1:洗礼式
卒論の進捗どうだい?
データはだいたい集まった?
次の期限に間に合いそう?
概ね出揃いましたね。今のところは順調だと思いますよ。
それは
時に、君は吸血鬼の存在を信じるかい?
エリザベートやヴラド公のような実在する人ではなく、ヴァンパイアハンターなんかに狙われるコッテコテの、不老不死でコウモリに変身するような奴を。
たとえばそれが目の前に好きに使える検体としてあったら、君は実験動物としてその吸血鬼を調べてみたいと思うかい?
あー、ロマンありますねーそういうの。
超能力を発揮する人間なのか、人がなんらかの要因で吸血鬼になるのか、それとも人に似た別の生物なのか。
腹かっさばいて克明に記録残してみたいっす。
君はそういう子だもんねえ。前に血を見てると落ち着くって言ってたし。
若い子はぎゃーとか言いながらやる実験動物の解剖は嬉々としてやるし、医学部の死体解剖にも何回も見学をねじ込まさせた上に触りたがる。
おかげで法医学か病理学の方に転科しないのかって誘いもあったのに。
人体もそりゃ興味はありますけど。
言っちゃ悪いかもしれませんけど、もう専門家もデータもいっぱいあるじゃないすか。
そんなのを今更調べてもなーって思うんですよ。
もっと他の、未知の生物調べるほうが絶対楽しいっすよ。
それはそうなんだけどね、それじゃ卒業後に食べていけないでしょ?
君、論文書くのも苦手だし、学会発表も苦手だし、解剖学者として考えても、お金になる研究ってのはやっぱり人間だからね。
調べて調べて、ひたすら探求して、必要とあらばフィールドワークも辞さずって求道の生き方は、現代日本では生き難いよ。
学内政治とか、スポンサーへの頭下げとか、そんなことしてる暇があったら自分の研究したいって思うでしょ?
それこそ寝る間も惜しんで。
まあ、それは否定できないんで、就活どうしようか悩んでるんですよね。
院に進んで後回しにするか、諦めて人間に有益な研究者か教授か大学職員か、漠然とした未来しか思い描けてないです。
でも僕は、今時の子にしては珍しいぐらいの未知への冒険者的バイタリティを買っているんだよ。
でね、そういう子がいるんだよってこの前の学会の時に雑談の流れでぽろっと話したら、ウチに是非話を聞きに来させてくれって強く言ってきたところがあってね。
交通費は向こうが出すって言ってたから、時間作って行ってみたらどうかな?
これこれ、大捷製薬の兵庫支部、
めっちゃデカいとこじゃないっすか。行きますいつでも行きます。連絡お願いします。
それが、俺こと
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翌年の5月下旬。
大捷製薬の新入社員の教育を終え、勤務地は俺に誘いをかけた兵庫支部。
神戸から車に揺られ数時間、着いたのは兵庫の県北、山の中。どこだよここ。
3棟の団地のような建物が三角形を象るように建っていた。
兵庫支部に赴任するにあたって書かされた誓約書がふたつ。
※ 得た情報を外部に漏らさないこと。
※ 研究において生じた精神疾患に対し、当社は一切の責任を負わない。
ひとつ目の誓約書はわかる。研究成果や研究過程の情報の流出を防ぐために当然。
ふたつ目は、なにこれ?である。
パワハラセクハラアルハラ諸々の人間関係や過労における鬱や不眠症などの障害のことかと聞いたが、そちらはこの誓約書では扱わないそう。
純粋に、研究することでメンタルをブレイクされることへの責任を負わないということ。ますますわからない。
しかし書かないといけないからにはと署名した。
「兵庫支部へようこそ、榊場君、十字君。副支部長の
禿頭でそれなりに歳がいっていると思しき聖副支部長だが、その目は歳に見合わぬギラギラとした輝きを放っていた。
今年は2人も、長続き、という言葉にも引っかかる。
「京国大学卒、
「いいところ出たんだねえ。ただ、なんとなく察しはついてるかもしれないけど、兵庫支部は変わった職場だ。学歴よりも適応力の方が大事だから、どこを出たという誇りはなるべく早く捨てることをお勧めするよ」
