昼食の代わりのマフィンとローストナッツで乾く喉をノンアルコールカクテルで潤しながら、研修という名の雑談が続く。
幽体離脱、憑依体質、
薬剤科の
手の増えるバーテンダー
特殊能力持ちのうちの半分を知ったことになった訳だが、属性過多でお腹いっぱい感。
「実際、風凛ちゃんの育成ってどういうことしてるんですか」
「いちばん最初にやったのは、全裸幽霊じゃなくてなんとか服着た幽霊になれないか、ってところだね。現時点での教育はそれしかやっていない。将来を思うと早いうちに矯正しないといけないから」
「羞恥心が芽生えるより前に教え込まないと死活問題でしょうけど、それ矯正できるもんなんですか。服って完全に別物ですよね」
体から抜け出るのだから、肉体の姿形のデータは脳か体に初期装備されていても無理からぬ話かもしれないが。
服も一緒に幽体離脱って、その外部装飾データをどうやって変換させるんだよ。
「……さっき壁抜けてきたとき、服着てましたよね」
「そういえば。ハチミツ好きな黄色い熊の格好してたな」
「まさにそれだよ。風凛はここに来てから風呂以外あの着ぐるみパジャマで過ごさせている。季節によって厚さや材質は変えているが、デザインを全て統一して何枚も用意させた。自分の体をイメージしたら無意識でも着ぐるみパジャマを着ている姿を想像する様にさせたんだ。視覚から脳に『お前の体はいつもこれを着ているんだぞ!』という深層意識への刷り込みをかけさせたというわけ」
「しかし、なぜ着ぐるみパジャマなんですか?」
「元々お気に入りだったからね。本人がイメージしやすければなんでもよかった」
思い込みの力は超能力脳のフォーマットをも更新させるのか。
誰がそんなこと考えたんだか。
「いかに組織が超能力者の存在に慣れているとはいっても、来た時はまだ3歳だし、まずは環境の変化に慣らすところから。検査研究するためには信頼関係も構築しなければいけない。大人なら多少の不快感も我慢してもらえるが、子供にそれは通用しない。体力も無いからね」
「普通に考えれば、まだまだ遊びたい盛りですもんね」
「顔見知りすらもいないところに放り込まれているんだから、心を開いてくれないことには始まらないんだよ」
それを言い出すと、ご飯を無心しに来られた手ヶ咲さんはだいぶ心を開かれているのでは?
「美味しいジュースをくれる人って感じで取り入ったよ」
「理由が強い」
「子供に甘いものは正義ですね」
餌付けに成功したと。
「とはいえまだまだ時間かかるよ。検査機器も大物だと怖がるし、注射なんてギャン泣きするレベルで特に論外。定期的になにかが降りて来て体に戻れなくなるから麻酔で本体強制シャットダウンも珍しくない。わからないことの方が多いし、驚いたら思わず幽体離脱するぐらい能力の制御もできていない。精神不安定な超能力者は暴発危険物だから、そのリスクを取り除くことから。10年単位の展望を見ている」
「両親が返せって言いに来たらどうするんですか」
「娘預けて不労所得非課税で年200万、組織としては小銭レベルでしかないが一般家庭にとっては相当デカい。追い札束ビンタで黙らすだろう。月200万贈与でもまだ爆安。もう逃がす選択肢は無い」
悪の組織らしいっちゃらしいが、下衆い話だな。
仮に足抜けしようとしたら、協力しない超能力者として死が待つだろう。ヤクザよりやべーわ。
「風凛ちゃんが幽体離脱した際の本体ってどうなってるんでしょうね」
「自発的に幽体離脱したら本体は寝ている状態に近く、痛覚を始めとした感覚器は幽体にも伝わる。一方で、なにかを降ろして追い出されて幽体離脱した状態では本体も動くし、感覚のリンクが切れる。乗っ取られるんだな」
「難儀な体してらっしゃる」
意識がしっかりしたまま他人(?)に体を勝手に動かされるってどういう感覚なのだろうか。
試してみたいようなそうでもないような。
「そんな状態でも麻酔効くんですね。本体が眠り出したら幽霊の方はどうなるんですか?」
「麻酔で本体が落ちると幽霊体は本体に引っ張られる感覚があって、そのうち維持できなくなると言っていた。分身を作る能力の一種じゃないのか、と予想されているね」
「ゲームでは分身する敵は本体狙えって定番ではありますけども」
「脳だけでは説明できないって考えてる人もいて、別次元を経由しているのではないか、服まで一緒に幽体離脱に成功しているあたり、脳と体がプロジェクターのように現実世界に投映しているのではないかと説ぶち上げてる人もいるんですよ」
「別次元に、プロジェクターっていやいや……」
人間の可能性って凄いなと思うけれど、異様が過ぎて人間に思えないのも確か。
人の形をした別の生物と見てしまうのも無理のないことかもしれない。
「最大でどれくらいの距離を幽体だけで移動できるんでしょう」
「それはまだ未判明だな。幽体の本人があまり本体から遠くまで移動しようとしない。それでもざっと100mぐらいは問題ないようだ」
「縦にも同じぐらい行けるなら結構な範囲ですね」
「自室にいながらも、兵庫支部の地下施設はほぼ丸ごと行動範囲だと思われる」
地下に住居作ってる意味がなくなっているような……。
突然壁の中から幽霊が出てくる可能性があるって、いくらファンシーな見た目といってもなかなか慣れそうにないな。
SAN値直葬なグロ幽霊ではないだけ有情か?
