※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

24 / 48
24:吸血鬼の世界史

 吸血鬼に関することにやる気を見せているが煮詰まっているという感染症内科の猛城豊(たけしろ ゆたか)さんに話を聞く機会を作ってもらった。

 先日の吸血鬼の膝から抜いた水の話をどこからか聞きつけていて、その中に感染源がいないかと自分でも調べたそうだ。見つからなかったそうだが。

 

「直接会うのははじめまして、になるのかな。猛城です。よろしく」

「十字(じゅうじ)です。よろしくお願いします」

「事後承諾になってしまうが、吸血鬼の膝水を勝手に分けてもらって調べた。すまん」

「構いませんよ。今後も好きにしてもらって大丈夫です。たぶんそんなに重視する分野ではないので」

 

 成分とか細かく言われてもわからないからな。

 

「話のわかる新入りで助かる助かる。それで、藤川(ふじかわ)さんに喋りに行けって言われて来たって、素直なことで」

「吸血鬼症候群(ヴァンパイアシンドローム)についての知識をもっと詰め込んでおけって言われたのもあるんですが」

 

 聖(ひじり)さんに通り一遍のことは教わってはいるけれど。

 藤川さんとの別れ際に感染症だということの自覚が足りてないと苦言も呈されたのだ。

 舞い上がって解剖に目が向きすぎていたのは否めないので、気を引き締める意味でも勉強したい。

 

「じゃあ前提としていくつか質問させてもらう。吸血鬼って歴史上どこの地域の話だ?」

「ルーマニアあたりの東欧中欧でしょうか」

「概ね正解。地域というか人種的な話にはなるが、スラヴ人を中心としたコミュニティで古来より伝承が残り、欧州で拡散した。現在の吸血鬼のイメージ、欧州風にはVampire(ヴァンパイア)像の基本骨子は古代ルーマニアの発祥というのが表向き、実在していない生物としての歴史。実在しているとなると話が変わってくる」

 

 俺は静かに頷いた。

 

「ヴァンパイアの伝承は欧州中にあって、地域差はあれども、死者が蘇って誕生し、ゾンビのようなボロボロの肉体にはならずそれなりに肉体の原型を保っていることは共通する。そしてもうひとつ質問。実は中国にも吸血鬼によく似た怪物の伝承がある。それはなんでしょう?」

「えー……」

 

 麒麟や鳳凰みたいな霊獣幻獣の類なら多少知識はあるけれど。

 吸血鬼に似た怪物っていたっけ?

 人肉饅頭や人肉食の逸話があちらこちらにあるので人がやっていても不思議ではないよなとも思うが。

 

「人肉食をしていた人たち、という意味でないのだとしたらお手上げです」

「そうではない。正解はキョンシーだ」

「キョンシーって、額に札つけて跳ねるあれですか」

「そうそれ」

「だいぶ遠くないですか?」

 

 詳しいわけじゃないけど。欧州に伝わる吸血鬼像とはだいぶ違うのでは。

 

「キョンシーも吸血鬼同様に一度死んでから蘇り、生き血を啜り夜行性で日光に弱く、飛行能力や首を捻じ切れるような個体の存在、およびキョンシーに噛まれた人間もキョンシーになる、吸血鬼もキョンシーも鏡を嫌う、火葬することでキョンシー化を防げる、と共通項が多い」

 

 箇条書きマジックかもしれないが、それにしては主要なところがダダ被りしてるな。

 

「キョンシーって死体だから体が固いんじゃないんでしたっけ?」

「キョンシーとして長く生きて、っていうのもおかしいかもしれないけど、動き続ければ元通り動けるとされているね」

「有意的な差にはならなさそうですね」

「このキョンシーだが、少なくとも『西遊記』が成立した明末期、1600年付近には概ね設定は固まっていた。白骨夫人という形で登場しているからね」

「割と新しい、って感じですかね」

「死者が蘇るという概念はポピュラーなものだし、血が神聖視されるのも世界共通。不思議なことではない。だが、噛まれた人間もキョンシーになる、鏡を嫌う夜行性、怪力及び飛行能力まで共通項が並ぶと少々不思議なことで。特に噛まれた相手もキョンシーの仲間入り、というのは、接触による感染症を疑ってしまうな」

「接触感染、血液感染する病気って多いですからね。狂犬病も噛まれて感染するんでしたっけ」

「そう。狂犬病は狼男のモチーフですらあるね。そのように、怪物の類はなんらかの病気が元となっていることも少なくない。だから、元となりそうな中国での病気の流行も漁った。さて、西暦1320年から1330年付近で元末期から明初期ある病気が大流行していた。なんでしょう?」

「その前に、その頃の日本は何時代ですか?」

「鎌倉時代終末期から南北朝時代最初期だね」

 

 いや日本の状況を聞いてもわかんねーな?

 南北朝時代って後醍醐天皇とか足利尊氏とかその辺だけど、あの頃に外交的エピソードがあったっけ?

