怪人が大量発生し、多くの市民がZ市の地下に移動してから一週間。地下にある芳醇な金脈や、広大なスペースに造られた人工太陽によって育てられている田畑や樹園、農場や地上と繋がるダムなど、もはや小さな国とも言える規模の施設が揃う地下の暮らしは地上でのものと遜色が無く、市民たちからの苦情の声などは一つも無かった。
シンラに加えて、タツマキやメタルナイトなどの有名な人物たちが、元の生活に戻れることの保証を宣言したことも大きく、ここでの暮らしの便利さに戻らなくても良いとすら考える人も居た。
そんな怪人たちに囲まれたままでヒーロー協会本部が慌てふためいてる中、シンラはちょうど地上に『進化の家』がある位置に建てた自室にて上裸のまま人差し指のみで逆立ちし、トレーニングをしていた。
「うん。馴染んできた。やっぱりリミッター外す為にはトレーニングの時間でも質でもなく、きっかけが必要だったんだな」
怪人や超人たちを吸収したことで、神の力を扱うための器である肉体が強化されたシンラはトレーニングによって己の力に慣れることができた。最強の人間であるだろうサイタマも一般的の域を出ないトレーニングのみで生物のリミッターをこじ開けた。彼よりも高度なトレーニングを行った者は山ほどいるだろう。しかし、それでもサイタマが最強になったということはなにか別の要因であるきっかけがあった筈だとシンラは考えた。
「それが精神的な物なのかは分からないけど、事実としてそうなっているんだから考えたって無駄か」
そういえばサイコスは怪人は死に近い地獄を乗り越えれば爆発的に成長すると言っていた。フェニックス男も怪人の性質も合わさった結果超絶な進化を遂げていた。もしそれが人間にも適応されるのだとしたら死そのものを乗り越えた自分が驚異的な速度で成長していくことも強ち不自然ではない。
「あら。またトレーニング?貴方に勝てるような存在なんていないと思うけど?」
サイコスの言葉に曖昧に笑みを返したシンラにサイコスと共に来たリリーがタオルを持って駆け寄る。
「シンラ様っ。タオルです!」
「ああ。ありがとうリリー。…汗臭いぞ」
「えへへ。いいんです。私シンラ様の匂い好きなので」
シンラに抱きついたリリーが流れる汗も気にせずに唇を差し出す。身長差からシンラはリリーを片手で持ち上げて唇を重ねた。
チュ♡、と唇を合わせ、突き出した舌同士をレロレロと絡ませ合わせる。クチャクチャとお互いの唾液が循環し、交換し終えた液をゴクリと飲み込む。
「…いいかしら?」
呆れた風にサイコスが言い、シンラがピトリと寄り添っているリリーの頭を撫でながら和やかに頷く。
「ああ。…それで、何か報告か?」
「ええ。回復したS級ヒーローたちを含めて残ってるヒーローの殆どがこのシェルターの入り口付近に集まっているわ。どうやらヒーロー協会はよほど焦ってるみたいね」
その報告を聞いたシンラは外に配置してあるサイコスの肉人形に埋め込んだ目玉と視覚を共有し、外の景色を見る。
三人の弟子たちを引き連れたアトミック侍。怪我はまだ完治していないのか眼帯をして服の隙間からは包帯が見えている。並ぶように超合金クロビカリ、豚神、駆動騎士のS級が三人。他にも下位ヒーローを多く連れており人数を見るに彼らが主力だろう。
「いないS級はシルバーファングと閃光のフラッシュ、鬼サイボーグ…そしてキングとブラストか」
瞬間、視覚共有をしていた肉人形が弾け、無数の目玉になり、全ての街を見渡し始める。そして、残りの敵たちの姿を視界に収めた。番犬マンもいないが、彼は既にこの戦いから外れているので除外する。
シルバーファングはヒーロー狩りこと元弟子のガロウを追っているようだ。フラッシュは前回と同じく地下通路を進んでいる。鬼サイボーグことジェノスはやはりZ市の廃ビルの屋上にてハゲ頭の輝く最強のヒーローと共にいた。
パチリと目を開いたシンラの前に白衣を着た老人、メタルナイトことボフォイ博士とボロボロのジャージ姿の中年の男、ホームレス帝が現れる。
「GXの修理が終わったのでな。最後の掃除をするのだろう?」
「助かるよボフォイ。君が偽の情報を与えてくれたお陰で楽に済みそうだ」
「礼と言うなら…駆動騎士は私に寄越してくれないか?多少壊れていても構わない」
「それぐらいなら全然いいさ」
「感謝する」
