃ですので、もしかすると正規軍からこぼれた愚連隊かもしれないと。その場合は野盗などと同じ扱いになりますので」
「なるほど、難儀だな」
生存者が「バハルス帝国の兵だった」と証言しているのなら鎧や旗などに分かりやすい印があったはず。冒険者たちが襲撃現場に出くわしたとしても咄嗟に正規軍と非正規軍を見極めるのは至難の業だ。
俺が冒険者に同情を示すとウィナは「規約ですので」と諦め顔だ。
ウィナが改めて溌剌とした声で俺に向きなおる。
「手続きを始めましょうか」
「宜しく頼む」
俺は机を挟んで向かい合う位置に座り、マスクを外して眼鏡に換える。
眼鏡は翻訳のためだが、同時にとある
そして指輪は「装備者の魅力を上げて交渉を有利にする」と曖昧なフレーバーテキストが書かれたアーティファクト「調音の指輪」だ。効果は〈売買価格3〉〈賄賂の成功率3〉〈説得の成功率3〉で、そこそこRPGを遊びなれた者ならばこの指輪がプレイヤー相手には使えないものだと察しがつくだろう。
この「調音の指輪」はNPCの好感度を上昇させるだけの代物なのだ。多くの場合、指輪の有る無しでNPCの態度が180度変わる。それこそ手のひらドリルと言わんばかりの変容で、その変わり様はしばしばネタにされるほどだ。
しかし、こんな指輪ではあるが、予想が正しければ“
ウィナに目を向けると、書類を広げたまま呆けて――、明らかに俺の顔に見惚れていた。生まれ持った本当の顔ではないが、潤んだ目でこうして見つめられるのも悪くはない。
期待した効果はあくまでも好感度上昇なのだが、この顔を制作してくれたギルメンには感謝だ。
俺は軽く咳払いしてウィナにお願いしてみる。
「ハルシアさん、ついでと言ってはなんだが、王国の文字を教えてほしい。せめて名前くらいは自分で書けるようにしたいんだ。いいかな」
「は、はい、確かに署名はできたほうがいいですものね」
俺が異邦人であることは受付で用件と共に伝えてあるので、このお願いにウィナも真摯に向き合ってくれた。
ちなみに代筆の手数料は銅貨5枚。受付で支払い済みだ。
「ありがとう」
礼を言ってもう一歩踏み込んでみる。
席を立ち、ウィナの隣に座って身を寄せる。
「え!? あ、あの、アルヒミア様!!?」
「文字を習うんだ。こっちの方が書き順が分かりやすいだろ?」
ウィナは顔を真っ赤にするが、すぐに取り繕う。
「そ、それでは説明させていただきます」
俺は記入項目をひとつひとつ読み上げるウィルにその都度丁寧に答えていく。同時に文字を書き取りながら見える範囲の文書に目を通す。すると眼鏡の効果で翻訳された内容がAR眼鏡のように浮かび上がる。魔法様様だ。
各項目は簡素で、飼い主の名、魔獣の品種、魔獣の名、所在地の確認と、街中で連れて歩く場合の注意事項などだ。
品種の項をなんとするか迷ったが、無難に「狼」とした。
書類を一通り埋め終わるとウィナがアエラを見る。
「では、アエラちゃんでしたっけ。こちらで〈模写〉をいたしますので、私の前にお願いします」
魔獣登録には“魔獣の姿”も含まれる。受付で手描きと魔法のどちらがいいかを聞かれ、俺は迷わず魔法による模写を選択した。理由は手描きよりも早いと言われたからだ。運び屋の性分とでも言おうか、「時は金なり」とは誰の言葉か知らないが、何事においても拘束時間は短い方がいい。
だが、それはそれとして先にやりたいことがある。
情報収集だ。いまは精度よりも量、クレマンティーヌとは違った視点の情報がほしい。それになんだかんだクラーナに任せきりなのも性に合わない。
「少し休まないか? もっと色々なことを教えてほしい」
俺は準備するウィナの手を取って密かに
注入するのは
俺は後ろからウィナの腰を引き寄せる。
「あ、あの、困ります。夫ある身ですから」
口では嫌がるものの振りほどく素振りはない。
指輪の力か下手に騒がないのはありがたい。
「ただの気分転換、ふたりだけの秘密だ」
「何を、知りたいんですか」
ウィナは諦めたのか強張らせていた身体を和らげる。
