圧倒的な実力を有した者たちは、欲望の限りを尽くし、人類を蹂躙する 作:黒椿
腹は決まった。奴が次の犯行を行う前に仕掛ける。ここから先は細やかな監視は必要ない。全霊で奴を叩き潰す。
とはいえ、計画に支障はない。奴を泳がす時間が多少短くなっただけだ。これまでの行動を見る限り、奴は夜にしか動かない。今は情報収集に徹して、奴が美月を狙おうと動いた瞬間に仕掛ける。
もし万が一、今すぐ動いたとしても大丈夫だ。もはや、俺に微塵の加減もない。これからの奴の行動の全てを俺は見通せる。俺を出し抜くことなど出来はしない。
だから、今だけだ。日が沈むまでの時間がお前の最後の晩餐だ。存分に堪能しておくといい。叶わぬ、その願望に身を浸す
日が暮れた。秋山は署から離れて、ファミレスで外食を取ると、さっそく行動を始めた。平時と変わらず仕草で仮峰市の東部――
普通に考えれば、一昨日の事件の現場である近江大橋に向かおうとしているようにしか見えない。とても、これから人を殺しに行くとは思えなかった。
それでも、奴は殺す。その救いようのない欲望を満たすために、ノーリスクハイリターンの策で
「いつものように能力で安全に標的を堪能しようってんだろうが……はたして、そう上手くいくかな?」
なんて、しょーもないことを思わず口にしてしまう。その問いなど分かりきっている。この件に関係ない連中を除けば、分かっていないのは奴だけだ。
心なしかスキップでもしそうなほどに上機嫌なその足取りを見て、俺は小さく口元を歪めた。
秋山は法河天地区にある幹線道路の歩道をゆったりとした足取りで歩いている。このまままっすぐ進めば、俺や美月の家のある住宅地へ行けるが、奴はコンビニのある信号交差点で右に曲がり、路地裏に入っていく。
普通に考えれば、謎の行動だ。路地裏に入ったところで、その先にあるのは別の住宅地だけだ。その中に美月が関係している家はない。だが、奴は口角を上げ、確固たる自信を持って足を進めていた。
俺はそれを呆れきった目で見ていた。自信過剰にもほどがある。まぁ、俺にとっちゃ、何でもいいんだけどな。
秋山喜央の犯行のトリックは極めて単純なものだ。しかし、常人にとっては強力無比で抗うことができないモノ。それ故に奴はこれまで九人もの人間を犯し、殺すことが出来た。
確かにそれは厄介だ。けど、その力に頼りきっている時点でお前の命運は尽きている。
奴は住宅地に入っても、ひたすら進み続けた。しばらくの間、尾行していると、かなり奥まったところで奴は立ち止まった。
住宅地を抜けた先にある小さな草原。シロツメクサがあちこちに生えてはいるものの、取り立てて珍しいとは言えない原っぱ。そこの中央まで歩いた秋山は腕を組んで、静かに佇む。背中を向けているので分からないが、おそらく笑っているのだろう。何とも滑稽な話だ。
俺は小さく息を吐くと、悠然と歩きはじめる。もはや、これ以上待つ必要はない。結局、何の情報も手に入らなかったし、感情任せに終わらせてもよかったかもな。まぁ、結果論ではあるが。
ある程度の距離まで近付いたところで、俺は口を開く。
「いつまで待っても美月は来ねえぜ、秋山サン」
「!」
俺の声に跳ねるように秋山は振り向く。その顔には驚愕が貼りつけられていた。俺はニヤリと笑いながら、右手を上着のポケットに入れ、秋山の次の動きを待つ。
「き、君は……行方さんか。どうしたんだ? こんなところで……」
「とぼけんなよ、連続強姦魔。ここで
「だから、何の……」
しらを切ろうとしながら、秋山は右手を動かそうとする。俺は一瞬で間合いを詰めると秋山の右腕を左手で掴み、笑う。
「はっ。ご自慢の異能でこの状況を何とかしようとでも思ったのか?
