※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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6:骨の盆栽、脳を茹でる

「あなたが吸血鬼になった証拠を見せましょう」

 

 久川(ひさかわ)父、大地(だいち)さんが仰向け大の字に拘束されている女性の貫頭衣の首元をハサミで大きく切り開き、右乳房の上半分、首を曲げれば見える場所に、メスで深い切り傷を作り、乳房自体を持ち上げ傷口を開いて見せる。

 1番開いたところで1cmぐらいは宙に浮いただろうか。血が貫頭衣に染み拡がる。

 

「いいったあいいっ!」

「麻酔も止血もしていませんから。普通なら、縫わなきゃいけないぐらいぱっくり切れているんですが」

 

 見てるこっちも痛いです。

 ややトーンを落とした堪えるような悲鳴にも反応しようとした葵(あおい)ちゃんを手で制し、大地さんは拘束された女性の乳房を元の位置に戻す。

 

「おそらく、30秒もすれば鈍痛が残るぐらいに戻りますから。あと葵、降りなさい。そこに座ると照明を遮りますし、十字君達から見えなくなる。今日は見せる日ですよ」

「はぁい」

 

 渋々といった様子で葵ちゃんはボーリング玉ごと腹の上から退く。

 拘束された女性はもう涙と鼻水を止めようとはしていない。額に脂汗が滲み、耳も赤い。

 

「さて、あれだけしっかり切った乳房ですが」

「いっぅ」

 

 大地さんが切り込みを入れた乳房をひねる。もう傷口は繋がっており、血も出ていない。

 

「ちょっと痛いだけで、もう治ってるでしょ? それが吸血鬼症候群(ヴァンパイアシンドローム)の最大の変化点である再生能力。人間ではありえませんね。さっき痛めた足も痛くないでしょう? 治っているんですよ」

「なによ、それ……」

「なによって、事実だからね、お姉ちゃん。お姉ちゃんはもう人間じゃないの。だからいじめても罰せられないの。公共の福祉なの」

「それは違うよ、葵」

「そう?」

「公共の福祉は人権があることを前提にしているからね。彼女は人ではない」

 

 なんだろう、この空気感。

 この親子の醸しだす、どことなくズレた雰囲気に俺と榊場の存在が入り込む隙間がない。

 この親あってこの子ありなのか。

 

「お姉ちゃんは巻き込まれた。それは同情する。でも、もうお姉ちゃんは人類の敵。抵抗力をなくさないといけない敵。だからね、叫んでもいいけど、ちゃんと質問には答えてね?」

「言っておくけど、騒いで助けが来る場所じゃないからね。いくらでも騒いでいいよ」

「じゃあ、始めようか、お姉ちゃん。葵と遊んで、お友達になってね?」

「辞世の句があるなら聞いてあげるから、思いついたら早めにね?」

 

 教育の問題なのか、これは。

 葵ちゃんの目には無邪気な輝きが詰まっている。お友達にやることじゃねえだろ。

 しかし女性に淡々と迫る姿には、凄味としかいえない歳不相応な風格がある。

 男2人して気圧されてしまった。微かに尿の匂いもするし、その凄味を向けられた女性が漏らしたな。

 

「お兄ちゃんたち、じゃあ始めようか」

「は、はぃっ」

 

 男2人目を見合わせ、恐る恐るカナヅチを握る。

 目で榊場(さかきば)が言っている。昨日あんなにノリノリで解剖してたのになんで今ビビってるんだよ、と。

 今ビビってるのは加虐行為に対してじゃなくて葵ちゃんのせいだよ!と目に強いメッセージを込めて送り返した。

 

 

 

 この研修、骨を折ることは十字と榊場の目的。

 久川親子の目的は、この吸血鬼の精神力を削り切って、いざ吸血鬼として復活しても人間に逆らう気を起こさせないほどにダメダメメンタルにすること。

 これはどのような形でもよく、人格を崩壊させても構わない。

 人間に負けない思考能力を持った生物から、ちょっとのストレスで死ねるマンボウ以下の欠陥生物にする作業。

 恐怖を植え付け、考えない方が幸せだと思い込ませるための時間。

 

 人間の骨は硬い。

 拘束しているといっても、思ったより体が跳ねるし、肉が衝撃を吸収する。

 更に吸血鬼特有の再生能力により、骨のヒビ程度ではすぐ回復されるのでチマチマと砕くこともできない。

 一撃で粉砕する!という強い意志を持って何度も渾身の力で砕き続けなければいけない。それはそれで疲れるし、なによりも。

 

