土くれのフーケによる宝物庫襲撃から一夜空けた朝。いつもならイリスとシエスタの三人で仲良くベッドに川の字で眠るルイズであったが、今日に限っては一人で大きなベッドを独占していた。
「すぅ、すぅ……イリス……寝ちゃだめなんだから……」
規則正しい寝息を吐き、ピンク色のネグリジェを着たルイズは疲労感から今日も寝言を言うが、それも無理ない。
──昨夜、ガメラの技である『ウルティメイト・プラズマ』を放った影響で大人から幼児の姿に身体の成長が逆戻りしたイリス。
イリスの名前を何度も泣き叫ぶルイズに抱かれて大至急医務室に運ばれ、イリスはそこでモンモランシーの治療を受けた。イリスを診たモンモランシーの話によれば、イリスは目立った外傷こそないものの、今までの疲労が溜まりに溜まって未だに意識が戻らない状況にあるらしい。
だが命に別状があるという訳ではないので、イリスの回復は恐らく時間の問題とのこと。
それにひとまず安心したルイズ、シエスタ、モンモランシーは交代でイリスを看病し、その間にアンリエッタとガイガンは今回の事件を報告しに王宮へと帰っていった。
そして朝方、医務室でイリスを看病していたはずのシエスタが血相を変え、制服に着替えたモンモランシーと一緒にルイズの部屋に駆け付けてきた。
「聞いてルイズ! 大変よ、起きて!」
「ミス・ヴァリエール、起きてください! イリスさまが大変なんです!」
モンモランシーとシエスタが二人掛かりでルイズを叩き起こすと、ルイズはすぐさま飛び起きて二人を交互に見る。
「えっ、えっ? なに、何なの!?」
「もうっ、こんな時くらい寝ぼけないでください! イリスさまの様子がおかしいんですっ!」
「えっ、イリスが──!?」
ようやく目覚めたルイズは大慌てで制服に着替え、シエスタとモンモランシーについて医務室へと急いだ。
「イリスっ!!」
ドタバタと廊下を全速力で走り、イリスが寝ている医務室のベッドに駆け込んできたルイズ達。そこには……
「はい……? 私に何か用ですか?」
ベッドの上で穏やかに微笑み、今までのイリスからは考えられない清楚で心優しい天使の感じを出している白いパジャマ姿のイリスがいた。
「イ、イリス……?」
色々な意味ですっかり変わり果てたイリスの姿を目の当たりにし、へなへなとベッドの傍に力なく崩れ落ちるルイズとモンモランシー。
「……ご覧の通りです。イリスさまは今までの記憶をすべて失われてしまいました……私たちのことも、自分が誰かも覚えていないようです」
悲しい表情でルイズとモンモランシーに痛々しい事実を伝えるシエスタ。その報告を聞き、ルイズとモンモランシーは二人で抱き合って泣き始めてしまう。
そんな二人の姿を見せられ、イリスはおろおろと二人に話し掛ける。
「あっ、あの……そんなに泣かないで。お二人が私のご主人様ということはこちらのシエスタさんから聞いてますので。だから、その……そんなに泣かれると私も辛いです……」
儚い表情でぽつり呟くイリスに、ハッとなったルイズとモンモランシーは慌てて涙を拭ってみせる。
「ご、ごめんイリス……」
「私も……イリス、ごめんなさい」
ルイズとモンモランシーが謝ると今度はイリスの方が恐縮してしまい、しばらく気まずい会話が続けられた。
「あっ、そう言えば」
そんな時、ふとシエスタが思い出したように呟く。
「イリスさまが目覚めたら、私達4人で学院長室に来るようにってオールド・オスマンが──」
「えっ、ちょっとそれって──」
「──えぇ。もしかしなくても昨夜のことよね」
オスマンからの急な呼び出しを受けていたと知り、ルイズとモンモランシーは心配そうに顔を見合わせた。
オールド・オスマンの学院長室では既にオスマンと教師陣がシリアスな空気の中で待機しており、全員でこの場にいない誰かを待っているかのようだった。
