圧倒的な実力を有した者たちは、欲望の限りを尽くし、人類を蹂躙する 作:黒椿
七時に目が覚めた俺はいつもの朝を過ごし、服を着替える。昨夜の現場を見たせいで、はりきりすぎて少しばかり体がだるいが、元々肉弾戦なんざ、ガラじゃねえし、問題はない。
今日の服は黒の無地のシャツに青いジャケットを羽織り、下は紺のチノパン。動きやすく、人混みに紛れやすいという意味では、この選択に間違いはないはずだ。
着替え終わり、出かけようとしたところで部屋の扉が開く。その向こうには、見知った顔が現れる。
「やー、起きてる? ユーキ」
「美月……」
俺は思わずため息をつきそうになる。昨日こそ来ていなかったが、こいつは基本朝になると、ここに姿を見せる。休日でも平気でやってきて、叩き起こしに来るので、ゆっくり寝ていることが出来ない。だからこそ、昨日は楽だったのだが、今日は来やがったか。
俺の心情を察したのか、美月は膨れっ面になる。だが、膨れたいのは俺の方だ。出かけようとするタイミングで来るとは、何て間の悪い奴なんだ。
「むー。そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか。せっかく、顔を見せに来てあげたっていうのに」
「頼んでねえ。くだらねえこと言ってるだけなら、俺はもう行くぞ。やることがあるんでな」
「あ、ちょっと待ってよ、話が……」
美月の話を無視して、俺はさっさと部屋を出ていく。どうせ、くだらないことだ。そんなもん聞いてる暇があるなら、さっさと仕事を終わらせてえ。
家の外に出た俺は適当に歩きはじめる。基本的に犯行は深夜に行われている。こんな朝っぱらから出ても犯行現場に出くわすことはないだろうが、奴は明らかに変わりはじめている。三日連続で事を起こすなど今までになかったことだ。だから、念のために朝から見張っておこうと思ったわけだ。まぁ、本当は犯行直後から見張ってないといけねえんだけどな。
今日は日曜日だが、あいつは今日も仕事のはずだ。普通に考えて白昼から動けるとは思えねえが、奴の職業を考えれば、なんとも言えない。だからこそ、今からでも見張っておく。
連続強姦殺人の犯人は昨日の夜の一件で分かっている。意外っちゃ意外だが、よくよく考えてみれば、筋は通っている。
秋山喜央。それが俺が昨晩見た連続強姦殺人の犯人の正体だ。俺の記憶が正しければ、確か仮峰署の刑事で健吾の同期の男だったはずだ。軽薄な見た目に反して、確かな実績を持つ優れた手腕を持っていると聞いてる。そこまで親しくはないが、何度か会ったことがある。
刑事が犯人ならば、精液が採取されていても捕まらない理由も納得がいく。何せ、奴は連続強姦殺人の捜査員なのだ。疑われさえしなければ、警察の持つ情報を入手できる。上手くやれば、捜査をコントロールすることだって出来るだろう。
ただでさえ、警察は隠蔽を好む組織だ。この周辺を騒がすほどの事件の犯人が警察官などということになれば、必死に隠蔽しようとするだろう。それに記憶が間違っていなければ、奴の父親は警察の幹部だ。いざという時には権力で守ることも出来る。
動機は分からない。だが、手口は分かっている。卑劣で……それでいて、極めて合理的なやり口だ。おそらくは奴自身が選択した手段ではない。間違いなく、俺たちの宿敵が関わっているのだろう。
「だからこそ、俺に始末を依頼したんだろうけどな。まあいい。さっさと終わらせてやるだけのことだ」
住宅地を抜けたところにある大通りとの交差点のところで立ち止まると、俺は目を閉じる。前と違って、今回は特定の人物の居場所だけだ。手間はかからない。
一瞬で秋山の居場所を見つけ出すと、俺はゆっくりと、そちらに向かって歩きはじめた。