 ゴキッ

「うぁあっ!」

 ガチッ

「いだっ!」

 バキッ

「やだっ」

 パキッ

「やだぁ」

 

 いちいち聞かされる悲鳴が気合を挫くんだよ。

 思ったよりも加害してる側のメンタルも削られる。

 結構弾かれるし、カナヅチよりもバットを使いたい。

 それかもっと大きなカナヅチ、杭打ちレベルのハンマー。

 

 

 

「ねえ、お姉ちゃんの名前はなんて言うの?」

「益川麗奈(ますかわ れいな)っ!」

「じゃあ、名前、忘れよっか。もうお姉ちゃんは死んじゃったから、新しい名前に生まれ変わるの」

「指、やめて、やめて」

 

 葵ちゃんは会話を成立させる気があるのかないのか、左手の指の骨をゴキッゴキッと砕き続け、明後日の方向に関節を増やし続けている。

 これが吸血鬼の再生能力の怖いところ。

 砕いても砕いても再生するが、砕いた際に変な方向で固定しておくと、そのまま復元再生される。

 だから、骨や関節を砕いてしばらく曲げたい方向に抑えれば、スネの真ん中でくの字に折れ曲がり、横には稲妻状に歪曲している足にすらなる。

 何度か痛みで気絶しているのだが、新たな痛みで文字通り叩き起こされる繰り返し。

 

「お姉ちゃんの名前なにがいい? でも名前もいらないかな? 人間じゃないもんね」

 

 名前の否定は人間性の否定。個体名すら与えない。

 識別する必要性もないという宣告。

 その歳でどうしてそうまで成熟するの。

 

「ちっちゃい子に体を好きにされても抵抗できない、なにもできないお姉ちゃんの名前はなんて言うの?」

「益川れああああ!」

「人間の言葉喋っていいって言ってない! 名前も忘れてない! もっとダメダメなお姉ちゃんにふさわしい名前考えて!」

 

 そんな理不尽な。

 やべえ、葵ちゃんが超怖い。望む回答が来ないと即座に指をペンチで潰して1番強い痛みを的確に与え注意を自分に向けさせている。

 哀れな益川さんは他の手足もボッコボコになって、貫頭衣はもう汗で透けるほど。

 体のラインが浮き上がり、激しい呼吸で上下する胸のポッチが布越しに自己主張している。股間は黄色い染みが染めている。

 

 喋りかけながらも葵ちゃんがいじり続けている左手は十徳ツールか前衛芸術のような形になってきていた。

 親指は横に倒れて指が手首側、人差し指は横回転で捻れて1回転した上で手の甲側に鍵括弧の形を作り、中指は手の甲側にカタツムリの殻の如き、薬指はなんだろう弓の字状、小指も90度真横に倒れて更にそこから上へ90度曲げた上で半回転の捻り入り。

 指でその始末なのに手の骨自体が親指の付け根付近からまとめて手の甲側に折れ曲がっている。

 茶碗はおろか、フォークやスプーンを持つことすらできるか怪しい。

 

 俺が担当している部位は左足。視界に入る葵ちゃんの奇行にドン引きしているせいでどうも頭が冷めている。

 こっちはこっちで足の骨を砕いて曲げてだが、足首あたりにアクリルの固定があるのであまり大それた改造はできていない。既に歩ける足ではないけれど。

 骨の芯を食って殴りつけないと皮膚が裂けて血で衝撃が逃げる。弾ける血は貫頭衣の各所を紅く染める。打突が滑るので拭きとりタオルは汗と血でもうドロドロ。

 

「なんで、なんでぇ……」

「ざこって鳴けっ!」

 

 泡吹いているものの、下手に体が回復するのが災いしている。

 普通なら痛みでとっくに事切れているだろうに、骨を折られては痛みが引き、また折られては痛みが引き、の繰り返し。

 こっちだって回復が追いつかないほど連打し続ける体力はないんだから。

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 気になっているのはもう1人。

 右腕を担当している榊場。最初は恐る恐るカナヅチを振るっていて、最初から遠慮ゼロの葵ちゃんにドン引きしていたはずなのに。

 今の榊場の目線は拘束されている女性の顔に固定されており、痛みで顔が歪む様子に興奮しているように見える。

 無言ではあるものの、研修開始前の死にそうな目はいったいどこへ消えたのかとツッコミを入れたいぐらいに爛々煌々と光を灯している。

 

「榊場? 榊場〜? おーい」

 

 耳栓しているとはいえ、まるで聞こえてない。手も振ってみたんだが。

 これ、榊場は自身の変な扉を開けちゃったのか?

