※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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31:積み上がる欲張り

 ある居酒屋チェーンの話に、

「人間は食べ物がなくても『感動』を食べて生きていける」

 という言葉がある。

 

 おそらくは、「人はパンのみにて生くるものにあらず」のことわざと、そのさらに語源が土台となったと思われる。

 原文にすると、

 “Man shall not live by bread alone. but by every word that proceeds out of the mouth of God.”

 日本語訳にすると「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出て行く一つ一つの言葉によって生きなければならない』と書いてある」(電網聖書 マタイによる福音書4章の4より引用)

 悪魔から誘惑を受けたイエスは、「人が生きるには物質的な満足だけではなく、人は神の言葉に養われて本当の意味で生きることができる」と誘惑を跳ね除けた場面。

 Man〜からaloneまでの文章で前述のことわざになる。

 

 これを踏まえて、さらにブラック企業であると散々な評価を受けた居酒屋チェーンの話という要素を加味し「人間は食べ物がなくても『感動』を食べて生きていける」の言葉を読み解く。

 そもそも、これの対象を客側へ向けるか、従業員の視点で見るかでニュアンスが変わる。

 

 客側として見た場合、食事の量がなく質が悪くとも、一緒に飲みにきた友人や同僚らと会話して共感する体験、すなわち感動を食べに来ている、と取れる。

 俗っぽく意訳するなら、客は食事しに来てるんじゃない、騒ぎに来てるんだ、と解釈できなくもない。

 

 従業員側で見た場合、パンにあたる部分は賃金か業務内容、神の言葉はお客様の感謝の声かやりがい、ということになるだろうか。

 意訳だと、たとえ劣悪な状態でも、お客様の声を励みに生きていける、働いていられる、ということになる。

 おそらく従業員側の視点で解釈された人が多いのではないだろうか。

 

 客側でも従業員側でも悪意のある意訳ではある。

 精神論なので、食べ物がなくても感動だけで生きろって無理です、なんて突っ込むのは無粋。

 けれど、人間は感動を食べて生きる生物であることは、否定し難い。

 いかに料理の味が優れていようと、それが余裕のない胃の痛くなるようなストレスの場であれば、食欲も失せて美味しいとは感じないだろう。

 逆に、殊更に痛快で気分がいい時には大概のものが美味しく感じられるだろう。感動をなにかしらの形で摂取してハイになる、いわゆるメシウマ状態。

 メンタルひとつで味覚すら変化するのだから、もし感動を支配できれば多少は食べ物がおざなりになってもなんとかなるのだろう。

 ぐっちゃぐちゃに盛り付けられた料理と、綺麗に美しく盛り付けられた料理では、たとえ材料も作り方も同じであっても、後者の方が感動が加味されて美味しいと感じる。だから感動を提供するのなら盛り付けの手抜きは許されないが。

 

 そもそも、人間は感動を好む生き物であり、世の中ありとあらゆるところで大なり小なりの感動を常に受け取って生活している。

 巷にはドラマアニメ映画漫画など多数のエンターテイメントが溢れているが、それらの到達する先は感動の追求か、闘争本能の鼓舞に行き着く。

 なにもエンターテイメントに限ったことではなく、人間の感動の尺度は幅広い。干してふかふかの布団にダイブした、欲しかったものを買えた、ゲームで勝った、桜が満開になった、暑い日にクーラーで冷えた部屋に入った、などなど、日常生活にも感動はいくらでも溢れている。

 溢れすぎている。

 コンテンツが大量生産されては雑に大量消費される現代は感動飽食時代。そんな時代に生まれ育つと、それが当たり前のこととなって、無意識に貪(むさぼ)り感動太りになっている。

 

 現代人は新たな情報を意識的無意識的に膨大に取り入れ続け、その中に混じった感動を好んで食べる生き物である。

 では感動を得ることできなくなった時、新たな刺激を受けられなくなった時、新たな情報を取り入れることができなくなった時、人はどうなるのだろう。

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

 

 一眠りして起きて、時計がないので正確な時間はわからないが、6時間ぐらいは経ったのではないだろうか。

 横を見ると、疲れからか情報過多で頭がオーバーヒートしたのか、眠りについている佐土(さど)ちゃん。

 タオルケット生地の掛け布団をがっちりと体に巻き付け、俺から1番遠いところで丸くなっている。

 ゆっくりする気はさほどなくとも、急ぐ気もない。合理的な思考ができるならあの体を明け渡すのは時間の問題。文字通りの兵糧攻めで締め上げられるのだから。

 覆面を外す時に近くで体を眺めたが、写真で見た時よりも迫力とメリハリのある体をしていたし、顔だって悪くない。俺の人生では接点を持つことすらできなかったレベルの女。

 随分と反抗的な表情はしていたが、それを崩すのも今後の楽しみというものだろう。

 我ながら気持ち悪い思考だが、誰に咎められることもなく非合理なことを楽しめるのだ。罪悪感を捨て去るまでの時間はこの檻に入るまでにたっぷりとあった。

 小腹が空いたと感じて、リビングフロアにある壁付操作パネルを見れば、食事とシャワーどちらも使用可能を表示するランプが点灯している。

 手が届かないので足で佐土ちゃんの体を揺する。

 

