現在、ルイズは自室のベッドの上に卵を置き、それをただぼーっと眺めていた。
あれから一時間ほど経ったが、未だに卵は生まれる気配すら見せない。
とにかく、早く生まれてほしい。
ルイズは胸の高鳴りを抑え切れずに、自分が召喚した卵を愛おしげに撫でる。
何と言ってもその大きさ。
ハルケギニアにも卵から生まれてくる生き物は当然存在するのだが、卵の時点でこれほど大きいとルイズの期待も高まるのは必定。
卵の色は暗色系で見た目的に悪そうだが、ちゃんと栄養は行き届いているらしく、卵の表面は思った以上に温かい。
ルイズは鼻歌混じりに生まれてくる使い魔をあれこれ想像しては、期待という夢を膨らませる。
ここはやはり、ドラゴンだろうか?
それともグリフォンを筆頭とする鳥獣類か──
いやまさか、人間より大きな亀が生まれてくる訳でもあるまいし。
じゃあゴジラかしら? えっ、ていうかゴジラってナニ?
──とまぁ、何はともあれ。
この卵から孵る生き物が何であれ、ルイズの願い通りに神聖で美しく、みんなを見返せるくらい強力な使い魔が生まれてくるに違いない。
多分。いや、きっとそうだ。絶対。
そう考えると、ルイズは今にも飛び上がって歓喜狂乱する勢いだ。
本当に、早く生まれてこないだろうか……
あれほど何回──いや、何十回もの失敗と爆発を繰り返し、ようやく召喚に成功したのだ。
例えドラゴンやグリフォンでなかったとしても、自分は愛を以てやがて生まれてくる使い魔と親睦を深めていこう。
……などと考えていると、不覚にも可愛らしい欠伸をしてしまうルイズ。
そういえば、今日はいつも以上に疲れた気がする。
……無理もないか。
そのほとんどが失敗に終わったとはいえ、あれほど『サモン・サーヴァント』を繰り返し行ったのだ。
いくら魔法が使えないゼロのルイズと言えど、さすがにメイジとして魔力は当然持ち合わせている。
それを今日、他の生徒以上に『サモン・サーヴァント』で精神力を酷使した為、ルイズの疲労が溜まるのも当然と言える。
「ふぁ~あ……なんだか疲れちゃった。まだだいぶ早いけど、そろそろ寝ようかしら」
欠伸を噛み殺しつつ、ルイズは着ていた制服を脱いでネグリジェ姿になる。
「卵なんだから、やっぱり抱いて寝た方がいいわよね……?」
誰にという訳でもなく、ルイズは呟く。
ベッドに入って横になると、ルイズは卵を割らないように両腕でそっと抱き締める。
「あんた、あったかいわね……」
眠そうな声で囁くと、トクン、という卵の鼓動がはっきりとルイズに伝わる。
しかし今のルイズはそれを喜べるほど意識を保てていない。
直後に睡魔に負けて夢の世界へと堕ちていくルイズ。
明日には生まれてほしい。
意識を手放す直前、ルイズは無意識に卵をぎゅっと抱き締めた。
その時、卵から赤い閃光が溢れ出し、ルイズの部屋は不気味な赤色で包まれるのだが、ルイズは涎を垂らしながら幸せそうに眠っているだけだった……
──朝。この世界、ハルケギニアにも朝は当たり前のようにやってくる。
ルイズは窓から差し込む朝日によって目を覚ます。
「ん……んっ……」
何だろう。
先ほどから体がむず痒いというか、疼いているというか……
「はぁ……はぁ……」
そして何故か息は荒く、寝汗なのか着ていたネグリジェは湿っている。
ん……?
とここで、ルイズは自分の体の違和感に気付いた。
「んっ……あぁん……ちょっ、だめ……!」
朝起きてから、『何か』がルイズの服の中で蠢いているのだ。
寝ている時も妙に気持ち良かった為、ルイズは『何か』が自分の寝ている間もずっとこうしていたという考えに至る。
そして……ぼんっ、とルイズの顔が耳まで真っ赤に染まる。
(何……!? 何が起きたっていうの!?)
