※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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欲望と進化
19:『少年の日の思い出』


 十字源裁(じゅうじ げんさい)が解剖学への道を歩むことになったきっかけは小学5年生の頃に遡る。

 俺は夏休みに宿題も放り出して遊び放題のよくいる子供だった。それではいけないと、せめて自由研究の種になれと県立の科学館に連れて来られたのがターニングポイント。

 

 科学館にとっても、夏休みは繁忙期。自由研究のネタになるようなミニ工作やちょっとした実験や体験を企画するもので。

 たとえば、琥珀研磨であったりフズリナの化石研磨であったり火起こし体験であったり砂金採り体験であったり勾玉作りであったり。

 そんなラインナップのうちのひとつにウシガエルとアジとカブトムシの解剖見学があった。

 見せるモノが小さいため定員は少なく、グロテスク避けで親サイドが止めた親子連れも多いのではなかろうか。

 十字家の両親は科学館に連れてきて子供の興味を阻害することないよう、迷惑かけないならどこでも参加しろと放任主義。

 当時の趣味嗜好は昆虫に向いており、カブトムシの解剖に惹かれて解剖見学に参加したんだと思う。

 

 覇気のない寂れたおっちゃん先生の作業卓。

 他の卓では若い先生が盛り上げようとしていたが、こちらはあんまり盛り上げようという気はなかったのを記憶している。

 しかしながら魅せる解剖はなかなかのもの。

 水槽で生かされていたアジをその場で捌いて三枚下ろし、それをササっとやったものだから身を削がれたアジの口はパクパクと開閉していたし、頭から尾まで繋がったままの背骨と尾はつつかれたら反応が残っていて。

 カブトムシも頭と胴体が泣き別れになって、頭が割り開かれていくにも関わらず、脳にあたる部分を刺激されると胴体は歩こう飛ぼうとするような動きを見せた。

 腹を割かれて内臓を解説された後に、皮を剥がされ頭を切り離されたウシガエルはさすがに分離されても反応することはなかったが、希望者は電極を持たされてウシガエルに通電させて筋肉をピクピクさせるこの見学唯一の体験もさせてもらっていた。

 

 小学生の無邪気な残虐性を刺激するその解剖見学は参加者それぞれで楽しいか気持ち悪いかで評価が割れていた。

 でも俺は犠牲になった3種の動物の反応云々よりも、生きた動物昆虫を切り開いて中を観察する、こういうことをしてもいいんだ、というブレイクスルーとカルチャーショックで世界を見る目が変わっていた。

 

 小学生がもっとも入手しやすく持っていても不審に思われない包丁状の刃物はカッターナイフ。

 それを片手に近くの田んぼでアマガエルを捕獲して、おっちゃん先生がやっていたように記憶を頼りに腹を裂く。

 思っただけで簡単にできるわけもなく、泥だらけカエルの血だらけで何匹も犠牲にしながらも、それなりに満足いく形で、解剖というより解体に成功したときの達成感と満足感は今日の人格形成の骨子となった。

 で、その夏の自由研究に採ってきたセミとカブトムシの解剖結果と解体した昆虫標本を図解し嬉々として提出したところ、同級生からはドン引かれ、担任の先生と教頭と校長からは1997年の神戸連続児童殺傷事件、いわゆる酒鬼薔薇聖斗事件のようにその対象が人や猫や犬を襲う方向にならないかと、両親交えての緊急面談もするハメになる。

 翌年の小6の夏休みは、父方の実家で鯉釣りに挑戦して成功し60cm級の魚拓と解剖図を自由研究に。

 自由研究としてはだいぶ穏当なラインにはなっているし、爺ちゃんは感心して褒めてくれたものの、前科のせいで反省していないと再度の面談。同級生からのやべー奴認定は確たるものになった。

 

 

 兵庫支部に来てからも榊場(さかきば)にはサイコパスだのシリアルキラーだの言われたが、当たらずとも遠からず。

 酒鬼薔薇聖斗のように加虐対象が人や猫に向けられなかったのは、酒鬼薔薇聖斗のように殺害および遺体損壊に性的興奮を生じない自我が形成されていたことと、大元となる知的探究心が昆虫由来のものだったこともあるだろう。

 昆虫・両生類・魚類・植物に対する加虐行為は許されて、犬猫人等の哺乳類への加虐は概ね悪であるという一線は、既に固まっていたのである。

 

 とはいえ行儀のいい趣味嗜好とは言えず。

 辞めさせようという両親の努力は確かにあったが、魚や虫程度どこでも入手できてしまう。誰かに迷惑をかけているわけでもないので、過激化しないように、口を酸っぱくして言われ続けた。