とそこに──
「すみません! ヴァリエールとモンモランシー、以下2名、呼び出しに遅れました!」
ルイズ、イリス、シエスタ、モンモランシーが大慌てでオスマンの部屋に駆け込んできた。対するオスマンは上機嫌な微笑みでルイズ達の到着を迎え入れる。
「何、構わんよ。ともかく、これで役者は全て揃ったのじゃから」
「役者って……ま、まさか! ミス・ヴァリエール達にフーケ討伐を!?」
何やら強い意思を持ってルイズ達を見つめるオスマンの考えを悟ってしまい、とんでもないとばかりにコルベールが反発する。
「いけませんぞ、オールド・オスマン! いくら邪神イリスがこちらにいるとは言え、生徒に任せるなど──」
すると生徒想いなコルベールの主張に同調するように、集まった教授陣がそうだそうだと口々に言い出した。
「ふむ……では、君達が代わりに行くというのかね?」
口髭を撫でながらオスマンが言うと、コルベールを含む教授陣達はたちまち黙り込んでしまう。そんな教授陣にオスマンは呆れ顔で喝を入れる。
「はぁ……なんと情けないのぉ。我こそは!とフーケ討伐に名乗りを上げ、勇ましく杖を掲げる者は誰もおらんのか!? えっ!?」
オスマンの喝に教授陣が萎縮する中、高らかと杖が一つ掲げられた。
「わたしが行きます! オールド・オスマン、わたしにやらせてください!」
その杖の持ち主は──ルイズ。驚いたことにフーケ討伐に名乗り出たのは、周りから『ゼロ』と呼ばれ続けるルイズだった。
突然のルイズの発言に部屋中が騒然となる中、ルイズだけは力強い眼差しをオスマンに向けている。
「ミス・ヴァリエール!? いったい何を言うのです!? これはピクニックに行くんじゃないのですぞ!?」
「……で、でもっ! 先生方はどなたも杖を掲げないじゃないですか!」
──と、ルイズに痛いところを突かれ、コルベールと教授陣は額から汗を掻いてぐっと押し黙るしかなかった。
それに更なる追い討ちを掛けるように、ルイズの隣で杖が掲げられる。
「モンモランシー……一緒についてきてくれるの?」
それは──モンモランシー。モンモランシーの杖だった。
静かに問い掛けるルイズに対し、モンモランシーはルイズにチラッと目だけを向けると、お姉さんっぽい余裕ある微笑みでルイズに言った。
「当たり前でしょ? こんな問題、ルイズひとりに任せてなんておけないもの。当然、私も同行するわ」
「モンモランシー……あ、ありがと」
ちょっとだけ照れながら頬を赤く染めたルイズ。他の誰にも気付かれないよう、ルイズはモンモランシーの右手をこっそりと握り締める。そんなルイズから差し出された小さく震える白い手を、モンモランシーもまたしっかりと握り返す。
そして……メイドに過ぎないシエスタまでもが杖の代わりに自らの手を挙げるではないか。
「わ、私も行きますっ! ずっと一緒に戦うってイリスさまと約束しましたから……!」
「シエスタ、あなたまで……」
「よろしい。それでは勇気ある君達にフーケ討伐を頼むとするかの」
オスマンの決定に未だ教授陣はブツブツと否定的に呟くものの、当のオスマンはルイズ達ならやり遂げられると確信しているようだった。
「さて、学院の前で君達もよく知る騎士が案内役兼護衛として馬車を用意して待っておる。既にフーケの居場所はその騎士の独自調査で特定済みだそうだ」
「えっ? まさかその騎士って……」
「はい……もしかしなくてもあの方、ですよね……」
オスマンの言葉を聞いてモンモランシーとシエスタが想像するのは、昨晩一緒にフーケのゴーレムと共闘したガイガン。しかしルイズはというと──
「わたしの知っている騎士……うそ……まさか子爵さまが……?」
