※この作品はR-18です。

涙と仮面   作:映陸沙汀

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エピソードⅡ

 

 

 ◆

 

 

「リア、ねえ、ほんとに、ほんとににいいの?」

「ああ」

 

 緊張の糸がピンとはって、呼吸も荒くなっている。互いの息遣いと地面を擦ったり、触れ合ったりするときに出る音以外は何も聞こえなかった。もうすぐ鼓動まで聞こえてきそうだ。

 

「ありがと……、きて」

 

 リアが、胸のトゲに気を付けながらレオンの細い体にのしかかる。今まで感じることのなかった感覚に、どちらも気の抜けた声を上げてしまう。リアはそのまま手をレオンの体に滑らせ、胸を撫でた。レオンの体がかあと急速に熱を帯びたから、少なからず感じているのだと認識できた。

 ただ、ここからどうすればいいのかが、リアにはわからなかった。とりあえず優しくなでた、それだけだ。少しの間、そうして悩みながらレオンの胸を見つめていると、股間に妙な接触があることに気づく。レオンは交尾の準備を終えていた。

 

「恥ずかしいな……、ぼくの、見るの初めてだよね、驚かないで?」

 

 いったんレオンの上からどいて確認すると、なぜ彼が念押ししたかの理由がそこにあった。性器が二股に分かれている。どちらもぬらぬらと妖艶な輝きを有していて、かつ凹凸のない完璧な流線型。体型がすらっとしていれば、ここもすらりと細長いのか、シンクロ具合に少し笑いをこぼしたリアだったが、不思議と嫌悪感は生まれてこなかった。レオンも、その感情を理解してくれたようだ。

 リアが触れると、強い刺激でもないのに体全体がはねる。

 

「どっちが気持ちいとか、あるのか」

 

 レオンは首を横にふりふり。どちらも気持ちいい、ひいてはどちらも触ってほしいということなのだろうか。もう一度、今度は彼の股の少し下に座るようにしてまたがるリア。この体勢で、両手の肉球を使った。

 一緒にいて安心する相手・ずっと一緒にいたい相手と距離を捨てて、溶けている感覚。レオンの感じる甘くしびれるような快感を、リアも波動でいくらか共有していた。予想に反して甘かった。知らない快感だった。

 

「ね、リアも、んぅ、喘いでるね……、ぼくの愛、わかってくれた?」

「わからないなんて、はなからいってない、だろ」

 

 リアの受け取る快感がより強くなっていた。それはそうだ。リアが自ら刺激を強めているのだから。レオンのとろけた嬌声に心を掴まれていた。

 

「んっ! えぅ、ぼくもう」

 

 言い終わる前にレオンは絶頂した。しっぽの先までピンとこわばらせて、ふるふると。

 華やかな快感も、射精の爽快感も、リアは少しずつ享受したはずなのに、今まで味わったどんな快感よりも余韻が長い。睡魔に似た誘惑が意識を溶かす。瞼が重くなるというより、頭の中から、どんどんと体全体の重力が増していくような。

 そして

 

「いれていいよね」

 

 リアが半目開きで「気付く」と、もうレオンに馬乗りされていた。

 

「んんっ……、あ」

 

 リアの頭の処理が追いつかない。レオンと触れあって、彼の射精に共鳴して、それからーー、思い出すのも、それを整理するために頭を働かせることももちろんできない。今、その瞬間をありのまま理解するのなら、レオンが、リアの性器を自分の肛門に入れようとしている、それがすべて。

 

「んぁ!」

「え、いれ、たのか」

 

 レオンはまた顔を赤らめながらも、長い舌を妖艶に空気にさらした。いやそれより……、リアは、接合部に目をやる。入ってる。絶対に入ってる。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 状況がまとまって理解できてくると、今度は途端に鼓動が早くなって、体もおかしいくらい熱くなった。レオン以上に顔が赤いかもしれない。そんな彼はと言うと、荒い呼吸でリアを見つめるだけでなく、じっくりと腰をくねらせていた。まだ、すこしでもいいから待ってほしい、そういうわけで手を使ってやめてくれと表現すると、レオンはリアの手を地面に押し付けた。手首を返し、磔。力でいえば、抵抗など容易いことだろうが、概念的なところでは、抵抗のしようがない。

 

「レオン」

 

 今度は足を、彼自慢の太いしっぽで巻かれた。完全にレオンのペースだ。突然、恐怖も芽生えてきた。しかし一方では、やり場のない高揚感が波動で感じ取れた。レオンとつながりたい。リアとつながりたい……? 互いにつながり合いたい。自我の境界をメチャクチャにして、二つを一つにしていきたい。魅惑の舞踏は、もう始まっていた。

 

 あう、ん! っく……、あぁ、っふ、はあ、むぅ!

