食事と聞いてミイラを思い浮かべた方、違います。
その食事シーンはまだちょっと先です(笑)
廊下の壁に同じような木製の扉が並んでいる。
ルイズとイリスが部屋を出ると同時に、ルイズの部屋の隣の扉から燃えるような真っ赤な髪の美少女が出てきた。
ルイズとは比べ物にならない大きな胸を持つ褐色肌の美少女。
その少女を見ると、ルイズは「朝から嫌な奴と出会った」と顔を顰めて呟いた。
そんなルイズを見て、少女はニヤリと笑う。
「おはよう、ルイズ」
「……おはよう、キュルケ」
上機嫌な様子のキュルケの挨拶に比べ、ルイズの挨拶には不機嫌さとキュルケに対する嫌悪感が混じっていた。
「貴方の使い魔ってそれ?」
イリスをそれ扱いされて少しむっとくるルイズだが、朝から相手をするのも面倒なのでここは我慢する。
「そうよ」
悔しそうに呟くルイズ。
「あっはっはっはっ!! あの卵からどんなのが生まれるかと思ったら、ただ大きいだけのカタツムリなんてね!! すごいじゃない!!」
腹を抱えて笑いながら、キュルケはルイズの後ろからちょこんと顔を出しているイリスを一瞥する。
「『サモン・サーヴァント』で卵を呼ぶなんて、貴方らしいわ。さすが『ゼロ』のルイズ」
「うるさいわね」
ニヤニヤ笑うキュルケをできるだけ視界に入れないようにしながら、ルイズはイライラ気味に答える。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのが良いわねぇ~。フレイム」
勝ち誇ったようなキュルケの声に呼び出され、キュルケの背後から真っ赤な色合いをした巨大なトカゲがのそのそと出てきた。
一方、イリスは現れたフレイムを獲物を狩るような目付きでじーっと見つめる。
そして……
『……じゅるり』
イリスはそわそわと落ち着きのない仕草で頭と触手を動かし、フレイムに近付こうと前に出る。
すると、どうだろう。
生物の本能的に身の危険を感じたのか、フレイムはびくっと震えて慌ててキュルケの後ろに隠れる。
「あら? フレイム、どうしたの? ほら、挨拶なさい」
キュルケがフレイムを前に出させようとするが、すっかり萎縮した様子のフレイムは梃子でも動こうとしない。
「変ねぇ……フレイムってば急にどうしたのかしら」
まるで得体の知れない何かに脅えているかのように、ガタガタと震えてイリスを恐々と覗き見ているだけのフレイム。
「これってサラマンダー?」
その様子を興味深く見ていたルイズは悔しそうに訊く。
「そうよ火トカゲよ。しかもただのサラマンダーじゃないわ!! 火竜山脈のサラマンダーよ!! 好事家に見せたら値段なんかつかないわよ」
嬉しそうに自慢話を語るキュルケに、ルイズははいはいと適当に相槌を打つ。
(何よ、自分ばっかり使い魔を自慢しちゃって。私だって自分の使い魔くらい自慢したいわよ)
心の中でブツブツ呟きつつ、ルイズは自分の後ろに隠れているイリスの頭を手で撫でてやる。
(生まれたのがただ可愛いだけで使い魔としては何の役にも立たないイリスじゃなければね……)
声に出すことなく、ルイズは心の中で愚痴を言う。
先ほどイリスに名前を覚えさせる前に部屋で試してみたのだが、イリスはルイズと感覚の共有もできなかった。
秘薬探しなんてのも当然無理に決まっているし、その能力で主人のルイズを守るなんて論外。
そもそも、このイリスにはどんな能力が備わっているというのだ。
触手が生えている以外は、まるで強さを感じない。
ならば家事や雑用にでも使おうかと考え、ルイズは即座に無理だと判断した。
要するに……イリスはただの役立たず。
可愛いだけが唯一の救いに思えた。
……などとルイズが考えている間、キュルケはうっとりとした表情で自分の使い魔を見つめている。
イリスはいよいよキュルケの前にのそのそと歩み寄ると、殻の中から無数の触手を伸ばし、キュルケとフレイムを触手で取り囲み始める。
いただきますと言わんばかりにきゅいきゅいと高らかに鳴くと、イリスは触手をキュルケとフレイムに突き刺そうとーー
「って、もうこんな時間じゃない! ほら、イリス! ご飯は食堂で食べさせてあげるから急ぐわよ!」
ーーしたところをルイズが割り込み、触手をぐいぐいと引っ張ってイリスを歩かせようと促す。
イリスは捕食を邪魔されて残念そうに項垂れると、仕方なくルイズの後ろをのそのそと歩き出す。
キュルケとフレイムから少し離れたところで、ふとイリスは立ち止まる。
そして……
『……ニヤリ♪』
可愛らしい顔をぐるんと後方に回し、つぶらな瞳でフレイムをじーっと見つめる。
その顔からは何も読み取れないが、イリスが未だにキュルケとフレイムを狙っていることだけは相手に伝わっただろう。
最後にイリスと目が合った瞬間、ゾクッとする悪寒を感じたフレイムは脱兎の如くキュルケの部屋に逃げ込んでしまったようで、キュルケも慌ててフレイムの後を追い掛けるのだった。
アルヴィーズの食堂。
トリステイン魔法学院の食堂は、その敷地内で一番背が高い真ん中の本塔の中に位置する。
