※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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30:悪意の鉄檻

 佐土莉音(さど りおん)という少女は、割合恵まれた生活を送ってきていた。

 一人っ子だったが、家はそこそこに裕福で両親からは愛されて育ち、多くの習い事もさせてくれたし、中学高校は難関といっていい私立にも通い、大学は東大か京大か、なんて目標も決して夢ではなかった。

 

 寝る前のことを思い出す。期末試験に向けての追い込みに手こずってちょっと夜更かしした気はするけどもいつも通りの日常で、夜1時ぐらいには寝たはずだ。

 起きた時には、手足は縛られ、覆面被せられ、半裸に剥かれていて。人の気配はするがなにも答えてくれず、半裸の状態でどこかに運ばれて、どこかの部屋に放り込まれた。

 周りの様子は見えず、もがいても拘束は緩まず、聞き耳を立ててもなにかの電子音が聞こえるような気がするのみで。

 前背後(まえうしろ)ともに膝丈ぐらいはあるものの、首の通る布でしかない服はあっちこっちへひらひら。なにより、床が痛い。冷たくて目の荒い格子状の妙にでこぼこした床には、満足に横になっていられない。

 そのまま部屋を転がってなにかないかと探すと、冷たい壁に足に触れる。おそらく、これも格子状の壁。

 

「檻……? ちょっとなにこれ!」

 

 じたばたしても手足を縛る縄のようなものは緩む気配はない。

 そこまでして、体の変調にふと気づく。

 自分の体が、ちょっと感じたことのない謎な重力運動をしたのだ。

 肉がついたというか、ふくよかというか、特に転がった時の胸あたりの感触が変で。

 寝る前の私は、バストが大きい方ではなかった。せいぜいBカップ。

 うつ伏せに転がって胸を押し潰すと、どう考えてもそれではありえない豊満な膨らみになっている。

 

「(豊胸手術でもされたの……?)」

 

 しかし、そちらに意識を向けて膝で感触を確かめるも異物感はなく、血の通ったもののように思えて。

 兎にも角にも一度立ち上がってみようと、壁に背をつけ不自由な足に力を入れて――――――――ガゴン!

 

「あいたぁ!?」

 

 ド派手に天井へ頭をぶつけ、覆面の中で盛大に星を散らすことになった。転倒せず腰が落ちるだけで済んだのが奇跡的。

 

「天井ひっくう……」

 

 腰より少し上程度、キツめの中腰ならギリギリ立てるかぐらい。1メートルちょっとぐらいだろうか。

 一切合切なにも見えないのが行動の束縛を殊更に厳しく難しいものにさせている。

 

「(座ったまま動くしかない、か)」

 

 座るにしても寝転がるにしても、床の凸凹多数でとてもじゃないが痛くて長居できそうにない。

 少しでも平らで楽な場所を探さないと身が持たない。

 

「(床冷たいんだよもう)」

 

 金属だろう床と壁。半裸の体には冷やっこくて辛い。

 それでも転がって回るが、目が見えないことが響いて檻の中の全景を脳内で描くこと叶わず。

 ならば手か足の拘束をどうにかしようとしてみたところで。

 

「入れ」

「うへ」

 

 天井の端が開く音がして、どしゃんと落下してきた人の音。

 

「あ、先客いたの?」

 

 再び閉じる天井。

 悪夢であって欲しかった現実が、なにもわからず始まった。

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 聞いてはいたが、天井がやたらと低い。

 実験動物には二足歩行は不要、だと。

 借金こさえた我が身が悪いが、1年後、シャバに戻るときには足が萎えてそうな気がする。

 

「あ、先客いたの?」

 

 1人で中に閉じ込められるわけじゃないからまだマシだがな。

 覆面されて、体を丸めて隠そうとしているが、手足が縛られていて瑞々しい体のラインを隠し切れていない。

 早く触りたい。弄びたい。

 

「誰?」

「八木造(やぎ つくり)っていう。嬢ちゃんは?」

「………………………佐土(さど)」

「下の名前は?」

「………………………………………………莉音(りおん)」

 

 散々悩んで明かしてくれたけどもう知ってる。君を運命共同体に指名したのは俺だ。

 

《自己紹介は済んだか? これから説明を行う。一度しか言わないのでよく聞け。質問は受け付けない》

 

 待ってましたよ。事前の打ち合わせ通り。

 

