あたしはアベルの腕の中にいた。徐々に抱きしめる腕の力が強まり、身動きができないくらい硬く拘束される。
息を吐いて胸の圧を逃した。でも外からだけではなく、内からも胸を締め付けられるような感覚。苦しかった。
「デイジィ……好きだ。ずっと一緒にいてくれ」
アベルはもう一度、あたしのことを好きだと言った。さっきまでのもどかしさや緊張とは違う、心地よい感覚で胸が締め付けられた。あたしはアベルの首と鎖骨の間に顔を埋めて眼を閉じた。
耳に密着した首筋から激しい鼓動が聞こえる。脈打つ振動が肌に伝わる。あたしからも声をかけてやりたいのに、剛腕で抱き締められていて声が出ない。
抱きしめる腕の力が弱まった。密着していた身体が離れる。アベルがあたしの顔を覗き込む。両手であたしの肩を掴む。鼻先が触れそうな距離で見つめ合った。
「デイジィ……」
アベルの眼は不安そうだった。あたしが答える番。もちろん返事は決まっている。決まっているから、ここまで来たんだ。
「アベル……あたしもあんたが好きだ。ずっと一緒にいような……」
鸚鵡返しに答えると、アベルは安心したように笑った。
「デイジィ ……ありがとう。オイラにはお前だけだ」
そう言ってあたしの左肩を右手で押した。大した弾力性のないソファの背もたれに身体が押しつけられる。
相変わらずの強引さ。でも、これこそが奥手で清純なあたしの望んでいるものだった。これだけ強い力で迫られたらどうやっても抵抗できない。こうでもされなければ反撃してしまう。あたしみたいな男勝りを、か弱い女として扱えるのはアベルくらいしかいない。
あたしは息を呑んだ。
ゆっくりと、アベルの顔が正面から近づいて来る。優しい表情なのになぜか恐怖を覚える。その真っ直ぐな瞳を見つめ続けた。鼻と鼻がぶつかりそうになる手前でアベルの首が右に傾く。熱い吐息を唇で感じたときにあたしは眼を閉じ、同じように顔を傾けて迎え入れた。
唇が重なった。柔らかい。熱い肉が唇に押しつけられる。頬に荒い鼻息を浴びる。男が女を求める一つの儀式。
もう何度目かのキスになるのに未だに慣れない。あたしは女としてまだまだ未熟。どんな心構えで男を受け入れればいいのかわからない。
そんな思いを巡らせている間にもアベルの口は動き続け、あたしの唇を挟んだり舐めたりする。その愛撫を受けてあたしは愛される気持ちで満たされる。不思議な感覚だった。いやらしい行為なのに、嫌な気がしない。それもアベルのような、絶対に嘘をつかない誠実な男による愛の証明だからだろう。
だがもちろんこのキスは単なる愛情表現ではない……。これから始まる苛烈な房事の始まりを告げる合図なのだ。あたしを求めるアベルの気持ちは膨らみ続ける。
重なった唇からアベルの興奮が読み取れた。荒い息。激しい鼓動。
「あん……」
不意に、閉じていた唇がこじ開けられた。甘えるような声が漏れた。
思っていた通り、アベルの愛は早くも次の段階に移っていた。唇の隙間に熱い軟体動物のような舌が這い込んで来る。アベルはあたしの口を吸いながら、ねじ込んだ舌で口の中を蹂躙した。歯茎を撫で回し、舌を探して暴れ狂う。さっきまでの甘いキスが、瞬時に激しい肉の絡み合いに転じていた。
アベルの腕は、あたしの背中をしっかりと抱きしめていた。
あたしも舌で応えた。突き出した舌に、熱い肉が容赦なく絡みつき絞りあげる。あまりの激しさに、恐怖が高まった。
あたしは眼を見開き、アベルの胸に手を当てて押し返した。しかし当然のことながら、力で抵抗できる相手ではなかった。
「んん……ん!」
待て!
そう言おうとしたが、くぐもった声しか出ない。首を振って逃れようとしてもアベルが逃さない。首根っこと腰に腕を回し、身体を密着させて動きを封じる。もがけばもがくほど固く抱き締められていくようだった。
呼吸もままならない状態で身体に力を入れ続けたせいで、頭がクラクラしてきた。
仕方ない。
あたしはアベルの背中に手を回し、再び眼を閉じた。アベルの気が済むまで耐えるしかない。
徐々に身体から力を抜き、アベルのなすがままにした。容赦なく口の中を犯される。ありとあらゆる部位に舌が突き当てられる。そして舌の付け根から唾液をこそぎ取るように、アベルは一度大きく舌を動かした。
ズルっという大きな音を立てて口が離れ、密着していた身体も離れた。
アベルは大きく喉を鳴らし、火照った顔で覗き込む。二人で荒い息を立てながら見つめ合った。
「デイジィ……もう我慢ができない。お前が欲しいんだ」
これから欲望を剥き出しにして、あたしの身体をその吐口にするという宣言。
あたしも一度唾を飲み込み、呼吸を整えた。
「何言ってるんだ……あたしはあんたの物だろ。好きにしてくれ」
猪突猛進のこの男が、ことに及ぶに際して許可を求めるなんて不思議な気がした。男女の房事を前に臆病になっているのはあたしだけではないのだ。安心するのと同時に、アベルのことがたまらなく可愛く思えた。