 ぐじゅ、ぐじゅ、じゅぶ、じゅぶ、ちゅっちゅ!

 

 すべての音が一緒に聞えてくるような感覚に、耳が犯されて、耳を頼りにした想像で脳が犯されて、その感覚が体を犯した。ほら今まさに、リアの性器がレオンの中を蹂躙してる。挿入に引出、興奮を煽るような音波に負けじと、熟した泡が可憐にキラキラと。

 レオンはさらに大胆に、上半身を倒して口元をリアの耳につけた。遠い、近いといった概念の無い吐息が鼓膜を直に震わせて、耳は動き回る舌に覆われた。もちろん腰の動きも衰えを知らず、依然リアの精を搾りとるのに必死だった。胸のトゲに触れずに下と上を同時に責める――レオンの細い上半身がそんなことを可能にしていた。

 

「レオン……! 待て、でる、っでる!」

 

 快感とレオンの煮えたぎった気持ちを畳み掛けられて、リアはいつの間にか限界を迎えることになった。

 

「いいよぉ、リア、きて」

「い、いやちがう、おれの……は」

 

 ばちゅん! ひときわ大きな衝撃がリアの腰に響いた。ふさふさモフモフの体毛が、レオンの臀部を弱く刺激した。二人の共有感覚が逃れられない絶頂を呼ぶ。

 

「りあぁ……!」

 

 レオンはもはや正気ではないのかもしれない。だらりと長い舌を口からこぼしている。その目も表情も、何もかもふやけていた。

 

「ばかっ……、はやく、抜け」

 

 受精という特別な感覚にふやけたレオンにはもう何も届かない。リアの忠告も理解できるはずがなかった。二人の意識が快感で濁っていくと、束の間程よい静寂に包まれた。そんな中で、まるで気を遣わなかったのが、リアの脈打ちはじめたそれ。音は出さずとも、根元が急激に膨らんでいく。彼はこのことを言いたかったのだ。

 ルカリオ種は交尾による受精をより確実なものとするため、射精の開始と同時に陰茎の根元を急速に膨張させて「蓋」をしてしまう。生存戦略としては上出来だが、受け側の負担は大きい。

 

「いいい痛い!??」

「ばか……」

 

 夢うつつの境目から一気に連れ戻されたレオンは一瞬だけ苦悶の表情を露わにしたが、すぐ冷ややかな顔つきに戻っていた。彼にとっては予想外であり、なおかつ不快なことだろうに、どうして平気そうなのだろうか。心配したリアが大丈夫かと問うが、むしろ不測の事態を楽しんでいるようにまで思える言葉が返ってきた。

 

「痛いけど、それも、いいんだよ」

 

 レオンは、不安そうに頭をなでてくれていたリアに笑みを向けると、ゆっくり顔と顔を近づけた。触れあったのは、口の先。子種を体内に出されているのもあいまっておさまることを知らない興奮が、言葉になる前の音を双方の口先からこぼす。皮膚を触れ合わせて、吐息を細やかな風として受け取り、舌先をじゃれつかせる。体系化された知識ではなく、むしろ本能で、どうするべきかがわかるのだ。

 

「やっぱり、間違ってなかったよ、ぼく」

「ん……、何が」

「ぼく、リアが好き。大好き」

 

 普通であれば重いその言葉も、今のリアにはつっかえることなく浸透していった。驚きがあったのも事実だが、体も心も、それはそうだろうと言わんばかりにレオンを求めた。

 レオンは、また器用に体をくねらせて、リアのトゲを避けながら抱擁した。

 

「じゃあ……、これ、一回ふくらんだらしばらくは抜けないが、それでもいいのか」

「もとはといえばぼくの勉強不足だよ。それに、繋がっていられる時間って、ほんと幸せだから」

 

 いまとっても幸せ。耳元で囁いた。

 ならよかったと、返してやった。

 

「だから、誰にも邪魔されないで密着できてる今、やっておきたいことがあって」

 

 レオンは昼間作っておいた容器を手繰り寄せ、そこに入った水を飲み干した。

 