 

「お手上げです」

「正解はペスト。黒死病です」

「うへぇ。とんでもないもの出てきた」

 

 黒死病はさすがに知っている。

 人間の歴史において、感染症は切っても切り離せない。

 結核、天然痘、ポリオ、コレラ、ハンセン病、チフス、マラリア、梅毒、ペスト、その他多数。

 その中でも一際有名な大流行が14世紀の黒死病と称されたペストによるもので、当時の世界人口の4分の1近くを葬り去ったとされる。

 いつぞやエボラ出血熱が騒ぎになり最警戒対象の一類感染症に指定された際に、天然痘やペストと同格とワイドショーでやっていた。

 

「中国でも大流行してたんですか。それは知らなかった」

「欧州に記録が大量に残されたからそっちの印象が強いけど、東アジア中央アジア西アジア欧州全土北アフリカと、大流行の名に恥じぬ暴れっぷりだ」

「確かに」

「1280年頃には元寇があった。とはいえその後も一応日本と元とで貿易自体はあったが、現在に比べれば人の往来はとても少ないし、海を隔てていたのはとても大きいだろう」

 

 ありがとう日本海。

 

「どこぞで発生したペストが中央アジアを牛耳っていたモンゴル系騎馬民族によってユーラシア大陸を横断し、記録的大流行になった。その一方で、吸血鬼の存在は黒死病流行下で明確な形を持ち始める」

「……関係、あるんですかね?」

「吸血鬼になると一度休眠状態になって、後に蘇るというのは知っているよね」

「はい」

「当時の向こうは土葬文化。黒死病でバッタバタ死人が出ると、そのたびに墓掘り人は墓地を掘り返し、かつての埋葬した遺体とご対面することになる。その中には朽ちずに吸血鬼としての覚醒を待っていた個体もいただろう。それが掘られた墓穴から各地で抜け出した、なんてね」

「想像が飛躍し過ぎてませんか?」

「もうひとつ。この黒死病でヨーロッパの人口はおおよそ50%から60%も減少した。当時の吸血鬼は相当餌に困っただろう。多少無理目でも人里を襲って返り討ちに遭ったかもしれず。存在を根付かせるには十分だろう」

「そんなドングリ不作で山降りてくる熊みたいな理由で伝承が増えることありますかね」

「実在を前提とする仮説にしかならないが。血のイメージがついて回るのは死者が多いときこそ発生しやすい生物だからでもあるのではとも考えている。あるいは、吸血鬼自身がペストのキャリアーそのものかもしれない。健康保菌者(メアリー・マーロン)ですらあったかもしれない」

「聖(ひじり)さんがデカイ蚊って言ってたのがどんどん補強されていく……」

「仮説には過ぎないが、信憑性を上げる要素としてもうひとつ。ウチに運ばれてきた吸血鬼の仮死体から採取された血液で免疫検査したら、ペスト菌に抗体持ってるんだな。見事に全員」

「おーう……」

 

 人に化け、美しく健康に見えるまま人との接触を繰り返していたとしたら、さぞかしスーパースプレッダーしていただろうなあ。

 当時の衛生知識では防ぐのは不可能。吸血鬼本人すらわかっていないだろう。

 

「14世紀に黒死病が大流行したのを皮切りに、ペストは根絶に至らずダララダと大小の流行を繰り返す。出口のない病禍に人々は原因を求め、15世記には異端審問という形で魔女狩りがひとつの完成形に至る。吸血鬼狩りも相当起きただろうね」

「吸血鬼が媒体の一助とするなら、遠からずの狙いですね」

「話が1600年ごろに進む。ヨーロッパではペストが再び大流行して、魔女狩りは全盛期を迎えた。同時期の中国、明末期から清末期にかけてもやはりペストの大流行が中国で起きてバタバタ死んだ。その頃キョンシーの概要が固まる」

 

 やっと話が繋がった。

 徳川幕府開始で江戸時代の始まりが1603年だったな。いやほんと、よくペストは入ってこなかったな。

 

「先にも言ったように、キョンシーとヴァンパイアの共通項は結構多い。明末期付近でヴァンパイアに該当する存在が誕生したか、魔女狩り吸血鬼狩りに嫌気が差したヴァンパイアが欧州から中国まで移動してキョンシーとして伝承を残したか、と思っている」

「中央アジアにはいなかったんでしょうか?」

「モンゴル勢の伝承に、モーショーボーもしくはムー・シュウウと呼称される妖怪がいる。美しい少女の姿をとり男を誘惑して捕食にかかる、意味も悪しき鳥、埋葬された少女が悪霊となって蘇る、と、吸血鬼に近い特徴はある。いつから言われだしたのかはわからない。吸血鬼が中央アジアにもいたかもしれないぐらいの材料」

「一応それっぽいのはいるんですね」

「一箇所に定住しにくい民族の性質のせいか、モンゴル勢は文書として記録残すという概念が薄めだし、医者が丹念に記録漁るのは無茶だな」

「欧州へペストを持ち込んだのがモンゴル勢なら、モンゴル勢も相当死んだでしょうからね……。余計記録残らなさそうで」

 

 キャラバン単位で人知れずペストで全滅ぐらいしてても、決して不思議ではない。

 

「ここまで話したことを時系列にまとめると、概ねこのようになる」

 

 

