※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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25:宗教団体『雪花の光』崩壊事件

「まず先に言っておこう。僕は直接の捜査関係者じゃあないから、事件の背景までは説明し切れない。状況証拠的な話と、個人で見聞きした範囲のことでの話になる。あと、当時その事件は吸血鬼によるものとは思われていなかった。より詳しいことが必要と感じたら聖(ひじり)さんに聞くか、資料のアクセス権限貰うかしてほしい」

「わかりました」

 

 猛城(たけしろ)さんはコーヒーで口の中を湿らせた。

 

「吸血鬼が掌握したのは宗教団体『雪花の光』。霊山である富山立山連峰の土着山岳信仰に由来する修験道の一派の団体名。山籠りして修行する系と思っていい。山中で堂を作り、山野を駆け崖を登り、時に登山道の整備や遭難者捜索にも手を貸しながら団体で修行生活を送っていたようだ。そこに吸血鬼が入り込んだ」

「現代日本でそんな山伏みたいな生活してる人たちっていたんですね……」

「いや彼らは山伏そのもの。多少現代的影響は受けていたが」

「水とか電気とかどうしていたんでしょう?」

「電波は通ったが電気ガス水道はなかったな。湧き水に竈(かまど)に暖炉に灯明にっていうそんな生活してたらしい。さすがに発電機ぐらいはどっかにあったんだろうと思うけど」

「よくやるもんだ」

 

 なんとも本格的な山籠り。科学に染まった現代っ子からすると信じられん。

 

「『雪花の光』の修験ガチ組は、毎年年明けまでは山籠りしてたんだと」

「世界一レベルの豪雪地帯でよくもそんな集団自決みたいなことを……」

 

 立山って、雪の大谷が作られるあそこだぞ?

 電気ガス水道なしでそれって本当に人間のやることか?

 

「過激といえば過激だが、内に向いていた『雪花の光』。それがいつからか血液崇拝の色が強くなったそうだ」

「それは明らかにまずい……」

「同じことを思っていた信者もいて、その傾向を警察に相談もしていた。そして秋口、内部リークを受けて麻薬も使用するカルトと化していると判断した警察は、幹部連中を一網打尽にすべく、山麓の寺院本殿と山中の拠点に部隊を送り込んだ。そのとき吸血鬼は山中の拠点にいた」

「あー、なんか聖さんが言ってましたね、ゾンビみたいな人間に襲われたのってもしかしてこれですか?」

「まさに。麓の拠点は簡単に制圧したものの、山中で思わぬ激戦が展開された。吸血鬼がいるとは思ってもおらず、その影響を受けたハイパー修験者が暴れに暴れ、その隙に吸血鬼はどこかへ消えていた」

 

 聖さんが言ってたのは、意思疎通のできない狂乱馬鹿力に若干の再生能力を有して、頭や心臓に銃弾1発くれてやったぐらいでは死なない化け物だったっけ。

 

「突入部隊が飛び去る人型生物を意図せずカメラ映像の片隅に捉えていた。生存者からの証言と状況証拠、さらに別件の吸血鬼被害からこれが同一の吸血鬼であるとだいぶ経ってから判断された。いろいろあって姿形は二十歳以下に見える若い女性だとハッキリしたものの、本名は不明」

「なんで名前だけ……」

「『雪花の光』自体、個人情報を集積する団体ではなかったし、互いに通称、いや僧名で呼び合ってたらしく。本名を知っていたであろう証人はみーんな犠牲になって死人に口なし。暫定行方知れず」

「結局犠牲者はどれぐらいでしょうか? 宗教団体っていうぐらいなんですからそれなりに人数がいたのでは?」

「派手にドンパチやって宗教団体側で二十人ぐらい犠牲者出して突入側も死者二名に重軽傷者複数の大惨事も大惨事」

「うわぁ……。よく隠蔽できましたね」

「場所に救われたな」

 