──まったく別の騎士を想像していたりする。どこか夢見るような乙女の甘い表情で想い人である某髭面の騎士の凛々しい姿を思い浮かべていた。
「ほほっ。実はアンリエッタ姫殿下が『ミス・ヴァリエールを守って』ほしいと願って寄越したそうじゃ。それに頼もしいのはその騎士だけでない。ここにいるミス・モンモランシーは水系統の治癒が使える優秀な生徒と聞く。フーケとの戦闘ではきっと役立つはずじゃ」
「も、もちろんですわ!」
オスマンから褒められて驚きながらも嬉しそうな笑顔を見せるモンモランシー。その隣ではルイズが期待顔で『わたしもわたしも!』と訴えている。
「えぇ──オホン。そしてミス・ヴァリエールは……うーむ」
と言い掛けたものの、オスマンはルイズへの褒め言葉をなかなか見つけられないでいた。
「そ、そうじゃ……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵の息女で……その……将来有望なメイジ……と聞いておる。しかもその使い魔はどんな姿にでも変身することが出来るだけでなく、身体に無数の触手を生やしてメイジとの決闘に勝利し、さらにはそこにいるメイドの娘を救出する為に貴族の屋敷に乗り込んだほど規格外の怪物。今は残念ながら記憶を失ったとは言え、その彼女のとんでもない力を持ってすれば、土くれのフーケに後れを取ることはあるまい!」
おおお!と教師達がイリスへの期待を込めて歓声を上げる中、当のイリスは困惑顔で首を傾げていた。
以前の自分を忘れているとは言え、そんな超常的な力が自分にあるなんて到底思えなかったからだ。
「あの、そんな力なんて私には……」
そう呟いてイリスが不安げな表情で周りを見回せば、オスマンにコルベールだけでなく、ルイズとシエスタ、モンモランシーまでもがイリスに微笑んでいるではないか。
「あぅぅ……」
「……というわけじゃ。魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する!!」
「「はい! 杖にかけて!!」」
オスマンの威厳ある締めの言葉にルイズとモンモランシーが力強く応える。その後ろでメイジではないシエスタは杖の代わりに輝きを失った勾玉のペンダントを右手で胸に抱き、未だ自分の有り様に悩んでいるイリスの震える手を左手でしっかりと握るのだった。
フーケ討伐の任務に就いたルイズ、イリス、シエスタ、モンモランシー。四人の美少女達は現在、学院の門前で案内役兼護衛役の騎士が現れるのを待っていた。
……と、そこに見覚えある黒い人影がカツ、カツという機械的な足音を立てて歩み寄ってくる。
「ほぅ……フーケ討伐に名乗り出たのは君達か。フフフ、どうやら私と君達は不思議な縁で繋がっているらしい」
「えっ……?」
その声を聞いて急いで振り返るルイズ達。馬車を引いて現れたのは、フーケのアジトを知っているという案内役の騎士。しかし……その人物はどういうことか黒騎士ガイガンだった。
「ガイガン!? どうしてあなたがここに!?」
驚きを隠せないルイズ。何故、アンリエッタに連れられて王宮に戻ったガイガンがここにいるのだろうか。
「なに、姫からの頼みだ。フーケ討伐には私も参加するようにと言われてな」
「はぁ……なんで護衛がガイガンなのよ。わたしはてっきりワルドさまが来てくれるとばかり──」
当たり前だと言わんばかりのガイガンにルイズが納得し兼ねていると、ガイガンはルイズを無視して黒いマントを大袈裟に翻し告げる。
「諸君、出発の時間だ。行くとしよう」
さて──所は変わってフーケのアジトまでの道中、馬車の中にて。
「ねぇ、イリス……あんた、以前までの自分の事を忘れちゃっても平気なの?」
「ルイズ様、平気って……?」
「えっと、その……イリスは昔の自分について気になったりしないのかな、って。怖かったり、嫌だったり……とか」
