日常的に直火を使う必要があるため、社員食堂や自炊用キッチンは地上1階にある。
もともとここは医療施設というより超能力者隔離施設であるから、特殊級能力研究運用保護生活科こと特能科で自由行動権がない人にはここから地下へ料理をデリバリーを行う。
地下4階で監禁観察中の2人が食べるものもここで作って俺含む誰かが持って行く。
地下施設関係者が主に使用する中央エレベーター3本からもやや離れているせいで、仮にこの食堂から地下7階手ヶ咲バーまで行こうとすると大人の並足で10分はかかる。
この棟にはレクリエーションルームやジムや大浴場といった生活基盤となる施設が入っているのでなにかと立ち寄ることになるが、仕事の中心部からやや離れているのは、不健康な生活になりがちな我々研究員をなるべく歩かせたいという思惑があると施設紹介の時に言っていた。
だから、地上階が異変に見舞われていておそらく原因は特能科のなにかというのが予想できても、この場所にいる時点でやれることはほぼない。
正常性バイアスが働いているのは自覚しているが、避難してどうにかなるのか。
ウニョウニョ動くスカイブルーともクリアブルーとも取れるような色の人の足のようなものを避けて観察しつつ手持ち端末の連絡網更新待ちをするしかない。
「質量は無い、よな?」
「ものが動く様子はないし、なさそうだよね」
あんまり接触したくないが、食堂の床各所ランダムに何本も立ち昇っているし、それは廊下でも変わらない。
既に出てきているのは避けて通れるが、床下を見る目は持っていないので全部避けるのも無理がある。
触れても害らしきものは感じないが、これを素人判断はできない。
対処しようのない異常現象がこうも大規模に起きていると、観察して分析しようとするより「これは大丈夫なのか?」という気持ちが先に来る。
「すごい顔になってるよ
「圧倒されてるわ……」
我ながら顔が引き攣っていると思う。
このなにかに透明度はなくて、長さは3メートル超で太さは両腕で丸を作ったより大きいぐらいのかなりの存在感。
それが規則性のないタイミングで床から生えてくる。
伸びていく速度は遅く、秒間2〜3センチぐらいであろうか?
近づいてしっかりと観察すると青み一色というわけでもなくて、血管のように枝分かれしながらほんのり青に濃緑が差しているところがあり、それが波打っているようにも見える。
透明度がないのが災いして、足のようなものが林立する廊下を進むのだってだいぶ視界不良。割と明るい色なのに自らは発光せず、天井の照明部分を通過する奴はその光をも覆うので、とっくに冬の日没を過ぎていることもあってかなり暗い。
「これ地下何階分ぶち抜いてきてるんだ?」
食堂は地上建築物内だが、直下にはもちろん巨大な地下施設があり。
1番こういうことをやりそうな特能科の超能力者集団は地下7階を根拠地としているが、発生源がそのあたりだとすれば高低差だけでもかなりの距離になる。
「外どうなってるんだろ?」
「ちょっと行ってみるか」
触ってもたぶん害がないと信じつつなるべく避けて建物外へ。
雪はないけど12月の冷気が肌を刺してくる。
麻婆豆腐で体が温まっていたからいいものの、それにしたって外出着ではないから長居できない。凍える。
「なんだかなあ……」
「外もおんなじ感じだなあ……」
建物外に出てアスファルト舗装路になっても正体不明な足もどきはにょきにょき生えているし、そのまま空に向かっているような気はするがどこまで続いているのかは暗くてよく見えない。
出てきた建物の方を見れば、建物自体が青い触手に絡み付かれているようにも見える。