「おい、食事オーダーするが必要か」

「……いる」

「普通量でいいか」

「……それでいい」

 

 事前の説明によると、食事の時間はランダムになるらしい。

 食事のリクエストをすると、しばらくしてから茹でた玉ねぎキャベツ人参と剥き身のバナナと鶏肉団子とチャーハンと紙パック牛乳が1枚の樹脂プレートに雑に載せられて壁の穴から提供された。それが2人分で2プレート。リフトによる自動提供なので誰かに会えるわけではない。

 

「食事やる気ないな」

 

 最低限の栄養素が足りればいいだろうと言わんばかりの手抜きっぷり。この手抜き献立路線が続くとなると食事に期待は持てない。

 これでさらに箸やフォークといった道具になりそうな食器はなく、みんな手掴みで食べることになる。プレートも柔めの素材なので容易に割れはしないだろう。下手に監視側の不興を買ってこれ以上食生活悪化されても困る。

 タオルケットを引きずって、尺取り虫状態で寝床から出てきた佐土ちゃん。手足が拘束されているのであってもなくても動きがさほど変わらない。食事用意しないといけないあたり蚕かよ。

 その食事の様子は犬食いと表現するべきなのだろうか。

 鉄格子の床に置かれたプレートに口を寄せ、体の状態も相まって犬というか芋虫の如し。タオルケットで防備されていなければエロかったのかもしれないが。

 

「器用に食べるもんだな」

「うっさい、うぇっ」

「どうした」

「チャーハンが信じられないぐらいまずい。傷んでる?」

「ちょっともらうぞ。……いや、変な臭いもしないし、味も変じゃない。俺のと同じだ」

「そっちのチャーハンを味見させてほしい」

「おう」

 

 俺の方のチャーハンをひと口佐土ちゃんのプレートに置く。それを口に含むと、すぐにペッと吐き出した。

 

「まずぃ」

「食べられないぐらいか?」

「灰汁っぽいえぐみ?がひどい。なんだろう……渋柿と墨汁と皮のままの里芋まとめて口にした感じ?」

「渋柿も墨汁も味はわからんが、やばいことは伝わった。3年も寝て味覚バグった?」

「わかんない」

 

 警戒してか、茹で玉ねぎを舌で舐めて確かめる佐土ちゃん。

 ほんの少しだけ齧りついて、やはり変な声を出した。表情が見れないのが残念だが、静かに悶絶する反応が実に面白い。無理やり食わせたらどんな反応するんだろう。

 

「玉ねぎもダメか」

「……なにこれ、焼いた糠床と田んぼの泥?」

「食べられなさそうだということはわかる」

 

 俺は普通に玉ねぎを食べているが、なんともない。それにしては意味不明なマズメシの食レポ。

 糠床も田んぼの泥も遥か彼方の方向性だろう。それなのにたとえに出てくるあたり相当。

 チャーハンと茹で玉ねぎはアウトとなると気になる茹でキャベツ茹で人参にバナナと鶏肉団子。

 連発でとんでもない味を引いたせいで戦々恐々としているのが伝わってくるが、結果は全てセーフ。

 

「味どうだ?」

「バナナはバナナだし、肉団子は鳥だよね?」

「鳥肉だろう。で、キャベツと人参は」

「キャベツも人参も単純に美味しくない感じがあるけど、食べられはする。鶏団子美味しい」

 

 あまりの食への警戒心からか、会話が成立する。予想外の態度軟化。そのうち現実に戻るだろうけども。

 そして最後に残った紙パック牛乳はストローがついていない。さすがに口だけでは開封することはできないように思えるが。

 

「どんな味になってるか気になるから飲ませてやってもいいが」

「そんな施しはいらない」

 

 どうするのかと見ていると、紙パックの横っ腹に直に歯を突き立てて穴開けて吸い出す荒技。

 いきなり吐き戻さないところを見るに、味はなんともないのだろう。

 けれど無茶苦茶な飲み方のせいで鉄格子の床下へだらだらと雫が流れ落ちていく。

 

「ワイルドだな」

「うるさい。食器返しといてよね」

「命令できる立場かよ」

「プレート持ち上がんないからたぶん残飯と飲み残しの牛乳そこらへんにぶち撒ける」

「それは御免だ」

 

 俺が片付け始めたのを見て尺取り虫状態のまま寝床に戻る佐土ちゃん。

 床が牛乳臭くなるのは困る。シャワー使うときにこの辺流しておくべきだな。飲む時零してたし。

 

「シャワーも使えるが、どーする? 俺はこれから使ってみるつもりだが」

「いらない」

 

 一瞥はくれたが、それだけ。

 まだ俺に従うには遠いようだ。

 けど、食べられないものが出るようなら、献立次第では揺さぶれる材料になるかもしれないな。

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

 あれはいったいなんだったのだろうと、莉音は食事を思い出す。

 見た目にはなにも不審なところはなかったが、口に入れると見事に常識外れな風味が襲いかかってきた。

 それはもう、ひとくちで食物ではないと体が拒否するレベルで悲惨な味。

 