わからない。
ルイズは得体の知れない恐怖に震え上がる事しかできない。
「そうよ! あの卵は──!?」
ここでふと、昨晩自分が抱いていた卵のことを思い出す。
ベッドから飛び起き、すぐさま卵の行方を探す。
そして……見つけた。
ベッドの上では卵の殻が真っ二つに割れており、その殻の下からは触手のような謎の突起が数本飛び出しては、ゆらゆらとルイズの眼前で揺れ動いている。
しかも、そのうちの何本かはルイズの服の中をごそごそと弄っているではないか。
ルイズは大切な卵が孵ったと思う以上に、この状況が恥ずかしいという思いが圧倒的に勝っていた。
「な、ななな何よあんた!?」
ルイズは逃げるようにベッドの壁側に後退りし、赤面しつつも震え声で叫び、怒り半分恥ずかしさ半分といった感じで『それ』を睨み付ける。
すると、蠢いていた触手はしゅるしゅると音を立て、ルイズの服から名残惜しそうに出ていく。
「そっか……昨日召喚したんだっけ……」
などと呟き、ルイズは震える手でふかふかの布団を持ち上げ、その中に潜んでいる生き物を見た。
それは……体長1メイル程の巨大なカタツムリのような外見をしており、体を覆う殻からは触手が何本か出ており、その先には鋭く尖った爪のようなものがある。
見たこともない生き物だ。少なくともルイズが知る限り、このハルケギニアには存在していないはず。
生まれたばかりの生き物はその異形な姿に唖然としているルイズを見て、きゅいきゅいと甘えるような可愛い声で鳴く。
(あっ……思ったより可愛いかも)
鳴き声は可愛い。顔だけ見ればドラゴンの幼体に見えなくもないが、ルイズはすぐさま違うと否定する。
これはもっと別の何か……
ルイズの知るドラゴンだとかカタツムリだとか、そんな生き物じゃ断じてない。
もっと恐ろしい進化を遂げた生き物だ。
この生き物の正体についてはまだわからないが、ルイズは自分なりに調べてみようと思った。
そうと決まればさっそく『コントラクト・サーヴァント』だ。
契約してしまえば使い魔のルーンが刻まれ、どんなに凶暴な生き物でも主人の言うことに従うはず。
おまけに知能も与えられる為、次第に頭もよくなっていくだろう。
ルイズは契約しようと近付く。
すると、その生き物はきゅいきゅいと哀しげに鳴いて殻の中に頭を引っ込めてしまう。
(この子、臆病な性格なのね)
ルイズはそう思い、慎重に手を差し出す。
「怖がらなくて大丈夫よ。私はあなたを虐めたりしないから」
優しい口調で語り掛けると、その生き物は殻の中からひょこっと頭を覗かせる。
そのつぶらな瞳が、ルイズに「本当……?」と言っているような気がした。
その様子を見てルイズはくすっと笑うと、おいでと手招きする。
「大丈夫。私を信じて……ね?」
ルイズの甘い囁きに対してきゅいきゅいと鳴き、ゆっくりと頭をルイズへと近付ける。
ふと、ルイズの華奢な手が頭に触れる。
「いい子ね」
頭を撫でてあげながら、ルイズが笑顔で言う。
……よし、今なら大丈夫。
自分に言い聞かせ、ルイズはすぅと息を深く吸い込む。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
呪文を唱え、ルイズは首をそわそわと動かしている生き物に口付けしようとしたところで、ふとその動きを止める。
「口はどこなの?」
そう……ルイズにはこの生き物の口にあたる部分がわからない。
試しに聞いてみても、愉快そうにきゅいきゅいと鳴くだけでルイズにはちっとも伝わらない。
しかしルイズを見つめるその黒い瞳の下、先のところがちょっと尖った部分がある。
見た感じ、ここが口なのだろう。
ルイズは一瞬口付けすることを躊躇するが、ぶんぶんと首を振って頭の中の雑念を振り払い、ちゅっと唇に触れるだけの優しいキスを交わす。
「えっと……これでいいのよね?」
ルイズが『コントラクト・サーヴァント』に成功したのかは定かでないが、成功ならこの後使い魔のルーン体のどこかに刻まれるはず。
使い魔との口付けを終えたルイズは、目を凝らして使い魔の変化を待つ。
……と、その時だった。
ルイズの使い魔となったその生き物は急に苦しそうな声で鳴いたかと思えば、痛い痛いと喚くように頭と触手を振り回して暴れ出す。
「大丈夫だから! 痛いけどちょっとの間だけ我慢して、ねっ!? 使い魔のルーンが刻まれているだけだから! あなたを傷つけている訳じゃないの!」
じたばたと暴れ出す使い魔をぎゅっと抱き締め、頭を何度も撫でながら必死に落ち着かせようとする。
「ごめんね……大丈夫、大丈夫だから」
祈るように、何度も呟く。
そうしている間にもルーンは刻まれ、あの焼き付くような痛みは消えていた。
先ほどと違って落ち着いた声できゅいきゅいと鳴き、使い魔はルイズの胸にすりすりと顔を擦り付けていく。
「よく頑張ったわね。偉いわよ、あなた──」
言い掛けたところで、ルイズはふと思う。
そう言えば、この使い魔に名前を付けていないではないか。
「って、あなたの名前がまだだったわね……」
名前、名前……と、ルイズはその使い魔を見てあれこれ考える。
ドラゴンっぽい顔だから……キングギドラとか。
将来的にはこの使い魔の首が三つになって翼の代わりに無数の触手を生やし、きゅいきゅいと可愛い鳴き声で甘えてくる黄金色の神々しいカタツムリドラゴンの姿を幻視するルイズ。
「って、そんな化け物じゃないわね……」
というか……この子はキングでもギドラって感じでもない。
鳴き声を聴いた感じ、この子は♂ではなく♀じゃないかとルイズは考えていた。
じゃあ、名前は女の子っぽいモスラ……?