結局建物から離れること200メートルほど、正門の警備室が見えるまで行ったあたりでようやく完全に生えて来なくなっており、同じような考えか避難してきたと思われる着の身着のままな先客が2人警備室で暖を取っていた。
許可なく敷地外には出られないし、生えてくるのは兵庫支部の建物のほとんどの範囲と思われる。こんな時間だとほぼ全員が地下か宿舎か本館のどこかに所在していたはずだから、気にする人の逃げ先は必然ここになる。
この正門の警備室は24時間体制で、畳の待機所やトイレもあったりでちょっとした大きさ。
他にも範囲外だろう建物はいくつか思いつくが、この時間帯に人がいるとはあまり考えられない。
「どうすりゃいいんだか……」
「どんどん人増えるね」
2人で避難してきて15分ほど経過。
その間もぞろぞろと人が逃げてきて30人を超えた。
そうなるとこの待機所もさすがに手狭となって、逃げてきた機材科らしき数人が廃木材や枝束で焚き火を始めた。
原因がどこにあってこうなっているのか、詳しく知っている人は警備室人員含めていない様子。
不意に、敷地内連絡用端末が鳴る。感染症内科の
『猛城です。いまどこにいる?』
「正門前警備室のところに避難中です」
『悪いけど吸血鬼監視オペレートルームまで戻ってきてくれ。あの2人にどう説明するか早めに決めとかないと報告も何もない』
「この中をですか……」
『避けながらで多少時間食ってもいいから』
「了解です。とりあえず行きます」
『この変なやつのせいで館内だいぶ暗くなってるから気をつけて』
通話が切れると同時に天を仰ぐ。
「悪い、下に呼ばれたわ。行ってきます」
実に行きたくない。
火事の中に飛び込めというほどじゃないかもしれないが、薮を踏み付けて突き進めぐらいの抵抗感はある。
「それがいまの仕事だから、給料分は働かないと」
「それはそうだが」
高給取りのぶんは働けと言われれば反論の余地もないけれど。
こういう明らかなオカルトを担当する要員でもないのだが。
「なにかわかったら教えてよ」
「箝口令されなければな」
色合いは明るいが発光しているわけではない足のようななにか。
夜闇の中を戻るにはお化け屋敷の中を進むようで気が張る。
外気の寒さが余計に沁みる。
++++
地下4階、吸血鬼監視オペレートルーム。
道中は視界不良、部屋に着いても2本の足もどきがスペースを占領していてどうも狭く感じる。モニターを塞ぐ場所に生えていないだけマシであろうか。
モニターが塞がれていないだけで、監視先の檻部屋にも当然生えている。1本はカメラと被る位置にあって映像を役立たずにさせている。
「これをどう説明するか、案出してくれ」
「なにもしないは無理ですからね」
「そもそも原因わからないと説明しようがない気がしますけど」
猛城さん、
何故か脳神経外科内科の
「そのために私が呼ばれたんですか」
「その通り。どうせ特能科がやらかしたんだろと」
「間違ってはいないんですけど、不可抗力に近いですよ」
那須原さんは特殊能力研究に力を入れている脳研究者で医者である。
脳外科の手術技術もあるが特能科に軸足を置いており、医療科所属ではもっとも事情を知っている人だろう。
「実際は?」
「原理は不明。今回起こしたのは
「家長ちゃんこんなことできるんですか?」
「というよりも、これをできる特能科は家長ちゃんしかいませんし」
特能科秘蔵の5歳児、
幽体離脱も使いこなす……ことはできていない気がするが、地下7階で時間を潰していると低確率で黄色い熊パジャマの幽霊もどきや本人移動とエンカウントする。
幽体?でも普通に意思疎通と会話が可能なのは本当にどういう原理なんだ。声はどこから出てるんだ。
「これだけ大規模なのは久しぶりだけど、ここに来た直後は1・2階層貫通ぐらいの範囲は週3か4であったし」