食堂の中には百人は優に座れるであろう長いテーブルが三つ並び、ルイズはその中の真ん中のテーブルーー
ルイズと同じく黒色のマントを着けたメイジ達が座る席に着席する。
ルイズとイリスが食堂に入った際、何人かの生徒がルイズの連れているイリスの異形の姿を見てひそひそと囁き合っているようだが、ルイズはそれを気にもしていない。
生徒達が座る場所より一段と高くなった上座には、教師らしき大人のメイジ達が座っている。
あっちもこっちもガヤガヤと話に花を咲かせ、朝の食堂内は騒がしかった。
テーブルの中心には大きな七面鳥があり、その周りにワインやパイが並ぶ。
テーブルの装飾も豪華絢爛といった模様で、いくつもの蝋燭が立てられ、花が飾られ、様々なフルーツが盛られたバスケットまでもが乗っている。
もしもルイズに召喚されたのがイリスではなく人間だったなら、朝からこんなものを食べるのかと思わなくもないのだろうが。
しかし、イリスの関心は既にそこにはない。
ギャオス変異体であるイリスは、基本的に肉よりも体液が多く含まれる生き物を好む。
鼠や兎といった小動物から熊といった大きな動物の体液の他、魚やフルーツの缶詰めなどを捕食する事で成長していく。
しかし捕食する上で一番都合の良い獲物は人間である。
数は多くとも一匹一匹が小さい小動物や、熊のように大きいが数の少ない動物と比べると、大きくて数の多い人間はイリスにとって格好の餌なのだ。
食事のついでにそれらのDNA情報を多く取り込んでいけば、やがてはルイズと同じように人間的な知識を身に付けていく事になる。
さらにはイリス自身にもわからない、体に刻まれたルーンが及ぼす不思議な力もある。
今はカタコトでしかルイズと交信できないイリスも、普通に人間の言葉を話せるようには進化するはずだ。
その為にも、幼体のイリスは人間を捕食する事に執着していた。
成体にさえ進化すれば、イリスもルイズと成長的には変わらない状態になる。
だからなのか、テーブルに用意されたご馳走にはまるで目もくれず、イリスは大勢の人間を見て大喜びでルイズが座った椅子に近付こうとする。
何本もの触手をテーブルの下に潜ませ、それらの触手を使って器用にメイジ達が座る椅子から無理やり彼らを引きずり込もうとしたところで、イリスは隣の椅子に座っていたルイズに呼び止められる。
「イリスは床よ。ほら、そこにあなたの食事も用意してあるでしょ」
床に目をやるルイズをきょとんとした顔で見た後、釣られてイリスも床をじっと見下ろす。
盆が乗った皿には、野菜しか入ってない薄めのスープに申し訳程度なのか、肉の欠片がスープの水面に浮いている。
スープの隣には見るからに硬そうなパンが二切れ用意され、それは見事に貧相な食事を物語っていた。
これを見て、イリスはくぅん……と悲しげに鳴いて涙目と上目遣いの最強コンボでルイズをじーっと見つめる。
「うっ……そ、そんな目をしたってこれ以上はダメなんだからね!」
ルイズは顔を赤らめて言うも、イリスは捨てられた子犬のような目でルイズを見続ける。
だが、ルイズは見たらダメ見たらダメと呟いているだけ。
仕方ないと、イリスは用意されたスープに触手を入れて吸い込んでいく。
見る見るうちにスープが減り、皿に残ったのは野菜と肉の欠片のみ。
硬そうなパンに至っては手付かずだ。
それもそのはず。
イリスは野菜を食べないし、かと言って肉食でもない。
故に、生物の体液さえあればそれで満足できる。
ただ、今回はさすがに食事の量が少な過ぎる。
『たりない……もっと、うま、もっと!』
イリスがもう一度ルイズを見やると、ルイズもようやく決心が付いたようだ。
「し、仕方ないわね。私の肉を少し分けてあげーー」
言い掛けたところで、ルイズは思わず目を丸くする。
なんと、イリスは殻の中から出した無数の触手をルイズ達のテーブルの上に這わせているではないか。
「へっ?」
それを見てルイズの思考が停止。
そしてイリスは生徒一人ひとりに用意された出来立てのシチューを触手越しに吸い上げていく。
もちろん、イリスが食べない肉や野菜だけは申し訳程度に生徒の為に残しておいてやる。
シチューをあらかた食べ終え、次はワインに移る。
『もっと! もっと!』
ワインの入ったボトルを触手で突き刺すと、中のワインが見る見るうちに無くなっていく。
その間、誰もがイリスに釘付けだった。
『はら、いっぱい。イリス、ハピー♪ ……けぷっ』
そうしている間にイリスは食事を終え、触手に突き刺さっているワインのボトルをポイッと食堂の入口辺りに投げ飛ばすと、ここにはもう用はないと言わんばかりにのそのそと食堂を後にする。
何本ものワインが派手な音を立てて割れていく中、呆然としたままのルイズや生徒達をその場に残して……
なお、この後正気に戻ったルイズは朝食を奪われた同級生たちから散々罵倒を浴びせられる事になり、食堂のど真ん中でイリスに向かって大声で怒り叫ぶことになるのだが、そのことをルイズの部屋のベッドですやすやと眠っているイリスは知らない。