「そうだな、この街で一番優秀な冒険者は? 依頼時の参考にしたい」
手始めに冒険者組合の内部事情を聞いてみる。
「個人の力は分からないけど、クラルグラ、天狼、虹の3チームがミスリル級よ、……ん、あ!?」
腰に回していた手でスカート越しに愛撫する。
彼女は咄嗟にその手を取って止めようとするが、形だけの抵抗だ。
「ミスリル級? アダマンタイト級はいないのか?」
「ん、く……、この都市にはいないわ。蒼の薔薇、朱の雫の2チームが王都の組合に所属してるけど」
驚いた。これだけ大きな城塞都市なら名のある冒険者がいるものだと思っていた。それがアダマンタイト級どころかそのひとつ下のオリハルコン級すらいない。挙がったアダマンタイト級チームもたったのふたつだ。
「オリハルコン級が居ないとは思わなかったな」
「居ないというか、んふぅ……、引退するのよ。稼いだお金で身を落ち着かせる人が多いわ。ぅ……ん、いい……、そこ」
ショーツがじんわりと湿り気を帯びてきた。
体温の上昇に伴いウィナの呼吸も荒くなる。
「王国に冒険者はどれくらい居るんだ?」
「ふぅ……ん……、だいたい、3000人くらいだって聞いたことは、ある。あ……っ!」
意外と少ない。しかし、「身を落ち着かせる」と言われれば「そんなものか」とも思う。第三位階魔法を使えるだけで
必要なのは共に命を懸けてくれる仲間。だがそれを得るのが一番難しい。
考え事をしているとウィナの両足から力が抜けて取り落としそうになる。軽く気をやったようだ。
「さあ、机に身体を預けて」
ウィナを机に、上半身を預けるように指示する。
自然と尻を突き出す格好になった彼女は、自らスカートをたくし上げて俺を誘う。
「お、お願い……、して」
ウィナは旦那への後ろめたさがあるのか、誘いはするものの机に伏したまま顔を隠している。
突き出された尻に手をやりショーツをずらすと、蜜に濡れた秘裂が物欲しそうにひくついていた。
「旦那に悪い。満足するまで愛撫するぞ」
「いいから! ここ、う、埋めて――、んあッ!」
最後まで言わさず
伏せるウィナに身体を重ね、彼女が動けないようにしっかりと机で挟む。
「なら、遠慮なく」
「あんっ! んんっ、ひぅ、ぁ! い、いきなり、激し……いぃ! ん゛ん、ああっ!!」
事前に愛撫した甲斐もあって内部は潤っている。
初めから全力だ。
ウィナは職場での情事のためか必死に声を殺そうと袖を嚙んでいる。それでも無理やり与えられる強い刺激に彼女の腰が跳ね、そのたびに甘い嬌声が漏れる。愛撫で昂る身体は、とことん刺激に敏感だった。
「ずいぶんご無沙汰なようだな。声を抑えないとラウンジの連中に聞かれるぞ」
「んふぅ!! そんなこと、言わないで……あ、ん、ひぃんっ!」
腰を打ちつけながら濡れた
その後しばらくはウィナの相手をしながら情報を集めた。クレマンティーヌからは得られなかったより一般的と思われる情報や噂などをだ。
「それ、い゛い! あ゛ぁ! ん゛ん、い、いくぅっ!!」
生まれたての小鹿のように震えるウィナを絶頂へと追い立て、肉壺がギュッと引き締まるのと同時にトドメのひと挿し、子宮口を深く抉る。
ウィナがピンと仰け反る。下腹部の深部で発生した絶頂の波が膣から腰、脊椎から脳へ駆け巡ったのだ。
「ああっ!? やだ、ん゛んふ……、と、止まらないぃ!」
何事かと視線を結合部に向ければ痙攣するウィナが盛大に失禁していた。シャーと小気味いい音とともに足元の水溜まりも大きくなる。
「やっちまったな」
「はぁ、はぁ……、そ、掃除しないと」
職場でのお漏らしで興が冷めたのかウィナが服装を正す。
それを合図に俺も身なりを整える。
「空気も入れ替えなきゃ」
ウィナが換気しようと窓を開ける。
掃除用具で後始末をしているが匂いまでは誤魔化せない。
「不審に思われたらアエラのせいにすればいいさ」
「ガウッ!?」
アエラが不満げに鳴く。
流石に他人の粗相を肩代わりするのは嫌なようだ。
「しばらく掃除中の札をかけとくわ」
