本編とエピローグを書いて完結、というように言っていたのですが、やっぱりこれだけじゃ物足りないよなぁ!!??と思ってしまった次第です。
敬一とこころのその後の物語──ぜひお楽しみください。
こころが立っている。
そこからはもう反射のようなものだった。
ガードレールにかけていた脚をすぐさま引き戻す。車通りのない車道を勢いよく蹴り、対岸の歩道までたどり着く。
そして、その勢いが止まらぬまま鳥居の元へ駆け寄り、こころを全力で抱きしめた。
「うっ! ちょ、ちょっと敬一……さん! 苦しいですよぉーっ!」
胸の中からこころの悲鳴が聞こえてくる。小柄な少女のあたたかなぬくもりが腕越しに感じられて、初めてこころがそこにいるんだという実感が湧いてきた。
こころの存在をかみしめながらゆっくりと腕の力を抜いた。
「けほっ、けほっ。……もう、強く抱き着きすぎですよ。……そんなに私が恋しかったんですか?」
足りなくなった酸素をゆっくりと肺に戻しながら、彼女は小悪魔な笑いを浮かべた。
その挑発的な笑みにまた抱きしめたくなるが、さすがに苦しめたくはないのでぐっと堪える。
「ああ。あの日からずっと会いたかった」
「ふふっ、嬉しいです」
「俺も──」
超嬉しい、と答えようとして、急に膝がガクッとなった。アドレナリンですっかり忘れていたが、会社から数キロほど歩いた後なのだ。緊張が緩んだのも相まって、思わず石段に膝をつく。
それでもこれは伝えなければいけなかった。
「俺も超超超嬉しいよ。また姿を現してくれてありがとう。こころ」
……言葉は返ってこなかった。だけれど、聞こえる息遣いで彼女が喜んでいることは把握できた。
まるで跪いたかのような俺の腕を取って、
「上、行きませんか?」
聞き覚えのある言葉がかけられる。
だけど、今度の言葉は一方的なものではなかった。これはあのときのとは違う、俺の意志を確かめるための対等な対話だ。
俺は首を縦に振り、
「おう、もちろんだ。行こうか」
二つ返事して立ち上がった。
「さーて」
長い石段を上った先。あの日と同じように境内のベンチに腰掛ける。
「改めて……お久しぶりです、敬一さん。私もまたあなたに会えて嬉しいです」
隣に座ったこころをそばの外灯がやんわりと照らす。
その柔らかな笑顔が、本当にここに彼女がいることを実感させる。
「ああ。もう本当、一生会えないかと思ったぜ。……本当に」
鼻の奥がツーンとして、枯れ果てたはずの涙が出そうになる。だが、そんな無様な姿を晒すわけにもいかないので、一つ堪えて俺も笑顔を向けた。
そんな俺とは対照的に、こころはバツが悪そうな顔をする。
「……あはは、ごめんなさい。まさか私のことをそんなに大切に思ってくださるとは思いませんでした。敬一さんには悪いことをしましたね」
「悪いことだなんて、とんでもない。まあでも……ここ数日はなかなか散々な体験をしたけどな」
「散々な体験……ですか?」
こころがきょとんと首をかしげた。
……しまった。この十日間の話はこころにはしない方がいいに違いない。だって、自分のせいで俺が会社を辞めたと知ったら彼女はどう思うだろう。間違いなく傷つけるだろうし、それに……そんなに必死になって一夜過ごしただけの少女を追っていただなんて、引かれてもおかしくない話だ。
ひとまずここは話題をズラさないと。
「いやぁ、まあ大した話じゃないさ。それより、こころはこの十日間何をしてたんだ?」
「私ですか? うーんと……まあ普通に学校行ったり、ですね」
「そ、そうか」
話題を転換しようとこころに質問を振ってみるも、すぐに途切れてしまう。
「……そうか、学校に行ってるならなによりだ」
それよりも、ずっと考えないようにしていたワードが飛び込んできてしまった。
そう、学校。薄々気づいてはいたが、こころは間違いなく学生だろう。何学校かはわからない……わからないが、俺はそんな少女と……
冷や汗が伝う。
「だ、大丈夫だったか? その、体調とか……なんか、違和感があったりしないか!?」
急に必死になった俺を見て、ぽかんとするこころ。だがすぐにくすっ、と笑い、微笑みを浮かべた。
「ふふっ、
「そ、そうなのか……?」
「はい!」
自信満々に言い切るこころ。
……心配がなくなったわけではなかったが、今はその言葉に乗っかる他なかった。
だって、話題の転換にミスったということは──