仮峰署は仮峰市のほぼ真ん中の場所にある。いわゆるオフィス街の一角だ。周辺はコンビニがチラホラあるくらいで、基本的には会社しかない。
俺は警察署の横を通る歩道のない片幅一車線の道路を歩く。二分も歩けば、秋山の姿は見えた。警察署から少し離れたところにある公園。ここに奴はいた。
奴から見えないように近くのビルに侵入すると、能力を使って難なく屋上まで到達する。俺は屋上の手すりから身を乗り出すようにして、奴をさりげなく監視する。
露骨に視線を向けるような真似はしない。そんなのは素人のやり口だ。奴なら、すぐに気付くだろう。だから、あえて奴を意識せず、視界の端に捉える程度に留める。それで充分気付かれずに監視することが出来る。
意識をしないというのは意識を向けないということ。通常それをやろうと思えば、対象に関する思考をすることすら許されない。だが、俺は違う。いや、俺たちは違うと言うべきか。……どちらでもいいな。要は奴に集中しさえしなきゃ、どうとでもなるということだ。
……なーんてな。ぶっちゃけ、そんな配慮なんか本来必要じゃない。これはあくまで遊びだ。監視ゲームだ。犯人断定が終わった以上、あとは、ながら作業だ。多少は遊ばねえと退屈で退屈で仕方がねえ。
秋山は公園のベンチに座り、何やら物思いに耽っていた。普通に考えれば何かの事件について考えていると見るべきだろうが、今のお前はそんなことを考えちゃいねえだろう?
「……ふぅ」
小さなため息と共に虚空を見つめる秋山。だが、それ以外に目立った行動を取ろうともせず、ただひたすら呆けている。だが、別に構わない。あまり長い間、
その気になれば、あんな奴、いつでも殺せる。あえて、それをしないのは情報が欲しいからだ。証拠と俺に嫌疑がかかる可能性さえ排除してしまえば、いつ、どんなやり方で始末してもいい。最悪、奴の頭の中全て洗えば、それで済む。ただ、それには相応の手間がかかるから、奴が何か目新しい情報を口にしないか待っているというだけだ。
「いいぞ」
「……」
そこでふと秋山が
「まさか、ここまでバレないとはな……。警察というものはどこまでも
くつくつと喉を震わせるように笑いながら、秋山は独り言を続ける。
「あのババアを殺したあたりから自重しなくなったってのに、ここまで上手くいくと気分がいいな。すっげー、快感だ。どうせ、このひとりごとも誰かに聞かれることはねえだろ。くくくっ」
周囲に誰がいるとも分からないというのに、確信めいた口調でそんなことを
俺に聞かれているとも知らず、秋山は上機嫌でどんどん言葉を紡いでいく。
「また、今夜あたりいっちまうか。やっぱ、どかんと景気よく行かねえとな」
この言葉を聞いただけで分かる。あの男は小物だ。突然与えられた絶大な力に酔いしれる類の小物。誰しもがなり得る状態だ。軽蔑する気はないが、この分なら今日くらいは泳がしてもよさそうだ。その方が情報を入手できる可能性がある。
そう考えていたが、次の言葉で俺が
「そうだな……。次の標的は……天木美月だ」
その言葉を聞いたとき、俺は思わず、口角を上げていた。それはおかしさからの笑みではない。憤怒、いや、侮蔑から来る笑みだ。
――あぁ、本当につくづく救えねえなぁ。能無しにも限度ってもんがあると思うが、やはり、お前たちはそれを容易く超えてくるのだな。ほんと、期待を裏切らねえなぁ……。
お前たちの知能の低さを悟れなかった俺もヤバイが、お前たちも大概だな。いや、あまりに力量に差がありすぎるからこそ起きたことなのかもしれないな。……くくっ、見事なまでの喜劇だ。
――いいだろう。ならば、こいつを生贄にして思い知らせてやるよ。俺たちに手を出すということがどういう報いを受けるのか、ということをな!