ウェナはアエラの心情を知ってか知らでか、俺の言葉に同意することなく掃除を続けた。
「アエラ、そこでお座りだ」
場が落ち着き、改めてアエラの〈模写〉が行なわれた。
俺はその様子を見守る。
魔法による模写なので紙に筆を走らせる訳ではなく、実態はオカルトめいた念写のようだった。
ウィナが魔法を唱えると徐々にアエラの姿が紙に写し出されていったのだ。
その後滞りなく手続きは進み、最後にアエラの名前が刻まれたプレートを受け取った。
プレートは首輪に付けることで冒険者プレートと同じ効力を持ち、冒険者組合が認知されている地域であればアエラが登録済みの魔獣であることを証明してくれるらしい。
目的は果たしたので次の目的地へ向かう。
行き先はバレアレ薬品店だ。
「いらっしゃいませ、――アルヒミア様ですね? お婆ちゃんにご用ですか? あ、初めまして。僕は孫のンフィーレアといいます」
バレアレ薬品店の戸をくぐるとリイジーではなく孫を名乗る少年が出迎えてくれた。俺のことはリイジーから聞いていたのだろう。さして警戒心もなく挨拶をしてくれた。
長い金髪の前髪が邪魔をして顔立ちは分からないものの、磨り潰した薬草の汁が染みついた使い古した作業着を見れば彼も薬師だと分かる。
「宜しく、ンフィーレア君。俺はただの旅人だ。畏まって様付けする必要はないぞ。適当にヴィクトルとでも呼んでくれ。リイジーさんはご在宅か?」
「はい、少々お待ちください」
ンフィーレアはカウンター裏の扉からリイジーへ声をかける。
奥は工房なのか、ンフィーレアと入れ替わるようにリイジーが姿をみせる。エプロンで手を拭いながら現れたので作業中だったのかもしれない。
「昨日の今日で何の用だい?」
ぶっきらぼうだが嫌味さはない。初対面の時もそうだったので、きっとこれが普段の彼女なのだろう。
「連れがこの街でエステを開きたいらしくてね。助言がほしい」
「定住でもするのかい?」
リイジーは意外だと言わんばかりに驚いた表情を見せる。
「さあな。それは気分次第ってところだ」
「ふむ、ロフーレの世話になっているのなら彼に聞いたほうが早いと思うんじゃが――」
そういうとリイジーは値踏みするかのように俺を見る。
「そうさねえ、エ・ランテルで商売をするなら何をおいても取引許可証が必要じゃ。準備できそうかい?」
「今朝、都市長から届いた」
「それなら後は開業届と店じゃが、一番の問題は店じゃのう。土地を買うか、借りるか。生憎とわしにはそっちの伝手が無い」
リイジーが申し訳なさそうに肩をすくめてみせる。
「では、例えば既に店を営んでいる者の中で一番の有力者は誰か分かるか?」
「イズエルク伯爵だね。この街の大きい風呂屋、大衆浴場はだいたい彼の息がかかっておる」
伯爵とはいかにも地位が高そうだが、大衆浴場――、城塞都市内で水を潤沢に扱える立場とはいかほどのものなのだろうか。
「しかしのう……」
言い淀むリイジーを促す。
「なにか心配事が?」
「もし接触するつもりなら用心おし。あまりいい噂を聞かないからのう」
「都市長と比べてどちらが強い?」
「貴族を強弱で語るのはおよし。……当人たちの身分に大差はないはずじゃ。ただ貴族は面子や礼節にこだわる。イズエルク伯爵もエ・ランテル内では都市長を立てるはずじゃ。それでなくともエ・ランテルは国王直轄領、都市長は言わば国王の代行だから表立って反発はできんじゃろ」
つまり、万が一の時は都市長を頼ることができる。
リイジーが続ける。
「イズエルク伯爵は領地もあり、兵力もあり、商売に通じた人脈もある。俗に“六大貴族”と呼ばれる連中ほどではないとは聞くけどね、発言力は中堅と呼べるじゃろう」
「了解した。それだけ聞ければ十分だ」
突然、パリンとガラスの割れる音が響く。
「これンフィーレア! 今日だけで幾つ割るつもりだい!?」
「ご、ごめんなさい!」
奥の部屋で孫が何かを割ってしまったらしい。
「ああ、すまんのう。いつもはもう少し慎重な子なんじゃが……」
「なにかあったのか?」
リイジーは視線だけ奥の部屋に向けて小さく溜め息をつく。