こころの小悪魔なまなざしがこちらに向かう。
「そーれーで、敬一さんはこの十日間なにしてたんですか? 散々な体験、気になりますっ!」
「気になるって……し、仕事だよ! こころが学校行ってたように、俺も仕事三昧さ」
「嘘ですね」
「なんでッ!?」
至極まともなはずの答えが、間髪入れず否定された。
向けられていたまなざしがジト目に変わる。全てお見通しだぞって語っている。
……どうやら、逃れることはできないらしい。
はぁ、とため息をついて話し出す。
「……こころとこの神社で会ったあの日からずっとお前のことが忘れられなくて。どうしてももう一回会いたいって思ったんだ。……そしたら全然仕事に集中できなくなっちまって、そりゃもう大変だったさ」
仕事を辞めたとか、プレッシャーになりそうなことは言わない。言わなかったが……代わりにどんどんネガティブ思考がフル回転していく。
「笑っちまうだろ? 一、二時間しか会ったことのない少女にそれだけ執着してたんだよ、俺は。一度エッチした関係とはいえ、こころがどんな人なのかも知らないっていうのにさ。お前のことで頭がいっぱいになって、仕事も全然こなせなくなって、どうしても会いたくって会いたくって探し回って……」
自分を蔑むような言葉がつらつらと途切れることなく口から出てくる。何をやっても中途半端な男の生来の癖が露呈していく。
「……はは、そんな人間なんだよ俺は。気持ち悪いだろ?」
「気持ち悪くなんかありませんっ!!」
握りしめていた手が優しく包みこまれる。自分を否定するはずだった言葉が、間髪入れずに浄化された。
「気持ち悪くなんかありません。むしろ、そんなに私のことを想ってくれていただなんて嬉しいです」
こころはまっすぐと俺を見つめていた。その
俺を励ますための嘘じゃない。本心からそう言ってくれているんだというのが嫌でも感じ取れた。
この地獄の十日間で泥のように淀んでいた心がたちまち救われていく。
……。
ふぅーと長く息をついた。
「ありがとう、こころ」
その言葉を受け取って、さっきまでの真剣な顔つきとは一転、彼女はにこりとはにかんだ。
「どういたしまして」
このしばらくの間で何度も俺の心を射抜いてきた笑顔が、ふっとそれた。
おもむろにこころが立ち上がる。
ふわと舞った黒髪の長髪がこちらを向いた。
「……というよりも、『ありがとう』を言うのはこっちのほうなんですよ」
「こころ……?」
もどかしそうに、小さな声で呟く。
んっん、と可愛い咳払いを一つして、こころは喋りだした。
「一つ質問です。敬一さん、私とした約束は覚えていますか?」
「約束? ……ああ、今日が終わればこのことは忘れて、誰にも話さない、ってやつか?」
「はい。約束、守ってくださいましたか?」
「……忘れることはどうしてもできなかったがな。でも、こころのことは誰にも話してない。それはちゃんと守ったぜ」
「そうですか。まあ、それなら及第点といたしましょう」
「……」
いったいこれから何が始まるのかわからない。
二人の間に沈黙が訪れる。
暁の日射しで照らされたこころを、俺は固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
「敬一さんは私が何者なのか気になりますよね? 夜中も夜中、みなが寝静まった時間に突如現れた女のこと」
「……うん、気になってる」
「私、あなたに学校に行ってたって言いましたよね。実はあれ、嘘なんです」
「……嘘?」
「はい。だって私──」
こころが振り返る。
「──この神社の『神』ですから」
最愛の少女の口から飛び出た衝撃的な言葉。
それを聞いて、俺は言葉を返すことができなかった。
前編後編に分けるかどうかは迷ったのですが、どうしても7/1に投稿したかったのでやむを得ずこのようにしました。
活動報告にも書いたのですが、暁の情痴はとっても好きな作品なので、これからも細々と書いていきたいなと思います。書きたい話がたくさんありましてね・・・。
R-18タグ付いている割にえっちシーンがどれだけ出てくるかは未定ですが、一つの敬一とこころの物語として楽しんでいただければなと思っています。
リアルが忙しくてなかなか筆を取れない毎日ではありますが、じらすものでもないので後編は早めに投稿します。がんばります。
それでは、また次回もお会いしましょう!!