 とんでもない化け物が出たという点と、盛大に火器を使用した点と、容疑者を大量死させた点と、制圧突入する側にも犠牲者が出た点と。

 どれかひとつでも表沙汰になったら全国紙の一面で総叩きは免れないし相当な地位の人の首が飛ぶな。

 ……いや、化け物が出た点だけなら夕刊紙で済むかも。

 

「よく言えば幽玄。悪く言えば険山深山。『雪花の光』の拠点は自然の地形も活かしたものだし、よく作ったもんだよ。これ現地で撮った写真」

 

 ノートパソコンがくるりと回され、岩肌を削ったと思わしき洞穴(ほらあな)や、キャンプテントを枝と樹皮と泥で覆った竪穴式住居もどきとか、プレハブをさらに分割組み立てしたような小屋のようなものであるとか、一応集落と形容してもいいような住環境が写真に収められている。

 キャンプ場に近いが、原始的生活を現代ツールで簡略化し再現したような、そんな印象を受ける。

 

「こっちがドローンで撮った空撮な」

「全然集落あるように見えませんねこれ……」

 

 そこに人間の住処がある。

 そう認識して見ると、確かに人工物があると認識できるし、不自然に木々がまばらだと判断できる。

 それでも先入観が無ければ、空から発見するのは至難の業だろう。

 

「そのまま飲める綺麗な清水も近くにあった。薪に困る立地でもない。食い物次第だと思った」

「山籠りを前提にすると最低限の設備はあると」

 

 なんでそこまでして山に引き篭もるのかわからない。理解しようとも思わない。

 

「数多の遮蔽物と悪路に急峻な地形。戦闘になればちょっとした要害ですね」

「遺体収容や現場検証も一苦労どころじゃない。行くも帰るも地獄の道のり……ってもう言ったか」

「俺はフィールドワーク辞さないタイプですけど、それでもこれは二の足踏みますね」

「呼ばれて行ったはいいが道具も速度も足りなくて現地でなにもできず写真撮っただけの無駄登山になったという。運動不足地下勤務のモヤシにはつらかった」

「それは……ご愁傷様です」

「天気が悪くなかったことだけが救いだったよ」

 

 苦笑いを浮かべ、猛城さんはノートパソコンを操作する。

 部屋の奥でプリンターが動き出した。

 

「ちょっとこれ読んでくれ。当時の戦闘に関する聞き取りと、『雪花の光』山中組唯一の生き残りの事情聴取のそれぞれ書き起こし。吸血鬼の生態と能力に関連していそうな話題がある」

「拝見します」

「1時間ぐらい席外すし、時間余ってたら適当に休んでて」

「はい」

 

 《宗教団体雪花の光強制捜査 捜査員聞き取り・山上拠点戦闘について》《宗教団体雪花の光信者の調書》と表題された合わせて20枚ほどの書類。

 研究ではなく捜査の視点で書かれたそれは、どんな刺激をもたらしてくれるだろう。

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

――――突入前に変わった様子はあったか?

「変わった様子はありませんでした。むしろ、昼間なのに静かすぎると思ったぐらいです」

「思ったよりも範囲が広く、施設と住居を同時に踏み込むのは難しいと感じました」

「我々が迫ってきていることは気付かれているのだろうという空気はありました。下で突入した後ですから、山中に逃げられて捜索することも覚悟してはいました」

 

 

――――同時多発的に信者が襲いかかってきたという話だが?