「近隣の村々が賊に襲われているなんて噂を聞いたらしくてのう。好いておる娘が気になってしかたがないのじゃろう」
おそらく冒険者組合で聞いた話だ。
「その噂なら俺も聞いた。そのために王国戦士長が来ているらしいぞ」
「おや、そうなのかい。それなら続報を待つかのう。あの子には気の毒じゃが薬草の仕入れはしばらくお預けじゃな」
薬草の採取はRPGではお馴染みのクエストだ。だが現実世界でなら自家栽培しようと思う者がいてもおかしくはない。現にユグドラシルでも薬草を自家栽培している設定の
「その村で薬草を仕入れているのか?」
「正確には村近くの森でじゃな。ニュクリ、アジーナ、ングナク、エンカイシは天然物のほうが効能が高い。そこがうちの売りなんじゃよ」
森の土になにかあるのか、それとも森そのものに秘密があるのか分からないが、同じものでも個体差があるなら採取する価値はある。薬草採取クエストがいつまでも無くならずに有る仕組みを垣間見れた気がした。
「おや、いらっしゃい」
ひとりそんな事を考えていると店に客が来た。
赤毛の女。格好から冒険者、前衛職だろう。
「あ――、えっと、
「俺はそろそろおいとましよう。リイジー、助言を感謝する」
俺は女冒険者の用件を聞いて帰ることにした。
リイジーの商売を邪魔してまで長居するつもりはない。
「世間話に感謝なんぞいらんわい。まあいい、今度は茶のひとつでも出すよ」
俺は軽く手を振ってバレアレ薬品店を後にした。
「お帰りなさいませ、ヴィクトル様」
フローレ宅に戻るとリオが出迎えてくれた。ノーパンであることに目をつむればメイド服姿は屋敷によく馴染む。なおリリとリエのふたりは生産ラインを維持するために馬車の中だ。
「ただいま、何か変わったことは?」
「はい、ヴィクトル様に来客がありました。クラーナ様が接客中です」
意外な言葉に思わず立ち止まる。
「相手の名は?」
「グニラ・ブレンドレル様、カーリン・ルトストレーム様、エレン・エイセル様、ダーニ・ヘフネル様です」
グニラとエレンは昨日会った。カーリンとダーニは覚えがないが、グニラが連れてきたなら関係者にちがいない。
グニラには商品を見せると約束していた。きっとそれで訪ねてきたのだろう。
「分かった、すぐに向かう」
応接室に顔を出すと、背の低いテーブルを挟んでクラーナとグニラたちが座っていた。
「お待たせしたかな」
「こ、これは、アルヒミア様っ!」
「そのままでいい。――というか、どういう状況だ?」
グニラが仰々しく挨拶をしようとしたので止めた。それはいい。ただ、ひとつ問題があった。
女性陣がソファーに座る横で、見知らぬ強面の男が床の上でもがき苦しんでいた。
改めてグニラたちに視線を向けるとこちらも様子がおかしい。昨日は俺を名前呼びするぐらいには砕けた調子だったグニラの表情が硬い。それは同伴している女ふたりも同じだ。
「クラーナ?」
「そんな目でみないでよ。ちょっと“お話”してただけよ。ね?」
話を振られたグニラたちは首を縦に振るだけで会話にならない。
「ヴィクトル、立ってないでまずは座りなさいな」
釈然としないままクラーナの隣に座る。
グニラは俺が来たことで少しホッとした様子だ。その隣には初対面の40代女性、痩せ型で気難しそうな顔はまだ硬い。そしてこの中で一番若いエレンはやや怯えながらもはにかんでみせてくれた。
「そちらの方は初めましてですね。ヴィクトル・ヴィ・ニェボ・アルヒミアだ」
「は、初めまして、カーリン・ルトストレームと申します。グニラと同じく経営に携わる者です」
「するとそこで転がってるのがダーニ君か。4人とも俺の客だと思ったんだが、何があったんだ?」
俺の問いにグニラたちの視線がクラーナに向かう。
「そうね、私から説明するわ」
クラーナの説明を要約すると、初めは俺の客として普通にもてなしたそうだ。ところが間を置かずしてダーニ・ヘフネルと名乗った男がクラーナを脅迫したという。
