※この作品はR-18です。

悪の組織は不死身の少女に殺してと言わせたい   作:Kaisu

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7:小さな女帝

 20時56分、吸血鬼を収容したタンクベッド型ストレッチャーを厳重にダブルチェックロックして、吸血鬼が茹で上がるまで低温調理。

 術着を処理箱に放り込んで処置室を後にし、十字源裁(じゅうじ げんさい)と榊場豪(さかきば ごう)と久川大地(ひさかわ だいち)の男3人で大浴場へ。

 

「あー、腹減ったー」

「チョコバーぐらい用意しておけばよかったね。失敬失敬」

 

 4×6mの湯船がひとつ、2m×2mの水風呂がひとつ、4畳ほどのサウナがひとつ。

 男女別で全く同じ設計のものが壁を隔てて向こう側にも。開放時間は基本的に15時から24時。

 朝風呂したい方や他人と一緒には入りたくないと思う方のために男女共用でシャワー付き個室風呂が5つ用意されており、それとは別に男女別でシャワールームも。個室風呂は自分で湯を張る必要があるが。

 タオルは無償貸し出し。備え付けのシャンプーやボディソープはあるが、自前のものを用意している人も多い様子。

 

「あ゛ぁ゛〜。筋肉痛にな゛る゛〜」

「かなり力を使ったね。思った以上に重労働だった」

 

 行儀悪いとは思いつつ、湯船の浅いところに後頭部を載せて、体はだらりと投げ出し浮かぶ俺。もちろん体と頭は洗った後。

 遠慮すると骨が折れず、全力で折りにいくと疲れが溜まり、と、腕はもうパンパン。明日は筋肉痛確定。

 湯の熱が固まった全身の肉に沁みる沁みる。家の風呂ではできないこの広く湯船を使える感じは実にいい。

 

「僕もお腹空いたよ。うどん以外に挑戦できそう」

「神戸牛行っちまうか?」

「さすがにそこまでは。唐揚げか天ぷらか豚カツあたりの揚げ物系かな」

「食欲出てるようでなにより。どんな心境の変化が起きた?」

「言ってもいいけど引くなよ?」

「引くかもしれんが態度に後引くことはねーよ。思い当たることもあるし」

 

 思い当たるとすれば、痛みに歪む吸血鬼の女性に興奮して呼びかけに耳を貸さなかったところだが。

 

「骨折ってる最中に、自分がこの女の命を握っているって思ってから楽しくなってきてな。うまく骨を砕いて思い通りの反応をさせられると面白くなって、興奮というか、愉悦感が溢れてきた感じだ」

「想像の範囲内だな。加虐性癖(サディスト)への目覚めおめでとう」

「加虐性癖(サディスト)なのか、これ」

「それもだいぶDV(ドメスティック・バイオレンス)寄りの思考じゃねえの? そこまで詳しくはないけど」

 

 他人の骨を破砕して愉悦を得たのであれば、だいぶ性癖が歪んだんじゃないかな。

 榊場はこの変化をうまく消化できるのだろうか。仕事ではあるが、愉悦感を得るためあれだけをやるわけにもいかないだろう。

 

「2人とも、ちょっといいかい? 明日のことだけど」

「いいですよ」

「君達の明日の研修だけど、午前10時着で1階の事務局で遺言書作成。それが終わったら、地下2階の薬剤科兼麻酔科の事務所と、地下3階の機材科の事務所へ挨拶に行くこと。どっちも今後お世話になるはずだ」

「遺言書……」

「昨日今日でここがどういう方向性かは身に染みてわかっただろう? 我々はいつ未知の感染症に罹患するかわからないからね。最悪の手段として、人のいるフロアやブロック単位で隔離して焼却消毒も対応マニュアルにあるし、実際に過去2度それを発動してしまっている。決して万が一の死に方ではないよ」

 

 管理できないものが暴露してしまえば、焼却手段を取るしか無くなる。

 たとえば、吸血鬼に噛まれてバーサーカー化した男が発生すれば隔離封鎖措置は取られるだろうし、人数が多ければまとめて焼き払うことになるかもしれない。

 