「はい。クリアリングしていない施設や場所から複数同時に現れ、襲撃を受けました」

「待ち伏せは想定していたので、それ自体は不意をつかれていません。こちらは軽装ではありますが防具もつけていましたし、警棒と、何人かは盾も持っていましたし、戦闘準備はできていたと思います」

「待ち伏せはされましたが、人数は勝っており、そこそこ見通しは良い場所に陣取れてはいました。火炎瓶ぐらいは覚悟していましたが、敵は武器もなく素手で出てきたので、視認した際に油断はせずとも拍子抜けはしました」

 

 

――――戦闘については。

「囲まれてはいなかったのですが、驚異的な速度で肉薄され一瞬だけ揉み合いになりました。しかし我々が盾ごと押し倒されていきました」

「信者は皆が怪力で、薬物使用者のような奇声を上げながら暴れました。誰かが発砲して『大人しくしなければ撃つ!』と叫んでいましたが、全く気にしていなかったと思います」

「倒された盾持ちに馬乗りになった信者を警棒で相当殴ったと思います。痛がるそぶりすらありませんでした」

 

 

――――対話できたか?

「呼びかけはしていましたがそもそも言葉通じてない感じでした」

「完全にゴリラと格闘してるイメージです」

「止まれとか抵抗はやめろとか叫びましたが聞く耳持たず。殺しにきてました」

 

 

――――発砲の可否については。

「誰が最初に撃ったかはわかりませんが、妥当だと思います」

「撃て撃て!って叫びました」

「命の危険は相当感じましたし、正当防衛だと判断しました」

 

 

――――発砲でなにか変わったか?

「全然」

「全く」

「誤射気をつけて足狙って信者に当てました。痛がるそぶりはありましたが、それだけでした」

 

 

――――逮捕制圧の可否については。

「無茶言うなって状態だったと思います」

「警棒で骨折った感触あったのに気にもしない感じでした。どうしろと?」

「こっちもかなり負傷者出てましたし、戦闘可能な人数では人数差逆転していたと思います。撃たなければ全滅あり得たかと」

 

 

――――信者殺害の可否については。

「いやもう撃つしかなかったです。狙ってる余裕はなくて当てることだけ考えてました」

「どれだけ体殴っても気にしないんですから、警棒で頭いきますよさすがに」

「力強い上に噛み千切りにきてましたよ。防具あって2人亡くなるぐらいの激戦なんですからなりふり構っていられません。亡くなった方には悪いですが、よく犠牲者2人で済んだ印象すらあります」

 

 

――――どうやって制圧した?

「胴体撃ちました。1人に対して4発ぐらいは撃っていた気がします」

「囲んで殴り倒して踏みつけました」

「脳天貫く軌道で弾当たったはずなんですが、1発ではまだ襲いかかってきました」

 

 

――――あれは人間か?

「思い返すと、同じ人間とはとても思えないですね。念のため用意してたスタングレネードも催涙弾も有効打にはなりませんでしたから」

「人型の猛獣です。違法薬物でラリって暴れるやつの方がよほど人間味ありますよ」

「目は血走ってるし歯剥いてるし言葉使わないし痛みに鈍感だしで、人間にしては要件が足りていません」

 

 

――――あれが再び出た場合、生け捕りを前提にするとどのように制圧するのが適切だろう?

「さすまたと盾で囲う?」

「網で絡めとるか、ロープで転ばして簀巻きにするか。手錠では護送に不安があります。猿ぐつわ的なものは必須」

「足撃って機動力奪うところからスタートラインじゃないでしょうか? それか麻酔銃か」

 

 

――――あれに相対する場合、最大の脅威となる攻撃および行動は? 不意打ちは除くものとする。

「対話及び静止を呼びかけ試みる姿勢そのものが危険です。その逡巡の時間が我々を危険に陥らせました。最初から殺害を考慮に入れた武力制圧が適していると考えます」

「怪力自体は、事前情報があれば対処できる範囲です。しかし、接近されて服の端や腕などを掴まれて引き寄せられてからの噛みつきが非常に危険です。格闘戦の間合いにならないよう心がけるべきです」

「我を忘れた力士を制圧するぐらいのイメージです。接近されることそのものが巨大な危険を伴っているので、逃げることを含めて相対する状況を作らないことを視野に入れておくべきではないでしょうか」

 

 

 

 

 

 

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――――あなたのお名前と、『雪花の光』での立場をお聞かせください。

「本名は林真備(はやし まきび)と言います。僧名は智深(ちしん)と。特に役職のない一介の山伏でしたよ」

 

――――あの日、我々が山上拠点に立ち入った日のあの時刻、あなたはどうしていましたか?