 中学の自由研究でも小学校時と似たようなことをしたのでまた呼び出されもしたのだが、その過程で、『少年の日の思い出』の登場人物らがもっと幼い年代に蝶や蛾を集めていたように、これも同じようなものじゃないかと反論した記憶がある。

 それでも解剖への情熱は中学校3年間で衰えることはなく、高校の進路もそちらへ強い高校を志望するとなると、そういうものと遂に両親も諦めた。

 この時にはもう、学ぶということよりも、より高いレベルの解剖をして欲求を満たしたいことが原動力とモチベーションになっていたように思う。

 

 情熱を燃やして高校をつつがなく卒業し、大学で恩師となる祓(はらい)教授のゼミに入り、哺乳類解剖も解禁され、使用機器のグレードもジャンプアップした時の到達感は、世界が輝いて見えたほど。

 

 

 そしてやってきた新たな人生の1歩。

 大捷製薬兵庫支部医療科に正式配属されて1週間。

 束村(つかむら)さん立ち会いのもと、俺は初めて自らの手で吸血鬼を解剖する。

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

「十字君よぉ、マスク越しでもわかるぐらいすげえニヤニヤ顔してるけど大丈夫か?」

「楽しみで楽しみでろくろ首になりそうでしたからね」

「そうか。やっぱり兵庫支部向きのいい性格してるよ君は」

「性格の向き不向きってあるものなんでしょうか」

「ある。いかにここの研修過程において一般的常識を破却しても、根っこの人間性はそう簡単には変えられないから、良心の呵責に潰された人もいる。一般の価値観においてはドのつく違法が許可されることも多いし、目にする機会も多い。あるいは、殺人者と同じコミュニティで生活するストレスを感じる者もいる」

「理屈ではわかっていても、ですか」

「普遍的社会常識からすると不必要な殺人に手を染めた医者や研究者や技術者はかなり多い。その矛先が自分に向きやしないかと無駄に心配してしまうのが人間ってものさ」

「あー……」

 

 聞いた話だけでも、久川(ひさかわ)父と束村さんは心臓移植のために子供殺しに手を染めている。それも葵(あおい)ちゃんの一件だけではない様子だし。

 似たようなエピソードを持つ人は他にもいるのだろうし。

 

 榊場との合同研修が終わった後に訪れた共同墓地には、関係者用の墓石とは別に、科学の発展のため殉じた者や動物への供養塔が立てられていた。

 墓石にも供養塔にも個人名は刻まれていない。聖(ひじり)さんによれば特定を防ぐためだそう。卒塔婆も結構な本数があったが、本来書くべき誰が立てたかは省略されている。果たしてちゃんと善を積めていることになっているのだろうか。

 何人ぐらいここに眠っているのかを訊いたものの、聖さんはかなり多いとだけで言葉を濁した。

 関係者用の共同墓地より供養塔の方が大きく立派なあたり、恐れているのがどちらかはよくわかるというもの。家長(いえなが)ちゃんが取り憑かれたら目も当てられない事態になりそうだ。

 

「準備、できました?」

「遼(りょう)君いつでもオッケー。ではお手並拝見」

「吸血鬼は当然初めてとしても、人間も執刀するのはやったことないんですけど」

「ワニとニシキヘビとカミツキガメとダチョウとペンギンとオウムだったか? そんな解剖経験は獣医でもそうそうおらんわ。自信持て」

 

 

 

 日本はペット大国である。

 ありとあらゆる場所から日本に持ち込まれて飼育され、時に意図的な流布を行い、時に脱走し、それらが野生化した話には枚挙に暇なく。

 母校である順創大学は、近隣の保健所・動物園・水族館・植物園と、飼育や研究や防疫で提携し、互いの知見や経験を共有していた。

 たとえば動物園で動物が寿命で死んだら病理解剖に首を突っ込ませてもらい、保健所が道を歩いていたカミツキガメを捕獲したら譲ってもらってバラしてみて、時に猟友会に付き添い山に入って獲物の解体に加わって。

 フィールドワーク辞さず、祓教授から連絡あれば二つ返事で急行すること数えきれず、良くも悪くも熱意に溢れた、欲望に忠実で無遠慮な大学生であった。おかげで講義の出席日数が大概やばめだったが。

 そんなこんなで、既に動物だけでもかなりのバリエーションを経験している俺である。

 

 