「!!」
先刻、俺が話しかけた時以上の驚愕を見せる秋山を見て、俺は鼻を鳴らす。秋山は力任せに腕を振るって、後ろに大きく飛んで間合いを取る。
「貴様……!」
「くだらねえ。もうとっくに見破ってんだよ。拘束することもせず、薬物投与もしないで、強姦殺人を九回もやれたカラクリのタネなんてよ」
俺の言葉に秋山は体を震わせ、一歩下がる。それを冷めた目で見ながら、話を続ける。
「肝はてめえの能力だ。てめえは源力をオーラに変換し、そいつを見える見えないにかかわらず、対象の視界に入れるだけでそいつを催眠に落とす。それがてめえの能力の正体であり、これまで連続強姦殺人を行えてきたトリックの正体でもある」
そう。こいつは魔術師だ。何の力も持たず、知らず、扱えない常人よりも少しばかり変わった力を持つだけの男。その力を使って、これまで悪逆非道の限りを尽くしていた。それだけのことなのだ。
もちろん、本来ならばこいつが
「はっ……ははっ……!」
何がおかしいのか秋山は肩を震わせて笑う。その笑いは引きつったモノではあったが、覗いてみた限りでは、しょうもないことを考えているようなので、無意識に俺に恐怖を感じていると言ったところか。
「くくっ……。獲物を変えるのは気が進まないが、あの子に負けないだけの美貌を持ってはいる。……くくっ、いいだろう。お前を次の標的に変えてやる!」
そう言って秋山はオーラを全身から放出させる。純白の――誰もが見とれるような綺麗な色をしたオーラ。なるほど、このオーラに心奪われ、こいつの言いなりになる奴がいてもおかしくはない。
「けど、悪いな。そんな小技は俺には通じねえ」
「ば……かな……」
秋山は愉悦に歪んだ表情から一転、呆然とした表情になる。俺が一歩前に踏み出すと、秋山は怯えた表情になって一歩下がる。だが、それでようやく俺を恐れていることに気付いたのか、今度は怒りに顔を歪めて、全身から先ほどよりも強大なオーラを放出させる。
「くそっ! くそっ! 源力も使えない弱者のくせにぃぃ! 俺様に逆らってんじゃねえぞ!!」
甲高い声で叫ぶ秋山に俺は思わず顔をしかめていた。俺と奴との距離はおよそ五メートルほど。そんな近くで叫ばれれば、やかましくて仕方がない。
「ぎゃーぎゃー騒ぐなよ。耳がキンキンするじゃねえか」
「馬鹿にしやがって! 見ろよ! 俺のこの芸術的なオーラを!!」
秋山はより一層強いオーラを全身から放出される。だが、量と勢いだけで質の伴っていないそれは先ほどと比べて荒々しく、
それを真顔で見ている俺を見て、秋山はこめかみに青筋を立てて、オーラをひたすら放出し続ける。
「くそがっ! 効け!! 効け!! 効け!! 効け!! 効け!! 効きやがれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「もうやめときな。それ以上はみっともないだけだぜ」
「黙れ! 何も分かってねえくせに、知ったような口を利いてんじゃねえぞ!!」
「何も分かってねえ? 笑わせんな。とっくに見え透いてんだよ。異能者でもない奴に粋がることしか出来ない弱者。それがてめえの正体だ、秋山喜央」
秋山は完全に表情をなくした。俺の言葉が奴に相当効いたらしい。両手を強く握ると、源力も何も使わずに俺に突進してくる。右手を振りかぶって、勢いよく俺に右ストレートを放ってくる。
さすがに現職の警察官なだけあって、頭に血が上っていても一切の無駄のない拳。だが、俺には止まって見えた。最小限の動きで身を反らして拳を
「かはっ……!」
秋山は腹を押さえて、その場に跪く。俺はその場から三歩ほど下がり、秋山の肉体全てを視界に入れる。
……そろそろ潮時か。これ以上遊んでいても何も目新しいことなどない。そろそろ終わらせるとしよう。
俺は右手を秋山の方へと伸ばす。それに秋山は体を震わせるが、こいつに為す術などない。ただ見ているだけしか出来はしない。
俺は静かに、それでいて、力強く
もはや、秋山に抗う術などない。ここからはじっくりといたぶるだけだ。
「ば、馬鹿な……! 源力とは異なる力だと!? ……何だ……。何なんだよ、てめえは!!」
「――――――」
その質問に俺は答えない。答える意味などない。どうせ、すぐに何も分からなくなるのだから。俺は能力を使って、秋山の
何が起こったのか理解できないだろう。だから、俺は刹那の間に起こった物事のタネをあえて説明してやることにする。
