水面にちりばめられた月光の欠片。仄かに照らされる緑。
「はぁ……、リア、リアぁ、っん」
ちりばめられた光が差すのはそれだけではない。水と、水色、黒。
「リア、ぼくもう……、っあ!」
そして空に向かって放出された、白。
その日、そこにいた一匹のインテレオンっは自らの性器を刺激していた。あたりには誰もいないし、何の気配もない。ただ闇と弱い光のはざまで、地と水場のはざまで自らをなぐさめている。一度荒らげた呼吸を惰性で吐き出し、吸い込み、しんみりと冷ややかな夜の冷気を肺に送り込む。
「ねえ、今から行ってもいいかな?」
月に向けられた言葉は返されることはなかった。しかしその方が好都合だ。答えの開示に恐怖もこびりついていた彼には、答えがないほうが安心できる。
時間をあまりかけず、そのインテレオンは決断をした。まだ若干震えの残る足に力を込めて。
◆
「リア?……ぁっ」
「何だ」
「ご、ごめん、ちょっと外に出るね」
「はぁ、おい! 何だいきなり来て出ていくな!」
そうはいったものの、リアと呼ばれたルカリオは、寝ぼけまなこがが醒めぬうちにいなくなった訪問者を追う気力もない。そしてあわただしい訪問者はというと――
「はあああ、あんなリアの汗が充満した空間! 耐えられないよ……、えへへぇ」
木陰で悦に入っていた。リアがついてこられないくらいの距離をおいて、一息。まだ、思いを寄せる彼のにおいを吸い込んだ興奮がおさまらないようだ。だが、こうしているうちに見つけに来られるかもしれない。そんなことは無いと思いながらも、レオンはこのままだと自分が奇妙な行動をしただけということもわかっていたので、いそいそと来た道をもどった。
「あのー、ごめんね」
「説明してくれ」
「その、ちょっとさびしくなっちゃって」
息をするたびに鼻腔を刺激するリアのにおい。おそらく、今日もとことん身体を使役して、水浴びをしないで眠りにつこうとしていたのだ。余計なことを考えないようにしたいのに、レオンの頭と肺は、もう彼のことでいっぱいだった。
「……夜に来るなんて、いいのか? いつものどが渇いたとうるさいのに」
「お願い! 今日はここで寝たい。……そのきのみ食べていい?」
「ダメだ。俺はもう寝るからな」
「ええ……、ぼく寂しいからきたんだよ」
枯れ草が敷き詰められたふかふかそうな寝床には強烈な催眠効果があるらしく、いつもはいやいやながらも絶対構ってくれるリアが、何をしてくれるわけでもなく目を閉じてしまった。リア、リアと揺さぶって起こしてみるも、三回に一回うなり、五回に一回手をつかんでくるだけだった。
「どうすればいいっていうの」
来客であるはずのレオンだが、今は予想外の事態に苛立ちすら芽生えた。もっとも、それは何かに危害を加えるような激しいものではなく、ひょいとちょっかいを出せばすぐに解消するような甘いものだった。
◆
「んむぅ……」
こんなに全てが静まりかえるような深い夜に、レオンは未だ眠れていなかった。恋をした相手の住処だ。あいもかわらずにおいも充満しているし、なによりそのお相手が目の前にいる。しかも寝ている。
何もしないのが、今後の友好関係にとって最善だと分かっているが、それでもどうしても、何か一つリアが寝ながら行動をとる度に、レオンは劣情を煮えたぎらさざるを得ないのだ。
(えっ! ちょっと、もう少しそっち寄って近いって)
(あ、リア、胎児みたいに丸まって眠るんだ……意外とかわいい)
(わ、そ、そんな)
そしてついに目にしてしまった、彼の「それ」。普段は毛におおわれていて見ることすら許されなかった「それ」。そう、性器だった。
よほど楽しい夢を見ているのか、平常時より明らかに大きく膨らみ、天を仰ぐ一歩手前だ。
試しに息を吹きかけるレオン。リアはまだ反応しない。じゃあこれはどうだと言わんばかりに先端に触れると、当然の事ながらピクリと反応する性器。自分のした事なのに驚くレオン。彼は今、このまま欲に流されて触ってしまうか、それとも今後の関係のために潔く引くかを天秤にかけている。
