催眠モノと言うには微妙な能力でがんばってみる 作:アウグスティンティン
7話
「あぁ~嫌だぁ~」
俺はベッドに入って布団の中に潜り込んだ。
「行きたくないぃ~」
「羨ま死ね」
「は、お前呼び出し先が生徒会長室でも同じこと言えんの?」
「ようし、さっさと行ってこい」
熱い手のひら返しを食らった。おのれ、もう二年も同室なんだぞ。すこしくらい俺に優しくしようという気はないのか。
本日、土曜日。俺には用事が入っていた。
行き先は生徒会長室。
日時は今日の昼頃。
俺を含めたコーデリアたち五人が、生徒会長としてのアンリに無条件で呼び出されている。拒否権はない。
用件は伝えられていないが、ぶっちゃけわかっている。探偵の組織化だ。
ゲーム版のストーリーの最初の部分で、まあつまり、これからミルキィホームズが結成されるわけだ。なぜそこに俺も交ぜられているのか。
枕をだき抱えて無駄な抵抗をする。
「はよいけよ」
「まだ時間はある。待ち合わせは十三時半、今は一時だ。まだまだ十二時間くらいある」
「ねえよ。三十分しかねえよ」
ベッドから引きずり出されてしまった。仕方ないので身だしなみを整える。
あとなにか持ってく物とかあるかな。ううん、変に準備していくのも不自然だし、いつも通りでいいか。
■◆■
待ち合わせていたコーデリアたちと合流して、旧校舎にある生徒会長室を目指して歩く。
ひょっとしたら呼び出された理由は別件で、例えば六人で乱交しよう、とかそういう内容かもしれない。そんな期待をしていたのだが、渡り廊下に差し掛かったところで望みは潰えた。
「わあ、いいお天気~。遠くまでよく見える! きれ~い」
シャロが柵に駆け寄り、そこから身を乗り出して景色を観覧し始めた。
「危ないわよ、シャロ」
「まったく何をはしゃいでるんだか。景色なんか、いつでも見られるでしょ」
コーデリアが注意し、ネロが冷めた意見を述べる。俺がへこんでいる間に、見知ったやり取りが始まっていた。
「そうじゃないの、今日は違うんだよ! お花さんがとーっても綺麗に見えるんだから」
「お花さん?」
シャロの言葉にコーデリアが疑問を持つ。
シャロの言う『お花さん』とは、遠く横浜の海に浮かぶ施設のことだ。中央の塔と、その周りには四枚のパネル。
その名も次世代発電研究プラント・フォーチュンリーフ。
横浜の再開発の象徴で、ゲーム一作目における重要施設だ。
「正直、僕はどうかと思うけどね……むぐ」
シャロがフォーチュンリーフをそう呼んでいることを知っていたネロが、一通りの解説を終えた後、ポッ○ーぽいお菓子を咥えた。
「ちょっと、お菓子食べながら話さないの」
「いいじゃない。甘いもの摂らないと頭がぼーっとしちゃうんだよ」
例によって例のごとく、食べ物を原因にコーデリアとネロが言い争いを始めた。
放っておいて問題ないことは知っているので、シャロと同じように柵に体を預けて外の景色を眺めることにする。
シャロの言うとおり、今日の空気はとても澄んでいるようだった。ここからでもフォーチュンリーフをかなりはっきりと見ることができる。
俺たちの後ろではエリーの泣き落としによってコーデリアが引き下がり、いつものように喧嘩は解決していた。相変わらずエリーに弱い。
「あーん、本当に綺麗だよ~」
「って、まだ見てたの?」
シャロの感嘆でこっちの様子に気づいたネロが、呆れた声で言った。
「だってだってー。あっ、回ったよ! お花さんが回り始めた! すごい、すごーい! ……え」
フォーチュンリーフのパネルが回転を始め、それに気を取られたシャロはさらに身体を前に出し、転落しかける。
反射的にシャロの襟を掴んでしまった。
あっ、掴んじった。やべ、どうしよ。いやでも、ここから突き落とすとかダメだよな。
致し方なくシャロを渡り廊下に引き戻す。
「けほっ、けほっ。うぅ……光さん、ありがとうございます」
服で首がしまったのだろう、シャロが咳き込んだ。
あー、どうしようこれ。シャロが落ちて、それからゲーム版主人公、小林オペラに助けられるってのがスタートだったんだけど。
…………、…………、…………まあ……大丈夫か。
シャロが落下すること前提でこの茶番が組まれているわけないだろうし、たぶん合流できるだろう。とりあえずシャロの頭に手刀を落とす。
「あんま危ないことはしないようにな」
「ごめんなさい」
頭を下げたシャロにコーデリアが飛び付いて、抱き締める。
「シャロ、大丈夫! あなた大怪我、いえ死ぬかも知れなかったのよ!」