 あの男が何事もなく食べていたことを思うと、モノが悪いせいではない。私の味覚がおかしい。

 けれど、バナナも鶏団子も牛乳も、これらは記憶と相違ない味がした。

 いや違う。鶏団子だけは、想像していた味よりもとても美味しいと思った。これが調理による結果なのか、味覚のせいなのかはわからないけれど。さっさと飲み込んだのが悔やまれる。

 味覚が変わるといっても、そんなに限定的な範囲で変わるモノであるとは思い難いのだけど。

 

 そう思いながら迎えた檻生活2度目の食事の献立は、魚肉ソーセージ、薄切りベーコン、卵焼き、トースト、千切りレタスとミニトマト、濃縮還元100%オレンジジュース。

 The朝食と言わんばかりの献立は、まあまあ予想通りの味。

 レタスにドレッシングの類がないのと、なんとなく野菜が微妙に美味しくないことは気になるが、食べられないほどではない。

 卵焼きは見た目そのまま味もそのまま、好みよりはちょっと甘め。けど作った人が上手に作ったのではないだろうか。オレンジジュースは想像通りの味で驚きもない。

 ベーコンはとても美味しかった。塩気もちょうど良く、体がこれを求めていた感じもする。1人2枚しか盛られていなかったのが残念。

 

 檻生活3度目の食事は、豆腐、シシャモ2尾、焼いた牛レバー、メロン、かけ蕎麦、緑黄青汁。まるで一貫性のない献立。

 くじ引きしているような気分で食事に挑み、緑黄青汁以外は食せた。

 牛レバーは美味しい、シシャモは微妙、メロンが甘くない。豆腐とかけ蕎麦は安っぽい。

 緑黄青汁はなんだろう、単純にまずい。気持ち悪い味で飲めなかった。おっさんは同じ感想ながら一応完飲していた。

 

 食べられた物を前提として仮定を立てる。

 美味しく予想の味通りいただけたのは、牛豚鶏とオレンジジュースと卵焼きと牛乳とバナナ。

 予想を下回ったのが、魚肉ソーセージとシシャモとキャベツレタス人参メロン豆腐ミニトマト。

 口にもしたくないのがチャーハンと玉ねぎと青汁。

 ダメだ全然わからない。3食では材料が足りない。

 

 

 時計がなく時間の経過がどれぐらいかはわからない。でも檻に入ってから24時間は経過しただろう。

 食事の合間に手足の拘束をどうにか抜けようと頑張ってみているが、体を隠しながらそれをするのは全く捗らない。

 食事の時間ごとに変な移動をするから筋肉痛になるし、腕と肩を伸ばしたいがそれもできない。

 なにより、常に監視され、男の好奇の目に晒されている生活への精神ストレスが半端ではない。

 手足の拘束を外そうとモゾモゾしているのを眺められているだけでそれを意識して集中できなくなる。

 最悪なのはトイレで、おまるのような腰の低い座式トイレなのだが、扉がただの鉄格子なので様子が見えるし、見られる。音だって聞こえる。拘束状態では拭くのはおろか服っぽい布をめくって座ることだってかなり苦労した。その悪戦苦闘も見られたし恥辱で顔から火が出る。

 

 食事が8回を数える頃になると、体を洗っていないせいかどうもかゆみが出始める。けれどやはりうまくは掻けない。

 食事のたびにあまりの不味さにリアクション芸を繰り返す私を、おっさんは面白がって笑う。

 けれども食べることができるものできないものの線引きははっきりさせないといけない。そうしないと食事も満足にできやしない。

 食事の回数を重ねて、肉類と乳製品は基本的に何事もなく食べられることがわかった。

 一方でどうも野菜系魚系に美味しいと感じるものがない。玉ねぎとニラ以外は概ね食べられはしたのだけれど。

 

「そろそろ頭の整理はついたかい? 俺の命令に従う気は、少しは湧いたか? 俺が不介入を決め込む時間はそろそろ終わりだ」

 

 3年が経過していて、助けは来ないと自覚した時に、佐土莉音の人格に入ったヒビ。

 あの時に完全に壊れて発狂できていれば、思い悩むことはなかったのかもしれない。

 しかし理性はそれを許してくれなかった。あの程度の絶望では刺激が足りなかったのだろう。

 食事を絶って水も飲まなければ遠からず死ねるし、冷水を浴びてそのまま乾かさないでいればあっという間に衰弱できる。舌を噛んでもいい。

 頭では死へと向かう手段はいくつも思いついた。でも、尊厳を守って死を選ぶことは、考えついても実行に移せなかった。

 

「頭の整理はついたわよ。とっても最低な気分」

 

 壊れることができないなら。

 狂い切ることができないのなら。

 生に見切りをつけることもできないのなら。

 

「一戦交えさせてもらうわよ」

 

 意地汚くても。ハンデがあろうとも。この最低な男に唯唯諾諾(いいだくだく)とは従ってやらない。

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