救国の楯
馬車は大きな建物の前に停まる。
「着いたわ。降りて」
マーシャに促され、ヴィクターは馬車を降りる。
マーシャは御者に二言三言話しかけ、馬車から離れる。
御者はマーシャが離れたのを確認すると馬にムチを入れて進ませる。
マーシャは馬車が去ってしばらくしてからヴィクターに近寄り告げる。
「事務手続きをしてくるからちょっとここで待っていて」
ヴィクターが頷くとマーシャはその大きな建物の中に入っていく。
しばらくすると、建物の中から老齢期に差し掛かった男性が出てくる。
「ヴィクター・ヴァレンというのは君かね?」
「はい、そうですが……」
「ふむ……その
男は右手で顎を支え、ヴィクターをまじまじと見る。
そこへマーシャが現れる。
「卿! ちゃんと自己紹介しました?」
「ああ、すまんな」
男は咳払いをし、ヴィクターに右手を差し出す。
「アダム・ガリソンだ。ここの武術教官の一人だ」
ヴィクターはその手を両手で握る。
「ヴィクター・ヴァレン、加護なしです。今は」
アダムはヴィクターのその言葉に呵呵と笑う。
「
「魔王を
ヴィクターの静かな声にアダムは動きを止め、その後大きな左手でヴィクターの頭をくしゃくしゃと撫でながら笑う。
「それはいい! そうなれば救国機関の仕事も終わり。俺も悠々自適の生活ができるというものだ」
そして真顔になってヴィクターに言う。
「大言壮語はそこまでにしておけ」
「出来ぬことを言うつもりはない」
ヴィクターは乱れた髪を整えつつ言う。
アダムは目を細め、鋭い眼光でヴィクターを見る。
「ほう……?」
「ヴィクター! ね、冗談だって!」
ヴィクターはマーシャのとりなしを右掌で遮る。
「加護なしに勝てぬ武術教官というのはなかなかに絶望的だと思わないか?」
「おまえの喧嘩は安いようだな。アダム・ガリソン、その喧嘩買ったぞ」
ヴィクターは微笑を浮かべ、コートのボタンを外す。
「さあ、好きなものを持ってかかってくるがいい、
ヴィクターは無手で右手、右足を前に構える。アダムは自然体で立つ。
「ではヴィクター、見せてもらおうかね」
スタスタと無造作にアダムは近寄り、背中に右手を回す。逆手にナイフを抜き、手の中で回しつつ突き出す。
ヴィクターはその突き出された右手首を右手で掴み、左にかわす。アダムの右手をそのまま引っ張り込み、左手で肘関節を逆に叩く。
アダムはそれに反応し肘を曲げ対抗。
ヴィクターは左手で下からアダムの肘をつかみ、曲げさせて刃先をアダムの腹に滑り込ませる。
ヴィクターはそのままアダムの前に出された右足を後ろに払いながら肘を極め、前に潰す。
アダムは息を吐きながら反射的に左手をつき、その左手一本で体を跳ね上げようとする。
ヴィクターは手を離し躊躇せずローをアダムの右鎖骨を狙って叩き込み、離れる。
「本当なら最初の一撃目で肘を折るんですけど、さすが武術教官。反応してくれました」
微笑混じりに答えるヴィクター。
「最後のローキックで肩を折りました。ためらうな、二撃目はないと言われていましたから」
涼しい顔でヴィクターが言う。
「誰に、だ」
アダムは痛みに歯を食いしばりながら問いかける。
「さて、誰でしょう。名前は知りませんが、私の武術の師匠ですね。あ、右手はまだ使わないほうがいいですよ」
ヴィクターの目が暗闇で淡い青に光る。
「無詠唱非接触の
「喧嘩の代金としてお支払いしました。満足いただけましたか?」
「貴様、加護なしと偽っているな?」
アダムは跳ね起き、ギリギリと奥歯を噛み締め声を絞り出す。
「卿! 水晶は全く反応しませんでした! マーシャ・ブレンダンの名にかけて断言します!」
マーシャがヴィクターとアダムの間に割り込む。
「……ふん、わかった。マーシャの顔を立てておこう。試験はいまのやり合いで合格にしておく」
「卿!」
マーシャが頭を下げるとアダムは苦笑まじりに答える。
「俺はさっさと引退したんだよ。その可能性があるなら、捨てるなんて選択はない。ヴィクター・ヴァレン、さっさと救国機関のいらない社会にしてくれよ」