同期となる榊場。
俺より背が高く肩幅もあり背筋がキチッとしている。
「順創大学卒、
「
「そうだと思います。お久しぶりです」
「君の興味が尽きない職場であることを祈っているよ」
さてこの兵庫支部、初任給かつ試用期間の時点で、他支部の新入社員の倍の額がある。額面ではなく手取りで。試用期間が終わった段階で3倍にタッチというトンデモ昇給ペース。
美味い話にゃ訳もあり、全寮制かつ、兵庫支部外への外出は基本認められていない。有線でネットは繋がるがスマホのアンテナは圏外。陸の孤島である。金があっても使えやしない。
そんなことは百も承知で来ているのだけども。
「長いこと車に揺られて疲れたろう、と言いたいところなんだけど、荷物もいったんそのままで、最初に見てもらわないといけないところがある。あと、新入社員の研修あったでしょ。あれで教わったことは、兵庫支部にいる間は忘れていいから。無駄。不要。邪魔。支部独自の毎日風呂に入るって鉄の掟だけは絶対守るように。理由なき風呂抜きは罰則あるし、記録もしてるから」
「えぇ……」
忘れていい新入社員研修って、なにを研修させられていたんだ俺ら。同期入社で兵庫支部以外に配属になった知り合いもできたから完璧に無駄ではなかっただろうけども。
聖副支部長の案内の元、シャワー浴びて防護服に着替えてクリーンルームで滅菌。
エレベーターに乗って地下へ。
「地下あったんですね、っていうか、地下7階までってどういうことですか」
「建築基準法も消防法も適用されない世界。日本国から法律違反が許されている場所。それが兵庫支部。ここは最悪建物ごと崩壊させてでも封印しなければいけない場所。常識を破壊し、人道は存在せず、人権なんてものはゴミ以下の研究所。成果が出る限り許される」
「地下深くどうやって掘って巨大施設にしたのかって意味合いだったんですが」
「世界にはいろいろな技術を持っている者がいるのさ」
地下7階、検査室706。
新人2人の常識はいかに脆いものかと知ることになる。
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「聖さんおつかれー、その子らが新人さん?」
「榊場君と十字君だ。悪いけど、見せてあげてくれるかな、科学では説明できないものを」
「あいよー。ウチ
防護服に身を包むおばさま?の財前瑠璃さん。
手にはなぜか不釣り合いな金属塊と、写真が2枚?
「付箋がついている方が一般的な人間のCTスキャン、ついてない方が問題のCTスキャン。榊場君、見比べて一言どうぞ」
「えっ……、えー、内臓の位置が違う? 猿かなにかですか?」
「内臓の位置が違うのは正解。もうひとつは不正解。では正解をご覧頂きましょう、奥の窓をご覧ください」
財前さんに手招きされて、奥の窓。そこから見下ろす。
胸の大きな黒髪の女の子が、裸にされて四肢を拘束され仰向けに寝転がっていた。
「「うわっ」」
男2人、即座に目を背けたのを誰が責められよう。
「初々しいねえ。そのうちこの程度では動じなくなってもらうけど。それにこの程度では入り口にも立ってないんだ。目を逸らさずにしっかり見て、覚悟を決めるんだ。視姦しても誰も咎めない。フェミニズムなんてここには存在しない。あそこにいるのは人に似た実験動物だから」
榊場と2人、互いに見合わせ、再び窓を覗く。
「手の鉄塊にご注目〜」
鉄塊と自己申告されたそれが、ぐねぐねと動き出し形を変える。
見る間にそれは幅の広い大きな肉切り包丁になった。
「形状記憶合金? いやでもそんな一気に変わらないよな」
「残念、あれは彼女の特殊能力だ。超常現象の類なんだよ」
「は…………?」
「科学じゃ説明できないと言ったろう? あれが手品ではないことはおいおい本人に見せてもらえばいい。それよりもっとバイオレンスなものが見れる。気合を入れな」
バイオレンスっておい。