「職員に限らず、死因を問わず、ここで亡くなった方は多い。研修にも慰霊碑と共同墓地の訪問が組み込まれているから、その時にはしっかり祈ってやってくれ。我々は科学の発展のために多くの犠牲を積み重ねる存在だ」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

「間に合うかわかりませんけど、お数珠を用意しておきます」

「線香と蝋燭は購買に常備されているから、必要になったら買うといい」

 

 願わくば、それを必要とする機会が多々訪れませんように。

 

 

 

 

 

 

++++

 

 

 

 

 

 

 社員食堂ではあるが、大地さんが奢ってくれた。

 大地さんは串カツ盛り合わせに自前の缶ビール、俺と榊場は豚カツ定食。無駄な作業を増やさない空気を読んだ同系統注文に料理人もにっこり。

 

 社員食堂の開店時間は6時〜14時と17時〜23時。

 それとは別にいつでも使える自炊室もある。調理器具を自分で洗う必要はあるがお皿は共用。小腹が空いたり晩酌のおつまみを自分で作りたい人はそちらで自作することもあるようだ。

 

 

 

「葵(あおい)ちゃんは、なんであんなに凄味があるんでしょう」

 

 めいめいそれなりに腹に食べ物を送り込んだ頃合いで、俺は大地さんに切り出した。

 普通、人を害するのには意識のリミッターがかかる。教育によって施された道徳観でもあり、これは一種の洗脳ではあるが、親から子へ伝わる人間生存への骨子でもある。

 葵ちゃんは、蟻をいじめる子供のように、その対象が人に形をしていてもなんら抵抗を感じているようには思えない。あまりに異常に見えた。

 

「葵にとって、死は身近でした。アメリカにおける成人の拘束型心筋症の5年後の生存率は6割程度、10年で4割以下です。小児に至っては心臓移植なくしての予後は絶望的なレベル、小児心臓移植を行っての予後なぞデータすらありません。それを乗り越えたのですから精神を変えるには十分でしょう」

「いやいや、それでもああもはっちゃけた性格にはならないでしょう」

「はい、確かに手術を乗り越え安定飛行に乗ったのは葵の精神を強くしましたが、それはキッカケでしかありません。意識の転換があったのは術後、兵庫支部で経過観察状態になってからです」

 

 大地さんは語る。時々串カツを頬張りながら。

 

「移植手術後の葵のリハビリはこの兵庫支部で行われました。場所が場所ですし、同学年はおろか十代の者すらおりません。必然的に仕事の手の空いた大人に手伝ってもらい、遊んでもらうことになるのですが、こんなところにいる大人もそんな幼い女の子と遊ぶことなんてまずありませんし、自分の前で泣かれたくないのでみんな葵を甘やかすんですよ。でもそのうちネタも尽きますし、いい格好もしたくなりますから、自分の仕事の領分で『お父さんには内緒だよ?』と施設内連れ回したり、事故が起こらない程度に仕事内容や研究を触らせたりしたわけです」

「コンプライアンス精神やリスク管理はどこへ行ったんでしょう……」

「グロテスクなことは避けてはいたようですが、葵は賢い子です。誰が教えたのか、私の知らない間に耐性も獲得していて、もう人の切断面を見たり、君達が束村君とやってもらった解剖術野を覗くぐらいではなにも影響は受けないようで」

「大した女傑っぷりだことで」

「死にかけた経験がものを言ってるんでしょうか」

 

 情操教育が致命的に崩れている。

 文部科学省の人が聞いたら卒倒するんじゃないだろうか。

 

「我々のやっていることは褒められることでもなければ漏洩してもいいものでもありませんが、それを『凄い凄い!』と褒めてくれる存在ができれば、やる気も出るしもっと褒めてもらいたくなるのが人間の性(さが)です。それがたとえ小学生の歳であっても。同年代の子が小学校で一般教養を詰め込むはずの記憶野に、大学の研究室や最先端最先鋭医療がやるはずのことを成長期ゆえの打てば響く吸収力で詰めていく。葵もその手の知識を吸収するのが好きなようで、さらに教師役のやっていることを肯定してくれる存在となれば、みんなこぞって教えたがる。とんだ英才教育ですよ」

「なんか、大人側も葵ちゃんに依存してるようにも聞こえますが」

 