「はい。当時の拙僧は住居区域から東へ200メートルほど進んだ場所に陰に岩棚がありまして、そこで一昼夜の間床固め、座禅を組んでいました。風の音が強く、喧騒は聞こえてきませんでしたな」

 

――――この度は多くのご同輩を喪われました。しかしどうしてお一人で?

「今年の山籠りになってからどうも皆と空気が合わず、なんとなく一人で修行することが多くなりました。映像は見せていただきました。やむを得んでしょう。あれは、拙僧の知る皆ではなく、餓鬼と化していたようにすら思います。残念至極ではありますが、容疑者の身ながら葬儀に出させて頂けたことは感謝しております」

 

――――どうしてお気づきになられましたか?

「さすがにヘリコプターがこの山に飛んで来るのを見れば何事かと気付きましょう。登山者がまた行方不明になったのかと思いまして。大抵山狩りに駆り出されるわけですから戻った次第」

 

――――我々は『雪花の光』を、血液崇拝の危険視と、麻薬を使用していると判断して踏み込みました。それらについて是非。

「血液崇拝については、その風潮があったのは確かです。流行りと言ってもいいかもしれません。昨夏ですかね、摂理という若い尼僧が入山してから拡がっていったような気がします。麻薬はさて思いつきません。ヨモギ、シダ、マツなどで香や灸を作ったことはありますが、警察が指している麻薬の類ではないでしょう」

 

――――しかし、亡くなった方からは6-アセチルモルヒネ、要はヘロイン系薬物反応があり、あなたの血液からも、時間経過で代謝されたモルヒネが検出されている。

「嘘でしょう? 摂取した覚えはありませんよ? 第一、あんな狭い場所で隠す場所もありません。彼らが使っているところを見たことがありませんよ」

 

――――そうなんです。あなたを含め薬物反応はあるのに、薬物そのものが出てこない。あなたに禁断症状の兆候もない。我々とてプロですが、物的証拠と状況証拠はヘロインが存在せず、証拠隠滅もされていないだろうと言われている。結果だけがおかしいのです。

「拙僧もヘロインの名前は知っておりますが、仮にそれを摂取して、理性を失った餓鬼の如く暴れるものでしょうか? 不勉強ですが、そのような効用を持つ薬品であるというイメージはないのですが」

 

――――ヘロインは注射もしくは鼻からの吸引で摂取することで快楽を得られる物質です。しかし効果がある間はむしろ大人しくなる方で、薬が抜けてきて離脱症状が起きると暴れる者はいるのですが、今回の件のような極端な攻撃性の発露と対話すら不可能になる効果を示すことはないと考えられます。

「……鼻から吸引する快楽ということで思うことがあります。まさかとは思いますが」

 

――――お聞かせください。

「山形の羽黒山山伏独特の修験で、『南蛮いぶし』という修験があります。夏の盛りに堂に火鉢を持ち込み、唐辛子粉や米糠を締め切った堂の中で焚いて煙責めにし、むせにむせながら般若心経を唱えるというものです。雪花の光においてもこれに近い修験があり『喜悦蒸し』と呼ばれておりました。ただ、おおっぴらに世間様に顔向けできるものとは言い難く……」

 

――――興味があります。是非ご説明を。それによってあなたに不利益は生じさせないことをお約束します。

「では。長くなりますが。『喜悦蒸し』というのは気力を滾らせる修験とされています。幕舎を張ってゴザを敷き、焼き石を据えて香草と水をかけ、内部をサウナにします。そこに山伏の男が幾人か裸にふんどし一丁で入って座禅を組み、適宜焼き石を代え水をかけ高温超多湿を維持し、水も飲みながら祈祷の文言を唱えます。