首を傾げて訊ねるイリスに、言い難そうに呟くルイズ。思い出してみれば、今までイリスはルイズの想像を絶する行動を度々起こしてきた。
使い魔召喚の儀式での卵召喚に始まって、アルヴィーズの食堂での触手披露、ギーシュ・ド・グラモン殺人未遂事件、モット伯の屋敷でのミイラ屋敷騒動などなど……
イリスが何かしら問題を起こす度にご主人様兼保護者のルイズはお供のシエスタや親友のモンモランシーと一緒に振り回され、時に怒り、時には笑い、ある時は泣き──そうして使い魔イリスとコミュニケーションを取ってきた。
人間と怪獣という、種族を越えた愛を育んできた。
「……あのねイリス。わたし、あなたに──」
「そろそろ目的地に着く。諸君、降りる準備をしたまえ。この先は森が深い。馬車では進めないだろう……ここからは徒歩で行く」
ルイズが重苦しい雰囲気で何かを話そうと口を開いたと同時に、馬車の手綱を握るガイガンが言わせはせんとばかりに遮った。
「っ……! もう、少しくらい空気を読んでよ……!」
絶妙なタイミングで邪魔をしたガイガンに向かって不機嫌そうに呟くルイズの表情はどこか悲しく寂しげで──また、暗く落ち込んでいる。
(……フッ)
そんなルイズの心境を知ってか知らずか、ガイガンは内心でほくそ笑むのだった。
ルイズ達捜索隊がしばらく鬱蒼とした森を徒歩で進んで行くと、やがて開けた場所に出た。その中心にはフーケの土くれで造られたと思われる廃屋が建っている。
「あの廃屋が……フーケの隠れ家」
敵のアジトを見つけ、いよいよルイズ達にも緊張が走る。そんな中、捜索隊の先頭に立つガイガンは堂々たる態度でルイズ達に向き直って話を始める。
「人の気配が感じられん。どうやらフーケは外出中のようだな」
「あら、ラッキーじゃない。それじゃあ、さっさと行って『破壊の杖』を取り返して来ましょうよ」
言うが否や、ルイズは自信を持って隠れていた茂みから抜け出して廃屋に向かおうとするが、そこを慌てて追い掛けてルイズの腕を掴んだモンモランシーに引き止められてしまう。
「ちょっと! 待ちなさいよルイズ! これがもしフーケの罠だったらどうするつもり!?」
「そうですよ、ミス・ヴァリエール。ここは慎重に作戦を考えてからでも──」
「うっ……わ、わかったわよ」
モンモランシーだけでなくメイドのシエスタにも止められ、ルイズは仕方なく茂みの中に引き戻る。
「ふむ、作戦か……ならば私にいい考えがある」
腕を組みつつ言い、何故だかドヤ顔でビシッと決めてみせるガイガン。それを見てルイズ達は嫌でも思ってしまう。
(((あっ、駄目だこのガイガン……なんだか盛大に失敗しそう……)))
ドヤ顔でのいい考え=失敗というフラグが立ってしまうのではとルイズ達が危惧する中でも、ガイガンは自信満々にニヤリと笑っているだけ。
若干心配せざるを得ないガイガンの作戦とは、説明するとこういうものだった。まず、偵察兼囮が廃屋の中の様子を確認。万が一フーケがいた場合は廃屋の外に誘き出してガイガンの剣とルイズ達の魔法で一気に仕留める。フーケがいなかった場合は『破壊の杖』を確保し、速やかに廃屋を脱出。その後はガイガンが『破壊の杖』を学院へと持ち帰り、その間にルイズ達は廃屋でフーケが帰ってくるのを待ち受けるという作戦だ。
「ふーん……聞いた限りじゃ意外と成功しそうね」
「ルイズ、他に考えている時間はないわよ。もうこの作戦で行きましょ?」
「そうみたいね……わかったわ」
ガイガンの作戦を聞いて頷くルイズ達。もうこれしかない。捜索隊の行動は決まった。
「よろしい。では私が偵察兼囮になろう。危険性を伴う任務故に君達はここで待機だ」
そう言ってガイガンは黒マントを翻して廃屋の中に消えていった。