《部屋の壁の端末を操作することで食事が出てくる。ただし所定のタイミングで操作が行われないと食事は出ない。部屋隅のシャワー設備も同様に、ランプが点灯している時以外は冷水しか出ないし、乾燥用のエアータオルも起動しない。食事時以外で水が飲みたければシャワーから直接飲むように。ただし、あらゆる操作は我々監視側か、電子認証による被験者八木にしかできない。権限を被験者佐土にも許可することは可能だが、それは諸君らの間での交渉次第だ。また、我々からの指示に従わない場合、罰則が生じる。それはおそらく諸君らの生活が困難になるであろう。例を挙げるなら、食事の質を悪化させたり、温水の提供を止めたり、部屋の気温を上げたり下げたり、といったところか。それが嫌なら我々の指示には従っておくべきだ。檻の中で過ごす期間は最長1年。閉鎖空間での人間性の変化を観察することを本実験の目的としており、諸君らから得られるデータが必要に足りれば終了が早まる可能性もある。最後に、諸君らがこの実験を満了すれば、2億円用意して解放しよう。説明は以上だ》

 

 俺の分の2億円は借金肩代わりでだいたい先払いされちまったんだがな。こればかりは借金作った我が身を恨むしかない。

 それにしても、佐土ちゃんにもそれだけ用意してるのか。資金力どんだけだよ、この組織。

 

「2億円……2億円……」

 

 そして佐土ちゃんはやはり事前の説明はなかったらしいな。拉致されてきたのは間違いないようだ。

 歳まだ二十歳になってないそうだが、成人の時に2億円もあれば、きっと人生イージーモードになるんだろうな。

 

「あー、うん、よろしくね?」

「八木さん、もし手が自由ならこの拘束を解いて欲しいんですけど」

「それはいいんだけど、先に覆面脱がすよ。まず自分の置かれている状況を見るといい」

 

 後頭部を向けてもらって覆面の縛り紐を解くと、短く髪を刈り揃えられた頭が出てくる。

 つむじがひとつ、日焼けしていない透き通るような白い肌のうなじや細い肩のラインは、華奢で簡単に壊れてしまいそう。

 そしてそれに不釣り合いなほど主張の激しい乳房が横から覗ける。

 

「眩しっ」

 

 鉄檻の中は眩しいとは言えない光量だが、佐土ちゃんは薄目で周りを見回した。

 そんなに目が光に弱くなるとは、どれぐらいの間、目隠しされていたのだろうか。

 

「ホンットに床も壁も全部檻……」

 

 東西南北、六畳ほどのリビングスペースと形容すべきだろうか。

 檻が中空に固定されている状態で、床下の真の床への距離が少々あって落ち着かない。天井裏は俺が連れて来られたキャットウォークがある。

 食事提供端末が鉄檻の片隅にぶら下がり、別の隅にはシャワーがあり、鉄檻の向こうになにか機械がくっついているのが見える。

 

「床が鉄格子じゃない場所もあるけど。左の方の寝室っぽいの」

「え、うん、うん?」

 

 体を隠すように丸めたまま、寝室に向かって微速前進する佐土ちゃん。

 ♂マークと♀マークで寝室の扉が2つあり、今は両方の扉が開け放たれている。寝室内部にはそれぞれシングルサイズで薄いマットレスに布団が敷かれている。

 

「うー、助かった……」

 

 拘束がそのままでも、柔らかな床でひと心地ついたらしい。

 寝室内部はやはり八方鉄檻の天井も低い。しかし壁も天井も遮蔽物に覆われていて、扉を閉めれば一応密閉空間。カプセルホテル、もしくは押し入れの下段が並んでいるとするのが適切な比喩になるだろうか?

 けれど。

 

「一応入口別れてるけど、お互い寝てるところは丸見えか」

 

 一部屋にベッド2つ、間には鉄柵が隔てているのみ。取り外せこそしないが、格子じゃないから腕ぐらいなら突っ込める。

 俺は事前に知っていることだが、この寝室扉の鍵も俺しか使えない。俺側の部屋からなら、鉄柵にシャッターを下ろして、向こうからの介入も防ぐこともできる。

 その気になれば閉じこめることも締め出すことも、夜這いかけることも手だけ出すことも自由自在。

 デコボコ鉄格子の床で寝ろってのはかなり無理がある。アスファルトダイレクトの方がまだ寝るにはマシだろう。

 

「それで、八木さんは自由に動けているようなので拘束を解いてもらいたいのですが」

「あー、それなんだけど……」

 

 あえて言い淀んで、溜める。

 

「けど、なんでしょう?」

「まず俺を『ご主人様』か『造様』と呼ぶことから始めようか?」

 

 彼女の生殺与奪は俺が握っている。

 上下関係ははっきりさせておかないといけないよな?