 本日の吸血鬼解剖は腰より下。前回とは全く別の女性の吸血鬼の仮死体。例によって若く綺麗で胸は大きい。

 もっとも変異が進んでいた以前の個体では、胴体では内臓や肋骨に変化があった。さて足は。

 うつ伏せに寝かせられている仮死の吸血鬼を、大きなメスで右足の腿の筋肉を目指す。仮死の吸血鬼は血流に乏しく、軽く足の根本を縛るだけでも血流が止まる。

 

「はいストップ」

「え」

 

 第一刀、表皮を剥がすための取っ掛かりを作るためのそれで、早くもダメ出しが入る。

 

「強烈な再生能力があるんやから、浅く入れても取っ掛かりにはならん。足の筋肉を見るんやったら、こうする」

 

 束村さんは左足の内腿の側面を指でつまんで感触を確かめると、メスで削ぐようにして切り開いて串でベッドに突き刺し固定。開かれた傷口から腿裏の皮と筋肉の間に別の刃の長いメスを入れて、皮膚組織と皮下脂肪をまとめてべろんと剥ぐ。

 束村さんはそれを助手台側から、俺に切り口を見せるために逆手に持ってやってのけた。それでいて時間も一連の動きで1分少々しかかかっていない。

 そして、見事に皮下脂肪と筋膜の狭間だけに刃を滑らせている。大腿筋が露出された。

 

「こんな感じでやってみよう。再生能力あるから失敗しても平気だが、速度がないといつまで経っても次へ進めない。また、筋膜を傷つけず、しかし脂肪層を残さずという塩梅は体で覚えるしかない。まー、脂肪自体は邪魔なら多少取り除いて問題はないがな」

「いいんですかね、それ」

「腹や足の脂肪なんて除去手術されるぐらいだからな。再生能力のおかげで結紮(けっさつ)もする必要もないときた。だいたい、手術や解剖なんて脂肪を剥がす戦いみたいなもんだろ?」

「まあ、そうですが」

 

 いわゆる人の脂身は、やや黄色がかっている。

 飽食の時代となった現代日本では血管内にすら脂肪が沈着するほどに避けては通れない。脂肪組織はべちょっとしていて緩く、豆腐とまでは言わないが脆い。

 解剖および手術にとってはあらゆる点で難敵であり、解剖道具の切れ味を鈍らせ、視野を狭め、目標への到達を阻む。

 挙句、天然ゴムラテックス手袋では長時間の使用で脂肪の油分が手袋を貫通してくる。油分貫通を避けるには、耐油性の高いニトリルゴムラテックスの手袋を使用することで一応対策はできるが。

 

「それにしたって、見るのとやるのとではかなり変わりますね……」

「いろいろ解剖やってた経験者なのにか?」

「立ち会うことはあっても、人を直接自分でやるのは初めてですからね。脂肪との格闘は初ですよ」

 

 動植物への解剖経験は多くとも、検体自体の大きさも違えば、人間に比べて無駄な脂肪というものは概して少ないもので。

 飽食の時代ゆえに人の脂身は多く、独特の臭気は気持ちの良いものではない。これは同族殺しや人肉食による催奇性誘発を避けるための本能的忌避感であろうか?

 榊場が吐いたのはだいたいこれが原因だろう。血の海ってほど前回の解剖では出血してなかったと思うし。個人的感覚に基づく当社比だけど。

 

 それにしても切りにくい。5回やり直しをすることになった。

 それなりに場数は踏んでいたと思っていたが、その自信ははかなくも崩れた。

 そのまま再生能力と格闘すること約5分、束村さんが開いた左太もも裏と同じような状態になった。

 

「初めてにしてはよくできてるぞ?」

「あれ?」

「失敗してもいいってこともあるんだろうが、遠慮はあっても道具選択に迷いはない。なにが必要になっているかはちゃんとわかってる。たどたどしさもあるが、要領が悪そうには見えんし、初執刀ならこんなもんだろ。少なくとも下手ではないな。治すための手技じゃないんだから、回数と経験を増やせば吸血鬼バラすには苦労はしなくなるだろう」

「思ったより高評価で驚きですが」

「あくまで吸血鬼解剖に絞っての評価な。これが人間の生体解剖なら止めるさ。物怖じしないところは買うが、生きた人間を触らせるには力量不足。当たり前だが」

「ですよね」

 

 まともな医科教育は受けてないんだから当然。

 前提が違うんだから。

 そもそも、束村さんの技術レベルがおかしいぐらいだと思うが。

 

