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膝がわらっている。意とは無関係にビクビクと痙攣を起こす。骨が溶けたみたいに力の入らない脚に力をこめ、ぷるぷる震えながら坂本の肉棒を引き抜いた。今の今まで悲鳴を上げていた膣が、物欲しそうに収縮と脱力をくりかえす。
腰砕けのまま、泡立った愛液でべっとり汚れたコンドームを外すと、閉じ込められていた濃厚なオスのにおいが、絶頂の余韻を深くする。汗ではりついた髪をかきあげて、歯の当たらぬように気をつけながら、坂本のペニスを喉奥まで導いた。精液の生臭さが鼻を通る。
「んんぁ……むぅあ……ぇお……じゅる……」
ぴくんぴくんと射精の余韻にひたる男の象徴に愛おしさ感じ始めていた。
――こんなこと、以前なら……。
必要な前戯があるばかりだったころは、舐めるなどと考えもしなかった。交際が始まり、幾度も絶頂に誘われると、紗英は当たり前のように、後戯フェラチオをするようになっていた。
気持ちよさそうな顔も、優しく頭をくすぐる指先も、尿道から吸い上げる精も、すべてが紗英のオンナを、くすぐるように愛撫した。
子供のころからしっかりしたほうだった紗英は、元夫と男女の仲になったのも、支えてあげようという気持ちからで、息子のことは当然、養うべき相手だった。支えるのではなく尽くすという、寄りかかる幸福を紗英は味わっていた。
お掃除フェラを終えると、坂本は紗英ごと抱きあげるように座る。すぐさっきまでペニスを咥えていた口を吸った。まるでそうして掃除のお礼をするかのように、口内の隅々まで舌が這い回る。
その異物感は、紗英を興奮させるようにも、落ち着かせるようにも働いた。
ときおり唾液の糸を引いて口をはなすと、坂本は紗英を真っすぐに見つめた。紗英は途端恥ずかしくなり、少女のように恥じらって目をそらす。
「可愛かったよ」
その一言で、ぽっと体が熱くなる。年甲斐もなく恋をしているのだと思った。
後戯を終えると二人連れだってシャワーを浴びる。これも以前にはなかった習慣だった。家庭ににおいを持ち帰りたくない紗英だけが浴びるか、坂本も浴びるときはあったが、別々に入っていた。
いろんな液体にまみれた体を洗う。まるで余韻まで流し落としているようで残念に思い始めた紗英だった。けれども、ここで落とさねばならない。
温かな滝に打たれながら、ふいに坂本が紗英を抱きしめる。筋肉の凹凸や骨の硬さ、ざらついた皮膚が、湯で濡れた肌に心地良い。
胸元に寄せた耳に、低く響く声がする。
「まだ、一緒にいたいな」
「駄目よ。帰らないと。休みの日くらい、ちゃんとしてあげたいし……」
「そうだよなあ……」
残念そうに息を吐きながら腰を撫でていた手が、ぴたりと止まった。
「俺も紗英の手料理が食べたいな」
***
「ねえ、今晩なんだけど」
と、紗英が出し抜けに言ったのは、日曜日の午後であった。近頃は、土日のどちらかは家を空ける紗英が、珍しく二日とも家にいて、良太は嬉しいような鬱陶しいような、複雑なくすぐったさを味わっていたところだった。
「なに? どこか行くの?」
「行くっていうか……、夕飯にお客様が来てもいいかな」
「誰?」
「ほら、少し前、お母さんを送ってくださった。坂本さんって言うんだけど」
あの車の……。脳裏に浮かんだのは、夜道でも高級そうだと感じた曲線の反射と、車内に消えた母の姿だった。
突然、夏の日差しを疎ましく感じた。
「社長が? どうして?」
「お母さん、近頃残業が多いでしょう? それで、よく差し入れをいただくんだけど、何かお返ししましょうかって言ったら、久しぶりに人の作った料理が食べたいって」
不自然なことはなにもないのに、母の言い方が良太には気になった。ほんのすこし、わざとらしさがあった。けれども「だめかな?」と訊ねられて、断るだけの理由も権利も、良太は持ち合わせていなかった。
「うん、俺はいいけど……」
「そう、良かった」
一安心というふうに笑みを浮かべ、紗英はいそいそと携帯電話をいじりはじめた。
夕方になって、インターホンが鳴った。カメラに映った姿を確認した紗英は「どうぞ」と開錠ボタンを押す。ほどなくして、表のベルが鳴らされる。