……少しして、ガイガンが一人で外に出てきた。その手には筒のようなものが持たれている。あれが『破壊の杖』に違いない。
ルイズ達が茂みの中から飛び出して駆け寄って来ると、ガイガンは背後の廃屋に目を送りつつ喋り出す。
「フーケはここにはいない。ともあれ『破壊の杖』は無事に取り返した」
ガイガンの報告にルイズ達はひとまず安心して歓声を上げる。とは言ってもあまりにも呆気ない幕切れで、一番張り切っていたルイズとしては正直盛り上がりが足りない。
(ふむ……頃合いだな)
何やら怪しい素振りを見せるガイガンを先頭にルイズ達がぞろぞろと廃屋から離れていく中、最後尾にいたイリスだけは立ち止まって誰もいない廃屋を不安げに見上げていた。
「何か来る……?」
イリスは怪獣である為に人間よりも感覚が鋭い。前を歩くルイズ達は気付いてないようだが、イリスははっきりと地底の深くから高まる強大な震動を感じ取っていた。
そして──ついに。
「な……なに!?」
「ゆ、揺れてる!?」
このタイミングを待っていたかのように突如として大地の震動が発生。咄嗟に歩みを止めて身構えるルイズ達。
「土くれのフーケ……『破壊の杖』を取り返しに今一度現れたか!」
ガイガンが黒マントの裏側に位置するベルトから鉤爪状の双剣『ブラディー・トリガー』を取り出しつつ声を荒げる。直後、フーケの廃屋が轟音と共に崩壊し、ルイズ達の前に巨大なゴーレムが姿を現した。
「フーケのゴーレム!?」
「下がれ! ここは私が相手する!」
驚くルイズ達の真横を潜り抜けつつガイガンはブラディー・トリガーでゴーレムを高速に斬り刻んでいく。しかしガイガンの斬撃ではいくら倒したところでゴーレムは大地より無限に復活してしまう。
「う……うそ!? まったく効いてない!?」
「こんなの相手にするなんて無理ですぅ! ここは一旦逃げましょう!」
ガイガン一人の力では勝てないと踏んだモンモランシーとシエスタが早くも諦めて退却を決めるも、ルイズは立ち止まってその場から動こうとしない。
「ルイズ、何やってるの!? 早く逃げて学院に応援を──」
「わ、わかってるわよ! でもイリスが……!」
そう言ってルイズが切羽詰まった様子で指差した方向には、なんとイリスが涙を流して地面に座り込んでいるではないか。
「イリス!?」
「イリスさま!?」
「あ……あぁ……ぅあぁ……」
その場所はゴーレムとガイガンが戦うすぐ近く。無力な少女のように震えてゴーレムを見上げることしかできないイリスの表情は恐怖と絶望が支配しており、とてもじゃないが以前のイリスの面影は欠片もない。
「ったく、あのバカ使い魔!」
舌打ち、ルイズは腰砕けになっているイリスへと駆け出す。
「ルイズ!? 駄目よ! 戻ってきなさい!」
「ミス・ヴァリエール! あなたまで……危ないですってば!」
離れた位置からモンモランシーとシエスタが戻って来るように叫ぶが、ルイズは首を横に振って泣き崩れるイリスをぎゅうっと力一杯に抱き締めた。
「ふぇ……?」
ルイズが起こした危険を承知の上での突然の行動にイリスは思わず泣き止んでルイズを怯え切った紅い眼で見つめる。
「あ、あぅ……ご主人様……?」
「……イリス」
そんな情けないイリスに対し、無言のままルイズは右手でイリスの泣き濡れた頬を力強くひっぱたいた。
昼下がりの森の中でパァンという乾いた音が小さく控えめに響き渡った。
「……え?」
何故、自分が叩かれたのか……
イリスは理解できずに赤く腫れた自分の頬に手を添える。
「イリスのバカ!! どうして戦わないのよ!? どうして立ち向かわないのよ!? あんたはわたしが召喚した『神聖で美しく、そして強力な使い魔』でしょ!!」
ルイズの悲痛そうな叫び声が森の中ではっきりと響く。
「……え、あっ……だって……」
