あたしは閉じた腿の上に両手を置いて、縮こまって座った。普段の大股開きとは真逆の座り方。今までは脚を閉じられない構造の鎧のせいもあったが、これからは気をつけなければならない。こんなにおしとやかにするのは初めてだ。
「デ、デイジィ……」
アベルの上ずった声。緊張した様子だった。太腿の上で両の拳を握りしめ、身体を硬らせている。身体が震えている。触れ合う寸前の肩口から熱気が漂う。自分の自由にできる女がすぐ隣にいるのだ。内から湧き上がる獣欲に精神が侵食されているのだろう。それでもまだ襲いかかるのを躊躇するだけの理性が残っているようだった。
あたしの方も気が気ではない。ただこうして並んで座っているだけなのに胸が張り裂けそうなほど高鳴っている。こちらに主導権はなく、相手の決意に任せるしかないのだ。アベルの理性が限界に達したとき、あたしはそのとめどなく溢れる肉欲の吐け口にされる……。いざ愛が始まってしまったら、抗うことのできない腕力でこの肉体が蹂躙されることになる。
その時、あたしの心はどうなってしまうのだろうか。わからなかった。
暖炉の薪が弾ける、パチパチという音だけが室内に響く。それ以外はまるで時が止まったような静かな部屋の中。何の動きもなく無言の時間を過ごしながら、あたしの鼓動は更に速さを上げていく。
あたしは拍子抜けしていた。
身体が近づいたらすぐに抱きしめてくれると思っていたのにアベルはまだ肩にすら手を回さない。間違いなくあたしを抱きたいのに踏み出せないでいる。女から誘うようなはしたないことはできないのだから、早く強引に奪ってもらいたかった。
意気地なし……。
恐ろしいモンスターやエスターク人に対しては自身の危険など省みずに向かっていくのに、待ち望んでいるあたしに対しては遠慮して手が出せないでいるなんて。
あたしはため息をついた。それが合図になったのかアベルの身体が動いた。太い腕が蠢き、ソファから腰を浮かせた。
ついに来たか……?
あたしは眼を瞑って身体を強張らせた。しかし何も起こらない。
アベルの手はあたしではなく、サイドテーブルに向かっていた。ぶどう酒の入ったグラスを掴んで口につけ、天井を向いて一息に煽った。喉が大きく鳴る。大きく息を吐く。爽やかな香りが漂う。空になったグラスが音を立ててテーブルに置かれた。
「空になっちまったな……。注いでやるよ」
あたしは漸く自分から声を発する機会を得た。
ソファに手を付いて立ち上がり、ぶどう酒のボトルがある窓際のテーブルに向かって歩き出そうとした。
「待って!」
アベルが低い声で呼び止めた。
その左手があたしの右掌を掴んでいた。引っ張りもせず、優しく手を触れただけ。それでもあたしの動きを封じるには十分だった。胸が高鳴る。振り返ると、アベルは眉をしかめてあたしを睨みつけていた。期待とともに身の危険を覚えた。
「アベル……?」
あたしの声は甘えるようなものになっていた。
「もう……ぶどう酒はいらないよ。だから、離れないで」
絞り出すような声だった。この男がここまで追い詰められるのは珍しい。いつも、自分がこうと決めたら振り返りもせずに突き進むのに。
「どうしたんだ……」
あたしはわかっているのに、とぼけながら再びソファに腰を下ろした。
「デイジィ……オイラ、お前のことが」
とうとうアベルが左腕をあたしの肩に回した。熱い掌があたしの左肩を掴む。首の裏に回った太い腕が暖かかった。顔を覗き込んだ瞬間、喉仏が大きく脈動した。アベルの腕が強張り、凄まじい力が込められた。
「あ……」
アベルは強引にあたしを引き寄せた。胸と胸がぶつかった。そして頬が触れ合った。
「お前のことが好きなんだ」