 小一時間も蒸されると相当に消耗しますが、ここで神子と呼称します女人が白絹の薄い貫頭衣一枚で加わります。その衣が汗と蒸気で体に貼り付き透けるほどに蒸されたら、神子に軽石か糸瓜(へちま)を握らせ、山伏におぶさるようにして体の前面を、抱きつくように背中を、傅(かしず)くようにして足の垢を落とさせます。垢が落ちましたら一度川へ向かい身を濯ぎ塩を舐め、再び神子と共に蒸されます。

 これを人数分行なって、川と往復して身を冷ましながら昼過ぎから日没まで行いますると、体内外の悪しきものを茹で溢(こぼ)して削ぎ落として、神子を通じて得られる神気をその身に充填し気力を滾らせるとされています。季節にもよりますが、最短でも4時間ぐらいは蒸されることになりますかな」

 

――――ありがとうございます。喜悦とは、なにを指すのでしょうか?

「喜悦は、神子に体を密着されて磨いてもらえるという過程が褒美になるのと、こう長時間蒸されると頭も体も芯まで茹でられますので、幕舎の外に出た時に実に涼やか爽やかで、『ああ、これ以上の幸福はあるまい』という澄み渡った清浄な気持ちになります。悟りもひらけましょう」

 

――――しかし、ヘロインから連想されるほど関連のある修験でしょうか? なにか別の要因に思い当たっているのでは?

「はい。山上拠点は風呂設備が貧弱で、およそ山籠りしている者全てが入浴できるほどではありません。ですので山籠り中は水垢離か湯桶に手拭いで体を拭くか、『喜悦蒸し』とは別に洗浄サウナを行うことも多いです。それが昨夏から、摂理と称する、高校生くらいのうら若き熱心な信者?だったのでしょうか。尼僧の神子として山上へ昇り、共に生活を始めました。

 男所帯に美しい乙女が加わり、皆こぞって彼女への便宜を図っておりましたな。器量もよく、華やいだこともそうならば、神子が必要な『喜悦蒸し』もよく開かれるようになり、教義とは別に彼女のシンパになる者も出始めておりました」

 

――――先ほどもお聞きした名前ですね、摂理さんとお呼びします。この写真の方で間違いありませんか?

「ああ、彼女ですね」

 

――――修験道において、女性は穢れとして禁制となっているのではありませんか?

「よくご存知ですね。当然、我々の中でも反発は強くありましたよ。ですが『神子であるから霊峰に在るべし。我らにとってのアメノウズメである』の一点張りでした。なぜ彼女が神子であるのか、というのは拙のあずかり知らぬところで決まっていたようです。皆死んでしまいましたから、真相は闇の中でしょうな」

 

――――おそらくですが、逃亡しており、この事件に関してなにか知っていると判断し行方を捜索しております。どのような方でしたか?

「出自は存じません。人となりのことを言えば、天性のものか計算づくか、誰かに入れ込むことはなくとも自然と輪の中心におり、人間関係は等間隔なれどその肉体距離は非常に近く、珠の肌を晒すこと厭わず、人懐っこく抱きつくような肉体的接触も好んでおり、絆(ほだ)されるのも無理はない、魔性の類いであったように思います。アメノウズメというのも、当たらずとも遠からずでしょうか」

 

――――魔性とは穏やかではありませんね。

「実のところ、吸う快楽と聞いて連想したのが彼女のことなのです。もとより薄着の『喜悦蒸し』もそうならば、普段の洗浄サウナでもタオル1枚で男女の垣根が無いかのように入ってきていましたが、彼女が蒸されると、甘く力の抜けるような淫靡な芳香が場を支配するように発され、どことは申しませんがそれを嗅ぐだけで多幸感から昂り、免疫のない者や我慢のできぬ者は触れることもなく果てるほどです。ほとんど裸で密着しそれを受けることになる『喜悦蒸し』なぞ死屍累々の惨状で、煩悩祓いに水垢離滝行送りとなる者数多。修験としても、完遂するには相当な難易度になっていました」

