「
「ん、どうした
「ご飯食べた」
「いつもみたいに食器廊下に出しといて」
「わかった」
壁の中から再び黄熊パジャマの幽霊登場。
今の今まで話してたというのに、予想外の場所から突然出てくるから心臓に悪いことこの上ないな。
「お仕事まだ終わらない?」
「あー、うん、ごめん、たぶん」
「えー。有斗兄ぃ今日休みでしょー?」
バーカウンターの上、俺達と
チラッちらっとこちらに目線をくれる
これは、もしかしなくても俺らお邪魔虫っぽい?
「差し支えなければお暇しますが」
「ごめん、そうしてもらえると助かる。食器類そのまま置いてっていいから」
「お仕事終わり? 終わり!?」
来客が帰るとわかって露骨に嬉しそうな。さすがに5歳児か。
「それじゃこれで。ばいばい風凛ちゃん」
「ばいばーい!」
「また営業時間に遊びに来ます」
「2人ともごめんねー! 夜営業でもノンアルコール提供してるからー!」
申し訳なさげに手を振る店主と、大いに手を振る幽霊。
宙に浮かんでいる以外は、輪郭がしっかりしていて不気味感が薄く、微笑ましくも思える。
++++
時刻はまだ14時前。研修の予定終了時刻は17時終了で以降予定なしだったので、かなり時間が空いたことになる。
昼飯を食べていないといっても別に腹が空いているわけでもなく。
手ヶ咲バー自体は特能科エリア入ってすぐ左にあるので、それ以外はまだしっかり見ていなかったのもある。
「しかし、ノンアルカクテルとはいっても、普段飲めない味で新鮮だな」
「僕結構お酒好きだから通うかも。
「飲めないことはないけどすぐ寝始めるタイプだから、飲み相手としては面白くないと思うぞ?」
「なら飲み相手は他に探すべきか」
「そうしてくれ。そして店の様子教えてくれ」
俺が手ヶ咲バーに行くとしたら、テイクアウトオンリーだろう。持ち帰りできるってメニューにあったし。
営業努力か、はたまた人件費や設備費の安さゆえか、大体3桁だったしおそらくお手頃価格。
窓の景色、映像だが、海なので開放感はある。そして海に行きたくなる。
別の区画へ行けば今度は清流の映像。海映像のロビーがカチッとしたホテルロビーなら、清流映像の部屋はなんだろう、スーパー銭湯の趣き。リクライニングチェアばっかだし。
それに加えて、ミニシアターが3部屋。地上階にもあったが地下にもあったのか。
各シアター扉横に大きなホワイトボードがあって、1週間先までの使用予定が書かれている。ていうか1番席数多いミニシアターに書いてある予定のだいたいが阪神タイガース戦中継じゃねえか。
一方で1番席数が少ないミニシアターのホワイトボードには《子供優先>予定 土日午前子供専用 飲酒タバコ禁止》と掲示されている。
ロビーの映像出力自体もシアター化できるようで、その気になれば家電メーカーのテレビコーナーみたいに同時に色々流せそうだな。
そしてなにより目を引くのが、ミニシアターへ至る通路の壁。
青龍・朱雀・白虎・玄武の見事な立体壁像。それぞれ縦2メートル、横に3メートル、奥行き50センチほどあるだろうか。
照明を照り返すギラリとした銀色。それがかえって迫力を増し、立体壁画なこともあって今にも抜け出してきそうな威圧感を発しているほど。
「銀じゃないよな、さすがに」
「ステンレスかチタンじゃないか?」
「だとしても、あんな固い合金でこんなバカでかいのどーやって作ったんだコレ」
「機材科の3Dプリンター? でも継ぎ目ないよね?」
「こんなとこに飾ってていいものじゃないだろー」
削り出す鋳出すにしては複雑で巨大に過ぎる。明らかに
美術館とか、アートギャラリーとか、そういう場所に置かれるべき作品に見える。
しかもこれ、触って楽しめるタイプの美術品だろたぶん。
「
「あ、
「そうえー」
美魔女、という言葉がある。
35歳以上でもなお信じられないほど美しい女性を指す言葉。
さて目の前の女性、声の枯れ具合や肌のシワからして60は軽く超えていると思われるのだが、強い目力と、白髪ながらも艶やかに輝く髪、シワのわりに染みのない白い肌は年齢を不詳にさせている。
来所初日に会った時はガラス越しで防護服に身を包んでいたのと、生首インパクトが強すぎて財前さんの様子までは印象に残っていなかったが。
ご本人も結構なインパクトだわ。
「どうやって作られたんですか?」
「瑠璃ちゃんの中でイメージさえ固まればそんなに難しくはないんよ。私の能力は接触した鉄の操作。せやから、こんなこともできるわ」
財前さんが登り龍となっている青龍の像の端に触れる。
するとその像が波打ち、額縁となっていた金属をも体に変えて動き出し、通路を塞ぐような形で身を乗り出した。