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

「は? おじさんなに言ってるの?」

 

 下品な視線を送ってくる、私と同じ服っぽい布の、三十半ばから後半ぐらいの八木という男。

 かけ布団があったので、その中に身を滑り込ませてとりあえず体を隠す。

 

「わかってない。全然状況を理解してない。君は全力で媚を売らなきゃいけない立場だ。でもしょうがない。許そう。突然こんなところに放り込まれて頭が働くわけがない」

「おじさんもしかして頭イカれてる?」

 

 妙に芝居がかった喋り方をする。

 

「いやいや。さっきの説明ちゃんと聞いてたか? 理解してるか?」

「……しましたけど、それがどうしましたか?」

 

柵越しのおじさんが、これも妙に大きな動作で肩を竦め、首を横に振る。

 

「この中で生活するのに、あらゆることに対して俺にしか操作権限無いんだぞ? 佐土ちゃんの飯出すのも、シャワー使わせるのも、みんな俺が間に入らないといけない。それに対してどんな対価が支払えるんだ? そうだ、たとえば」

 

 外に出たおじさんが、寝室の扉を閉じると、ピピッと電子音が鳴った。

 

「いま、佐土ちゃんの寝室の扉の鍵を閉めた。この程度のことで、君はもうなにもできなくなる」

「は? 外鍵なの?」

 

 その扉を調べるも、取っ手になるだろう窪みと認証の電子機器はあるが、内側から鍵は開けられない。

 

「たったこれだけで、飯も食えない水も飲めないトイレにも行けない。君が死ぬまでのタイムリミットは何日だろうな? 体は元気だろうに、餓死は辛く苦しいだろうなあ。舌噛み切るのも大変だろうなあ」

「はっ、そしたらおじさんも悪臭でここで眠れなくなるでしょ。同じ部屋なんだから」

「いや、俺は布団その部屋から引っ張り出してこっちの部屋で寝りゃいいだけの話だろ? 寝室とこっちでガッチリ別れてるみたいだからな」

 

 これ見よがしに、布団とマットレスをパタパタさせて、取り出せることをアピールされる。

 

「第一、 ここに放り込んだ運営に怒りはないのか? 家族や友人に会いたくないのか?」

「そうだ、警察が探してくれてるでしょ」

 

 家で寝ていた娘が行方不明になったとしたら。

 探さないわけがない。

 

「捜索の手が、佐土ちゃんが生きている間に来る保証は? 人間、水すらも飲めないと1週間は持たないぞ?」

「いま、いつかわかる?」

「8月6日前後だと思うが」

「え、嘘!?」

「そんなしょうもない嘘つく理由はない」

 

 記憶のある最後の日付は、7月の2日。

 1ヶ月近くも意識を失っていた?

 

「私、最後の記憶が7月の最初……」

「ほう、じゃあ1ヶ月、日本の警察はなにもできていないってことだな」

 

 1ヶ月。

 改めて体の様子に意識を振り向ける。

 記憶にある体と、現在の体。

 太っているという感じではなくて、全体的に肉がついているような。

 嫌な予感がする。

 

「今年は、何年?」

「2019年だろ?」

「嘘じゃないよね?」

「嘘じゃない」

 

 目の前が真っ暗になった。

 

「1ヶ月じゃない。3年と1ヶ月だ……」

「はぁあ?」

 

 おじさんも素っ頓狂な声を上げる。けどそれどころじゃない。

 3年。

 私はどうやら、3年の時を知らずに過ごしていたらしい。

 拉致犯は、3年もの間、私を寝かせたまま生かし続けていたというのか。

 そうであるなら、この体の変化も腑に落ちるところもある。もしや、寝ている間の栄養がほとんど胸に行ったとでもいうのか。

 

「嘘、嘘、嘘……」

 

 現実が頭に追いついてきて、寒気がする。

 悲観が頭の中9割を占めるも、一種の諦めに染まった結果、残り1割が最終ラインを構築して客観的思考を加速させる。

 

 おそらく行方を探してくれただろう警察。

 それで3年かかっても発見されていない。

 つまり私を攫った犯人は、あるいは私を生かした犯人は、それを隠し通すだけの規模と能力を持っている。

 なにに攫われたんだ、私は。

 

「ここ、どこなのかわかる?」

「俺も眠らされて連れて来られたから正確な場所はわからないが、待機中に日本のテレビ番組見れて、人もみんな日本語だから、日本のどこかだと思うぞ」

 

 さらに気分が暗澹となる。いっそ海外のどこかだと言ってくれていれば、日本の警察の捜査が及ばないせいだと現実逃避できたのに。

 日本国内なら、警察の目を逃れ続ける、強固な隠蔽力がある証拠。

 

「あははは、あはははははははは、ハハハハハハハハ」

 

 絶望。

 佐土莉音という人格にひび割れが入る。

 

 警察が3年かかって見つけられないのに?

