ふうま災禍さん!? 邪眼の使い方間違ってますよそれ! 作:ごきまる
「――ねえ、災禍さん・・・寝ちゃった・・・・・・?」
「ん・・・」
うつらうつらとしている中、アサギの声が聞こえてきて、災禍は目を開けた。
まずいことに視界がぐらついている。
(不覚・・・・・・ッ)
記憶があやふやである。
もっと強い酒は無いのかというアサギの要望に対して、
「え~・・・・・・魔界製の『鬼殺し』っていう酒ならありますけど」
と、上月佐那が答えていたのは覚えている。
鬼ころしなどという名前が付いた日本酒はよくあるが、魔界のそれは正真正銘、オーガでも卒倒するという魔酒である。
魔術の触媒や拷問にも使われる代物だ。
本来人間が飲んで無事でいられるものではない。佐那も冗談のつもりで言ったのだろう。
そもそも魔界由来の酒を対魔忍が飲酒していいのか。
「あら、お酒に罪はないでしょ♪」
という対魔忍総隊長が満面の笑みで放った一声を聞いたあたりで記憶が途切れている。
災禍は周囲を見回した。
佐那は卓上で俯せになって眠っている。対面のアサギは顔こそ赤いものの割と元気そうだ。
「今日は楽しかったし。貴重な意見も聞けたわ。ありがとう災禍さん」
「えっ、あ、はい・・・」
「ふうま君の任務中の臨機応変さ。魔族や傭兵、米連のサイボーグにも分け隔て無く接し、
「は、はぁ・・・」
(なんだ。私は何を言ったのだ!?)
対魔忍は一つになったとはいえ、門派ごとに外部に秘匿にしている一族の秘伝や風習といったものがある。ふうま一門の享楽的かつ破天荒な一面は周知されているところではあるが――。
それをペラペラとしゃべっていいのかというのはまた別である。
内心、ふうま災禍は焦った。
「ふうま流の調略法や、臥者による仲間や同志との交流の深め方が全ての対魔忍に適用できるかはさておいて、五車学園のカリキュラムを見直すきっかけになると思うわ」
「・・・・・・お役に立ったのなら幸いです」
なんだかアサギは満足げだし、体裁の悪い失言はしていないはずと自分に言い聞かせる災禍だった。
それからしばらくして――。
「まったく、酒遁の使い手が酔いつぶれてどうする」
「んごあああぁ――ダイジョーブ。あたしはへーきれすよあしゃつきさん。へーきへーき」
「全然平気じゃないだろうが・・・・・・ほらシャキッとしろ」
そう言いながら、完全に前後不覚に陥っている佐那に肩を貸す志賀あさつき。
すでに時刻は閉店時間を過ぎていた。
他の客はあさつきが帰らせたのか、店内には四人の女対魔忍しかいない。
「気疲れもあったんでしょうね・・・・・・遅くまで付き合わせて悪いことをしたわ」
「お気になさらず総隊長。後片付けと店締めは私と上月でしますので――」
「いえ、そういうわけにはいかないわ。手伝うわよ」
「私もお手伝いします」
こうして、酒宴はお開きとなった。
――――
―――
――
―
翌日。
ふうま家別邸の寝台の上で災禍は目を覚ました。
「うっ・・・っつう」
頭が痛い。吐き気さえする。
人生史上最悪の二日酔いだ。
昨晩、すぐにでも横になりたい衝動を抑えて、シャワーを浴び、常備してある経口補水と酔い覚ましの薬を服用して床についたのだが・・・・・・まるで回復には至っていない。
(不覚・・・)
対魔忍として、そしてふうまの元秘書として、常に不測の事態に備えるべきと考えている災禍にとっては恥ずべき失態だ。
それにつけても井河アサギのあの酒豪ぶり。
自分以上にあの魔酒を飲んでいたにも関わらず、酔ってはいるものの、終始自若としていた彼女の姿を思い出し、災禍は舌を巻くのだった。
和装の白い寝間着から普段着に着替え、身支度を整えてから遅めの朝食を取って縁側に出る。
季節はもう冬。優しい日差しも今の災禍にはまぶしく感じる。
ふうまの別邸は里から離れた山中にある。
清涼な空気を吸い込みながら災禍は呼吸法を駆使して体内の気を練る。
便利なもので、普通の人間とは違い対魔忍は体の機能を自分の意思で強化できる。
災禍ほどの熟練者が対魔忍の力の源である『気』――対魔粒子――を練り込めば代謝機能は飛躍的に向上し、二日酔いの原因となる毒素などたちどころに分解できるはずであるが、魔界の酒は相当
(まだ酒気が残っている・・・・・・今日一日は抜けないか)
災禍はこれも修行の一環と思い、目を閉じて呼吸を深くしながら瞑想に入った。
・・・・・・昼が近くなった頃、人の気配を感じて災禍は目を開いた。
やってきたのはふうま小太郎だった。
「若様っ」
「よっ、災禍。あがっていいか?」
「は、はい」
玄関を通しながら思わず、災禍は口走る。