「うへっ」
「環境変化と見知った顔ゼロで親はいない、誰を信じればわからないってことでストレスがあったんだろう」
「慣れて落ち着くまで3ヶ月ぐらいかかったか? 堪んなかったよなあれ」
「心臓に悪いし目にも耳にも邪魔なのに怒るに怒れない、みんな仕事にならなかった。あの子、いろんな意味で規格外。今でも苦手」
苦手と評した陽神さんは眉根を寄せて腕を組んだ。
「今日のこれ、見た目派手だけど無音だろ?」
「そういえば」
見た目は派手で、どうにも落ち着かない見た目と動きをしているが。
陽神さんに言われてみればその通りで、これが起こすことには一切音がない。
「音だけごうんごうんだとか、スパークかましたバチチチチとか、いわゆるラップ音のスケールがどデカい版が鳴り響くこともあったんだよ」
「場合によっては今回のような現象に追加で音が一緒だった」
「やってられないですねそれは……」
「しかも昼夜いつ発生するかもわからない。あの子が寝てる時に発生することが圧倒的に多かったが、来た時4歳ギリ手前で体力は皆無。体力が尽きたら寝る。霊障起こして体力使う、寝る時間が長くなる、発生率が上がる、またなにか起きる。感想をどうぞ」
「両親の苦労が偲ばれます」
あまりにもどうしようもない。
むしろ、よく両親は3年耐えたなと思うほど。
これを日常的に浴びて、なおかつ本人も特殊能力持ち。
世が世なら、御神体とかそっちの意味で神童になる。憑依体質もこういう現象を起こさせられると恐ろしい。
「家長ちゃん自身はこういうことにどういう理解をしてるんですか?」
「「さあ?」」
「さあって」
「十字君さ、昨晩どんな夢見たか、寝返りどれぐらいしたか覚えてる? たぶん覚えてないよね?」
「そうですね」
「寝てる間に発生したことの因果の説明って認識できないみたいなんだよね」
「じゃあ、いま家長ちゃん寝てるってことですか?」
「それが起きてますので、今回は大問題」
那須原さんは肩をすくめた。
「寝てる時に発生させた場合、ざっくり言えば悪夢の余波、幽体離脱能力の制御ができてないだけだから目覚めさせれば大抵止まるってのが両親からも聞いた経験則。寝相が悪いようなものだと理解されている。問題は起きてる時に発生した場合。この場合、原因が別にある」
「前聞きましたけど、憑依で本体が追い出されて警察のご厄介になった件とかですか?」
「それも該当します。それで今回ですが、本体は追い出されていません。その上で暴走です。いや、暴走とも微妙に違うのかもしれません」
どうも歯切れが悪い。
ここにいる研究者は、自分でやりたいから研究をやっていることもあって熱意を持った人が多い。
那須原さんもそれに漏れず、超能力研究には精力的に携わっていて、このような異変には意欲を見せることが多いのだが。
「DDoS攻撃ってわかります?」
「そりゃ知ってるが」
「同じく」
Webサイトやサーバに大量のデータを送りつけて機能不全に陥らせてしまう電子的攻撃。
それそのものではデータが盗まれるような攻撃ではないが、嫌がらせとしてはポピュラーとすら言えるだろう。
「手ヶ咲君が言うには、何日か前から体調が良くなかったようで。病的なものではなくて、元気がないとかだるそうというレベルの話だった。この惨状を見るに兆候だったんだろうね」
「なんらかの干渉を受け続けてて、限界来て制御できずにこうなったと?」
「もともと制御できてないでしょ。どっちかってーとセキュリティソフト突破された方が近いんじゃないのか? アクセスできないというよりブラウザクラッシュだろ」
「本題から離れてないか。起床状態でこれだから問題な点に戻ってくれ」
と言われても、できることはない気がするのだが?