「ね、ぼくはリアが好き。リアは、ぼくのこと、どうなの」

「わからない、なんて言えばいいのか」

「じゃあ確かめさせて?」

 

 じっとりと、長い舌で耳をなめたかと思うと、レオンは次にリアの胸に手をやった。トゲに触れて、そして同じ姿勢のまま指先から水を噴射させた。岩をも砕き、鋼をも削る強烈な水圧をトゲに向けて噴射したのだ。

 

「リアのここ、固くてとがってて、正面から抱き着けなくてさ。だから、ぼくの体にだけ合わせて削ってもいいよね? ぼくはこれからずっと一緒にいたい。リアを、ぼくのものにしたいんだ!」

 

 二人はもう一度熱い口づけをした。リアのトゲがみるみるうちに削れていく。当の本人は、ほとばしる水の音の中、情熱を受け取ることに専念している。ということは、彼は、明言はせずともレオンを受け入れたということになるのだろうか。

 何はともあれレオンがそれ以上問うことはなかったし、リアもそれ以上一切を口にしなかった。水の音がやむまでは、ただの一言も。

 

「どう」

 

 改めて尋ねてみると、その答えは強い抱擁として帰ってきた。窒息しそうだった。物理的にも、精神的にもひっ迫していた。幸せ、苦しい、でも、何か……、レオンの中で何かが壊れていった。 

 明らかに、リアの力強い圧迫は嫌じゃない、むしろ心地よい。じゃあ。

 そこで、レオンはようやく気付いた。自分はリアに、なんてことをしてしまったのだと。激情に貫かれてやったことは、ただリアに自分の汚い欲望をぶつけただけ。ただ、リアを傷付けただけ。ただ――

 ただ、今は涙がぽろぽろと堕ちていた。

 

 

 ◆

 

 あれからレオンは自分を失ったように取り乱した。いや違う。リアとの行為に及んだあの状態こそ取り乱していた。レオンはリアの両腕に強く抱かれて、正気に戻ったのだ。交尾結合の間はリアからは離れられないのに、必死に距離を置こうとした。当然どちらの局部もひどく痛むが、レオンが聞く耳を持たないのだから止めようがなかった。

 そうこうしているうちに亀頭球が小さくなり二人がほどけると、レオンは仰向けに倒れて泣きじゃくった。リアには解決策が何も思いつかなかったから、少し距離をつめて添い寝らしきものをした。

 そのようにして夜が明けた今。リアが気持ちを重くして瞼を開けると、レオンの姿がない。急いで住処を飛び出し、波動を巡らせる。後頭部の房がかすかに、レオンの気を感じ取った。勘の働いた方へ走ると、着いたのはレオンの住処の近く、大きな湖。

 

「レオン!」

 

 リアは自分の目を疑いたくなった。レオンは自傷していた。ボロボロになった背中のヒレと生々しい傷がこちらをにらんだ気がして、寒気がする。

 

「何をしてる!」

 

 返事はないが、体に触れても反抗されなかった。理解できないことが多すぎて、かける言葉が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。リアも途方に暮れてしまう。

 レオンが口を開いたのは、随分と後になってからだった。

 

「ごめんねって、最初っからそういえばよかったんだけど、ぼくもう何も考えられなくて」

「それよりこの傷、どういうことだ」

「うん、耐えられなくて。自分が無傷なことが、自分が罰せられてないことが」

 

 リアはレオンの肩をつかみ、揺さぶる。今もまだ、狂ってる。頼むから、そんなことはやめてくれ、正気に戻ってくれ、と。

 

「もし、俺にしたことで悩んでるなら、それはレオンの勝手な思い込みだと信じてくれ。そして、もう自分を傷つけるな!」

「……ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい」

「俺も、レオンのことが、好き、だから」

 

 好きだから、自傷なんてしないでほしい。それを伝えるために、好きという言葉が自然と出ていた。そして、涙も。

 リアは、レオンを心の底から愛していることを、ここでようやく確信できたのだ。

 しばらく、二人とも涙を垂れ流しにしたまま固まった。口も半開きだ。先に動いたルカリオが、リアを繊細な手つきで抱きしめた。愛の証として。

 

「やっと……」

「ああ、俺は、君が好きだ。愛してるんだって、やっとわかった」

 

 泣きながら笑みを浮かべて、リアがそう、伝える。恥ずかしさとときめきからか、レオンは黒く大きな手で顔を隠した。彼らのことを考えれば、当たり前だろう。彼にとっては、まだ片思いの可能性があったリアからの返事も得たし、リアにとっては、好きだと心から感じることができたのだから。