「瑠璃ちゃんいっきまーす!」
巨大な肉切り包丁はスッと、ギロチンが当然そうするかの如く、少女の首を切断した。
あまつさえ財前さんは、その生首を拾って切断面をこちらに見せつける。
「うまく切れたよー」
「あっ……あ」
「榊場ぁ!?」
膝から崩れ落ちた榊場の片腕を辛うじてキャッチし転倒は阻止。
が、こっちの意識もスパッと切れている。
「どどどどうしたらいいんですかコレェ」
「榊場君のことはいったん忘れなさい。まだ続いているから。確かにあの首は切断されたね?」
「あ、はい、はい、それは確かに」
切断面は血に濡れているし、首を切り離された胴体の方からも確かに血は出ている。
「財前君、もう戻していいよー」
「はーい」
「も、戻す?」
再びの窓。財前さんは切り落とした首を切断面に合わせて抑える。
20秒もそうしていただろうか。おもむろにその首を振る。首は繋がっていた。
「んんんんんんんん?」
「言っておくけど、あれはただ切断面を合わせただけだ。財前君の能力で戻したわけじゃない。首を切られた子が持っている能力。そしてだな」
「コカインヘロインちゃんぽんと強心剤いきまーす」
やべえ単語が聞こえたんだが。
そして量がぶっとい注射1本×2なんですが。明らかに正規の量じゃないし気軽に使えるものでもないだろアレ。
ずぐずぐと注入されていく劇物。首から血を垂れ流した分を補給するかのごとく。
「電気ショック!」
ヴァチィッと派手な音がして、寝転がっていた女の子の体が跳ねる。
威力おかしいだろそれも。骨が透けて見えるかと思ったぞ。
「あああああああああああああああああああ!!!!!」
窓越しでなお鼓膜を突き破らんばかりの悲鳴で叫びが響き渡る。
その威力たるや、足元に崩れ落ちていた榊場が目を覚ますほど。
「ハローお嬢ちゃん、お目覚めいかが?」
「やあああああああああああ!!!!!」
「なんっだこれ耳が」
申し訳ないが榊場に構っている余裕がない。
首を落とされた状態からの蘇生という怪現象に、頭の中がハテナで埋まっている。
「はーいお静かに」
「ああもごぉぁあ」
変形する鉄塊を喉に押し込むという荒技でもって、財前さんは断末魔の如き叫びを封じた。
息ができないためか、拘束を引きちぎろうと体を桜色に染めてガクガクえび反りにしながらしきりに跳ねているが拘束はビクともしていない。
その姿には恥という概念は全く存在していない。窓の外から覗かれているとも気付いていないかもしれない。
喉を塞がれながら格闘すること2分、ついにその糸も切れ、ぐったりと動かなくなった。
「あれは、なんなんですか? 死んだんですか?」
「死んだとも言えるし、そうでないとも言える。あれは仮死状態で、なんらかの大きな刺激があるとまた起きる」
「なんで首切り落とされても蘇生できるんですか? そもそもあれは人なんですが?」
「十字君、疑問の言葉もいいが、実に楽しそうな表情だね。新しいおもちゃもらった子供みたいだよ」
「…………」
理解できないといった表情で言葉も出ない榊場とは裏腹に、俺の心は、まさしく純真な子供のそれだった。
あれはなんだ。未知のなにかが手の届く場所にある。
「財前君については本人に聞くといい。いくらでも教えてくれる。そして答えよう、あれはなんなのか!」
指差された先、そこには先ほどまで暴れていた黒髪の女の子。
「我々は
ああ、祓教授、俺をなんてところに送り込んでくれたんでしょう。
「神をも恐れぬ所業は人類の発展に必要なのです。科学での発展に犠牲はつきものなのです。閉ざされた世界を切り開く悪の新風を期待します」
悪って言っちゃったよ。
常識ってものがぐるぐる回って新月面を描いて着地した。
こうなると給料高いのも意味がわかる。口止め料だ。とんでもないにも程があるし、バレたら会社が吹き飛ぶことはおろか命の保証すらも藁半紙より薄い。
なんてことだなんてことだと呟いている榊場、お前も既に後戻りできないからな。逃げるなよ? 裏切るなよ?