それにこの状況をどう説明するかが本道だったはずだが。
興味はあるからそこまで話を引き戻す気はないけど。
「家長ちゃん本体の意識があって、現象はまだ続いている、ってことはまだ解決してませんよね?」
「いや、解決はした。誰にもわからない感覚だが、幸いにして家長ちゃんと“なにか”であっさりケリがついたらしい。そのうち消えると」
「随分と漠然とした解決じゃないですか?」
「手ヶ咲君が聞いたところによれば『ドアゆっくりバタンバタンする』だそうだ」
「幼児の語彙は解釈に困るな……」
「説明できるだけでも年齢不相応ですよ」
「那須原さんか手ヶ咲さんの解釈への見解は?」
なんとなくの解釈イメージは湧くが、解剖研究家が考察したって意味はない。
「ダム湖の閉門のようなものではないか? というのが手ヶ咲君の見解ですね。放水門をいきなり閉じれるわけではないし、仮に閉じれても川に放水された分は流れきるまで消えるわけではないと」
「バタンバタンってのもちょっと引っかかる。原因が複数ありそうだが。仮定を借りるなら放水口がいくつかあるのか?」
「複数あるのは放水口ではなく、ダム湖に流入する川の方だと思います。これは私の見解ですが、家長ちゃんが閉じようとしているのは流入の方ではないかと考えます。もともといろんな存在が干渉しているようですし、受信範囲が広いんでしょうね。いくつかチャンネルを閉じる作業ではないかと考察しました」
それらの仮定が合っているとしても、流入を閉じれるものなのだろうか。
応援してどうにかなるわけではないだろうが、なるべく早めに閉じてもらわないと安心して休めない。
ゆっくりと言ったからにはそれなりの時間が必要そうなのが困りもの。
「あえて間違った表現使いますが、復旧目処はどれぐらいかかりますかね?」
ここに呼ばれた最初の目的、檻内の2人にどう説明するかなのだが。
その材料が随分と薄い。
「……いま何時ですか?」
「21時もうすぐ45分」
「普段ならもう眠気が出始めてるはずなので。今ごろ寝落ちしてても不思議じゃないです。ロングスリーパー寄りですから、寝落ちで遮断されなければ早くても明日の昼以降じゃないですか?」
「建物の上超えて変なのが空に昇ってましたけど、夜ならともかく昼まで怪奇現象続くのはまずくないですか?」
青い足もどきは地上でも視認できて、空へ向かっていた。
夜だったからどこまで昇っていたのかもわからないが、施設外に漏れているのが良いこととは思えない。
「それは大丈夫。家長ちゃんの能力の限界がある。あの子の異常が起きる影響距離は調子が良くてもおおよそ120メートルが限界だ。本体離れての幽体離脱の移動可能距離もおそらく同じ。体調悪いともっと距離が縮む。地下7階からなら周囲の山の稜線は越えないはずだ。幸いにして発光してるわけじゃないから衛星か飛行機で狙って見ないとばれないね」
「射程距離が成長しないことを祈ります……」
「120メートルだと高層マンション25階分ぐらいだ。そこから地下7階、地盤の問題でもっと掘り下げてるから溢れてる分はまあ半分ぐらいだよ。そこまで気にしなくていい。まあ……地上漏出は漏出だから聖さんあたりが始末書出すことになるだろうが」
貰い事故と評すべきか否か。
「大元の大元に戻りますけど、檻の2人への説明は結局どうするんですか? それで集まってたはずですけど」
「前提条件として、明かせないことはまずなんだ? 情報開示できないラインはどこにある?」
「位置を特定できる情報と、家長ちゃんの存在および超能力の存在を認めることは不可ですね。超技術や先進技術によるものとするのも後が面倒そうです。再現できないので。解決案考えてください」
4人思い思いの姿勢で天を仰いだり考える人になったり腕を組んだり。
案を出せと言われても超常現象を否定できない状態で、存在を認めることもできない。
「幻覚剤を薬剤科に用意させて飯に混ぜて、俺らはなに言ってんだこいつらみたいな態度で接して、今回のこれも幻覚として処理する」
「2人同じものを見てるので無理かと」
「いや、前後不覚になるぐらいに盛って記憶飛ばす勢いでいけばどうだ」
「家長ちゃんが再発させたらどうするんですか?」
「……やめよう、やめやめ」
初めて遭遇したが、家長ちゃんの霊障には予測ができない。
そのたびに投薬していたら計画自体も歪む。
「起きちゃったことは仕方ないですし、ここがそういう場所だってことを意識させておくだけでいいんじゃないですか?」
「開き直っていきますか?」
「そういう反応を観察するのも目的ってことにするのか」
そういう意図ではなかったのだが。
「丸ごと嘘を言うよりも信ぴょう性はあるでしょうね」
「起きちまってるからな」
「家長ちゃんがいつ消してくれるか次第ではありますが、こんな監禁ができる場所が普通の場所なはずがないってのは理解しやすいかもしれません」
自分たちでも理解できないものを、巻き込まれた人たちが理解するのは難しいのではないだろうか。
ペールターコイズはカラーコードで#AFEEEE
よってこんな感じの色になってます
↑ここにペールターコイズで文章書いてあるんだけど素の白背景or夜間背景モードどっちでもだいぶ見にくい色です。