無表情のままどこか楽しげに去ったボフォイの横から傷一つないロボット『戦鬼神GX』がガシャンと現れ、命令を待つように膝跨いだ。
「ホームレス帝。君にも敵主力の処理を頼みたい」
「御意…!」
「うん。お願いね」
忠実な部下たちに雑事を任せたシンラは、飢えた狼のように地下シェルターに侵入した一人の青年の処理へと向かった。
シンラを見送ったホームレス帝が掌から光り輝く球体を出し、背後にいた者たちを照らす。巨大な口と歯のみを持つ生物、アメーバのように軟質な水の身体を持つ怪物、カブトムシを連想させるフォルムの超生物、同じく蚊をモチーフにしたような美しい女怪人、鳥をスタイリッシュにさせたような着ぐるみに身を包む変態、数メートルを超える巨体の最強の犬。
「行くぞ、我々の世界のために」
ホームレス帝も含めて全員が災害レベル『竜』に位置する怪物たちが歩き出した。
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ホームレス帝の引き連れた軍団がシェルターの入り口に集まったヒーローたちと接触した頃、ガロウは突然現れたシンラからの攻撃を必死に捌いていた。
シンラの身体から生やせる触手は自由自在に動かせ、遠隔起動も可能であり、ノーモーションで繰り出される鋼鉄も砕く無数の触手がガロウへと襲い掛かる。
360度全方位から向かってくる触手を流水のように動き、拳や手刀、足で迎撃するガロウ。
「チィッ!!」
並のヒーローなら数秒でミンチになるであろう猛攻を捌き、鬼気迫る表情の中には逆境を楽しんでいる節も垣間見え、現在進行形で強くなっているガロウは間違いなく天才であり強者の部類に入る存在だろう。
このまま成長していけばどんなヒーローをも叩き潰す最強の悪役になっていたかもしれない。
「…ふぁ。…うんうん。もういいかな」
「ア"ァ!?余裕ぶっこきやがって…!その二枚目ヅラ、三枚におろしてやるよっ!」
「可愛い弟子がいるからね。武道家の動き、一応見てみたかっただけだよ」
しかし、シンラはそんなこと認めない。どんな過去があろうとどんな理由があろうと、自身に歯向かう悪は根絶やしにすると決めている。
「っ!?ガッ…!!」
シンラが態とワンパターンにしていた触手の動作を変え、ガロウの不意を突き腹に重い一撃を食らわせる。
「飽く迄も人間相手を前提とした武術じゃやりづらいかな?」
怯んだガロウに追撃が迫る。ガロウが繰り出す武器は両手両足合わせて4本。しかし向かってくる触手は数百本。ガロウはなんとか急所のみをガードするが、そもそも逃げ道がなく、このままでは嬲り殺しにされるだけである。
「チィ……ッッ!!!!グアァ"ァ"ッ!!…目がッ、!」
一か八かの強行突破を考えた瞬間、眼前を通った触手の側面から鋭く小さな触手が飛び出し、ガロウの眼球に突き刺さった。激痛と共に片目が闇に包まれ、死角となった左側から頬を殴り飛ばされ、壁へと激突する。
「グ…ガァァ……!!」
「もう休め。せめて来世での幸せを祈るよ」
触手に全ての手足を拘束され、シンラがガロウの心臓に指を向ける。神の力と超能力、怪人の特殊能力を合わせた殺人光線だ。
ピピピピ、と光が収束し、トドメの一撃が放たれるその瞬間。
『流水岩砕拳』
『旋風鉄斬拳』
二つの影がシンラの触手を砕き、或いは切り裂き、磔になっていたガロウを救い出した。
「ああ。見てないと思ったら、悪党になっても弟子は可愛いんだね。シルバーファング」
見た目は平凡な老人だが、その覇気は衰えを知らない獣のそれ。S級ヒーローであるシルバーファングがそこに立っていた。隣には似た雰囲気の老人が立っている。同様の気迫からこちらもシルバーファングと同等の強さだろうことが分かる。
「ジ、ジジ…イ……!!」
「久しぶりじゃのう。ガロウ…説教は後じゃ。そこで寝ておけ」
「こいつが怪人か?変なもん生えてるが、見た目は人間だな」
「油断すんなよお兄ちゃん。前見た時よりとんでもねー圧を感じる」
シルバーファングことバングとその実兄のボンブが構えを取り、シンラへと相対する。武道家の頂点であると言っても過言ではない二人がシンラに殴りかかるのと、地面を砕き飛び出した巨大ムカデがガロウを連れ去るのは同時のことだった。
「ガロウッ!」
「アホッ、余所見すんなっ!」
