こんな諺を知っているだろうか
"逢い戻りは鴨の味"
意味は単純で
『一度別れた男女がよりを戻すと、以前よりも一層仲が良くなること』
タイムスリップしたこのご時世に何言ってるんだと思うかもしれない。だがよく考えてほしい。俺と姉妹は既に一度別れているので・・・この諺に該当するのかも・・・いや、タイムスリップを"別れ"と比喩するのは無理やりすぎたな。適当な言い訳が出なかった
・・・そもそも二週目なんだから都合よく展開が進むのは当たり前だろ
簡単なことだ。とある女の子の第一印象が最悪だったとしたならば、第二印象をかえてしまえばいいだけの話。一度最悪な出会いをした過去さえ改変してしまえばいいのだ
だがこんな暴論はどうでもいい
「ふ、フー君?優しく、ね?」
「大丈夫だから・・・少し肩の力を抜いた方がいいぞ」
俺は今、お洒落な服や可愛らしい人形が並べられている女の子の部屋にいた。高級マンションの最上階に位置するこの部屋は、その高さも然ることながら、一般的なプライベートルームとは比べ物にもならないほどの広さを誇っている
そんな部屋の中で、俺の目の前にはツーサイドアップの髪型が特徴的な美少女がいる
二人っきりの空間に水を差す存在は一切なく、真剣な表情で見つめ合っている
このセリフにこのシチュエーション
俺は今――――
二乃のピアス穴を開けようとしていた
既に消毒液は耳朶に塗り終わっている。あとはこのピアッサーで穴を開けるだけだ
「1回深呼吸してみろ、ほら」
「え、ええ・・・」
そう促すと、二乃は素直に深呼吸を挟んだ
対面で座っている為、お互いの顔が近くで見える。やはり痛みに対する不安が大きいのか、目元から僅かな震えが感じ取られた
「・・・大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい・・・やっぱり怖くて・・・」
これでは埒が明かない。印象付けの為にも、ここは俺がサービスしてやろう
「二乃、少しだけ我慢してくれ」
「・・・え?」
その一言に戸惑う二乃に構わず、俺は一度ピアッサーを持ってスタンバっていた右手を引っ込める。それと同時に、今度は隣合うように座ってから、左手を二乃の肩へ置く
軽めに置いた左手をそっと引き寄せ、彼女の肩を自分の胸板にくっつける
「フー君・・・?」
「俺がそばにいるだろ?ほら、掴んでろ」
いつしかのバイクで言ったようにではなく、彼女を包み込む仕草を見せてみた
制服の胸元を引っ張り、二乃の手を誘導する
制服の生地をキュッと握る小さくて白い手は、弱々しくも確かに二人を繋いだ
次第に震えは収まり始め、今一度深呼吸をしてから、彼女の表情を見つめる
「あ、ありがと・・・」
その礼に頷き、再び右手に持っていたピアッサーを耳朶へと構える
力む様子はなく、二乃は目を瞑ってその時を待っていた。軽く声をかけて、肩に添えている左手の力を僅かに込めた
「すぐ終わらせるからな、動くなよ」
そして、遂にその時は来た
カチャン――――
ピアッサーが当たる音が響いた
二乃も慌てている様子はない。想像していた以上の痛みは襲ってきていないようだ。針を抜いて、テキパキと後処理を済ませる
あとはこの空洞が安定するのを待つのみ
一通り作業を終え、添えていた手でポンと肩を叩いて、笑顔を覗かせる
「お疲れ、終わったぞ」
「ほ、ほんと・・・?」
「ああ、痛くなかったろ?」
胸元の生地を掴んでいた左手を離し、化粧台の上に置いてある手鏡を取った二乃
耳元が見えるように、長い髪を手で持ち上げつつ、あちらこちらに鏡を傾けながら、念願のピアス穴が開いたことを確認した
「俺も最初は怖かったけどな、やってみれば意外と――――っ、二乃!?」
「ありがとう!フー君!」
経験則から語ろうとした瞬間、二乃がダイブしてきた。まさかここまで喜んでくれるとは本気で思っていなかったので、思わず反応も遅れる
俺からしたら、そんな大層なことを成し遂げたつもりはないが・・・この好意は素直に受け取っておこう
「いきなり抱き着くな・・・心臓に悪いだろ」
毎度思う。なぜこの姉妹は揃いも揃って距離感のとり方がこんなにも危なっかしいのか
俺の理性をアイスクリームとするのなら、この姉妹の破壊力はスプーンのようなもの
これ以上近くにこられても、今日この瞬間に襲うわけにはいかないのだ
企てた計画を台無しにするくらいなら、態と自殺して三週目の人生に突入させてくれる可能性に賭けるしかなくなってしまう
そんな不確定要素に今まで得た全てを賭ける度胸は、今の俺は持ち合わせていない
「あっ・・・ご、ごめんなさい!」
嬉しさのあまりに身を乗り出してしまったことを恥じた二乃。すぐさま冷静さを取り戻して、乱れた髪と制服を整える
こちらも先走りそうになった気持ちを落ち着かせて、一つ息を吸う。いつも通りの鼓動の早さになった頃を見計らってから、平然を装って話しかけた
「気にするな、とりあえず無事に終わってよかった」
「え、ええ・・・ありがとうね」
まだ余韻が抜けていないのか、尚も頬は赤く染まっていた。お得意の腕組みで佇むフォルムは、何度見ても照れ隠しのポーズにしか見えなくなってきた
「おう、俺はそろそろ帰るからな。菌とか洗剤には気をつけろよ」
初日だけでグッと心の距離を縮められた嬉しさを噛み締めながら、部屋に飾ってある時計を見て立ち上がる