俺の適当な注意と違って、コーデリアはしっかりとした説教をする。やっぱり俺はこういうの向いてないな。あとは任せてしまおう。
「あの……生徒会長、からの……呼び出し……」
エリーが俺の服を引っ張って、そう言った。時計を見ればあれこれとやり取りしているうちに、それなりの時間が過ぎていたようだった。
シャロを心配する言葉が止まらないコーデリアをなんとか止めて、生徒会長室へと再び移動を開始した。
■◆■
旧校舎は新校舎と違い、木造建築だ。一歩ごとにキシと床が軋む音がするくらいには古い。
だが清掃は行き届いており、オンボロではあるが、汚いという印象はなかった。まあ生徒会長室があるところだし。
というかなんでここにあるんだろう。マジで。
「おや、皆さんお揃いで」
と、呼び掛けられた。振り向くと二人、並んで歩く人影があった。
一人はひげの老人で、もう一人は俺たちと同じくらいの年頃の男。声をかけてきたのは老人のほうだ。
「ああ、舘さん」
舘さんはアンリの執事だ。アニメには登場しないが。
見た目は、ザ・執事って感じの細身のお爺さんだ。
「と、誰?」
「ほっほ、こちらは小林様です。あなた方と同じくお嬢様に呼ばれた客人でございます」
舘さんが答えた。俺たちの視線が彼に集まり、彼は居心地悪そうに身動ぎをする。それから舘さんの提案で、行動を共にすることになった。
「探偵学園に呼ばれる小林……ねぇ」
ただ歩くばかりで、話が先に進みそうになかったので俺が言った。
「おや、浅見様。お気づきになられましたか?」
「なんとなく」
「知り合いなの?」
コーデリアが聞いてきた。いや知り合いなのはコーデリアのほうだと思うんだが。昔あったことあるでしょ。
「いや、ただ探偵関連で小林って言ったらさ」
「ええ。こちらはかの名探偵、小林オペラ様にございます」
フルネームを明かされたオペラがすごく嫌そうにした。それに気づいた舘さんはすごく楽しそうにした。
「小林オペラ……って! まさか、あの小林オペラ!?」
「どの小林オペラ?」
驚愕を露にするコーデリアにネロが聞いた。
「どの、って決まってるでしょう! 探偵、小林オペラ!」
「誰?」
「あなたそれでも探偵学園の生徒なの!?」
首をかしげるネロに向かって、コーデリアが吠えた。
「あたしも知りません」
シャロが追い討ちをかけて、コーデリアが絶句する。
言語機能を一時的に喪失したコーデリアに代わって、エリーが解説を始めた。
「この前の……黒船事件……。解決したの……小林さん」
「ええっ! 本当ですか!」
「そうなんだ。でも一つ事件を解決したくらいで名探偵?」
正反対の反応を見せるシャロとネロに対して、復活したコーデリアが捲し立てる。
曰く、堕探偵事件にキング・オブ・ラウンド事件、百華の夜叉事件、完全犯罪だと言われたR99事件などの有名処を解決してきた探偵である。
「わかったわかった。ちょっとボリュームさげて」
「コ、コーデリアさん?」
「そんなに……興奮しないで……」
「そろそろ落ち着かない?」
俺たちの制止をよそに、息を荒げる小林オペラの熱狂的ファンは叫んだ。
「そ、それに! 伝説の怪盗、あの「怪盗L」を倒したのだって……この小林さんなのよっ!」
今度は舘さんがすごく嫌そうにした。
楽しいな、この立ち位置。そうか、これが転生者の楽しみかたか。
■◆■
前を歩くオペラの背中を、コーデリアたちはじっと見つめていた。俺も乗っかって凝視する。
「もう少しでお嬢様が待っておられます生徒会長室ですので」
「ええ」
そう相づちを打って、オペラは重いため息をついた。
そんな彼の後ろで、探偵に憧れるシャロの質問を皮切りに、コーデリアとエリーが名探偵としてのオペラの凄さを語る。
難事件を次々に解決する能力に加えて、オペラが探偵として活動していた時期。怪盗Lとの戦いは十四という若さで行われたものだ。
高校生探偵どころか、中学生探偵だ。工藤新一だってもうちょい自重する。
『天才中学生探偵・小林オペラ……彼に解けない謎はあるのか……?』
なんて本もある。読んだことはあるが、そんなに面白くはなかった。
「すごい、すごい! 本当にすご~い!! 有名な怪盗をやっつけたときまだ中学生だったなんて信じられません! そんなものすごい探偵さんに会えてとっても光栄です!」
「違うッ!!」
うわ、びっくりした。
称賛するシャロに対して、オペラが怒鳴る。それからすぐに申し訳なさそうにした。顔を伏せて呟く。
「僕は……探偵じゃない」
「小林様……」
とても複雑な感情を抱いてオペラを見る舘さん。
「もう、トイズも使えないんだ」
