※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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未知と未知の交差
45:血浴的吸血鬼信仰、エリザベート


 サウナに被験者2人初投入を終え、夕飯時。

 たまたま食堂で遭遇した榊場(さかきば)と、本日の夜定食Bこと麻婆豆腐とサラダセットをそれぞれ味わいながら雑談に興じることになった。

 榊場は粉唐辛子を追加でザバザバと振りかけていたが、大丈夫なのか、それ。

 そのままでも花椒と唐辛子がきいてて辛いぞ。

 

「まだ資料整理中?」

「今日は下の観察檻で立ち会いだったけどな」

「じゃあなにかほかに考えてることある?」

「なんでプリオン病にならねえんだろうなあ、てぐらい?」

「プリオン病?」

「クールー病とか、狂牛病(牛海綿状脳症/BSE)とかの総称。異常なタンパク質が原因ということはわかってるけど、それ以外がまだまだ研究途上」

「ああ、狂牛病ね。十字(じゅうじ)はそんなのまで調べてるんだ」

「吸血鬼が人間から変異するにしてもさ、ベースは結局人間じゃん? プリオン病系統って同種族間喫食で発生や感染しうる病気だから、人間の血液常飲なんてしたら起きてても不思議じゃないんよな。首に噛みつきやすいイメージがそのまま事実なら髄液みたいなのも吸いそうって思ってな」

「狂牛病は一応知識としては知ってるけど、一般レベルしか知らないな」

「俺も無茶苦茶詳しいってわけじゃないけどさ。狂牛病自体はそもそも1980年代以降に人間が作っちゃったような病気だし」

 

 食肉を入手した後の家畜の骨や内臓を加熱し加工した飼料や肥料である肉骨粉。

 たとえば骨粉は植物の生育に好影響を与えるし、肉骨粉を家畜に与えれば成長が早くなる。

 だが羊の海綿状脳症(スクレイピー)に汚染された肉骨粉を混入させた結果、主に経口感染で羊から牛の間で病原体が移動した。

 起点および流行の中心はイギリスだが、潜伏期間は多くの場合年単位とかなり長く、感染しつつも発症していない牛を加工した肉骨粉を与えたため、流行を拡大させたと言える。

 そもそも肥育飼料として草食動物に間接的な同族喰いをさせたから起きたことなのだから、狂牛病は人が作ったと言える病気。

 

「俺がここ来る前の実験でさ、吸血鬼の仮死体起こして人間や家畜の血を与えるってことやってたんだ。人間の血が1番美味いって話だったんだけど、牛とか鹿とかそういう血でもイケる口っぽいと」

「人間だけ襲ってたわけじゃない可能性があるのか。チスイコウモリと同じ?」

「それもそうだが、さっき言った狂牛病の原因の異常タンパク質みたいなのがなんで感染しないのかってな」

 

 なおチスイコウモリは狂犬(・)病を媒介する。

 

「いやいや、狂牛病って超近代って言っていいぐらいの発生でしょ? 牛とか狙うにしても時期が足りない。ああでも、牛痘が感染って天然痘回避ぐらいは可能性あるかな」

「ペストの健康保菌者だった説もあるし、他の病気が流行したら病人だらけで人を狙いにくくなったら家畜を狙うこともあっただろうし。狂牛病置いといても、家畜だけ死にまくる病気からのリスクもあるわけじゃん? 鳥インフルエンザとかさ。感染症として考えたら血液摂取なんてもっともヤバいぐらいだろ」

 

 吸血鬼と人間における食性の最大の違い、吸血。

 少なくとも吸血鬼が血を常飲して健康を害する、などという話は伝わっていない。

 成分として見ると人間がそんなことをすれば簡単に胃腸は荒れるし、常飲すると鉄分過剰で健康を害する。

 血液そのものを美味いと感じるかどうかも差異はあるだろう。

 