「俺の能力は万物の持つ精神世界を自在に操ること。ゆえに、てめえの精神世界から思考を読み取り、思考そのものを操作することが出来る。それも、てめえのように外部から無理矢理じゃなく、内部から自然にやれる。……分かるか? てめえごときが俺に勝つことなんざ、未来永劫ありえねえんだよ!」
長々と説明したが、すでに俺の言葉など聞こえてはいないだろう。今、奴はとてつもない地獄を味わっている――いや、味わっていた、というべきか。その地獄に耐えられるほど、奴の
これで終わりだ。俺は懐から携帯電話を取り出すと、黒闇に電話をかける。
「俺だ。終わった」
『そうか、ご苦労だった。それで標的はどうなっている?』
「いつも通りだ。……あぁ、それと悪いが、秋山の身柄を蛇馬鵜圧突苦のアジトに送ってくれ。肉体面の始末は奴らに委ねる約束だからな」
『あぁ、話は聞いている。『イク』が直々に動くそうだ。すぐにでも移送は終わる。だから、お前はもう帰っていいぞ』
「……あいつ……」
『そう怒ってやるな。無理を言って来てもらったんだ。むしろ、労いの言葉をかけてやるべきではないか?』
「……ふん」
これ以上話を聞いていられなかった俺は電話を切ると、メールでいくつかの追加情報だけ黒闇の携帯に送信したら、その場から歩いて離れる。返り血は浴びていないから、この周辺でさえ目撃されなきゃ、どうとでもなる。目撃されたとしても、細工すればいいだけのことだ。面倒だが、やっておかないとさらに面倒だからな。
ひとまず、これで仕事は終わりだ。明日は学校だし、今夜は早めに寝て、新しい試みでもして、いつも以上に愉しむことにするか。
○○○○○
目が覚めた。いや、覚めたのかどうかすら分からない。俺は静かに目を開き、周囲の風景を見て、思わず眉をひそめていた。
「何だ……ここは……!」
気付けば、俺は何もない真っ暗な場所にいた。浮遊感はないが、立っているという感覚はない。おそらく、横になっているのだろう。
ひとまず、このよく分からないところから離れようと上体を起こそうとするが、なぜか体が動かない。いや、動くことは動くのだ。だが、どれほど上半身を動かしても、下半身が真下に行ってしまう。
「……?」
俺は首を傾げる。だが、体が拘束されている気配がないにもかかわらず、思い通りに体が動かせないということはこの空間自体に何か仕掛けがあるということだ。
「……敵の能力か」
俺も源力を扱って他者を洗脳する異能者だ。ここまで違和感があればさすがに気付く。この空間はおそらく他の源能者が創り出した幻術による空間といったところだろう。ならば、一刻も早く幻術を解いて、現実に戻らなくてはならない。
……待てよ。そもそも、なぜこんなところにいるんだ。俺は幻術をかけられているせいか、酷く回転が遅くなってしまっている脳みそを最大限に利用して、これまでのことを思い返す。
……そうだ。あいつに――行方ユウキにやられたのだ。あいつは俺の力を涼しげに無効化し、あまつさえ、魔力とは異なる力で俺をこの空間に引きずり込んだ。
「くそがっ!! 舐めやがって、あのクソガキ!!」
胸の内に怒りが込み上げてくるが、今はそんなことをしている場合ではない。さっさとこの力を解除しなくては、俺の身が危ない。大丈夫だ。俺の力は催眠系の極致。この程度の幻術などすぐに――。
「つっ……!」
神経をギリギリまで張りつめて集中しようとしたところで、ふと両足に痛みが走る。顔をしかめながら、下を見て――俺は目を見開いた。
「な……っ!」
燃えていた。俺の両足が紅蓮の炎に包まれ、全てを焼き付くさんと言わんばかりの勢いで燃えていた。炎は徐々に上半身へと上がってきていた。
見た目こそ派手だったが、痛み自体は微々たるモノだ。俺を追い詰めるために敵が仕掛けてきたと判断した俺は急いで、術を解こうとして……途中で止めた。なぜなら、
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
凄まじい激痛が俺を襲ったからだ。先刻までとは比べものにならないほどの痛み。とても、まともな思考など出来はしなかった。だというのに、なぜか、俺の頭は不思議と冴えていた。
いや、これは思考などではない。思考の名を借りた――ただの走馬燈だった。
なぜだ? なぜ、こうなった!?
