アリスはデスクに置かれている小さなベルを振る。ベルは震えるが、音は鳴らない。
しばらくするとドアをノックする音。
「マーシャです」
「入って」
マーシャが理事長室に入ってくる。
「あなたが連れてきたヴィクターって子にさっき会ったんだけどね」
アリスはソファーを指し示しながら言う。マーシャは指示に従いソファーに座る。
「明らかにおかしいわ」
アリスの言葉にマーシャが頷く。
「あなたじゃ絶対勝てないわ。私もちょっと危ない感じ」
「え、お母様でも⁉」
「……ここでは理事長と呼びなさい」
「はい、理事長」
アリスは肩をすくめてため息。
「前回の魔王撃退から57年。そろそろ戻ってくる頃なんだけど、今回はお師匠様抜きでやらなきゃならないって覚悟を決めていたんだけどね」
「大賢者シリル・カーソン師ってそんなに偉大な方だったんですか?」
アリスはマーシャをにらみつける。
「お師匠様がいなかったらあなたは生まれてないわよ」
「どうもピンと来ないのです。お父様」
マーシャはアリスににらまれ、言いよどむ。
「……小賢者フィル・ブレンダン師と、大治癒師マルク・ギルファ師、そしてお師匠様のエルミナ・ソーンダック師の4人より個人の力が上とは……」
「私も含めたその4人のお師匠様よ、カーソン師は。およそ世の中のすべての魔法を使いこなす大賢者。フィルが未だに大賢者の称号を頑なに受けないのは、シリル・カーソン師が偉大すぎるからなのよ。身体強化も防御も同時にこなし、さらに回復し、攻撃する。無詠唱は当然、同時複数発動は当たり前。おおよそ魔法使いというものの概念を覆してきた人なのよ」
マーシャは肩をすくめて頷く。
「会ったことのない人の話はよくわかりません」
「……そこがあなたの悪いところなのよねえ」
アリスは苦笑を浮かべてマーシャを見る。
「で、わざわざ私を呼び出したのは何のためですか?」
「実はね、種族神加護しか持たない楯が他に3人いるのよね」
「は?」
「イェリーナ・フェデレシア・クアローリン、アイノ・ヴェステル、マリー・クラレンス」
アリスは指折り数える。
「そして『加護なし』ヴィクター・ヴァレン」
アリスはここでいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「半成人式に組み込まれた水晶の審判に立ち会った救国の手たちがその審判にこだわらず拾い上げてきた子たち。私はその手を信じている。きっと何かが起こるわ」
「……何をやったんです?」
「理事長権限で同室に押し込めました」
マーシャは大きなため息。
「ヴィクターはまだ7歳ですが、男の子ですよ! 何考えているんですか!」
「だって、面白そうじゃない」
マーシャは頭を抱える。
「理事長ってそういうところがダメな大人なのよね……」
「それにね、イェリーナはあんな振る舞いをしているけど、淑女よ。むしろアイノのほうが危ないわ」
「何の話ですか!」
「いやあね、冗談よ」
マーシャは大きなため息を吐き出す。アリスは笑顔を消してマーシャを見る。
「エルミナに洞窟踏破の日に楯に顔を出してって伝えて」
「……わざわざ私を使うということは、秘密裏に、ということですね」
「ええ。マルクにも使いを出したわ」
「さっきの4人を一部屋にまとめたのも、そのためですか」
アリスは曖昧な笑顔を浮かべてマーシャを見る。
「理事長のそういう秘密主義なところ、嫌いですわ」
「あら、いい女は秘密の一つや二つ抱えているものよ?」
マーシャはしばらくアリスを見てからため息で返答する。
「じゃあ私はいい女じゃなくていいです」