 

――――血液崇拝に摂理さんが影響しているというニュアンスのことを言っておられましたが、それについてもお聞かせください。

「山生活ともなると、生傷ができるのは避けられません。手当てと称してよく傷を舐めようとしていました。不思議なことに、彼女が傷を舐めると痛みがすぐに消え、気持ち良さすら生ずるのです。皆不思議がっておりましたが、徐々にそれが血液崇拝にすり替わっていき、彼女に傷を舐めさせ血を啜らせることを目的に軽い怪我を負う者も出るように。彼女の影響とはそういうことです」

 

――――やめさせられなかったのでしょうか?

「さすがにわざと怪我をするのは神子に嫌われたようで、それ自体はなくなったのですが。逆に自然と軽い怪我を負うような激しい修験や作業への熱が増しました。動機が不純ではあるものの、気の抜けたことになるよりは良いだろうと黙認されていました。その雰囲気に馴染めず山篭りを辞めた者も当然おりましたが」

 

――――彼女は誰かと肉体関係は持っていましたか?

「どうでしょう。あってもおかしくはないと思いますが。あまり広くない拠点で、相互監視の目もある閉鎖的環境です。関係を持つまでに至った人数は多くなかったのではないかと思います。拙は誘うことも誘われることもありませんでしたな。欲情しなかったとは申しませんが、襲うという気にはなれませんでしたので」

 

――――山上の拠点から少女ひとり手荷物なしで逃亡するとして、生存できると思われますか? また山中で潜み続けることは可能でしょうか?

「我々にとっては庭のような山でございます。万が一遭難した際のための心得は彼女も知っていましたし、よほどの濃霧でもなければ方角を見失うこともありますまい。冬でなければ体力が尽きる前にどこかから下山も叶うでしょう。山中で野垂れ死んでいるというのは考えにくい。山中に潜み続けるとするならば、数日なら可能だと思います。それ以上となるとさすがに道具と食料が必要かと」

 

――――摂理さんの身体的特徴や、得意なことはありましたでしょうか? たとえば歯が長いとか、翼があるとか、運動能力に優れているとか。

「翼はなかったですが、木や岩壁を登るのがとても上手い子で、少し教えただけでまるでヤモリの如くするすると。貴重な神子であるからして、岩壁登りはすぐに禁じられておりましたが。山中を駆けるにしても特段遅れをとるようなことはありませんでしたし、運動神経は良い方であったかと。下衆なところでは、胸はとても大きく、それでいて年相応の線の細さも持ち合わせていて、距離感が近い子でしたから目のやり場に困る子ではありました」

 

――――ありがとうございます。他になにかお気づきのことはございますでしょうか?

「気づき、というほどでもないのですが。彼女が神子となった際に『神子は蘇ったのだ』という噂がありました。なぜそんな噂が立ったのかはわかりません。本人に聞いてもわからないようでした。あとは、田舎とはいえ、世間一般の常識と照らし合わせても、なぜあの年頃の娘があのような不自由な生活に従っていたのか、見当もつきませぬ。現在も姿をくらましているのなら、彼女自身、なんらかの隠し事があるのかなとも」

 

――――事件に無関係ではないでしょう。我々もそう思い行方を追っていますので。

「出てきて欲しいものですな」

 

――――長時間の聴取お疲れ様でした。

「はい。お疲れ様でした」
















アメノウズメ/宮比神
日本書紀に登場する芸能の神にして日本最古の踊り子。
アマテラスが天の岩戸に閉じ籠もった際、胸も下半身も晒して踊って場を盛り上げ、アマテラスを誘い出した。
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