 そこを抜きにしても、現代でも未だ生血の喫食には衛生的にかなり問題が多い。

 イスラム教、ユダヤ教、キリスト教といった大御所は血液を食することを禁忌に指定している。

 半ば毒物なのだから、それを食すのを禁止することには意義があるだろう。

 ただ、パンとワインをキリストの血肉として扱い食することもあるので、考えようによっては人肉食(カニバリズム)の代用でもあるが。

 

 日本においては血液料理と呼べるものはほぼ発達しなかったが、宗教的か風俗的に禁忌でなければ地域を問わず血液料理は多い。

 さすがに人間の血を選んで使うパターンはそうそうなかっただろうが、牛豚鴨鹿羊あたりの血液はよく利用された。

 イヌイットに至ってはアザラシの生血を飲みもする。

 

 同様に血液そのものへの神秘性を感じるという例は科学の発達していない時期ではそう珍しくはないことであったし、女性の生理を血穢として蔑視していたのも、裏を返せばそこになんらかの神秘性があると認識していた証拠である。

 生理が穢れではないと言い出したのは日本では明治になってからで、だいぶ新しい考え方とすら言える。穢れであると考えられてきた時間の方がはるかに長い。

 

「吸血鬼がいた宗教集団でも一種の血液崇拝のプチブームが起きていたようだし」

 

 瀉血(しゃけつ)も、主に西洋医学においてある種の血液信仰ではあっただろう。

 体内の不要物や有害物を血を抜くことで一緒に排出させることを目的とした治療、と信じられていた手法。

 血を抜けば症状が軽快に向かう、そう信じた。それが主流であったのだから信仰と言って差し支えないはずだ。

 現在でこそ鉄過剰を始め特定の疾患では効果があるとされつつも、当時の多くの場合でただ健康を悪化させただけだろうし、音楽家のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが病に臥せった際に事実上のトドメを刺したのも瀉血治療と言われている。

 

 現代において血液を特別視している有名なところでは、エホバの証人が筆頭候補であろうか。

 1800年代後半発祥、時期としては明治政府が生理を穢れではないとした頃に誕生した、比較的新しい部類のキリスト教系原理主義。

 エホバの証人は輸血を拒否する、あるいは拒否したという話はどこかで小耳に挟んだことぐらいはあるのではないだろうか。

 彼らは血を命あるいは魂とも認識しており、聖書中に存在する「血を避けるべき」趣旨の記述を守り、これを他の人間の血が自分の体に入ることも不可、とも解釈して、それを外血液で侵されることを信仰によって拒否する。

 他人の魂を自分に注入するのを忌避する、と考えれば理解できるところはある。

 しかし、血液を神聖視こそすれ、信仰自体はしていない。彼らの信仰対象はエホバ神(ヤハウェ)である。

 

「あとさ、吸血鬼が実在するって前提に立つと、エリザベートの凶行もある程度説明つきそうなんだよな」

「血の風呂に入ったっていうあの人か」

 

 吸血鬼ではないにせよ、それに近いことをした者として外すことができないのは、血の伯爵夫人ことエリザベート・バートリ。(1560年〜1614年)

 若い処女の血に若返り作用があると信じてその血や肉を求め、数多くの犠牲者を発生させた猟奇殺人鬼。

 そのような伝説が残るが、1600年ジャスト付近は魔女狩りも最盛期であったりする。

 

「エリザベートじゃない吸血鬼が東欧圏で出没し、若い肉体と美貌を維持するって吸血鬼の伝承は彼女の求めるそのもの。凶行に走らせるには十分な動機だと思う」

「吸血鬼になりたかった、って可能性はあるね。特定のなにかになろうとして真似る、ミラーリングするのはありがち。好きな人の真似をする、って現代でもよく聞く」

「末路を考えるとおそらく吸血鬼にはなれていなかっただろうが。逆に、なんらかの吸血鬼を匿っていた、下僕になって代わりに血を集めていた、という可能性もあるが」

「末路ってどういう最期だったんだ?」

「腐っても伯爵夫人だったからか、死刑相当だったが塔に幽閉。発狂死というが、衰弱死と病死でもあるとは思うが。窓は塗り固められて、差し入れ口の小窓しかなかったと」

「本人が吸血鬼になってても不思議じゃない気はするな。絶対に外に出られない場所に幽閉って、十字たちがやってるまさにそれじゃん」

「幽閉ナメんなよ。俺らがやってるの、はっきり言ってエリザベートのそれより何十倍何百倍もマシだからな?」

 