警察庁の幹部を父に持つ俺は幼い頃からハイレベルな英才教育を受け続けてきた。俺はそれに耐えて、中学校から大学まで一流の学校に通い、死ぬ思いで上位の成績で卒業したのだ。なのに……なのに、突如、あいつは俺に警察官になるのを辞めろと言ってきたんだ。
俺は当然反発した。今さら何を言い出すのかと。だが、あいつは俺には警察官になれるだけの器はないなどと吐き捨てて、さっさとどこかへ行っちまったんだ。
……許せなかった。それまで散々人の人生を決めつけておいて、この場面で突然反故にしたあいつのことが……。
警察官になること自体に抵抗があるわけではなかった。むしろ、刑事ドラマなどを好んで見ていた分、憧れていたくらいだ。年齢を重ねるにつれて、だんだんと警察官になりたいと想うようになった。ドラマのような殺人現場で活躍する刑事になれなくたっていい。とにかく、警察官になって人々の役に立ちたい。そう思ったからこそ、あいつの厳しい教育にも耐えてこれたんだ!
それから俺は死に物狂いで足掻いて、何とか、このちっぽけな街の刑事になれた! あいつは案の定、俺に辞めろと言ってきたが、俺はそれを無視して、ここで実績を積み重ねてきた。別に本庁の薄汚れた権力闘争になど興味はない。たとえ、どんなちっぽけな街であろうと、役に立てるならそれでよかったんだ。
少なくとも俺は満足できていたはずだった。けど、心のどこかで満たされない想いがあった。その想いは日に日に増していった。非番の日に観光したり、クラブや映画に行ったりといろいろと試してみたが、結局何の効果もなかった。
そんな時、俺は『
当初、俺はその女を新手のカルト宗教の一味だと思い、すげなくあしらった。当然の対応だ。そんなことをいきなり言われて信じるのは、よほどのバカか、よほど追い詰められている奴だけだ。俺はどっちでもない。だから、その女の誘いに耳を傾ける理由などどこにもなかった。
それから数ヶ月後。年明けまであと数日となっていた日に俺は再び女と出会った。前回同様あしらおうとしたが、その時はなぜかそうすることが出来なかった。
奴は言った。俺の持つ欲望とは性別問わずに他者を性的に屈服させ、ズタボロにして殺すモノだと。俺はそんなはずがないと怒鳴った。しかし……しかし、口にこそ出さなかったが、一つだけ――性別を問わないというところだけは納得できた。
元々、俺自身バイの気があることには気付いていた。学生時代にマドンナなどと呼ばれていた女に一目惚れをしたことがあるが、同時に学校一のイケメンと言われた男にも密かに惚れ込んでしまったことがあるからだ。
聡明だった俺はそれが普通のことではないと知っており、マドンナの女への好意こそ親しい友人に明かしていたが、イケメンの方への好意に関しては誰にも明かさなかった。
顔に出さないようにしていたつもりだった。だが、女は俺の心の内を見透かしたかのようにニヤリと笑った。
『力を求めなさい。そうすれば、あなたは至上の極楽を手にすることが出来る』
その言葉から後のことは覚えていない。気が付いたら、家に着いていた。その時は何も考えずに、風呂に入ることも、晩飯を食うこともせずに、寝間着に着替えてベッドに横になって寝た。
その後のことだ。俺はなぜか、自分に他人を催眠に落とすことが出来る力があると自認し、同僚に催眠をかけて、晩飯を奢らせた。それを見て、この力は本物なのだと改めて実感した。それからだ。それから、他者を催眠に落とし、犯して殺すようになった。
俺はどうやらサディストだったらしく、整った顔立ちを持つ相手の苦しむ顔を見ることが俺の至上の喜びになった。その気になれば、いくらでも他者を虜にすることが出来たが、あえてせずに強姦し続けたのはそのためだ。
そのことに悔いはない。九人という中途半端な数で終わってしまったことには腸が煮えくりかえる思いだが、それでもこれまでの犯行に関しては微塵の後悔もない。
ただ……一つだけ疑問がある。俺は本当に
何度考えても分からない。それどころか、自分がまともに思考できているのかどうかすら分からなかった。先刻から炎に焼かれる激痛など一切感じなくなっている時点で俺もそろそろ終わりなのかもしれないな……。
ただでさえ、ぼんやりとしていた意識が徐々に薄れていく。全身に炎が回っていくのを、俺は呆けた顔で見つめていた。