彼はグニラの店があった地域を仕切る裏社会の人間で、街で「羽振りのよさそうな貴族の馬車」の噂を聞きつけ、またその馬車の関係者である俺がグニラの店に入ったのを知って娼婦たちから俺の事を聞き出した。そして「金になる」と判断した彼は、様子見を兼ねてやって来たというのだ。
「様子見のはずが女子供しかいないから強気になった訳か」
「それで私が大人しくさせるついでにお話を聞かせてもらったの」
女主人は脚が悪く、お付きのメイドも見た目は10代前半だ。ダーニは
大人しくさせた方法は複数の呪い。酷く疲労した様子の他、肌は薄っすらと変色し、生きながらにして腐敗が始まっている。
ここに外を見張っているマーシャかジルが居ればあるいはひと思いに射殺してくれたかもしれないが、魔女を怒らせたらどうなるか、今回はその見本になったようだ。グニラたちが怯えるのも無理はない。
「ヴィクトル、彼女たちはシロよ。厄介ごとを招き入れてしまったけれど、この男は軟膏のことを知らなかった。彼女たちは――、まあ打算もあったんでしょうけど、秘密にしてたの」
俺がグニラたちを疑っていると思ったのかクラーナのフォローが入る。
確かに口止めはしていない。吹聴して回ったところで咎めるつもりはない。むしろクラーナの思惑では女たちの口コミで噂が広がることを期待していたはずだ。
「何故だ?」
「い、言える訳ないわよ。金になると分かれば平気で人を攫うような奴らよ。それに上納金を納めてるだけで仲間じゃないわ」
その答えに一応は納得する。
この手の連中が資金調達する方法は色々とあるが、ダーニが所属する組織は人心掌握に失敗しているようだ。グニラは俺と連中を天秤にかけて、俺を取った。クラーナのいう打算とは俺という伝手を保持すること。良質なアイテムを得る機会を失いたくなかったのだろう。
「信じよう。で、こいつはどうする?」
「このまま消えてもらうわ」
クラーナの目に怒りが宿り、言葉にも怒気が含まれる。
余程無礼なことを言われたようだ。
「急に消えたらグニラたちに疑いがかからないか? このまま組織とやらの防波堤にする手もあるが」
「大丈夫よ。監視が無いのは確認済みだし、いくらでも言い逃れはできるわ。彼女たちにも口裏を合わせるよう言ってあるし。ああ、それと、
「まて、異相協会のもの?」
さらっと開示された新事実に眩暈を覚える。
「詳しく話せ」
クラーナ曰く、グニラとその従業員たちを丸ごと雇い入れたらしい。「何をするにも人手は必要だからね」とは彼女の言だが、実際は異相協会の庇護下に置くことで接触を図る者たちを見極めるつもりらしい。初手からクラーナや俺に接触をしようとするのと周囲の者に探りを入れてから接触するのとでは接触者の性質が異なる。その手段や過程を観察すれば人物評価の判断材料になるというのだ。
「ここで決めてしまっていいのか? つまり、ここに居ない娘たちの意思は?」
多くの娘たちは本人のあずかり知らぬ場所で裏社会と敵対することになる。怖がる者や組織側に付く者が現れても不思議ではない。
俺の疑問にグニラが答える。
「それは大丈夫です。その、契約書がありますので」
「契約書?」
業務内容が突然変わっても有効なのだろうか。
腑に落ちない様子の俺にクラーナが補足する。
「端的に言うと奴隷なのよ。所有権を持つグニラが私に譲渡したの」
「廃止されたんじゃなかったのか?」
事前情報では“黄金”と謳われる慈悲深いお姫様の働きかけで廃止になったと聞いた。
「長く続いた制度ほど急に変われるものじゃないわ。奴隷を解放したていで改めて雇用契約書で縛ってるのよ」
「クラーナ様の仰る通りです。元々公娼に登録できるのは戦争未亡人や戦争孤児だけ。徒弟制度からあぶれた者を救済するのが目的です。奴隷は対象外でしたが役人に賄賂を渡せば登録できたんです。今は雇用契約があるので、ある意味では雇用者の責任は重くなりましたが」
正直驚いた。驚いたが、しかしグニラの口振りからすると明確に奴隷だった頃よりは扱いがマシなのだろう。