しかし結果は見えていた。やるにせよやらぬにせよ、既に劣情を抱いたことは事実。どうせこの先もずっと下心を抱きながら接するのなら、もう勢いに任せるほか道はない。
腰に手を当てる。ふわふわの粉雪に手を沈めたかのような体毛の感覚。それだけで心が躍る。においをかいでみる。ああ、こんなにかぐわしいものなんだ。嫌じゃない、それどころか、自分まで興奮してくる。レオンの顔が、そう物語っていた。
「ずるい、こんなの。……ねえリア、君が悪いんだよ? いくら自分の住みかだからって、ぼくの前で、こんな」
そこからは言葉が出ない。もう出せない。レオンの舌は、無意識のうちに口を出て、リアの性器を目指していたからだ。そしてひとなめ。絶対に起こさないように、細心の注意を払って。触れるか触れないかの距離を保ちつつ、同時にその風味を堪能する。味蕾にふれるほのかな塩味も、彼にとっては特別で強烈な刺激だ。
表面の塩味をなめとっていく。次第に鈍い赤がてらてらと輝いてくるさまが、ますます発情を促していった。レオンの頭には今、何が残っているのだろう。我を忘れ、リアが起きることなどいざ知らず、次第になめる速度や強さは強まっていった。
「もうダメ、食べたい」
口で息をすれば熱い吐息。かと言って鼻呼吸をしてなお鼻息すら荒く熱い。最早このままではいられなかった。本格的な発情がはじまり、レオンの性器もスリットの内壁を押しのけて空に触れる。心臓が鐘のように鳴り響き、血流が全身を飛び交う。視野が穴のように狭まる。耐えられるだろうか、目の前にはリアの一物だけ。違う、耐えるなどはなから論外。まどろっこしいことは、無し。秩序無し。
「ん、っジュル、りぁン、グ、おいひい、よ」
リアが起きるかもしれないという危険を一切無視して、下品に水音をたてているのは、ほかならぬレオン。自分がこんな大胆なことをしてしまうほどに興奮しているという事実が、また、さらに彼の興奮を駆り立てていく。何がこうまでさせるのか、何のためにこんなことをしているのか、そんなことはどうでもよかったのだ。この瞬間を味わえれば、それでいい。
「んあ、っぐ……れぅ、りあ、ジュグ」
舌は、味わうための器官ではない。じゅくじゅくと唾液と分泌しながら性器を刺激するためにある。
鼻は、そのいやらしく、蠱惑的なにおいを感じて興奮を高める。
目は、ここでは必要なかった。ふわふわの体毛なら手と唇が「見て」くれるし、何より状況はすべて口が「把握」している。だから、リアの亀頭球が急速に膨らんでいっていることも、レオンには手に取るようにわかる。そしてそれが射精の合図だということも――
どくどく、ひくひく。
口の中でなんど痙攣すれば気が済むんだろう。その度に精液の濃い風味が鼻の奥を叩く。頭を真っ白にして――なんて幸せなんだ、そんな風にレオンがもごもごとつぶやいた。
「んぐ、ごちそうさま……。りあー、美味しかったよ」
口内にこびりつく精液、リアの子種を勢いよく飲み込んだ。ごくりといい音がした。余計な心配をしないように、自分も眠りにつくまで「正気」に戻ってほしくはなかった。だからもう一度、リアの性器に口づけをして、さらに事後のお掃除。名残惜しそうに口を離した途端、レオンはぱたりと倒れ、眠りについた。
◆
むくりと起きたリア。体にはどんよりとしたけだるさがのしかかっていた。頭を振り、起きようと上半身を起こす。右足が重い。レオンが寝ながら両足で挟んでいるせいだった。ゆすって起こそうとするが、ふと、そうしないでおこうという気持ちが勝った。レオンは寂しかったのだろう、それくらい彼にもわかる。もしかしたら、ではなく、きっと。自分の過去と照らし合わせると、どうしてもつっけんどんな態度をとることはできない。