 私が意地張って無補給で生きていられる時間が長くて1週間?

 それまでに救出される可能性はどれほど?

 考えるまでもない。ゼロに等しい。

 

「ハハハハハハハハ」

 

 あるいは、餓死すらも許されないかもしれない。

 私達を閉じ込めた何者かは、1年間の観察を目的にしている。

 意地を張り続けたとしても、運営側から生かすための介入が行われる可能性は否定できない。

 3年寝たまま生かされたのだ。殺すならいつでもできたはず。

 

「誘拐の裏事情が想像より重いな佐土ちゃん。でも、俺には関係ない。生きてここから出たければ、俺の機嫌は損ねない方がいいだろうな? 俺が求めることはひとつだ。俺の命令に従え。心からの服従は求めないが、その体を好きにはさせてもらうことになるだろう」

「最っ低ね、おっさん」

「代価は手足の拘束解除と、通り一遍の生活保証。暴力で従わせることもできるが、それをしないのは優しさだよ。手足縛られたままでは、まともな抵抗はできないだろう?」

「卑怯者が」

「その拘束がなくても、過程は変わらないように思うがね。別に今すぐに覚悟を決めろとは言わないさ。頭を整理する時間も必要だろう。しばらくは苦悩する姿を眺めていよう。不自由だろうが、手足の拘束はしばらくそのままにさせてもらおう。ああ、寝室の鍵は開けておくから、トイレに行きたくなったら勝手に行くといい。満足に拭けるかは知らないが」

 

 こんな初対面で低俗なおっさんに衣食住を全て握られることの気味悪さ。

 それに抗しようもないと思われる事実もおぞましい。

 なにを要求されても、ここでの生活を盾に取られての耐久戦では負ける。

 これを1年も続けることを想像するのも吐き気がする。

 かといって、いますぐに舌を噛み千切って死を選ぶほどの覚悟はまだ決まらない。

 

 なによりも腹が立つのが、この状況を作った何者か。

 私が選ばれ拉致された理由がわからないし、わざわざ3年も生かしてからこの鉄檻に放り込んだ意図が全く見えない。

 

 いろんな理解が追いつかない。考えることが多すぎる。

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 一方、鉄檻部屋監視モニタールーム。

 実験開始直後ということもあり、本来の監視担当の機材科だけではなく、多くの面々がファーストコンタクトを見守っていた。

 

「下種(げす)いことしてるな〜」

「2人ともこの実験で1番ヤバイことに気付くのはいつになるかな〜」

「でも1人じゃねえからな。案外長続きするかもよ」

「佐土ちゃん身持ち固くしたいみたいだけど、全部諦めて堕ちるまでどれだけかかるかな」

「吸血鬼の能力発露がいつになるか。それで力関係逆転するかもね。ヒトとしての人格が崩れて、内なる吸血鬼の衝動がいつ勝るか」

「1年は見る方も長いから、なるべく早く人間から脱して欲しいものだが」

「3ヶ月で限界来るだろうってのが現時点で賭けオッズの1番人気だな」

「それでもなげーーーーーーよ」

「あとはどの段階で彼女が自身の異常性に気付くかだな。3年も寝て筋力が衰えていない異常に気付けるかどうか。いまどのフェーズまで変異進んでるんだ?」

「10段階中3から5の間ぐらいと見てる。胃腸は変異済みで高速再生能力は持ってるが肋骨の翼化はまだ途上。変異自体はそこまで進んでいない方だね」

「胃腸が終わってるなら、味覚異常と嗜好の変化は起きてるな。また食えるもん探しからか」

「過去の実験で食性の傾向は掴めてるから、それの再確認しながら。八木の動き次第なところもあるけど、確認作業は長くはかからないはずだよ」

「あと1年寝かしてたら完全に変異終わってたと思うか?」、

「ないね。それを意志の力で一足飛びにできるかを見るのも今回の実験の肝だ」

「檻の強度大丈夫だろうな?」

「スチール製で固めて接続部もガッチガチにしましたよ。いざって時の保険ももちろん用意済み」

「その保険を使うような事態になって欲しいような、そうじゃないような」

「サウナいつ起動させるんだ?」

「あの2人の関係性が区切りついてから考える。なるべく早くとは思ってるが」

 

 思惑百般。

 悪の組織は人型実験動物を得て、嬉々として動いていた。

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