「兵庫支部にはマッド科学者に分類される人や、財前君みたいな変わった人が結構な人数いるから。頑張って慣れてね」
頼むから裏切るなよ?
++++
ヨーイドンの情報量が多すぎて頭が爆裂した榊場を慮り、その日の残りの案内は食堂と大浴場と自室で終了。館内パンフレットを見るとどこも地上より上にあり、研究施設はほぼ全てが地下にある様子。
部屋で荷解きしようとしたが、頭の整理ができていないこの状態で1人飯は無理だと榊場に腕掴まれて食堂に引きずられた俺。
榊場とは同い年だったのでタメ語解禁。取り繕うのも面倒だったし。
「十字、あんなスプラッタなものを見せられてよくそんなの食べられるね……」
「赴任祝いみたいなもんだよ。俺あんまりショック受けてないしな」
「見てるだけで腹が膨れそうだ」
食堂のメニュー内容に神戸牛サーロインステーキ300gなんてものがあったのでつい。
万札が飛ぶえらい額になったがミディアムレア美味しいです。どうせ食以外に給料使えそうなところはなさげだったし?
ちなみに榊場は山菜うどん650円。
「初手生首見せられるとはさすがに思ってなかったけどな。そのあとの情報量で薄まった感」
「吸血鬼の家畜化ね。どんな得があるのやら」
「人に似てても人じゃないならなんにでも使えるだろ。あの感じだと意思疎通もできるっぽいし、制御できればいい労働力だよ」
「シーシェ○―ドみたいなところがブチギレそうな話だな」
「キリスト教にとっては迫害しなきゃいけない存在になりそうだから平気じゃね? 人じゃないなら人権関係ないし」
種族ホモサピエンスであれば奴隷だが、種族が違えば人間より上にはなるまいて。
「十字はなんでここにスカウトされたんだ? 自分は大捷製薬で営業や品質管理やりたいって就活頑張った結果、なぜかここだが」
「営業や品質管理とはかなり縁遠そうだなドンマイ。俺はいろんな生物解剖して調べまくりたいぜー、人間の死体でもどんとこいやー、って話がここの網に引っかかった。吸血鬼解剖できるとか研究者冥利につきるだろ最高かよ」
「同期が既にシリアルキラーかサイコパスだった件」
「ほざきよる。榊場だってここに配属されたってことはなんか素質あるんだろ」
「うわぁ信じたくねえ」
「マッドに染まる方が生きやすいかもしれないぞ」
「身の振り方と精神改造はもっとここを把握してからにするよ……」
そもそも、榊場の専攻はなんだ?
「文系だよ。理系の科学室なんて行ったこともなかったね」
「そりゃ謎だな。頑張れ」
「なにを求められているのかさっぱりさっぱり。生首が夢に出てこないことを祈る」
「数珠でも持って寝ればいい」
「持ってきてねーよ」
神戸牛大変美味しゅうございました。飲める肉ってすげえ。ちと胃もたれしたけど。
榊場の箸は最後まで進まず、山菜は食べ切っていたがうどん伸び放題。
ステーキ一切れ進呈しようとしたが香りだけで十分とのこと。食ったら世界変わったかもしれないのにもったいない。
翌日の午前を聖さんによる施設案内に充て、昼飯を終えた矢先。聖さんはこう言った。
「それじゃあ午後は吸血鬼学習も兼ねて拷問しようか」
神を恐れないにも程がありませんかね。
これはフィクションであり、実在の個人、団体、企業などには一切関係ありません。
医療系の記述については、芸術大学出た作者による勉強の結果なので、間違っている可能性もあります。本職には絶対敵いません。