レオンはその昔、トレーナーのもとにいた。外の世界を知らず、ただ主人を喜ばせ、ニンゲンに愛想をふりまく、それが彼のすべてだった。だが、彼はある日この森に放された。彼にとってのすべては一瞬のうちに消し去られ、かわりにその何千倍もの危険と選択肢がのしかかる。
言葉では言い表せないほどの喪失感は、ただ泣いて発散するしかなかった。その姿に心打たれてリアの心に情けが生まれたわけではなかったのだが、しかし今となっては、どうしてもレオンの困った姿を見たくないのだ。悲哀の波動は、ためておけない。出来ればずっと笑っていてほしい。そのために守りたい。
「リア?」
「起きたのか」
「これって」
レオンは起き抜けだというのにすぐ顔をほおずき色に染める。自身がリアに軽く抱擁されていることに気づいたのだ。口を動かすも声は出ず、パクパクしている。
いつもは見ることができないレオンの反応が、リアにはただただ新鮮で、もっと見たいとも思った。だが、(波を感じなくとも)相手の気持ちを考えられないほど彼も腐ってはいない。レオンを放してやる。
「俺は出かけてくる。いつもの特訓はかかせないからな。ついでに何か食べてくる。お前は? レオン」
「えっと……、じゃあ、今夜もここに来てもいい?」
「水の問題は大丈夫なのか?」
「平気平気! 何か容器みたいなのに水ためればいいんじゃないかな」
「まあ好きにしてくれ」
インテレオン種は本来水辺に生息するポケモンだ。もちろん陸上でも生きてはいけるものの、安定した生命維持や身体機能向上のためには一般的なポケモンよりも水分を多く要する。対してルカリオは、訳アリで水辺を嫌っていた。だから必然的に、今の今まで二人の接点は少ないままだったのだ。それゆえに、レオンが昨夜リアの家に押し掛けたというのは、彼にとってはかなりの痛手だったのだが……。
「うん、いってらっしゃーい」
なぜか上機嫌で気分もすこぶる良いレオンは、まるで家を守るつがいの一人のように輝いていた。
◆
「ここか……」
リアは感慨にふけっていた。目を閉じて、まっくら。その瞼の裏に映る夕日は、儚げだがしっかりとした安定感があった。そんな記憶の残り香を楽しんでいた。
ここだ。ここに、まだメッソンの姿のレオンがいたのだ。なんてことない獣道で、「弱肉強食」など日常茶飯なこの場所、ここで彼の未来が形作られた。
記憶にいる、リオルだった頃のリアが見かけたのは、「強者」カイリューに目を付けられたレオン。弱者と強者、この二者が場を共有したら、その先二つの分岐がある。一つは弱者の死。もう一つは強者が見過ごす、というもの。しかしあろうことかこのカイリューはその例に漏れ、あり得るはずのない第三の分岐「手助けをする」という選択をしたのだった。当時の彼の思考回路では理解不能の行動であり、その頃より知恵も増えた今ではさらに理解不能だ。 世界の虫から塵にいたるまで、泣きべそをかく彼に、カイリューが手を差し伸べるなど誰が想像できただろうか。
リアは、当時からその理由を探りたかったの。なぜ、カイリューがメッソンを? あの小さなメッソンがどんな力を持っていたというのか。自分がその小さくも濃厚な物語の環に入れないのは何が原因なのか。彼らは弱者や強者といった枠組みを超越した存在なのか。リアの頭の中で思考が右往左往した。
そしてもっとも罪深いことは――
「くだらない。すでにレオンは親友だ。出会いの理由がどうであれ」
意識の奥に引きずり込まれつつあった自我を、特訓に向ける。
木に当たるすれすれで拳を止め、その精度を確かめる。まだ、距離詰めが甘い。来る日も来る日も木の皮と対面して、ようやく培った技術もこの程度なのか? 潰してきた時間の重みと感覚を疑いたくなる。なら力ではどうだ。掌底を、波動の力と共にぶつけていく。六発。木が折れるまでに六発必要だ。これもいつもと変りない。果たして、この鍛錬は意味のあるものなのか。堂々巡りが自己嫌悪を呼びつづけた。
◆