「遼君の早技を1回見て5回で速度以外模倣できるなら十分。持論は実践主義。いくら模型や空気で練習したって、人はそれぞれ違うもんだ。実際に人を切って切って繋いで繋いでをやって体で反応を体得してナンボ。視界ゼロでもよそ見してても手と指だけでできるぐらいにはならねえと」

「要求値高くないですか?」

「人を切るのはもうウンザリだ、って思うぐらいになれば、緊張なんてしなくなるし視野も広がる」

「これ吸血鬼ですけども」

「臓器や血管の位置が違うだけでベースは人間だ。いつか生きた吸血鬼解剖する時に役立つだろう。技術アップ急げ若人。保管されている吸血鬼が一気に変異する可能性も捨てられん」

 

 医者になる気はまるでないけれど、速度と精度があって困ることはない。

 他の動植物を解剖する際にも少なからずフィードバックされるだろう。

 

「俺ら医療科で足を開いたのはだいぶ前だが、どうも吸血鬼ってのは、足が白筋に極端に変わるみたいなんだよな」

「瞬発力のある方ですよね」

「そう。それがなにを意味してるのかはわからんが」

「足だけなんですか?」

「腕は白筋寄り、背筋?いや翼筋?は明確に赤筋だな」

「腕はわかりませんが、背筋は飛び続けるために、ですかね?」

「おそらく」

 

 しまったな、前回は翼に注目してて筋肉のつき方までは注意してなかった。

 体内に隠しきれる小さな翼でどうやって飛ぶかの考察を立てるためにも、次回以降の課題にしなければ。

 

 人が飛ぶために必要な胸筋は2メートルの厚さが必要とされていて、飛べる鳥でも全体重のおよそ20%ほどは胸筋が占める。

 しかしどう見ても、この仮死吸血鬼の胸筋はそれに足りていない。確かに乳房は大きいが、鳩胸って感じではないし。

 そもそも、鳥のような翼のつき方はしていない。

 腕と翼がそれぞれ完全に独立しているし、天使や悪魔の翼に似た様相といえば聞こえはいいが、現存する生物で似ているのはハチとかヤンマとかの翅(はね)の位置であった。

 

「それじゃ次、膝裏からかかと上あたりまでの皮剥がすから、よく覚えて再現するように」

 

 ゆっくり手順を教えてもらいたいところだがそうもいかない。

 傷をつけてから再生までの時間の余裕は、皮剥ぎのための深さであれば30秒に満たない。

 見て想像し、トレースし、失敗したら傷を閉じてやり直し。

 2回間に合わず、それでも3回目には成功させた。

 

「解剖学者の見地から腿とふくらはぎを見て、なにか気になるところはあるかい?」

「表から見たら筋肉なさそうでしたけど、開けたらかなり筋肉質ですね。腿裏のハムストリングが太い」

「不思議だよな。寝てるはずなのに萎えねえの。骨密度もだよ」

「体重減るんですかね?」

「血抜いたり肉削ったりで物理的に減らしたらそりゃあ減るが。少なくとも放置するだけではほぼ変わらん」

 

 骨や筋肉というものは、使わなければあっという間にへタレて弱るもの。継続的な運動が推奨される理由の大半がこれである。

 たとえば、なんらかの理由で一切立ち上がれもしない状態が続くと、足の筋力は歩くためのリハビリが必要なほどに落ちる。心臓のポンプ能力が極端に弱い子供を延命させるために、あえて歩かせず足を萎えさせ心臓の負担を軽くする手段すらあるほどに。

 

 そして、寝続けることにも、変異することへも、傷を再生することにも、エネルギー(カロリー)は消費するはず。

 冬眠をするクマであれば、体質により筋肉は維持できるが体重そのものは冬眠中に2割は落ちる。

 種として冬眠機能がある熊でこれであり、おそらく年単位で寝(?)続ける吸血鬼は、再生能力と筋量という2つの意味でより強力な維持能力を持っている。飛翔能力を得るという点でおそらく筋力が増大するだろうし、昆虫の蛹(さなぎ)期が近くはあるかもしれない。

 足が白筋になるというのも、なにか理由があるのだろうな。









『Jugendgedenken/少年の日の思い出』ヘルマン・ヘッセ著
中学1年の国語教科書に絶対載っている名著。
エーミール、コムラサキ、クジャクヤママユ、ワモンキシタバ、あたりのキーワードで思い出す人はどれほどか。

宇都宮製作株式会社(ラテックス関連ソース)
http://www.u-seisaku.co.jp/info/ppe/gloves/
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