「ヴィクトル、ここは人権宣言がない世界なのよ。身分が義務と権利を決めるの。あと数世紀、いいえ、人間以外の種族も居るし、下手したらこの先数十世紀以上はこのままかもしれないわ」
「ふん、人権なんて久しぶりに聞いたぞ」
市民階級が全てを決める点では
ユグドラシルも同じだ。ゲームのスタート時は公平でも、
事情は理解した。
「リオ、こいつを別の部屋へ押し込んどけ」
「畏まりました」
控えていたリオに呻くだけの耳障りなダーニを別室へ運ぶよう命じる。
小柄なリオが軽々と成人男性を運ぶ様子に、グニラたちが目を丸くする。リオはあの容姿でNPCのなかではアエラに次いでレベルが高い。召喚特化の彼でもレベル70代ともなれば素のステータス値も高いのだ。
「仕切り直そう。これからどうする?」
「ヴィクトル、グニラに
「試したいこと? ああ、そういうことか」
それをなぜグニラにと思ったが、フレーバーテキストを思い出してクラーナの「試したいこと」を察した。「一時的に老いた肉体を若返らせ、失われた活力を取り戻す」とかなんとか、そんな感じのことが書いてあったはずだ。
ユグドラシルのステータスに年齢の項は無い。例え
「クラーナ、お前の狙いは分かったが未検査の
「あら、その指輪は?」
取り出した指輪にクラーナが興味を示す。
数は3個。デザインは同じだが微妙に色合いが違う。
「
「フレーバーテキストは?」
「覚えていない――って叩くな。肉体を若返らせるようなことは書いてあったはずだ」
まさかフレーバーテキストをきちんと覚えていないだけで叩かれるとは思わなかった。
呆れ顔のクラーナが不意に眉をひそめる。
「他の
「指輪の効果が重複しないのはクレマンティーヌで確認済みだろ。それよりもこの指輪の効果は固定値じゃなくて割合だろ? お前の作った指輪と同時に装備すれば年齢を固定できると思うんだが、どう思う?」
クラーナが禁呪を応用して作りだした「老いることを禁ずる指輪」は本人も含めNPC全員が装備している。効果は老いを禁じるだけだが、これと
「確かに、併用すれば固定できそうね。でもそれを検証するには時間がかかるわ。だから、まずは
「か、畏まりました」
クラーナが手渡したのは
グニラが指輪を受け取るが拒否する素振りがない。クラーナが
グニラが震える手に指輪を装備する。
「う゛っ!? あ、熱い!」
瞬間、指輪を中心に蜘蛛の巣が広がるように身体が光る。
「凄いわね、こんなエフェクトだったかしら?」
「いや、金色のパーティクルが一瞬光るだけだったはずだ」
ユグドラシルにはPVP要素があった。なので超位魔法などの例外を除けば対戦の妨げになるような過剰な演出は無かった。それなのにいま目の前で起こっている現象は人間の肉体年齢を逆行させるものであり、この世界ではそれ相応の演出が入るのだと知る。
グニラの発光がおさまると、隣に座っていたカーリンが安否を確かめるように彼女の肩を揺する。
「グニラ、大丈夫?」
「ええ、だ、大丈夫よ」
「えっ!? 凄い!」
顔を上げたグニラにみんなの視線が集まる。
「成功ね。見た目は25前後かしら。ほら、グニラ。自分で見てみなさい」
クラーナが手鏡をグニラに渡す。
「ああっ! こ、こんなことが!? 本当に!!?」
「その顔は貴方の若い頃の顔で間違いないかしら?」
「はい! 間違いありません、ウェネフィカ様!!」
「次はその指輪を付けたままこの指輪を装備なさい」
続けて
今度はやや老けた。
「40代くらいかしら。後から付けた指輪の効果が優先されるみたいね」
仮に重複していたら18歳くらいになっていたはずだ。
「ふふ、なんて顔してるのよ。
俺が無言で頷くとグニラがおずおずと
カーリンとエレンも慌ててそれに続いた。
そんな3人を、しかしクラーナは冷めた目で見る。
「ヴィクトル、この世界は残酷よね」
「急にどうした?」
「この世界の人間の平均寿命は環境がよくて40年、農奴は30年だそうよ。薬草や魔法があるのに、私たちの知る封建社会より少し毛が生えた程度なのよ」
