むかしむかし、ブラックジャックのような総合診療ができる外科医になることを志し、国立帝業医大を首席で卒業した将来を嘱望される医師がおりました。
彼は現場でもメキメキと頭角を顕し、将来の派閥幹部候補として学閥繋がりで紹介された有力OBの娘さんと出会い、結婚します。
仕事に理解のある伴侶を得て、また夫婦仲も大変に良好な関係を構築。誰からも祝福される理想的な生活を送り、ほどなく娘を授かりました。
娘が4歳になったとき、彼の伴侶は急性くも膜下出血を発症。治療に取り掛かる間もなく急死してしまいます。
失意の彼に更なる追い打ち。娘が突発性
幸運だったのは、彼自身が有力な医師であったため職場であり設備の整った大病院に入院させることができたこと。
不運だったのは、日本では拘束型心筋症では心臓移植を受けられず、薬物治療でも
発症から5年で7割が亡くなる国指定の難病。タイムリミットは長いとは言えません。
彼のキャリアにその重荷は大変な痛手です。彼はもう出世コースから外れてしまいました。
彼はそれでも、自らが娘の心臓移植に立ち会えるよう、海外渡航に希望を託して心臓外科の門を叩き師事を仰ぎます。
そんな彼に目をつけた悪の組織がありました。
悪の組織は彼に悪魔の取引を持ちかけます。
我々に協力して手を汚す覚悟があるならば、最高峰の医療設備と移植用の心臓と、娘の予後を間近で見続けられる仕事場を用意しよう、と。
伴侶を喪い、娘の命もいつ消えるかわからない。海外移植となれば金銭面だって大きな負担。失意の彼にとって甘過ぎる誘いでした。
悪の組織の遣いは、大捷製薬兵庫支部の
娘を連れて悪の組織の本拠地にやってきた彼は驚きます。
彼が執刀するにあたって要望した設備、道具、機材、麻酔技師、その全てが彼のために用意されており、ドナーとなる生きた健康な少女すらも5人もいるのです。
悪の遣いはおぞましいことを囁きます。
ドナーの親はこの子たちを売った。彼女たちを使って心臓移植の練習をしてもいい、法で裁かれることもない、と。
彼にとって、それは釈迦より垂らされた蜘蛛の糸に他なりません。
失敗の確率が低くなるよう、実験台すらも用意してくれている念の入れようです。
彼は蜘蛛の糸を登り、修羅道に堕ちました。娘のために他の命を切り捨てたのです。
手技だけは特級品のTRと名乗る闇医者を助手にして、彼は娘の心臓移植を成功させます。その時の娘の年齢は6歳でした。
心臓移植手術から1年後、彼の娘はすっかり元気になりました。予後観察は欠かせませんが、危惧された拒否反応は最小限に抑えられ、合併症はありません。
彼の娘の術後が良好であると判明したのち、彼の元には闇の臓器移植手術、特に心臓移植の依頼が舞い込むようになります。
法律を蹴り飛ばしてでも横紙破りをしたい、莫大な金を出してでも藁をも掴む手術をしてもらいたい人というのは、往々にして後ろ暗い方や特権階級の方ばかり。
彼は蜘蛛の糸を垂らす側になり、黄金を産むようになりました。これには悪の組織もご満悦。
国立帝業医大首席卒の圧倒的経歴を持ち、非公式ながら心臓移植をたった2人で成功させ裏の世界で有名になった天才外科医、
彼は若い頃に夢見たダークヒーローと、よく似た存在になっていました。
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「「話が重い!!」」
なんで小学生がこんなところにいるんですかって話から派生して語られた久川家の半生。
人に歴史ありとはいうけど、国立医大首席卒からどんな波乱万丈な人生送ってんだよ大地さん!