そしてオペラはそう言った。いきなりキレる前にそっちを……まあ気持ちはわからんでもないけど。
「小林オペラがトイズを失った。そんな噂を耳にしたことがありました」
「本当……だったんですね……」
五年前、怪盗Lとの戦いでトイズを失ってしまった。
オペラの話を聞いて、静かになるコーデリアたち。トイズの有無が、探偵や怪盗の前提条件になるほど重要な価値を持つ世界だ。
それを失うということの意味は大きい。
ヒロアカで言えば、プロヒーローがいきなりオール・フォー・ワンに個性を盗られたようなものだろうか。
まあ、なんだかんだ言っても、この世界出身じゃない俺には本当の意味で理解はできない内容だ。利き手を失った、とでも考えておこう。
「……地雷、踏んじゃったな」
ネロがポツンと言った。
「そんな!」
「あっと、ごめんごめん。ちょっとムキになった。そんなに気にしないでくれ、昔の話さ。忘れてくれ」
ネロの言葉に狼狽するシャロを見て、オペラが謝る。とはいえ簡単に忘れられる内容ではないだろう。
沈んだままだった空気をなんとかしようとしたのか、オペラが口を開いた。
「そ、それより、キミ。えっと……シャーロックさん?」
「はい……シャーロックでいいです」
「この学院の生徒ってことは探偵を目指しているんだよね?」
「え、ええ」
「なら、トイズを使えるわけだ。いったいどんなトイズなんだい?」
オペラの質問は、シャロのコンプレックスを盛大に刺激する。というのが原作の流れだったのだが、シャロは平然とリボンを解いて、トイズで浮かした。
「PK……サイコキネシス?」
「はい。これがあたしのトイズです。といっても軽いものしか浮かせられませんし、見えてないとダメなんですけど」
まあ、原作だと周りにいるのは有用なトイズを持つコーデリアたちくらいだったが、この世界には俺がいる。
あってもなくても変わらないようなトイズ(ということになっている)を持つ俺の存在は、シャロに強い影響を与えたのだろう。
自分より下がいると、気が楽になるしね。
というのは冗談。
もちろん、それもあるだろうが、それ以上にここで起きるはずだったことを俺が先取りで行ったからだろう。
強いトイズ、弱いトイズ、そんなの人の勝手。
みたいなことを言った。転生者の面目躍如だ。
シャロからの好感度を稼ぎたいという理由の他に、シャロが自身のトイズを卑下するたびに、俺もダメージを食らうからさっさと前向きになってほしかったという理由もあるのだが。
サイコキネシスとかいう便利な能力を卑下されると、俺は何? ってなるんだよ。
「ちょっと、舘さん」
「はい?」
「ポケットに手を入れたままなんて、執事としてまずいんじゃないの?」
「ほほほ、年のせいか手先が冷えるもので」
ネロとおじいちゃんの心温まるやり取りを交わすのを眺めながら、生徒会長室に向けて歩き続ける。舘さんはポケットから手を抜くことはなかった。
「この先の突き当たりとなります」
「僕あそこきらーい」
「えへへ、あたしもすこし」
「しかられ……そう」
「俺はそうでもない……こともないか」
やっぱりこう、なんか苦手なんだよな。
生徒会長室には時たま訪れるし、特段あそこで怒られた経験があるわけでもないのだが、なんか一生徒として拒否感がある。
「それは後ろめたい気持ちがあるからでしょう?」
「コーデリアは平気なのか?」
「当たり前よ」
「そんな馬鹿な」
コーデリアには恐怖がないのだろうか。知らなかった一面を見て戦慄する。コーデリアすげー。
俺たちがふざけている間に、オペラが舘さんに、アンリから呼ばれた理由を聞いていた。しかし舘さんは聞かされていないと答える。それからこう続けた。
「ただ、とても大切な用件だと伺っております。探偵の未来に関わる話だと」
まあ探偵も組織化しようぜって話なんだが。知ってると驚きがないな。
「詳しくはお嬢様より直接お聞きください」
そう言った直後、ビーッビーッとかん高い音が鳴った。
「おや? メールが届いたようです」
着信音うるさっ。舘さんが携帯電話をポケットから取り出す。
「ずいぶん大きな音ですね」
「すみません。この年になると、耳も弱りますもので」
舘さんに届いたメールは緊急の用件だったらしく、俺たちに許可をとってから返信をする。これ許可しなかったらどうなってたのかな。
電子機器にも弱いおじいちゃんは不馴れな手つきでメールを返す。
──ガシャンッ!
生徒会長室のほうから、ガラスの割れる音が聞こえてきた。
ゲームの一話、ミルキィホームズ結成が終わったらエロやります。なるはやで事件解決します。