いやはや、マジで飛び出してきたぞ、この青龍。なかったはずの体までしっかり造形されてるし。
「この像の材質なんですか? 鉄の操作って言ってましたけど」
「ステンレス。瑠璃ちゃんの鉄操作は、金属内の鉄量が約80%もあれば動かせる。像に使ってるステンレス内の不純物はクロム13%のその他数%、まだ動かせる範囲内の材質」
「結構アバウトなんですね、その能力」
「そーでもない。ステンレスだと動かせるのと動かせへんのがあるし。それに、長い付き合いの能力やけど、瑠璃ちゃんにも未だに原理はわかってないねんけどね〜。説明しろって言われても、できるとしか言えへん」
「仮に原理がわかったとしても、説明を理解できる気がしないですよ、僕は」
通路を塞いでいた巨大な青龍が空中で一捻り加えてから元あった場所に戻っていく。
先程までの昇龍ではなく、火を噴くような格好で壁内に収まった。
財前さんの立体構成力もえらい高い。金属操作にしても、ハンマーや刃物といった単純な造形じゃないんだぞ。
「金属操作って、特能科としてはどういう能力として分類されるんでしょうか?」
「瑠璃ちゃんのは、鉄への
「自由自在に動かすのは
「触れている間限定やけどね」
鉄合金の軟化か溶解、および急速な硬化。
そこに加えて自由な造形を行うのは別種の能力に思えるが。
「手ヶ咲さんみたいに血統の能力なんでしょうか?」
「息子2人に遺伝してへんし、どうやろ」
「息子さんおられるんですか」
「孫もおるよー。旦那は死んでもーてるけど」
「……いつ頃から兵庫支部に?」
「初めっからえ。バブルど真ん中で完成したんよココ」
つーことは1980年代後半か。まだソ連崩壊してねえ。
それよりも当時の技術で地下7階まで作ったのを驚くべきか。いったいいくら金かかったんだか。バブル様様だな。
「いや、瑠璃ちゃんの能力で結構な範囲で骨組み作ってるし、もうちょっと前からの付き合いになるか」
聞き捨てならないことを口走ったような。
「骨組み?」
「そうそう。中央にズボーンと縦穴掘って、縦穴から横穴に地盤を掘っては片っ端から瑠璃ちゃんが鉄鋼で固めていったんえ。だから鉱山みたいな造りになっとるの」
「すげえ……」
「スケールがおかしい」
兵庫支部の地下施設は、螺旋階段のような構造をしている。
中央の3本のエレベーターシャフトを心柱に見立てると、踏面の部分が各階層となる。
階層をビル状にしない奇妙な地下施設の形状は崩壊対策だろうとは予想をつけてはいたが。建築の時点から超能力者の手が加わっているのか。
「でも実際、建築現場や工事現場にあると便利だろうなあ」
その場で必要な形に鉄鋼建材を容易に加工できるってどんな革命だよ。
ビス止めネジ止めリベット止め不要ってことだし、その場に合わせて多少無茶な形にもできる。強度だって上げられるだろう。
「でも地下施設作りはそんないいもんじゃないえー? 水は出るわ蒸し暑いわ空気悪いわ旦那にも息子にも会えんわ重労働だわで2度とやらん。ま、その分愛着はあるし、この地下施設は瑠璃ちゃんの城であり3人目の子供であり、棺桶よ」
「棺桶ってまたまた。お元気じゃないですか」
「そーえ、瑠璃ちゃんはまだまだ元気。でも、瑠璃ちゃんとっくの昔に還暦過ぎたから、残り寿命は15年あれば上等。いつ旦那がお迎えに来てもおかしないし、瑠璃ちゃん死んだら骨を上の共同墓地やのうて、地下施設のどっかに埋めてくれ言うとんねんや。せっかく自分でごっつい箱作ったんやしな」
「それで棺桶ですか」
「そない深刻な顔せんといて。
「飴と鞭の飴になると?」
「そーそー。おばあちゃんは孫甘やかしてナンボよ。直接の孫にはよう会えんし」
家長ちゃんを自身の孫と重ねている財前さん。
とっくの昔に還暦というぐらいのお歳で、ここは下手な国外より行くも来るも大変な場所。
俺らですらも、親族に直接会おうとすると一苦労どころじゃない手続きがいる。
仕事ではなく私用で施設範囲外に出ようと思うと、年1回街に出れたらいいぐらいじゃないか?というのが榊場と話した際の結論。
超能力者である財前さんはより外出制限が厳しいだろうし。いざとなった時の能力の殺傷能力も相当なものだろうし。
「財前さんの鉄操作能力って、どれぐらいの規模まで動かせるんでしょうか?」
「20トンから先は測ったことあらへん。もっといける」
「パッと実感湧かない数値ですけども……」
「大型ダンプに砂利いっぱい積んでるんを想像してみぃ。そのダンプ1台丸ごとでだいたい20トン。あれの空荷で車両だけがだいたい10トンえ。そんでこの四神像のステンレスは1枚あたり約9トン」