ダメ、なんか違う気がする。主に映画作品的に。
何と言っても、これからルイズと一生を共にする使い魔なのだ。
将来的にはヴァリエール家の領地内で暮らす事になるだろうし、その時に変な名前を付けていたら両親や姉になんて言われるか考えたくもない。
じゃあどうするか……
少し考え、ルイズはちらっと使い魔を見やる。
そして……口をあんぐり開けた。
『はら、へた』
──喋った。
『はら、へた』
大事なことなのでもう一度。
使い魔はルイズの方を見て、はっきりと空腹を訴えてきた。
『うま、たべたい。なにか、くわせろ』
端から見ればきゅいきゅい鳴いてるようにしか聞こえないが、それはルイズの心に直接響いてくる。
「ああ、ああんた喋っ──喋れるのぉ!?」
ルイズの驚きに満ちた声が早朝の部屋に響き渡った。
「……じゃあ、もう一度確認するわね? あなたの名前はイリスで、それ以外のことは何も知らないのね?」
現在、ネグリジェを脱いで制服に着替え終えたルイズは、改めて自分の使い魔となったイリスと親睦を深める為に、ベッドの上でイリスのことを色々聞いている最中だった。
と言っても聞き出せたのは名前くらいで、その他のことは何もわからないままだ。
使い魔のルーンの影響なのか、イリスはカタコトながらも人間の言語でルイズと喋る事ができ、知能も生まれたばかりの幼体にしては脅威的なレベルで発達している。
その一つとしてルイズがゆっくりと丁寧に話すと、イリスはちゃんとルイズが何を言ったのか理解しているのだ。
現に今、ルイズは使い魔に自分の名前を覚えさせようと、何度も長い名前を言い聞かせている。
「いい? 私の名前はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
ゆっくり、しかしはっきりと自分の名前を復唱する。
『ルイズ……?』
首を傾げつつ、イリスはきゅい?と鳴く。
「そう、ルイズ! 私の名前はル・イ・ズ──ルイズ! わかった?」
『ル・イ・ズ……ルイズ!』
「ルイズよ、ルイズ!」
『ルイズ! ルイズ!』
やった! 名前を呼んでもらえた!
ルイズは嬉しさのあまり、イリスをぎゅっと抱き締めて頬擦りしてあげる。
「あぁんもう! なんて可愛いのかしら! こんな可愛い子が私の使い魔になってくれるなんて!」
自分が生まれて初めて成功させた魔法で呼び出した使い魔の利口さに、ルイズの喜びは鰻登りで高まっていく。
そんなルイズに抱き締められつつ、イリスもまた興奮状態できゅいきゅいと鳴き始める。
『ルイズ! はら、へた! うま、うま!』
2本の触手でルイズの肩を交互にぺちぺち叩きながら、イリスは空腹を訴える。
イリスの可愛い仕草に思わずくすっと笑い、ルイズははいはいと言ってベッドから立ち上がる。
「ほら、行くわよイリス。今からお腹いっぱいになるまで食べ物を食べさせてあげるから」
そうは言うが、ルイズにとってはイリスの朝食というよりも同級生たちへの使い魔御披露目の機会といった方が正しいか。
あの卵から孵ったイリスを見た同級生たちの驚いた顔や反応を想像すると、ルイズはにやにやが止まらない。
黒いマントを翻し、ルイズは意気揚々と部屋から出る。
『うーま♪ うーま♪』
続いてベッドから降りたイリスものそのそとルイズの後に続く。
……ぼふっ。
急に前方を歩くルイズが立ち止まった為、イリスはルイズのスカートから覗かせている柔らかい桃尻に顔を突っ込んでしまう。
『ルイズ……?』
きゅいきゅいと鳴いてルイズを見上げるも、ルイズの視線は先ほどから前方へと向けられたまま。
イリスもルイズの後ろからちょこんと顔を出してその視線を追う。
その先には……ルイズとイリスを興味深く見据えている褐色の美少女がにやにや顔で立っていた。