 清潔な湯水と食事、ある程度の身だしなみ用品も使え、トイレだって水洗だ。提供自体は清潔な寝床もある。害虫もネズミも湧かない。

 彼らは文句を言う権利はあるし、現代における最低限の生活権は守られている大変開明的な監禁である。

 1日1回の食事提供、光も与えず、衛生面も劣悪だっただろうそれで死ぬならそれでもいい、そういう刑罰とは一緒にして欲しくはないものだ。

 兵庫支部から生きて出ることはないが、八木には金という希望があるし。

 

「とはいえだ、そういう環境で発狂死か衰弱死まで3年はかかったんだから案外人間って強いなとは思うのよ」

「そんなに長いのか」

 

 死刑に相当する、と本人に伝えられていただろうと思うが。

 恩赦は望めないほど殺したし、希望もなかったうえに暗室では本すら読めまい。

 3年近くかかったということは、その間なんらかの生命活動と生存反応があったということだから、吸血鬼的な仮死で耐えていたこともないはず。

 享年54歳というが、当時の衛生基準や医療技術を鑑みて寝室に押し込められて幽閉3年生存は相当頑張っている。

 差し入れ口以外は扉も窓も塗り固めたというが、3年も生きていたなら、出られないだけで糞尿の処理や清拭ぐらいはそれなりにしっかりしてたんだろうなとは思う。

 光なし・糞尿放置・着替え清掃換気なしで約半年ロンドン塔で幽閉されることになった9歳児のルイ17世でも、病気しまくりながらも半年は生きていたと考えると、大人ならそういう環境でも案外3年は生きられるか?とも思わなくもないが。

 

「エリザベートは実際に吸血鬼だったと仮定したらどうなるだろう?」

「本物だったら我が世の春だったかもなあ、地位も金もあったんだし。やりすぎだったけど」

 

 人を人と思っていない行動も、種族が変われば比喩ではなくなる。

 彼女の最大の失敗は、継続的な搾取では足りずに致命に至らしめたことになるのであろうか?

 

「本物だった場合、どうすれば発覚か処刑されずに隠蔽し続けられたかな。疑われずに継続的に処女の血を入手し続ける方法、と言い換えてもいい。思いつく?」

「難易度鬼だな」

「これが貴族じゃなくて野宿生活上等、みたいなのならいくつか思いつくけど」

「そこに処女限定、最大限解釈拡げても若い女、と条件つけると相当なあ」

「選り好みできる立場ではあったけど、逆に逃げにくいのもあるだろうし」

 

 仮にチェイテ城から逃れられたとしても、50歳の貴族女性が追手を撒くような逃亡生活続けられたかは謎。生活レベル落とすってのは難しい。

 

「人口イコール領地の実力、みたいなところがあるから、自領からポンポン徴発してたら史実通りになるもんな」

「若い女ばっかり取って行かれて帰ってこないってなると、男衆も困るわけで」

「だとすると、他所の領から攫ってくるか、人身売買で入手するか」

「これが男ならまだなあ。戦争に出て行って乱取りして帰るって手もあったかもだけど」

「そういう人っぽくはないよね」

 

 史実のエリザベートの夫はオスマン帝国との戦争によく出かけている。

 血の伯爵夫人とまで呼ばれた彼女であるが、城持ち伯爵の夫人ともなると教育レベルは行政官のそれとなり、超のつくエリート層と言っていい。代官や執事任せの部分はあっただろうが、決して血液搾取だけに傾倒できる存在ではないのだ。