「わかるようなわからないような……」
「この像4枚合わせて36トンですか。えげつねえ」
「中は空洞なんですか?」
「空洞え。そこそこ厚いけど」
裏拳で軽く像を叩く。
コッコッと音はするが、中に空洞があるとは思いがたい感じ。
床や壁抜けそうだが大丈夫か。
「それにしても、よく想像でこんな細部まで作れますね」
「能力目覚めたての頃は造形ヘッタクソやったえ。ながーく努力したんよ、ここまでになるんは」
見事な像を思う様に作れるほどであれば。
それは自身の能力への習熟度が極まり、完全な制御ができていることへの証拠だろう。
「僕たちが兵庫支部に来た日に、その、吸血鬼の首をスパっとやってましたけど、ああいうのは財前さん、平気なんでしょうか?」
「平気になった、ってのが正解かえ。瑠璃ちゃんは協力的やない超能力者を直接に捕まえる仕事もしとる。その中で切った張ったになることも少なくなかった。捕まえて仲間になってくれたんもおるし、瑠璃ちゃんがそのまま処分せざるをえなかったのもおる。鋼板を盾にして、ピアノ線みたいに伸ばしてぐるぐる巻きにするだけでも大概なんとかなるもんや。重さは関係ないし。銃みたいに撃てはせんけど」
「ロケットランチャーでも持ってこないと正面からは突破できそうにないですねその戦術……」
「通路封鎖、敵の拘束、面での制圧、おそらく全部できるな」
どこに逃げようとも、どこに立て篭もろうとも。
あさま山荘事件の鉄球突入作戦を1人で完遂しうる可能性がある能力。
こと戦力としてみた場合、極めて制圧力が高いはず。俺と榊場は、間違いなく彼女のキルゾーンの内側にいる。
それはそれにしても、財前さんの精神も、生首落として平気なあたり一般人とはだいぶ差があるんだろうな。
そこに至るのにどんな過程があったのか。兵庫支部の建築に協力するまでにどのように過ごしていたのか。
ほなまたなーと去っていく財前さんの曲がった背中には、いったいなにが載っているのであろうか。
++++
「おっかねえばーちゃんだったわ」
「予想外に武闘派だったね」
現在16時半ぐらい、特に用事もなく、夕食を採るほどの時刻でもなく。
ただいま暇を持て余して大浴場のサウナで耐久対決中。負けた方が風呂上がりの一杯とアイス奢り。
「なかなか反則的な能力してるよな、あの鉄操作」
射程の概念を聞きそびれたが、口ぶりからして結構な距離まで鉄を伸ばして動かせそう。
現代社会において役立つのはご本人が兵庫支部の地下施設を作って証明しているし。
「なんならあの人、兵庫支部1人で物理崩壊させられそうだな。柱とか梁とか全部溶かして」
「その時は一緒に亡くなりそうだけどね。城と運命を共にする、って感じで」
「あー、ありそう。現世に未練なさそうだったしな」
構造的に一瞬でベシャっと潰れはしないだろうけど。
「あとさ、超能力者は迫害されていて、剪定されるって話してたよね」
「してたな」
「でも財前さん、息子2人に、孫までいるんだよね。血が残ってる。どういうことだろう」
「あー。確かに不思議」
とっくの昔に還暦過ぎていると言っていたわけだから、70歳前後と仮定する。バブルど真ん中で完成の約30年前で約40歳、その時より更に前から国側に鉄操作能力を持っていることは知られていて、建築要員としてアテにされていた。
孫がいるという話からして、建築当時既に結婚はしていただろうし、もしかしたら息子も産んだ後かもしれない。
「能力の有用性で血統の維持、なんて可能性あるかな」
「あるかもね。それか、あの歳であの美人さんっぷりだから昔も相当綺麗だった説」
「美人だとどうなるんだよ」
「旦那さんが偉い人だった可能性、ってこと。手を出してしまった感じ」
「ゲスいなー」
「今度手ヶ咲さんに聞いてみるよ。なにか知ってると思うし」
「よろしく頼むわ。……そんで俺もう限界、暑い死ぬ」
「ごちそうさまでーす」
俺の記録、約14分。
だいぶ耐えたと思うよ?
榊場は30分ぐらいまで粘って出てきた。すげーわ。
鉄鋼およびステンレスの資料
一般構造用圧延鋼材(SS材)とは?【専門家が解説】素人でも3分で判ります
https://mitsu-ri.net/articles/generalstructural-rolledsteel
笠原プレス工業株式会社
https://kpk.co.jp/stainless/
重量計算に使用
らくちん設計.com(アドガード入れてアクセスしたい)
http://rakutin.himegimi.jp/index-jk.html
地下施設の簡易図解を作るためにえらい時間がかかった。