「だってじゃないわよ! いい!? イリスはいつもわたしを守ってくれたの! いいえ、わたしだけじゃないわ!」
そう言ってモンモランシーとシエスタに向かって指差すルイズ。その顔はイリスと同じように泣き濡れて破顔している。
「あなたを制御できる勾玉に選ばれた巫女のシエスタをモット伯の不埒な魔の手から救う為に、イリスはたった独りで無謀としか思えない貴族の屋敷に乗り込んで行ったわ!」
ルイズが言っているのは、以前シエスタがモット伯の屋敷に妾として連れ去られ、それをイリスが残酷なまでに触手無双してシエスタを取り戻した件である。
尤もイリスはそれ以外にもエギンハイムという辺境の村に咲いた黒い植物怪獣『ビオランテ』と戦って悲惨な目に遭わされた事や、完全生命体『デストロイア』との奇妙な類似点から敵対した事も実はあったりする。
……ルイズはそのことを知らないが。
「私が……みんなを守ってた……?」
信じられないとばかりに呟くイリス。その顔はまだ恐怖で青ざめている。
「そうよ! わたしとモンモランシーだって、未遂に終わったギーシュから始まって、もう何人もイリスの触手で体液を吸い取られてミイラになった大勢の人達を見てきたんだから! うぅ、思い出したらやっぱり怖い……」
「私が……触手で皆さんをミイラにして……食べて殺した……」
少し思い出したように、イリスがぽつり言う。その直後、天使が翼を広げるが如く、四本の槍状の触手『テンタクランサー』がイリスの両肩の皮膚を突き破って出現した。
驚愕するルイズ、シエスタ、モンモランシー。しかしルイズは間違いなくイリスの失われた記憶がもう一度思い出そうと揺り動かされている影響だと確信する。
「そ、そうよ! あなたには運命を変える力があるの! いずれは戦乱に揺らぐかもしれないこのハルケギニアを守る伝説の怪獣達と同じ──ううん! そんな怪獣達なんかよりももっと! もっともっと! ずーっと強くて優しくてかっこよくてかわいい──あなたはそんな──わたしだけの大好きな使い魔!! ルイズのイリスなんだからぁ!!」
その叫び声がイリスの耳に届いた瞬間、シエスタが首からぶら下げているイリスの勾玉が今まで以上に綺麗な虹色の閃光を放ち始める。
「イリス……!?」
目の前で始まった唐突な変化。先ほどまで戦っていたゴーレムやガイガンまでもが空気を読んでイリスの方に注目する中、ルイズはイリスが虹色の閃光に包まれて消えるのを確かに見た。
「イリス!? イリス────ッ!!」
ルイズの必死な叫び声は虚しく、イリスは勾玉から発せられた虹色の閃光に導かれ──この世界から消えた。
次回予告(ウソ予告)
虹色の閃光に導かれた先でイリスが見たもの──
それは、かつての自分を取り戻す切っ掛けとなるのか? あるいは……?
ここでストーリー分岐。
1:イリスが戻って来る。
2:イリスが別の異世界に召喚される。
3:イリスは死んだのだ……
さて、どうなるイリス?
次回、『生まれ変わったイリス(後編)』
ルイズ「イリス!? どこ行っちゃったの!? イリスゥゥゥゥゥゥ!!!」
モンモランシー「ちょっとルイズ。イリスイリスってうるさいわよ」
ルイズ「ううっ、ぐずっ……だってわたしのイリスがいなくなっちゃったんだもん……ふぇ~ん!!」
モンモランシー「ルイズ……これは重症ね……」
シエスタ「うーん、どうしましょう……? 次回のタイトルは『変わり果てたルイズ』にします?」
イリス「あ、あぅ……」←ルイズが心配で戻って来たものの、ちょっとルイズの前に出ていきづらいイリスちゃん
ガイガン「……ところで君達、私はいつまでゴーレムを斬らないといけないのかね?」
シエスタ「あっ、ガイガンさん。いたんですか」
ガイガン「……もう帰ろうかな」
イリス「よしよし(頭ナデナデ)」
次回もまた見てね!