 子供では逃げられないような環境ということもわかってはいるだろうけどさあ。

 みんなして褒められたいから機密ベラベラ明かしまくるって、あの歳でどんな魔性の女っぷりだよ。

 

「実際、葵に褒められたいから成果を出すぞと息巻いている者は少なくないですよ。兵庫支部で人間関係裏番付があるならば、葵のヒエラルキーは間違いなく上位五指には入るでしょう。アイドル同然です」

「あの歳で実質的な支配階級ですか。それで皆のやる気が上がるなら万歳ってなものかもしれませんけど」

 

 嫌われたら相当い辛くなりそうだな。侮らずに頭下げておいてよかった。あれはもう大人の社会で生きている。

 1番怖いもの知らずで1番活動的な時期を大人たちを利用して過ごした、兵庫支部のリトル女王様。

 しかも他者を立ててやる気を煽ることもできるバッファーとしての側面もある。

 将来悪女になる匂いしかしねえ。それとも既になっているか?

 

「酷薄で容赦のない面は、なんでああなったんですか」

「周りの大人が葵を甘やかしたのと、自身の心臓が他者から奪ったものという自覚でしょう。命を奪って生きているのだから、他者を踏み潰してでも強く生きようという気持ちの顕れだと思っています。自己暗示に近いものかもしれない」

「大人嘗(な)めてません? あんまり良いことには思えませんけど」

「あれでも大人を嘗めているわけではないんですよ。痛い目を見たことも少なくない」

「たとえばどんなことが?」

「指示をちゃんと聞かずに先読み気味に動いて、ガラス棚に突っ込んで割って手と腕を派手にグッサリ、さらに右手首の橈骨遠位端(とうこつえんいたん)骨折。合わせて15針縫って全治約5ヶ月」

「あちゃー」

「おかげで誰の指示でもちゃんと最後まで聞くようになりましたが」

 

 結構な重傷だけど、随分と子供らしい失敗をしていると思ってしまった。

 小さいとこういうところが実に得だな。自然と評価が甘くなる。

 

「参ったのは、懲罰と安静を兼ねて葵を病室缶詰めにしたら、しばらく姿を見せなかったことで職員の男女を問わず仕事の能率が目に見えて落ちたことです」

「えぇ……」

 

 おいおい大丈夫かこの職場。

 子供1人姿が見えないだけでそこまで士気が落ちるのか。依存性のある麻薬じゃないんだから。

 

 いや待てよ?

 もし葵ちゃんが吸血鬼化したら、兵庫支部崩壊するんじゃねーか?

 望まれたら率先して血を吸われに行く職員が絶対にいるぞ。

 人に反旗を翻したら、隔離で内部焼却する最終手段を採れるか?

 よしんばできても怨嗟と鬱と罪悪感で仕事が回らなくなるのでは。

 

「十字君どうしたんだい、急に難しい顔して」

「葵ちゃんの影響範囲がどこまで広がっているのか考えただけです」

 

 吸血鬼症候群(ヴァンパイアシンドローム)予防薬か治療薬の研究をしている人がどこかにいるだろうから、見つけたら示唆してみよう。やる気が上がるかもしれない。

 

「葵が兵庫支部から出られない理由ですが、拘束型心筋症の小児心臓移植というレアケースの予後からデータをなるべく集めたいという思惑もあります。生体心移植という裏技ではありますが、葵を生かすことそのものが日本の拘束型心筋症小児心臓移植における貴重な史料であり、今後の指針になりうる」

 

 生体肝移植ならいざ知らず、生体心移植なんて一般論では絶対に許されまい。

 ましてや小児から小児への生体心移植で予後良好ともなれば、喉から手が出るほど欲しいデータのはず。

 前提はおかしいし論文として提出できるか怪しいが、これはこれで成果には違いない。

 

「葵はさすがに例外だが、この兵庫支部で下手に病気になったらもれなく入院からの治験(治療の臨床試験)か実験薬の餌食だよ。怖ければ健康でいることだ」

「全く笑えない話ですね」

「未認可だが効果は内々でお墨付きってのもあるから一概に悪いことでもないけどね」

 

 うーん黒い黒い。

 健康にはよくよく気をつけて過ごす必要があるようだ。

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