空がうっすら橙色に染まるまで行われていた作業は、レオンがリアの住まいでも一晩あかせるようにと彼が考えた「策」だった。大きな木材をくり抜いて出来た歪な器に水を貯めておくという、それはそれは酷く単純なもの。とはいえ、いくら単純なものだとしても、彼は「無」から「有」を作り出したのだ。それに、夜の間だけではあるが、リアとの同居が約束されたようなもの。レオンは自慢の大きな手で自身の頭を撫でていた。
自然とあくびが出て体をのばしたくなる。そうして半日ほど使い続けた手と頭脳と自分をいたわっていると、後ろから声を掛けられた
「リア、どうしたの」
「まあ、言いたいことがある」
「いいたいこと?」
そう言うリアの声色は、すこしばかり濁っていた。
「俺はずっと、己の強さにこだわってきた。そしてこれからも。……その理由、話しておこうと」
無理しなくていいんだよ、とレオンが心配するが、リアは聞かなかった。明らかに様子が違うのは彼の視線から見て取れる。なんだか姿勢も頼りない。
「俺のご主人様は、まさにこういう”何でもそろった森”の近くに家を建ててた。そこで二人で、いろんなことをして楽しんだ。いつもお腹いっぱいというわけじゃあないが、でも充実していた」
「その、もしかして……」
物事には必ず陰と陽・オモテとウラがあることは、レオンも知っていた。だから、この先に彼が何か不幸を語るという予測がいやおうなしに立ってしまった。
だが、リアの口は開かない。もしかして、あと一歩のところで言葉が首につっかえてしまっているのだろうか。レオンはその顔を見る代わりに、水面と地面の境目に手をやる。水はひやりとしていた。
「そんなふうに、ご主人様も」
「え」
思わず手を引っ込める。
「外で散歩中、痛手を負った。何でもないやつらに襲われて。その傷を水で洗ったが、ご主人様いわく、それが失敗だった、と」
あとは容易に想像がついた。どう話を進めても、リアのご主人はこの世を去っている。どう返そうか、会話の経験不足があだとなって傷つけることだけは避けたい。
「リア、えっと、とりあえずその、ぼくに話してくれて、ありがとう。」
彼は軽くうなずいた。
「悲しいか?」
「いや……、寂しい、かな。リアどうしちゃったの? ぼく、リアが元気なさそうなの、久しぶりに見た。何かあったら」
「いや、すまない……。ああ、レオンのヒレ、よく見るときれいな切れ込みがあるんだな」
リアには、レオンに対する負い目があった。レオンには、リアのように相手の「心」を感じることはできないが、それでも言動がおぼつかないことなどから、彼の不調具合は相当だとわかる。ゆっくりと、隣にあったリアの手に触れる。ピクリと、動揺したのがわかる。
「まだ何かあるでしょ? 嫌じゃなかったら、ぼくに話してみて」
ずりずりと徐々に距離を詰めて、ついにリアとレオンとの距離はゼロになった。さわさわ柔らかい体毛と、きめ細かな肌がくっつく。
「それは」
カイリューの名を出そうとするが、どうしても首につっかえてしまう。怖いのだろうか、レオンとの友情をなくすのが。レオンとずっと一緒にいる理由が、彼がなぜあの時助けられていたのかを解明することだったのか、否か。それを否定したいのに、実際今のリアには絶対の肯定も否定もできない。わからないのだ。決定的に、レオンを「大切な存在」として信じているという実感がない。たじろぐしかない。
リアは今まで鍛えてきた己の強さというのが、まったく心の強さとかみ合ってないことを理解した。
「できない? ならさ、ぼくたち、もっと距離を縮めておくほうがいいんじゃない?」
「距離か」
レオンの頬が赤らんだことから察するに、ようは同衾しようとでもいいたいのだ。リアは、レオンにもその気があったことに少々目を見張ったが、良い案だと思った。念のため、思ってることが正しいかの確認をとってみる。
「昨日の夜、みたいなことか?」
「え!!!」
両手で顔を覆い隠して、尻尾も体をくるくると巻いた。ああ、そういうことなんだなと、リアは確信した。