でも心臓の準備はこの階にいる時ぐらいしか出来なさそうだし、願わくばなにかの作業中に遭遇しないことを願うばかりか。
++++
幽体離脱による最大の活用点は、接触無効の壁抜けと重力無視にある。
監視カメラやドローンでは壁の中の捜索までは不可能であり、赤外線センサーや物理セキュリティも反応させることはなく、目も見える音も聞けるで、どこかに侵入しての偵察役としてこれ以上の特殊能力はあるまい。
壁抜けと一括りにしたものの、床も抜けられるため、たとえ幽体が他人から見えるものだとしても隠れることは余裕綽々。壁に耳あり障子に目あり、床の中に幽霊もあり。
逆に接触無効と重力無視がないことが欠点にもなりうる。
スイッチやボタンは押せない、暗がりで明かりもつけられない。三半規管で上下覚を認識することができない。
たとえば地中で幽体で目覚めた場合、どちらが上下かを認識できない恐れがある。床を抜けるとしても、地中では空間識失調の恐怖に絶えず襲われるのだ。
また現代においては情報が電子データとして保存されている場合の方が多く、電脳面での障害を突破できない。
記憶媒体も持ち込めず、基本的に目と耳で入手した情報しか持ち出せず、よほど記憶力が良くない限り一字一句違わずアウトプットすることも難しい。
各分野においての技術の先鋭化に伴い、産業スパイをするとしてもなにが重要な情報なのかを判別する教養と言語能力も要求される。
いかに地中や壁中を移動できるといえど監視カメラは至るところにある。戦乱の只中であれば有用であっただろう能力も、現代日本においてはあまり役に立つ能力とは言いがたいかもしれない。
……幽霊が出る、と事故物件化させて建物評価を下げるぐらいのことはできるだろうが。
一方で、憑依体質・神宿りに付随してきた被憑依者の言語能力の高さは、おそらく相関関係にある。
地球上で最も優れた知能を持つであろう人間ですら、多種多様な言語を地域ごとに発展させた結果、文化圏ごとの意思疎通に苦労しているというのに。
神や悪魔や精霊や動物霊が憑依するとして、憑依する側はどこで人の言葉を理解していたのであろう。どうして他者に伝えることができているのであろう。どうやってその文化圏における適切な言語を選択していたのであろう。
神の御技であると思考停止しても、それはそれで正解なのだろう。高次の生命体または情報生物が
かといって、彼らが託宣を下す際になんらかの統一言語を用いていたとは到底思いがたい。なにせ種族そのものが違うはずなのだから。
なんらかの人間霊が憑依すると仮定してもなお、例えば日本人神子にインド生まれインド育ちインド没で一生を過ごした人が憑依しようものなら、憑依した者が扱っていたであろう言葉、ベンガル語やヒンディー語で喋りかけられるそれは託宣となり得るだろうか。代弁できるであろうか。
既に話者が絶えたなんらかの言語を用いる人物が憑依したら? それこそ解読不能になるはずだ。
にも関わらず、古今東西あらゆるところに神からの啓示を受けたおよび類似の事例は数多く存在している。
メッセージの意味を正しく解釈できなかった、あえて無視した例はあっただろうが、託宣を翻訳できなかったという話は聞かない。意味不明な文字列的な電波を受信したら記録に残す意味もないかもしれないが。
0と1が並んでいるだけの数列を聞かされてそのまま言語にするようなものだ。彼ら彼女ら、なにかからの託宣を人に授ける存在というのは、生きた翻訳機であり受信機。
それができないのであれば、価値は皆無とさえ言っていいだろう。頭の壊れた異常者としてしか扱われまい。
家長風凛に至っては能力そのものが必要とされていない現代日本環境で生じた存在であり、研究対象・観察対象としての価値しか見出されていない。
仮になにかが家長風凛を通してメッセージとして発したとしても、それが影響を及ぼすのは広くても大捷製薬兵庫支部のみ。それを何度も繰り返して信憑性を担保してようやく考慮に値する。
よしんばそこまで達したとしても、科学全盛の社会で彼女のメッセージが重視されることはない。その道の専門家の警告ですら事が起こってからようやく顧みられるのだから。
憑依体質者にしてみれば実に生きにくい社会になっていると言えるだろう。