柄にもなく舞い上がった気持ちを悟られないように、ゆったりとした口調で警告を出した
「あっ・・・フー君!」
「ん?」
帰ろうとした矢先、二乃に待ったをかけられた
既視感のある光景に違和感を感じつつ、声の先の彼女に向き直る
「なんだ?」
予想できない言葉を、視線を据えて待つ
目にかかる金髪を掻き分けていると――――
「も、もう少しだけ・・・私のわがままを聞いてもらってもいい?」
内容の掴めないお願いだけが返ってきた
☆
結論から言おう。俺は二乃の頼みを断れなかった
というか、断ることのメリットが見当たらなかった。どうせ好感度はあげておかなければならないのだ。作戦を練る時間を犠牲にするのはリスキーだが、これも今後の為
今日だけはわがままを聞いてやろう
「あ、これも可愛い・・・!」
そんな張本人は、俺の横でなんともご満悦な笑顔を浮かべていた。光る装飾品を手に取りながら、感想を口から零していた
結局二乃に頼まれた事というのは・・・"ピアス選び"だった
「な、なあ、安定するまでは少しかかるし・・・そんな急いで決めることなんてないんじゃないか?」
早すぎるピアスの物色に、二乃に尋ねるのだが・・・
どこかはぐらかされたような返答しか得られなかった
「ほ、ほら!取り置きってやつ?しておいてもらえればいいかなぁ〜って・・・」
目が泳いでいたり、髪を手櫛で梳かしていたりしてる忙しいやつ。それが今の二乃を表す言葉
四葉にも匹敵する程の嘘の下手さに戸惑うも、カマをかけて様子を伺った
「それなら俺が来なくても良かったんじゃないか?」
まあ、大方の予想なんてついている
別に聞くまでもない理由を急かし、二乃の心情を汲み取る
もちろん心を読めるわけではない。これまでに培った観察眼で、"昔"の二乃だったら――――
という予測を礎に、"今"の二乃の心情を読む
「その、ほら・・・男の子の意見も聞きたくて・・・迷惑だった?」
前世とは比べることすら無意味な比較はさっさと辞めて、見慣れないしおらしい彼女にカマをかけたことを心中で謝った
「別に迷惑ではないさ。気にするなよ」
「・・・ありがと、フー君」
何度もお礼を言われると、こちらの調子が狂う。
二乃が無理をしてでも俺を呼び止めた理由、
それはぶっちゃければ、"恋"からくる私欲的な感情に取り憑かれた結果だろう
何度も言って諄いかもしれないが、二乃は俗に言う一目惚れで初恋を経験した女の子
タイプの異性に肩を抱き寄せられ、自分の頼みを聞いてくれた時点で、相当株が上がっていることは火を見るより明らかだ
株が急上昇したことはさておき、頑張って"金太郎"でも演じてみるとしよう。それがきっとこの場においての正攻法である
「そ、それでね!フー君はどっちがいいと思う?」
「そうだな・・・俺はこれなんていいと思うぞ」
なんとなく目に付いた物を手に取る。特に意味なんてないのだが、意見を出すことが大事なのだ
「ええ〜・・・それじゃ普通すぎるわよ?」
「学校でもつけるなら、俺は目立つ方のが問題だと思うがな」
「・・・確かにそうね。もう少し控えめの方がいいのかしら?」
意見を言われても折れず、物色する姿はなんとも楽しそうだ
だからこそ構いたくなったのか。悪戯に二乃へ手を伸ばしてしまうのだ
「・・・!」
「例えばだぞ?こうやって髪を耳にかければ・・・ピアスだって目立つだろ?」
彼女の押しの強さはよく理解しているが、逆に押される弱さも理解している。だから強気に2人の距離を近づけようと試みることができる
「もう・・・びっくりしたじゃない・・・」
攻めすぎたか、視線は動いて落ち着きがない。可愛らしい一面を拝んでいるところで追撃をかける
「なにか期待してたのか?」
「し、してないわよ!」
弄ばれたことの悔しさと、それにときめいてしまった事実が相まって、行き場のわからない手は胸元のカーディガンへと誘われた。握り締める手の力が強くなるのを感じていた。どうしようもない胸の高鳴りは収まろうとしない
ピコン♪︎
だがそんなやり取りも、とある連絡によって中断を余儀なくされたしまう。結局ピアスを買うことはなく解散となり、各々帰路に着いた
☆
『上杉さん?なんで二乃とデートしたんですか?』
家に着くなり、デートの中断を余儀なくされたメールと対峙していた。もちろん差し出し人は四葉なのだが、文面から二つの意味が取れる内容なのが辛い
純粋に二乃とデートしていた理由を聞いているのか、なぜ私というものがありながらに二乃とデートしていたのか。そう取れてしまう
『お前が心配するほど、聞かれて困るようなことはしてないぞ』
『さすがにされてたら困ります・・・なにか理由はあるんですよね?』
『用もなく行くわけがない。親睦を深めるためのレクリエーションみたいな感じだ』
『そうですか・・・なら許してあげます』
この分だと姉妹全員への道のりは長いな。それどころか、もう一つの問題が浮かび上がった
その問題も、今この状況にある
人数が増えるにつれ、監視の目も増えることが懸念されるのだ。四葉1人でさえこの観察眼を持っているのだから、二乃や一花なんてもはや手に負えるのかすらわからない
一花に至っては本当に刺されそうで怖い。空白だらけのメールに"ごめん"と"さよなら"だけ書かれてる結末なんて俺はごめんだからな
さて・・・どうするか
しかし考えることにも疲れて、布団に入ってから眠りにつくまでの短い時間に丸投げして、きょうは一日を終えたのだった