 良いのか悪いのかはさっぱりわからないんだけども。

 

「もう18時半だから、葵は終わりだよ。お風呂入ってご飯食べて薬飲んで。宿題もあるんだろう?」

「えー、もうそんな時間? もっとお姉ちゃんと遊びたーい」

「お父さんも21時には終わるから」

「ずーるーいー」

「お父さんは遊んでいるわけじゃない」

「ちぇー。じゃあデザートでアイス食べていい?」

「宿題ちゃんとやって、明日の授業にちゃんと出るならアイス1個許可しよう」

「やりぃ!」

 

 やってることさえ見なければ、悲鳴がBGMにさえなっていなければ、葵ちゃんが座っている場所が左腕の肘を砕こうと乗せたボーリング玉の上でなければ、遅くまでゲームで遊ぶ娘を咎める父親のような生活感溢れる会話なのだけど。

 作業開始時刻が15時半だったから、もう3時間経っている。時間経つのが早い早い。

 

「じゃあお兄ちゃんたち、またねー!」

「またねー」

「お疲れ様です」

 

 ひらり身を翻し、体が小さいだけの鬼畜大魔王が処置室を去った。

 そんなにスペースを使っていなかったのに、一気に部屋が広がった気がする。

 榊場は気軽にまたねーと言っていたが、俺はしばらく会いたくない。外見と中身とその躊躇のなさが頭の中でうまく融合しないのだ。

 

「おや十字(じゅうじ)君、だいぶ疲れた顔をしているね?」

「娘さんにドン引きしていたのと、人物像がうまく掴めなくて頭の中で折り合いがつかないんですよ」

「あれでも常識はある娘でね、表社会でやってはいけないことだとちゃんとわかっていて、公私はキッチリしているよ。この地下施設以外では年相応だ」

「なんか余計わからなくなった気がします」

「それは失礼。悪い子じゃないから少しづつ理解してくれるとありがたい」

 

 理解できるのだろうか、あれを。

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

「さて、娘も去ったことだし、ちょっと趣向を変えようか」

「……これ以上なにをやろうと?」

「脳を疲弊させることと、五感を鈍らせるんだよ。時間はかかるから、今日すぐ結果が出ることじゃない。その準備を手伝ってもらう」

 

 大地さんは麻酔薬を吸血鬼に吸わせて意識を刈る。

 アクリルの拘束を左手左足のものだけ外し、貫頭衣はハサミで切り捨てて、3人で体を清拭。女の股間拭くなんて初めてやったわ。

 もはや整列はしない両足を3箇所金属ワイヤーで巻いて簡易簀巻き。両腕を腹の上に持ってきて、両手首を重ねて固定した上で腕自体も胴体と一緒にワイヤーで巻いて固定。

 その後、用意されていたタンクベッド型のストレッチャーを引っ張ってきて、3人がかりで持ち上げて中に収容。更にベルトで固定。もう指先しか動かせないだろう。

 

「解剖セーフだったのは十字君だよね。ちょっと、この瞼(まぶた)を開いたままで抑えておいてくれるかな」

「あ、はい」

 

 なにをするのかと思えば、大地さんは開かせた瞼と目元を手早く縫い付け、両目を閉じれないようにしてしまう。

 次に鼻の片方に挿菅、鼻の片方に肺手前までの気道を確保。さらに片腕に点滴のライン取り。なにをしたいんだ。

 榊場が呼ばれ、VRカメラのようなゴーグルと、顎下と頭頂で一周させて固定するヘッドホンを吸血鬼の女性に取り付けさせる。

 その上で、首を横にも縦にも振れないように、タンクベッド型ストレッチャー備え付けの固定器具で頭部も完全ロック。口の中にも固定具を入れ顎を閉じれないように。

 麻酔薬を霧化していた装置の管を別の機械に付け替えて、大地さんは完了宣言を出した。なんだかんだでもう20時を回っている。

 

「結局どうなるんですか、これ」

「その説明の前に質問だ。ヒトの持つ五感とはなんだろう?」

「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、です」

「正解だ榊場君。五感は古来より分類される感覚機能の分類、総称に近い。細かいところでは、上下水平を認識する平衡感覚、熱い冷たいを認識する温度覚、眩しさや色の鮮やかさを認識する光覚と色覚、圧されていると認識する圧覚、内臓からの異常を脳に送る内臓感覚と、色々分類できる。そして、それらの処理は脳で行われ、過剰なストレスを受けると体に変調を起こす。たとえばなにがあるだろう?」

「味がしなくなるとか、耳が遠くなるとか、消化不良を起こすとかですか?」

「そうだね。人によって不調の出方は様々だ。それを人為的に起こして五感の感覚器と脳処理能力を磨耗させ、仮に完全に吸血鬼となっても蓄積されたダメージは能力を制限させるだろう。では蓋を閉めてスイッチオン」