「心臓移植受けた娘さんが
「榊場君は察しがいいですね、その通りです。束村君とは長い付き合いになっていますよ」
「すげーなあの人も」
「西の闇医療だと、人員は多くないですがここが最強だと思います」
「そうでしょうね……」
呆れる榊場。
MRIもCTもX線レントゲンも人工心肺も麻酔装置も人工呼吸器も内視鏡も遠心分離機も無菌室も高気圧酸素治療室も陰陽圧室も、なんでもかんでもあるからね。
半国営ってこともあるけれど、下手な病院よりもよっぽど設備が充実しているだろう。
設備だけあっても使う人が、って問題も、小児心臓移植成功者ともなると強力な箔になるだろうよ。
「葵さんの義務教育は?」
「私の体の問題と、親の職の問題とで学校には通っていません。教員免許持ちによるリモート授業です。籍は神戸の私立学校に置いていますけど」
「義務教育は受けてるのか。安心しました」
「君達の研修開始が遅くなったのは葵の授業があったからだね。私がここで働くために提示された条件のひとつだよ。……特殊な環境で育てたせいで葵の教育を誤ったが」
「つまり?」
「葵も兵庫支部に染まってしまった」
「「……………………」」
返す言葉が出てこない。
榊場が開幕2日でヘロヘロになるような、倫理も人権もなにもない無法地帯で育成された少女。
まだその片鱗も見ていないが、一般人とはだいぶ異なった歪んだ成長をしただろうことがありありと想像できる。
ちょっと腰が引けた。
「先輩、お手柔らかにお願いします!」
「そんなにかしこまらなくていいよー」
どちらともなく年下の女の子に頭を下げる野郎2人の図。
この子に嫌われたら兵庫支部に居場所がなくなりそうという直感的行動。
まだ新入りの我々の立場は弱いのです。
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樹脂板の床にさらに樹脂板を広げ、白い貫頭衣を着せられアクリル製の手枷足枷で仰向け大の字に固定されている若い女性。
比較的最近回収された吸血鬼被害者。まだ一度も起こしていないそうだ。
本日の研修内容。
この女性の骨を折って悲鳴を聴こう。
支給される道具はノミとカナヅチと耳栓。他に思い当たるものがあれば各自持参。
俺と榊場は持参物なし。久川親子はペンチと
久川親子のやる気があり過ぎない?
「まず注意事項です。吸血鬼は殺しても容易に死にませんが、頭部、特に口と喉のあたりは狙わないように。研修内容の趣旨から外れますので。毒腺を刺激して毒が飛び散る可能性もありますので」
「はい」
前提がおかしいと思います。
「葵か私が静止したら絶対に作業を止めてください。また、指示があれば従ってください」
「はい」
「被害者の尿や血液等の体液がかかる可能性があります。覚悟しておいてください」
「はい」
「気分が悪くなっても、最低1本は太い骨を叩き折るまで帰れません。トイレは先に済ましておくように」
「はい」
「比較的変異が進んでおらず、人間に近い痛覚を持っているので、それを踏まえて骨を折りましょう」
「はい?」
「作業中、マスクとゴーグルと皮手袋は外さないように。誤って自分の手足を折らないように気をつけて作業しましょう。無事故で終えましょう」
「はい」
「では着替えて再集合です。長靴に履き替えるのを忘れないように」
最後に大地さんの柏手一発。
建設現場のミーティングみたいになってるけど、やるのは傷害なんだよなあ。罪には問われないだろうけど。
トイレを済まして、着替えて靴履き替えて皮手袋つけて。
耳栓とマスクとゴーグル着用、カナヅチ持って不審者誕生。
再集合したら久川親子は既に部屋の中。手招きされたので入室。
「葵、強心剤投与しておいて」
「はーい」
葵ちゃんはさも当然のように渡された強心剤のアンプル開けてあっという間に注射してしまった。
おーい、小学生がなにやってんのー。
「葵は兵庫支部で1番注射するのが上手いよ。子供の伸び盛りに注射器を使う機会が多かったもんだから」
「なぜそんなことに」
「他の職員が私に内緒で点滴や採血やらせてた」
「おう……」
「今やベテラン看護師のライン取りと手早さと正確さだよ。悲しいかな私より圧倒的に上手い」
盛大に教育間違ってますね。
内緒でやらせる方もやらせる方だけど。