「あの若様、今日はどのようなご用で?」
そういえば今日は日曜日。五車学園は休日だ。
昨日のことが災禍の脳裏によみがえる。
本屋敷の台所でいきなり抱きすくめられ、体を求められた時のことだ。
今の自分はまだ二日酔いの状態だ。もしかして、否もしかしなくてもかなり酒臭いのではないか。
特に口臭とか――。
などということを気にしているうちに小太郎が慌てた様子で、
「さ、災禍。今日来たのは調べ物だよっ。調べ物。知り合いに助けを求められてさ。書庫を開けてくんない?」
「あ――」
何という勘違い。
カッと顔が熱くなる。
「わ、わかりましたすぐにお開けします――い、いたたたた・・・・・・」
頭に血が上ったせいかズキンとこめかみ辺りが痛くなる。
「ど、どうした?」
「いえ、昨晩アサギ隊長とご一緒したお酒が・・・・・・残っていまして」
「た、大変だな。俺のことは気にせず休んでなよ」
「いえ、調べ物ならお手伝いします・・・・・・」
小太郎の説明によれば、調べ物の依頼主はアイナ・ウィンチェスター。
米連で戦闘訓練を受けた魔物を狩るハンターで、小太郎とは南国のビーチでの任務で一緒に事件を解決したのがきっかけの腐れ縁らしい。
『なんだよふうま! まだ退治方法わかんねえのかよ!』
勝ち気そうな女の声が小太郎のスマホから流れている。
「待てっつーのッ。こっちは今調べ始めたばかりなんだから」
『犠牲者が増え始めてるんだ。はやいとこ頼むぜ!』
「分かったらこっちから連絡するよ――ってもう切りやがった」
小太郎は舌打ちしながらスマホを書斎机に置いた。
災禍はアイナから送られてきたという、いくつかの画像をプリントアウトしてじっと見つめていた。
「あの、若様。これ、日本酒ですか」
「ああ。かなり古い酒だ。酒甕に書いてある古めかしい筆文字は多分『
「ええ、間違いないかと・・・・・・」
(昨日に続いてまた酒に関わることになるとは・・・・・・)
災禍は心の中でうんざりしながら酒甕の入った木箱に貼り付けられていたという、紙片に記されている、こちらは真新しい日本語で書かれた文面を読み上げた。
「“あなたが貰うものはあなたからも貰う。この中には猩猩が入った酒が封印されている”と書いてありますね。随分たどたどしい日本語・・・・・・たしか猩猩は中華圏にいる猿みたいな妖魔じゃなかったですか?」
「いや、猩猩というのは他にも色んな文献に出てくるんだよ。日本の能にも『猩猩』って演目があるし・・・・・・それにしても、文面はメモ書きっぽいし誤訳みたいだよな。もしかすると“あなたが貰うものはあなたからも貰う”というのは“目には目を”みたいな意味なんじゃないか?」
「どちらにしても米連のカンザス州でしたっけ? なぜそんなところに現れたのでしょう」
「詳しいことは知らないけど、でかいビール会社の権利を巡ったいざこざらしい。ヨミハラやアミダハラ辺りで仕入れた呪物が使われたんだろうな。んー・・・・・・なんだっけかなぁ」
「何か思い当たることでも?」
「なんかの文献で読んだんだよ。猩猩っていうより、“酒甕の中を見た者は死ぬ”とかいう『猿酒』の伝承に似たやつを」
「少しでも関係ありそうな文献をお持ちしましょうか?」
「ああ。かたっぱしから全部持ってきてくれ。俺はその間アイナから聞いた情報を整理する」
「わかったぞアイナ」
数時間かけて目当ての文献を見つけ出し、敵の正体に目星を付けた小太郎はスピーカーフォンにしたスマホに向かって言った。
「酒というより酒の入った木箱に悪霊は封印されてたんだ。悪霊というより姿の見えない魔物だな。殺したい相手に贈り物としてその酒を送って、相手が箱を開ければ周囲にいるものを無差別に襲うってわけだ。アイナ、酒を飲むんだ。ぐでんぐでんに酔っ払ってないとソイツの姿は見えないらしい」
『・・・・・・わかったよ。で、退治方法は?』
「それがな。湧き水に浸しながら、神道の祈祷で清めた刀で切りつけると消滅するらしい」
『ハァ!? サムライソードなんてあるわけねえだろ!?』
「あー・・・・・・刀じゃなくても鉄製の刃物なら効くんじゃないかなぁ」
『湧き水は!?』
「・・・・・・ペットボトルのミネラルウォーターは大体湧き水じゃん?」
『じゃあシントーのキトウってのはどーすんだよ!』
「どうしよ、災禍」
「・・・・・・」
『お・ま・え~~~~ッ。遠く離れた処にいるからってのほほんとした声出しやがって~~!!」
さらに数時間後。
スマホのスピーカーフォン越しに行う祈祷が効果あるのかは未知数だったが、災禍にふうまの古書の中でも効果覿面と記されている祝詞を奏上してもらい、清められた刃物を使って何とか妖魔は退治できたらしい。