 その血筋と地位が発覚と処罰を遅らせた面もあるし、周囲の人間の口も相応に固かったと言える。

 伯爵夫人の侍女なんてどこぞの下級貴族の三女四女とか代々の使用人の娘とかそういう身元確かな繋がりが必須になる。主家にはそうそう逆らえない。

 

「発覚のトドメになったのは内部からの脱獄だ。それが無ければもっと続いていたんだろうな。口のチャックは忠誠心か給金が高かったか、その両方か」

「口滑らしたら即死が見えるから恐怖政治の可能性もあるけど」

「それはこっちもあんまり変わらないけどな」

「権力と金の圧迫、その上で生活を握ったらまず逆らえないよね」

「俺らの場合は逃げ出すのもなかなか」

 

 薬物中毒麻酔科医を始め、はみだし者がいるのは事実。その彼らでも前提として医者になれる程度に地頭は良い。

 それらをあらゆる面で縛って高給取りとなれば守秘義務を守ることに命を賭けられる。

 金で買えないものは確かにあるが、現代ともなると99%ぐらいは金でどうにかなってしまうし、不安の大半は金の心配なんだから、そこがクリアされるなら方針に逆らう必要もないのだ。

 その仕事を続けている限り生活安泰というのであれば、エリザベートの時代であっても裏切る理由の大半は潰せる。

 古今東西、忠誠心だって金次第。

 

「バイトテロが問題になってるが、最低賃金ギリッギリの金額で雇っておいて仕事に真摯に向き合えは無理がある」

「違いない」

 

 女性との出会いがないのは問題ではあるけども。

 ここにいる限りタダ同然の水光熱費と寮管理費と食費に、出歩いてショッピングなんてできないんだから金は貯まる一方。

 兵庫支部在籍半年でここでの初心者マークが外れ、大捷製薬新卒初任給の3倍に上がって、そこにいくつかの手当てがくっついて増額。特務給付金とかいう(非課税給付所得)とわざわざ追記されている謎の収入がボーナスと同時払いで半年に1回結構な額で入って来るわで、例外的な初年度だけでも額面だけなら込み込みで年収一千万超えていくんじゃないだろうか?

 これが兵庫支部での最低ラインの基本給であり、契約時の資料を見るに在籍3年目からグイッとベースアップが行われる。雑談としてこれは事実か束村(つかむら)さん始め何人かに聞いたら事実だったし、年収億もいるご様子と。3年目から上がるのは、脱落する人は2年は持たないという経験則らしい。閉じ環境で生活し続けるのにもある種の適性や才能が必要なのだとか。

 話を聞いているだけでも、二十代で芦屋に一軒家ぶんの土地ぐらいは買えるんじゃないかと思えるぐらいには、金で誠意を見せてくれているのだ。

 インフラ担当組はある程度で天井が来るが、自分含む研究や実務組の給料の変動は成果面の影響を受けやすい。

 

「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせ、礼儀として行う小さな儀式。

 返却口に持って行くかと空になった皿とトレイから目線を上げて、ふと食堂の他のテーブルを見やると。

 

「おい榊場、後ろ、あれ見えるか?」

「え、どれ……え? は? 待ってなんだこれ」

 

 大きさは成人男性縦横2人分。

 スカイブルーに近い色の人の足のようなもの。

 それが何本も床下から立ち昇り、テーブルを貫通して更に天井を透過していくところだった。

 ここ、地上1階なんだけど。

 

 そうだよな。

 この建物全域がそもそも心理的瑕疵(かし)物件だもんな。

 ここはそういうこと起こっても全く不思議じゃないし、人為的に起こすかもしれない人間までいる。

 霊感あろうとなかろうと、続かないやつは出るよな。














参考資料


輸血拒否についての考察(エホバの証人問題支援弁護団)
https://jw-issue-support.jp/transfusion/transfusion-problem/

牛海綿状脳症(BSEとは?)
東京都保健医療局
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/niku/bse/bse.html

牛海綿状脳症(狂牛病)(Bovine Spongiform Encephalopathy : BSE)(第17巻、3号)
東京都感染症センター
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/epid/y1996/tbkj1703/
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