早足で出迎えに行く母が気に入らず、良太はどんな奴だと玄関に顔を出す。
靴を脱いで廊下に足を降ろしたのは男だった。内心、女であることを望んでいたことに良太は気付いた。
短い髪は清潔そうに整えられ、はっきりした顔立ちは端正である。紗英より頭一つ半ほど大きく、がっしりした体格に、ラフな服装が似合っていた。
「迷いませんでした?」
と、上目遣いに男を気遣う母に、良太はみじめな気持ちになった。
男は「全然」と答え、良太を認めると、にこやかな顔になる。いかにもスポーツマンという爽やかさがあった。
「ええと、良太君、だっけ」
「……はい」
嫌味のない自信に溢れた低い声。大人の男という感じがする響きに、良太はたじろいだ。
「お母さんにはいつも助けてもらってます。坂本誠一と言います。ごめんね、突然」
坂本はリビングに通され、紗英は調理を始めた。良太は少し迷ったが、共にリビングで過ごすことにした。母たちを二人きりにさせるほうが落ち着かなかった。
そういう関係なのだろうか、と頭では疑問符が湧き続けるが、それを言葉にすることはできない。ただ業者を家に上げるときのような、それとない監視をすることがせいぜいだった。
不本意というべきか、図らずもというべきか、坂本との会話ははずんだ。坂本は面白おかしく自分の話をしながら、上手に良太の話を引き出す。話術に長けているというよりも、人好きのする性格というほうが正しい。坂本はそれを「三代目社長のおおらかさのせいだよ」と笑った。
元々看板屋だったものを、先代が広告看板の営業を始め、坂本は主戦場を広告に移した。現在は看板設置も手掛ける、広告会社というふうで、紗英はそこで総務事務を担当し、さらにはずぼらな自分のスケジュール管理も頼んでいる、と坂本は語った。
良太は母の仕事をよくは知らなかったこともあり、その話を興味深く聞いた。
やがて、会話の合間を見計らうように紗英の声がした。
「ねえ、せい……坂本さん。味見してくれる?」
「ああ、うん」
坂本が歩み寄ると、紗英は小皿を差し出す。こぼさぬように唇をとがらせて飲むのを、紗英はじっと見つめている。「どう?」と不安そうに感想を求める姿に、良太の心はざわついた。
「うん。美味しいけど、ちょっと薄味かな」
「そう? お味噌足しておくわね」
言い知れぬ不安を良太は思い出した。食事を作る母の後ろ姿も、手伝いを頼む声音も、使う食器も何もかもいつもと同じはずなのに、一人分多い食卓が、何もかもを変えてしまうような気がした。
「頑張ったのよ」と、紗英が言ったその日の料理を、良太はよくわからぬままに食べた。
あとになって覚えているのは、しきりに料理をほめる坂本と、嬉しそうな母の顔と、いつもより味の濃い味噌汁だけだった。
***
懐かしい喫茶店の看板が見えた。紗英は一度足を止め、頭上に輝く太陽を見上げた。
夏の陽射しがノースリーブシャツから剥き出しになった腕をチリチリと焼く。カーディガンでも羽織って来れば良かった。
視線を喫茶店に戻し、紗英はため息をつきたくなる。あの人もあの人だ。どうして気を遣えないのだろう。よりにもよってデートで使っていた喫茶店に呼び出すことはないのに‥…。
店内はコーヒーの匂いの冷気に満たされていた。ウェイターに待ち合わせと断って、ちらとあたりを見る。奥にいた。紗英に気付いて中途半端にあげた手がどことなく間抜けな男。
中野英輔、紗英の夫だった男だ。
二人掛けのテーブル。紗英は彼に向かい合って座り、ホットコーヒーを注文した。汗ばんだ白い肩は、そのうち冷えてくるだろうと思ったからだ。そうなる前に帰りたいが。
「や、やあ、久しぶり」
よほど緊張したように、あるいは臆したように、中野は言った。目が泳いでいるくせに、露出した肌を盗み見る視線が嫌だった。
「半年も開いてないでしょ」
無意識のうちに棘のある声になる。中野は「そうだね」と困ったようにうつむいた。
働き盛りの四十半ばにしては覇気の欠けた風体だった。情けなく垂れた目尻は弱気を感じさせ、肥満ではないが引き締まってもいない中年体型。髪にも白いものが混じり始めている。