『・・・・・・ありがとよぉ~。ふうまぁ。側にいるサイカさん? も、サンキューな~』
泥酔状態のアイナの少し照れた、ぶっきらぼうなお礼に対して「ああ、一つ貸しだからな」と伝えて小太郎は通話を終了した。
「ふぁ~~・・・・・・疲れた。もう夜だよ。せっかくの日曜日が台無しじゃねえか」
「お疲れ様でした。若様」
「ああ、災禍もありがとう。そういえばさっきの祝詞、上手かったなぁ。“幸御霊奇御霊~~”ってやつ。本物の巫女さんみたいだったっ」
災禍が用意したお茶を飲みながら茶化す小太郎。
「も、もう。やめてください若様」
と、書斎机に起きっぱなしだった小太郎のスマホが着信のバイブで震え出す。
「なんだよアイナか――って」
「どうされました若様」
「時子からだ」
おもむろにスマホを手に取り、わずかな間迷った後、通常の通話モードにする小太郎。
「もしもし? ああ、今ふうまの書庫にいるんだ。え? いや、違うって。任務で知り合った奴に助けを求められてさ。うん・・・うん・・・・・・え? いやどういうことだよ? ・・・・・・あ、ああ。うん、わかった」
通話を終えた小太郎は困惑顔だった。
「若様、時子は何と?」
「・・・・・・“災禍のところに泊まりたいんだったらいいですよ”だってさ」
「若様、あれから時子には会われたのですか?」
「いや、今朝はまだ任務から帰ってなかったよ・・・・・・なあ、災禍。もしかして、時子に俺と災禍が、その――」
「知っていますよ時子は。私と若様が同衾していることを」
「そ、そうか・・・・・・そうだよな」
「若様は――」
言いかけて災禍は、自問自答した。
何を言いたいのだ自分は。
“時子には知られたくなかったですか?”だろうか。
知られたくなかったとしたらそれは何を意味するのだろうか?
それともこうか?
“時子のことも男として欲しているのですか”
“若様にとって私は何なのですか”
“若様は私と時子、どちらが――”
まだ、忌々しい魔界の酒が体に残っている。
ズキズキする頭の中で言葉が浮かんでは消える。
「災禍?」
「若様は――時子が過労で倒れた時のこと・・・・・・本当に覚えていないのですか」
半ば自分でも思いもしなかったことを口に出していて、災禍は自分でも驚いていた。
「ああ。覚えていない。そうなんだ。なんかすごく大事なことを、忘れてる気がするんだ・・・・・・」
「おそらく時子ですよ」
「え?」
「薬を用いたか、ふうまの房術を使ったか。とにかく、時子があなたの記憶を封じたのです」
「な、なんでそんなことを・・・・・・それに房術ってどういう――」
「知りたいですか? 何があったのかを」
「・・・・・・そりゃ知りたいよ」
すうっと災禍は目を閉じ、かすかに震える息を吐いた。
「では若様。あなたに邪眼を使う許しをください。おそらく私の邪眼をあなたに使えば、意識下の記憶を手繰り寄せることができるはず」
「・・・・・・」
逡巡する小太郎をみつめながら、災禍は心の何処かで小太郎が“いや、いいよ”“そんなことしなくてもいい”と断ってくるのを願っていた。
「わかった。じゃあやってくれ」
「――わかりました」
災禍は髪を掻き上げ、左眼を露わにした。
ふうま災禍の邪眼が、燃えるようにひときわ紅く輝いた。
「それでは行ってらっしゃいませ。若様」
小太郎はふうま災禍を見つめた。
「・・・・・・どうされました若様」
小首をかしげて微笑む災禍はいつもより儚げにみえた。
「災禍」
小太郎は災禍を抱きしめた。
「俺はな。災禍を抱く前から、そして抱いた後も結構他の女達を抱いてるんだぜ。すっげえ外道だろ?」
「分かってました」
「さっき記憶を災禍に呼び覚ましてもらって、時子のこともめちゃくちゃ抱きたいと思ってる。好きなんだ。時子のことも」
「知ってました――そんなことより若様」
「ん?」
「今の私、ちょっとお酒くさくないですか?」
「全然。いつもと変わらないすっげえいい匂い」
肩を震わせて災禍は笑い出す。
「若様ったら」
「災禍は怒らないのか? こんな好色で最低な目抜けのダメ当主。災禍になら殺されたっていいんだ」
スッと災禍が身を離す。
「私にそんなこと出来ないって分かってておっしゃってる・・・・・・それでこそふうまの男・お館様ですわ。ふうま宗家当主ふうま小太郎はそうでなくては」
しばらくの間、小太郎は災禍と見つめ合った。
「じゃあ行ってくる。災禍」
「はい」
ふうまの女から、ふうまの従者の顔になった災禍が静かに膝をついて応える。
災禍に見送られながら、小太郎はふうま屋敷へと向かった。