 

 赤い液体が入った霧化吸入器が動き出し、管を通じて密閉されたタンクベッドの中に送り込まれていく。

 

「この赤い液体はなんですか?」

「半分ぐらいに希釈したカプサイシン。唐辛子の辛味成分だね。スコヴィル値おそらく800万強。ジョロキア(ハバネロの3倍〜10倍)の8倍ぐらいの辛味に相当するかな」

「さっき口閉じれないようにしましたから鼻と喉が焼けますね……」

「肌に触れても熱感と発汗作用があるし、痛み痒みも出るだろうね」

「うわぁ……」

 

 インドだったかパキスタンだったか、激辛唐辛子を乾燥させて粉にする工場から風で広がった辛味成分が刺激物となって近隣住人のクレームの的になった話があった。

 粉末化させる作業員も、体に付着すれば塩を直接擦り込まなければその火照りを抑えられなかったという。過ぎた辛味は舌でなくとも痛いのだ。

 

 暑く感じて、全身固定で痛くても痒くても掻けず。

 鼻喉舌は激辛炎症で呼吸困難。でも鼻1本は気道が確保されているから息苦しくはあっても完全に窒息はしないし、より酸素が欲しくば口呼吸だが喉と舌がより焼ける。

 見方によっては毒ガスより酷いな。中は地獄だろう。

 既に麻酔が抜けてきているのか、カプサイシン吸引によるただの反射か、咳が聞こえる。

 

「では、ゴーグルは?」

「カメラの強フラッシュほどの光量で1秒に2回ペースで点滅照射だね。起動したらゴーグルの中は薬液で満たされて、目を開き続けても乾き目にならない」

「目が開きっぱなしになるように縫いましたね……。でも乾き目でもいいんじゃないですか?」

「視覚はほぼ全ての人間において最大の情報源だ。今回は脳に負担をかけることが主な目的だからね。すぐに目がシャットダウンしてもらっちゃ困るし、涙が出て乾いて膜になって目隠しになってもらっても困る」

 

 人為的ポリゴンショックによる光過敏症の誘発。

 短時間の点滅でも子供が数百人病院送りになったあの事件。

 最初のうちは耐えれても、そのうちフラッシュのたびに視神経が劣化して痛みを発していきそうだな。脳はどの段階で目を切り捨てるだろうか。

 

「ブラック企業のエンドレス残業、徹夜続きでろくに寝れない、って話があるだろう?」

「ありますね」

「あれは非常に脳に負担をかけている。それでも僅かながら時々寝ているから生きていられるし、ギリギリ理性を保っていられるわけだ。これはそれの強強度再現だよ。ヘッドホンスピーカーからは爆音で適当な機械音が鼓膜に叩きつけられている。さらに気絶感知センサーで頭頂から電撃を放ち、絶対に5秒以上のシャットダウンは許さない。脳というCPUがオーバーヒートで焼けつき茹で上がるまで」

 

 五感から脳を破壊してやろうという強い意志。

 点滴は生理食塩水とブドウ糖の大袋だから脳は水分不足にも栄養不足にもなかなかならないだろう。

 目の前ビカビカで耳から爆音で体は赤熱で舌は激辛を感知。あらゆる感覚が過剰な刺激を脳に送り、しかし酸欠気味の状態で生命維持のために強制フル回転させられる。休まるわけがない。

 

「敵は脳を物理破壊しても再生する生き物だ。であるならば、脳を破壊ではなく機能停止に追い込めば? うまくいけば、この方法でも吸血鬼を完全に殺せるのではないかと思っているよ。体内の変異は元を辿ればDNAの働きによるものだろうが、人の体を真似たのだから、脳に余裕がなくなればどうなるかな?」

 

 人間でも妊娠中の母体にストレスがかかり続けると流産や胎児に異常が起きる可能性は高まる。

 産まれてからでも、成長期にストレスを受け続けると発育不全を起こす。

 過剰なストレスを与えられて変異を継続する場合、どうなることか。

 

「過度なストレスを受け続けたラットは脳が縮むっていうが、吸血鬼でもそうなるのかな」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

「やめとけ榊場。片棒担いだ時点で俺らは地獄行きだろ」

「針地獄と火炎地獄とどっちがマシか……」

 

 拘束してゆっくり熱で焼くとなると、さしずめこれは科学版ファラリスの雄牛ってことになるのかね。

 彼女の麻酔が完全に抜けたら、どういう反応を見せるのだろうか。

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