高校を出て就職した会社で上司だった中野と付き合い、結婚することになったのは、彼のしどろもどろな告白や、どことなくのんびりした性格を、自分が支えてやらねばと思ったからだった。社会人になったばかりの自分に優しくしてくれた、というのもあっただろう。
今となっては人の顔色をうかがうような目や、猫背気味の姿勢も、すべて男性としての魅力に欠けると思うのに。
「その……なんだ。綺麗に、なったね……」
「そう? ありがとう」
結婚していた時代、いやその前から、そんな言葉を口にしたことはないくせに。
それに比べて誠一さんは――と、内心で中野と坂本を比較してしまう。
素気無い紗英を扱いかねるように、今年の夏は暑いだとか、共通の知り合いの近況とか、中野は世間話を続けた。話があると呼び出したくせに本題に入らない。
その姑息な態度に、紗英は板立ちを覚えた。
いつもそうだ。不倫が発覚したときも、謝るよりも先に事情を話し始めた。会社が倒産して養育費の支払いが滞ったときも、再就職先が見つかってから伝えた方が心配をかけないと思ってと言い、紗英が訊ねるまで黙っていた。
紗英はわざとらしくため息をついて話を促した。
「それで? 今日はどうして私を呼んだの」
まるで逃げ場を失ったような顔で「ああ」と相槌を打ってから、
「……良太が、心配していたんだが」
「良太が?」
息子の名前を出され、紗英は気まずい思いをする。残業と偽って坂本と逢瀬を重ねていることだろうか。週に一度か二度ではあるが……これまでに比べるとずっと多いし、遅くもなっている。
「この前会ったとき、言ってたんだが……」
そこまで言って中野はしばらく黙った。離婚の際に、半年に一度は二人きりでいいから良太と会って欲しいと条件を出していた。離れていても男親がいるといないでは大違いだろうと考えたからだ。
さんざ考えた挙句、とても言いづらそうに、周囲の目をうかがいながら声を小さくし、
「……お前に男ができたんじゃないかって」
予想していた通りだったが、紗英は動揺を隠せなかった。息子の目にはどう映っているのだろう。何もないがしろにするつもりはない。ただ伝えるべき形や時期を考えていただけで……。
「やっぱりか」
紗英は思わず、さらされた肩をかばう。まるでそこから、女の匂いが漏れているような気がした。
「……別にいいでしょ。あなたみたいに不倫をしてるわけでもないのよ」
「それは……でも、あの子のこともあるだろ。なあ、社長って聞いたけど、本当なのか? ひょっとして俺が仕事をなくして……それでその……囲われてるのか」
まったくの無実ではない。紗英はとっさに、相手を責めるような口調になった。
「もしそうだとして、どうだって言うの」
「教育上、良くはないだろ、そういうのは」
「私もあの子も裏切った挙句、子供の見てるところで土下座しようとした人がよく言えるわ」
「それは……それとこれとは……」
「心配してもらわなくても健全な関係よ。良太には……時期をみて言うわ」
「……大丈夫なのか?」
「あなたこそどうなの」
「僕は……まあ、まだ、派遣で食いつないでいるけど……」
「だったら、もし本当に私がお金で抱かれていたとして、それをやめてどうしろって言うつもりだったの?」
「それは……」
中野は答えに窮して俯いた。その情けない姿を見ていると蔑む気持ちと共に、申し訳なさも芽生えた。
愛人のような状況であったことは事実であり、今の生活を捨てて良太にも理解してもらえば、生活してゆけぬほどではない。障害といえば、その苦労を背負わせたくないという紗英のわがままだ。だからこそ、紗英は目の前の男を、自分たちを捨てた敵だと思って、強く出てしまった。
そういう無意識の計算に自己嫌悪する。
「とにかく、そういうことだから。あなたの心配するようなことは何もないわ」
「本当に、大丈夫なんだろうな」
念を押す中野。自分の中でやることをやったと納得しようとするずるさを見つけて、紗英はほとほと呆れてしまう。
「ええ。大丈夫」
紗英が二人分の勘定を持ち、喫茶店の前で別れた。次に良太と会うのは、おそらく冬休みになる。それまでには彼にきちんと話をしようと考えながら、遠ざかる元夫の背中を見ていた。
人ごみにまぎれていく、自信なげに丸まった後ろ姿。
男性としても魅力に欠いた背中を、紗英は冷めた目で見つめていた。