「じゃ、ちょっと下がって」
大地さんが
正規のものとは思い難い衝撃が心臓に強烈な目覚ましドラムをかける。
「ぶあっはっ!」
吸血鬼、起床。
なにがなにかわかっていないうちに、久川親子が手早くAEDを剥がして片付ける。
「え!? なにこれ? え手動かない、ちょ裸!? 見るなああああ!」
「うるさい」
「あだっ!」
状況が飲み込まれる前に、葵ちゃんが
「あなたは吸血鬼に血を吸われお亡くなりになりました。また、
「はぁ!? ウチ死んでないし! おっさんふざけてんじゃねーよ! 見てんじゃねーよ!」
「黙れ」
「っぅ……」
葵ちゃんが再び
「お姉ちゃんに自由に喋る権利はないの。大人しく話を聞いて?」
そうすると喋りたくても物理的にそうそう喋れんだろ。
「お姉ちゃんは聞かれたことを答えるだけ。それ以外はなにもしなくていい」
「このクソガキっ」
「だからね?」
三度、葵ちゃんはカナヅチを振るう。その勢いは前の2回とは違い、一切の遠慮のない振り下ろし。
ビキッと、向こう脛に最低でもヒビが入った音がした。
「あああああっ!」
「うるさいってば」
痛めた箇所に更なる鉄槌が下される。
悲鳴を上げても状況が改善するわけではないと悟ったか、脂汗を全身から垂らしながらも4撃目に対して叫ぶことは堪えた。
堪えたところで、今日の研修プログラム内容にはなんら影響がないんだけども。
場の支配者は最年少の少女が担う、異様な骨折り研修が本格的に幕を上げた。
R18、R18Gタグ付けた小説に医療関連のソースが必要になる不思議。
拘束型心筋症に関する補足
↓難病情報センターより引用
-拘束型心筋症とは、心室の拡張や肥大を伴わず、見た目の心臓の動きも正常であるにも関わらず、心臓が硬くて広がりにくいため心不全としての症状をきたす病気です。
↓心不全.comより引用。一部改行。
-日本ではまれな疾患であり、アフリカ、インド、中南米、そして一部のアジアの国々で患者さんが多く存在します。
-心室の病態としては、線維化(内臓等の組織を構成している結合組織と呼ばれる部分が異常増殖する)あるいは浸潤(炎症等の発育の場が隣接する組織中に侵入する)した心筋をみとめ、心室が十分に拡張できない状態になります。心拡大、心肥大は伴いません。
↓小児慢性特定疾病情報センター 拘束型心筋症より引用。一部改行。
-しばしば家族性を呈し、筋原線維や細胞骨格蛋白の遺伝子異常を認めることがある。
-突然死、うっ血性心不全症状、不整脈などを呈する。治療困難で予後不良の疾患である。
-乳幼児など若年者ほど予後は悪い。いったん有症状になると病態悪化の進行は速く、心移植の適応となる。
↓日本心臓移植研究会 日本の心臓移植レジストリより引用
-拘束型心筋症は、左心室が小さいために補助人工心臓を装着することが出来ず、また、病態から肺高血圧・肝腎機能障害に陥りやすいため、医学的緊急度が1度でないと国内では心臓移植が受けられない現状では、海外で心臓移植を受けなければならない状況です。
拘束型心筋症の医学的緊急度は2度。
よって日本国内では心臓が足りないので心臓移植できません。
参考資料
難病情報センター
https://www.nanbyou.or.jp/entry/100
心不全.com
https://www.shinfuzen.com/patient/heart-failure/causes/cardiomyopathy/
徳洲会グループ 小児科の病気:子どもの心筋症
https://www.tokushukai.or.jp/treatment/pediatrics/shinkin.php
小児慢性特定疾病情報センター 拘束型心筋症
https://www.shouman.jp/disease/details/04_16_020/
日本心臓移植研究会 日本の心臓移植レジストリ
http://www.jsht.jp/registry/japan/
「小児期に発症する心筋症」
http://jspccs.jp/wp-content/uploads/citizen_cardiomyopathy.pdf
後の話でもこの病気に触れることになりますが、以上の資料を元に記述します。
話の流れ次第で資料増えるかも。