 

「立てるか? とにかく今は休もう」

「ありがとう、リア」

 

 さて、たった今ここで、二人は形式的にも実質的にも結ばれたのだ。涙を見せあうという行為が、二人の「仮面」を壊し、まさしくこれからの関係を作っていくのだと言わんばかりに。

 涙で塗り固められた地に、二人はこれからどのような足跡を付けるのだろうか。

 

 

 

――エピローグ――

 

 

 レオンは、これから来る冬に向けての食料を集めに森を散策していた。そして、いつの間にか、レオンは久しく感じることのなかった気持ちが芽生えたことに気付いた。鼓動が急に早くなる。

 そんなはずはない、そう自制する気持ちはちっぽけで、確認する為にと足が無為にして動く。

 間違いなかった。

 茂みの裏から光るレオンの眼差しは、一人の人間に注がれる。リンリンリン……、身につけているその鈴も、少し猫背な立ち姿も、においも! すべて、レオンがメッソンだったころの主人のものだ。

 ここに放されるまでずっと一緒だった主人。いまでも慕う心は廃れない。けど、どう出ていこう。もし、つっけんどんな対応をされてしまったら……。レオンは逡巡しながらも、リンリンという懐かしい音に近寄らずにはいられない。じっとり距離を詰める。

 

〈やぁ、メゾン!……だよね?〉

 

 気付かれた。ああ、懐かしい声、懐かしい匂い、雰囲気。レオンの錆びれていた思い出が蘇る。背ビレを一瞥した主人は、このインテレオンこそがあのメッソンであることを確信した。

 

〈メゾン、立派になったね。ほんとに、ごめんよ〉

 

 レオンたはあまりに衝撃が強く、何をすることも出来ない。その主人のなすがままだ。メゾン、メゾンと小さな頃の呼び名を聞くと、条件反射からか涙が止まらなかった。余計な心配をさせてはいけない。平常心で対応をしようとするが、目が乾いたのはほんのすこしの間だけだった。

 

「ご、ご主人」

〈いいよ、ほら、来て。してあげられなかったこと、たくさんあるよね〉

「……ご主人!」

 

 あまりに感動的すぎて、涙だけでなく、指先からもじわりと水滴が落ちているのが分かった。ふと、主人に無理をさせてはいけないと思い離れようとしたが、主人のほうがレオンを放さなかった。

 

〈僕の身勝手な事情で、君たちを皆この森に放ってしまったこと、本当に申し訳なく思ってるよ。とりあえず、無事で何より。そして、ごめんね。許してくれとは言わない、でもせめて、気持ちを伝えたかった〉

 

 レオンの身体にも、主人の涙が落ちていった。人間の言葉も、主人の過去も全て完璧にわかるわけではない。それでも主人を信じることはできた。こうしてじっくりと再会ができることが、何よりの証拠だからだ。

 

〈もし、ここになじめないようだったら、僕のところに来るかい? いや、君は……、既にここに愛着と郷愁を感じてるようだね。野暮なことを言って、すまない〉

 

 何度見ても、優しい笑顔だった。いつ見ても。ご主人は優しいのだ。無理矢理連れて行こうなどは思わないらしい。その配慮に、レオンはまた涙した。泣き顔を向けながら、彼は必死に訴える。あなた様には感謝してもしきれない、もう一度一緒に暮らしたいけれど、私はあえてここに残ります、愛する者がいるのです、と。

 

〈うん、ありがとう。メゾンは、いつも僕のことを思ってくれてたね。でも、たまには自分勝手になっても、良いと思うよ。じゃあ〉

 

 自分勝手になる、自分を捨てる? いや違う、自分を適度に主張して、相手に自分をぶつけて行け、と言うこと。常に一歩後ろを歩いてきたレオンにはなれない芸当だったが、せめてもの孝行として、肝に銘じることにした。

 

〈これから、元気でね。また会う時があったら、僕はもっと成長してるから、よろしく!〉

 

 そういうと、主人はカイリューの名を呼んだ。疾風とともに現れたその姿は、当時メッソンだったレオンを助けてくれた、あの救世主に違いなかった。

 

「ご主人……」

 

 そういえば、レオンを過去に世話をしていた個体だと主人が判別するのに使っていたのはヒレの切れ込みだった。そしてレオンは、カイリューの翼にも同じ切れ込みがあることを確認した。

 

「ありがとうございました」

 

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