翌日。ヴィクターが部屋からロビーへ降りるとエドウィンが声をかけてくる。
「おはよう、ヴィクター。よく眠れたか?」
ヴィクターは曖昧な微笑を浮かべてから返事をする。
「おはようございます、エドウィン・パーシヴァルさん」
「今日は残りの事務手続きがあるはずから、楯の事務局へ連れて行ってやる。それと、フルネームじゃなくていいよ」
「はい、ありがとうございます」
「朝飯食べたらここに戻ってこい」
エドウィンに丁寧なお辞儀をするとヴィクターは食堂へ向かっていった。
寮の食堂はそこそこの広さがある。朝食は固いパンと野菜と少しの肉のスープ、チーズ、牛乳が供される。ヴィクターはパンを二つ、大ぶりの器に野菜を多めにスープを満たしたもの、牛乳をカップに注ぎ、トレイに乗せる。
ヴィクターはその後左右を見回し、空いている席に座る。
「おはよう、ヴィクターくん!」
そのヴィクターの背を軽く叩く女性。ウェイビーなブラウンをポニーテールにまとめたマリー・クラレンスだ。
「おはようございます、マリー・クラレンスさん」
「ヴィクターくん、同室なんだからフルネームじゃなくてマリーだけでいいってば」
マリーの同室という言葉に食堂がざわめく。
「あの部屋って、あとはイェルさんとアイノちゃんだよな……?」
「くぅぅ、羨まし……くはないか、いや羨ましいが、でもなあ」
「ヴィクターくんと同じ部屋……お姉さんならこう」
「朝から不適切な想像しないでください! 本当にもう!」
男性女性のヒソヒソ声が広がる。ヴィクターは大きなため息を一つつく。
「まあ、いずれ知られてしまうことですからいいんですけどね……」
マリーはヴィクターの向かいの空席にトレイを置く。
「偉い偉い、朝からちゃんと食べるんだね」
マリーはヴィクターのトレイを見てニコニコする。マリーのトレイには小さなパンが一つ、二つのカップ。一つは具を入れていないスープ、もう一つには牛乳が入っている。
「マリーさんは、少食なんですね」
「朝はね」
ヴィクターは簡単な祈りを捧げ、食事を摂る。
「この後、ヴィクターくんどうするの? 予定がないなら少し案内しようか?」
「ありがとうございます。でもこの後エドウィンさんと事務局に行って手続きをする予定なんです」
「そっか。その後暇?」
「予定はないですけど、どれくらい時間がかかるかわからないんです」
しばらくマリーは考えて、その後頷く。
「んー、わかった。じゃあ事務局で待ってるから手続き終わったら案内するね。あとの二人も誘っておくから!」
「え?」
「ほら、歓迎会もしたいし」
食堂のざわめきが大きくなる。ヴィクターは固いパンを牛乳で流し込み、頷く。
「わかりました……そこまで言っていただけるならお願いします」
「うん、じゃあまた後でね」
食事を終えたヴィクターはロビーでエドウィンと落ち合い、事務局へ向かう。
「なあ、ヴィクター」
「なんでしょう?」
「うまくやれそうか?」
ヴィクターは眩しそうに手で遮りながら空を見上げる。
「そうですね、やりますよ……ところで時間割とかどうなっているんですか?」
「各教官が時間を決めて講義しているから、自分が取りたいものを取る形だ。まあそのへんは事務局のお姉さまたちに聞いてくれ。ヴィクターは途中編入だから講義は座学中心になるだろうし、おそらく評価は取れないだろうが」
「なるほど……」
「春の謝恩祭の1週間後が学年初めだから、入試組はこの日に入学してくる。だからお前かなりハンデ大きいぞ」
「あー……1ヶ月もしたら新入生が来るんですか……」
「そりゃな。半成人式で戸籍ができて、試験権利を得られるわけだ。楯は最短で受けられるようにその1週間後に入試を設定している。そして合格発表が感謝祭翌日ってスケジュールだからな」
エドウィンはヴィクターの頭をクシャクシャと撫でる。
「推挙、招聘組はいつだって大変だ」
「エドウィンさんも?」
エドウィンはヴィクターの言葉に頷く。
「だからこそ、俺は常に個室を確保しなければならないんだ」