・発生時期不明だが、スラヴ人の勢力圏、地中海沿岸部で吸血鬼が確認される。

・現在のルーマニア付近で吸血鬼が暴れ回り伝説を残す。

・モンゴルが南宋を滅ぼし中華統一、更なる版図拡大の過程でペストを持ち帰り第一次大流行を引き起こす。(1300年前半)

・ヨーロッパで吸血鬼が発生し各地で被害を出し続ける。

・1600年頃にヨーロッパでペスト再大流行。

・並行して魔女狩りがキリスト教圏のトレンドに。吸血鬼がペストを保菌したまま東へ逃げる。

・明末期となった中華でペスト再大流行、かつ吸血鬼も活動。これがキョンシーの伝承の雛形になる。

 

 

「しかし、なぜ吸血鬼は歴史上では滅んだのでしょう? 噛むことで吸血鬼が増えるとしたら、滅ぶまではいかないのでは?」

「理由はいろいろ考えられる。最も可能性が高いのはペストではない感染症で死に絶えたことだろう。チフスかコレラか天然痘か、なんでもいいが、人の血を吸うということが捕食行為として常態化していたのであれば、感染リスクはおそらく人間よりも高いだろう」

「ペストが大丈夫なら安心ではないと」

「人を噛み血を吸うことで増えるという生態は、諸刃の剣に等しい」

 

 人間から変異して成るのが吸血鬼であれば、ヒトが罹患する病気が感染る可能性は十分あるか。

 加熱殺菌して血を飲む吸血鬼なんて聞いたこともないし。

 

「個としては強いが、危険性が極めて高くて狙われやすく、加えて吸血鬼そのものはあまり個体数が増えない種族であるらしい」

「いやでも、吸血鬼のなりかけが結構な人数で収容されてますよね?」

「同時期に完全体になる個体数が少ないと表現するべきだったかな。収容されている個体も徐々に変異はしているが、完全変態がいつになるかはわからない。変異が起き続けている限り極めて腐りにくく、その期間は相当長いということがわかっているのみ。そういう意味では、欧州で吸血鬼伝説が多いのは、一度墓地に埋葬され、カタコンベ(地下墓地)に骨だけ納骨するために掘り返された際に生き返ったりもしたのかも」

「興味深い考察ですね」

「あるいは、同時期に大量発生して餌の奪い合いにならないようにする本能的調整なのかもしれないが、想像の域は超えんな」

 

 

 オーストラリアに、Ranoidea platycephala(ウォーターホールディングフロッグ)という、繁殖のために土中砂中に数メートルも潜り何年も眠り過ごす有名なカエルがいる。

 極めて稀な雨が来ることをどうしてか察知して自然と目を覚ますそうだ。

 それを思えば、吸血鬼が掘り起こされれば勝手に起きるのも不思議ではない、かも。

 

 ところで、埋められた人体が白骨化するには、土壌や周囲の環境にも左右されるが3年から8年程度の年月を必要とする。

 感染症の大流行によって死体が墓地のキャパシティを超過すると死体の腐敗を早めるため石灰を撒くか混ぜることもあった。

 なんでこんなことを知っているかって、大学の時に動物の死体から骨格標本作るために勉強させられたからだよ。石灰じゃなくて炭酸ナトリウム溶液で煮たんだが。

 ちなみに野晒しだと腐敗と白骨化はもっと早い。冬場なら数ヶ月だが、夏場なんて半月も必要ない。

 ……東日本大震災では回収した遺体を並べて身元確認をやっていたが、あれは平均気温5度前後かそれ以下の気候だったから可能なことで、夏に起きていたらそんな悠長なことはできなかっただろう。衛生面での理由から身元不明のままガソリンかけて焼く、なんてことにもなっていたかもしれない。

 

 

「個体数が増えにくいのは、第一に蛹の期間が長すぎることと、羽化にも外的要因が必要なこと。第二にはあまりにも人類に直接的な害を与え過ぎたこと」

「目の敵にされれば、絶滅狙われて当然ですかね」

「第三に、吸血鬼が人間から変異する以上、彼らは完全体となっても人間社会から完全には抜け出せない。人間が主な餌であるなら、それを常に得られる場所にい続ける必要がある」

「難易度高そうなことで」

「ゆえに、完全体になっても頭の出来が悪ければご破算。難儀な生き物だよ」

 

 露見=死。

 その場を逃げても追討。

 生活圏を変えるとしても行く先々でリスクを抱え続けながらの生活。

 現代でなくとも相当な苦労と精神的ストレスがあるだろうよ。

 

「ということは、今逃げている吸血鬼は相当頭良いことになりませんか?」

「そうなるだろう。なにせ、確認されたうち一体は宗教団体の御神体になっていたぐらいだ。えげつない能力してるよ全く」

「あー、なんか聖さんがカルトに警察が踏み込んでえらい被害出して吸血鬼に逃げられたって話してたような」

「まさにそれだ。事後に僕もその調査で現地まで行ったが、様子聞くかい?」

「是非」

 

 猛城さんはノートパソコンと飲み物のおかわりを持ってきて、当時の様子を振り返り始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。