俺たちが漠然と中世と呼ぶ時代、とりわけ庶民の一生は短かったと聞く。地域や年代にバラツキはあるものの、恵まれた環境で30年、不運な環境なら20年だ。乳幼児100人のうち18歳を迎えられるのは54人。そんな時代だ。
「そうなるとグニラは長老クラスになるのか?」
話に聞いた都市長や魔法組合長たちは比較的若い印象だ。俺らのいた世界で会長といえば50代60代が当たり前の役職、下手したら70代だっていた。
「そうね、まともな人間関係を築いていればそれなりに尊敬を集める年齢ね。――だから残酷なのよ。エレン、だったかしら。貴方の年齢は?」
「は、はい。19です」
エレンは伏したまま微動だにしない。
「“いい人”は居るの?」
「良くしてくださるお客様はいますが、まだ」
最後のほうは声が小さく心なしか震えて聞こえた。
「ヴィクトル、私たちの感覚で19歳といったらまだまだこれからよ。でも15歳で結婚適齢期を迎えるこの世界では違う。20歳で未婚ということは
「仰る通りです。身受けする側も跡取りを考えますし、やはり若い娘のほうが受けがいいです」
グニラの答えにクラーナが頷く。多産が求められる世界。そうしなければ種として維持できないこの世界では若さこそが重宝される、それは必然なのだろう。
「大昔の娼婦は22歳で“長寿”だったそうよ。ほとんどが栄養失調と病気で死ぬの。でもこの世界は違う。魔法や
クラーナの言葉に何と返そうかと迷う。死を望むほどの苦しみに苛まれる者に「死ぬな、諦めるな」なんて言葉は届かない。少なくともクラーナは死を望んだ経験があるのかもしれない。
俺が迷っているのを見てクラーナが自嘲気味に笑う。
「ふふ、加えて言わせてもらうならここの住人は顔が良い。些細な傷でも致命傷になりかねない程にね。まったく、嫌になるわ」
顔面偏差値が高い。そう考えると高級娼婦でも身請けの機会は少ないのかもしれない。グニラの店にいたかたわの娘たちであればなおさら望みは薄いはずだ。
もしかするとクラーナはそんな彼女たちと
俺は堪らず話題を変える。
「グニラたちを抱え込むなら
「あら、それもそうね」
クラーナの頭上に黄金の円盤が浮かぶ。
彼女が神格をどの程度の頻度で露出させるか分からないが、事前にこの世界の住人が「どのように認識するのか」を調べるつもりだ。
天使の輪を浮かべたクラーナの前に、グニラたちが片膝をつき祈るように両手を組んでいる。
クラーナがふたつの呪文を唱える。
そして俺もグニラたちの背後から
「
「どんな感じ?」
「病気耐性、呪い耐性、精神異常耐性の上昇はユグドラシルと同じだが、加えて信仰心の付与、妊娠率の上昇と安産もあるな」
「ああ、まあそうなるわよね。信仰心の付与ってのがなんなのか気になるけど」
予想していたのかクラーナの反応は薄い。
信仰心に関しては確かに気になる。文字通りに解釈するならクラーナを信仰対象として認めさせるものだとは思うが、どの程度の影響力なのだろうか。NPCのような狂信者を作りだすだけだと困る。
「そっちは何か分かったか?」
「初めは恐怖が勝っていたけど今はだいぶ落ち着いているわね。信仰を伴う信念と柔軟性が急激に育ち始めている。精神異常耐性と信仰心の付与が働いているようにも見えるし、心が壊れる前に神を受け入れようと折り合いをつけているようにも見える。自分を騙しているとも取れるわね。あとは、わずかに愛を感じる。これは敬愛かしら、悪い感情ではないわ」
クラーナが人間の姿だとはいえ、グニラたちは神格存在を前にずいぶんと気丈だ。普通なら恐慌状態、下手したら狂気に陥ってもおかしくはないのだが、同時に精神異常耐性や信仰心を与えているならこの反応も納得だ。クラーナが善性寄りなのもあるだろう。
クラーナが切りだす。
「知りたいことは知れたわ。今日のところは帰りなさい。そして従業員たちにきちんと今後のことを説明すること。カーリンとエレンはグニラが本物であるとちゃんと証言するのよ。それと明日でいいから全員分の契約書を持ってきなさい」
有無を言わせぬ物言いにグニラたちは従うしかないようだ。
こうして、俺は長い一日を終えた。