一瞬身体を止めてしまったバングが触手に殴り飛ばされ、廃ビルへと突っ込む。ガロウが連れ去られたこともバングが吹き飛ばされたことにも気を取られずにシンラから目を離さないボンブは流石だろう。
「ずりゃぁぁ!!」
ガロウよりも練度は確実に上であろう武術がシンラへと降り注ぐ。かまいたちのような連撃をスイスイ避けるシンラに瓦礫から飛び出したバングの猛攻が追加されるが、涼しげな顔でそれら全てを受け流す。
「…まじかよ。自信無くすぜ…」
時間にして数秒だが、達人にとってそれは数時間に匹敵する。バングとボンブは自身らの猛攻を軽くいなしたシンラに気圧される。
「ああ…ダメだな。今のことに集中しないと…苦戦しようのない全能感がこんなにも心を冷めさせるなんて…彼もこんな気持ちだったのか…」
シンラはリミッターを壊し最強のヒーローと同じ土俵に立ったことでサイタマの苦悩を真に理解した。シンラのように狂気的なまでに世界平和を望んでいなければ戦いの全てがつまらなく感じてしまうだろう。
「なんだ?考え事とは余裕じゃねぇの」
「うん。悪かった…早く終わらせるために…本気でいこう」
力の差はあれど、技の差は逆だ。シンラは触手を体内に戻すと軽く構えを取り、バングの懐へと飛び込んだ。
「ぬっ!甘いっ!!」
「気は進まねぇが挟み込むぞっ!!」
バングとボンブに挟み込まれる形になったシンラが、その体に次々と打撃を受ける。しかし全く堪えた様子もなく二人の武道家の動きを観察し、自らの型へと当てはめていく。前世でも格闘技自体は会得していたシンラだが、この世界からすればそれはただのお遊びレベルだった。
ただ、今ならばこの世界のトップレベルの武術すらお遊びになるほどの最強の武術を創造できる土台をシンラはすでに持っている。数多の生命を取り込み、精神の破壊と再生を繰り返した今のシンラならば数度打ち合えばどんな達人の拳法すらもコピーして更に上の武術にまで創り変えることができるのだ。
(何ということじゃ!ワシらの武術を模倣…否!取り込んでおる!!)
危険すぎるが故に封印した『爆心解放拳』を使っても尚、シンラには通用しなかった。
「おおお…これは凄いなぁ。常に最良の動きが脳内で更新されていく。きっと彼も本気で武術を学ぼうと思えばどんな武術でも覚えられるんだろうね」
「ゼェ…!ゼェ…!…ぐっ!バング!」
脂汗を滲ませ、息を切らしたバングとボンブが同時に退がり、二人の武術を合わせた奥義を繰り出そうとする…
『旋風…』
『流水…』
『交牙っ…『交牙竜殺拳』…っ!?』
直前、シンラが神がかった予測と模倣で見たこともないはずの二人の奥義を先出しした。より洗練され威力も桁違いのそれを見た二人の達人はそれを受ければ必死であることを直感したが、回避は間に合わない。
「…へぇ」
死を覚悟したバングとボンブは果たして生き残った。避けた訳でも耐えた訳でもなく、第三者の介入により、シンラの放った攻撃がその場から消滅したからである。
「ここで来るんだ。てっきり逃げ出したものかと思ってたよ」
「…この気配。ヤツに魅入られたのだな。今からでも遅くない。その力を手放せ」
「俺の何を知っているんだか。さっきのはワープゲートってやつかな?驚いたけど一度見たらもう理解したよ」
シンラが手をかざして亜空間ゲートを創り出す。拳法だけでは無く、特殊な能力すら今のシンラでは簡単にコピーが可能となっている。
「『いざという時に誰かが助けてくれると思ってはいけない』…だったか?」
「っ…その言葉は…」
「俺の可愛い仲間が教えてくれたんだけど…その言葉が本当ならば何故ヒーローなんてやってるんだ?矛盾してないかい?」
「…大きすぎる力を持つ者の心得だ。強大な力を持つものにはそれ相応の責任が伴う」
「傲慢だなぁ。流石は偽物トップヒーロー。強者のことも弱者のことも何も考えていない。自分の都合しか見ていないんだな」
シンラの前に立つ男がワープゲートを生み出してバングとボンブを避難させるが、シンラは興味もないように一瞥もせず目の前の男を睨みつける。アーマードスーツにマント、サングラスをした男が両拳を合わせ、シンラが上体を弓のように引き絞り青筋の走った拳を目の前の男へと突き出した。
「人々の支えになれない偶像は俺の世界には必要ない!責任を果たすというのなら…その身をもって償え!ブラスト!!」
エッチシーンなくてごめんね。次はあるかも。