圧倒的な実力を有した者たちは、欲望の限りを尽くし、人類を蹂躙する 作:黒椿
朝になった。昨日はカレナと存分に楽しめたおかげで仕事によるストレスはある程度発散できたが、やはり、現実に戻ると不快感が俺を襲う。
ここ数年毎朝感じているわけだが、この不快感に慣れることはない。慣れたくもないけどな。
目が覚めたのは午前五時五十五分。いつもよりも早い時間だが眠気は感じない。
身支度を整えて、ベッドに座って少年漫画を読んでいるとノックもせずに美月が俺の部屋に入ってくる。無遠慮だが、いつものことなので俺は何も言わずに美月を見上げる。
今日の装いは紺の膝丈のフレアスカートにふんわりとした白いブラウス、そして、その上にクリーム色のカーディガン。まぁ、こいつの清楚な容姿を強調するにはぴったりのコーディネートだった。
「おや、今日はえらい早起きだね。もう起きてるのかい?」
「別に。気まぐれさ」
「そうかい」
時計をチラリと見ると六時十五分を指していた。朝飯には少し早い。ここで俺はようやく朝飯までの間こいつと二人で過ごさないといけないことを悟ったが、今さらどうにも出来ないので無言で漫画の続きを読む。
「むぅ。こんな可愛い美少女が傍にいるのにそういうモノを読むとは感心しませんなー」
「はっ、モノホンの美少女は自分のことを美少女なんて言わねえよ」
「えー。じゃ、ユーキは僕のことをブスだと思ってるのかい?」
「知らね。興味ねえしな」
「ひどいなぁ」
美月は頬を膨らませるが、その口元には笑みが浮かんでいる。当たり前だが、本気で怒っちゃいない。
こいつは客観的に見ても文句なしの美少女だ。事実、学校でも数多の男たちから告白されていると聞く。もっとも、その全てが玉砕しているけどな。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
俺は美月を無視して、ダラダラと漫画を読み続ける。俺に構わず、美月は俺の横に座ると話を続ける。
「ねぇ、ユーキ。秋山さんって刑事、知ってる?」
当然知っている。何せ、昨日秋山を精神的にぶっ壊したんだから。そうでなくとも、元々面識があったわけだし、ここは済ました顔で答えればいいだろう。
「ケン兄の同期の
「あの人さ、木鍬にある公園で今朝バラバラ死体になって見つかったらしいよ」
「へー、今度は警察官まで襲ったのか。こりゃ、何とも凄え事になってきたな」
「それがね。今まで現場にあった精液があの人の死体発見現場にはなかったらしいよ。だから、警察の方も困惑してるみたいだ」
「ほーん。そりゃ、難儀な話だな」
何とも白々しい会話だと思う。前日にアレだけのことをしておいて、平然としてる俺も俺だが、こいつも大概だ。
隠すまでもないことだから先に言うが、美月は昨日俺がしたことを知っている。なぜなら、こいつもウレと繋がっている仲間だからだ。そして、俺は昨日美月が秋山に狙われていることをウレに報告していた。つまり、こいつは自分が秋山に狙われていたことを知っている。
知ってるくせにこういうことを言うこいつに俺は内心ため息をつく。秋山が自分を狙っていたことを知っているはずなのに、平然と奴の死体が発見されたことを言えるこいつの神経の図太さは相当なモンだ。まぁ、あいつが美月を狙ったところでどうこうできるはずもないのだが。
「……ま、とりあえず、お疲れ様」
何の脈絡もなく美月はそんなことを言う。漫画から目を離して、顔を右の方に向けると、そこには慈しむような笑みを浮かべる美月の顔があった。それを見た俺は、
「ああ」
と答えて笑い返した。俺の反応を見て、美月はクスクスと笑いながら立ち上がり、部屋を出ていった。
……あぁ、今日もこの世界はどうしようもなく――――――クソッタレだ。
午後五時。学校終わりに俺は足四へと足を運んでいた。オミに会うためだ。昨晩は何も言わずに秋山を突き出したが、一応顔くらいは見せておくべきだろうと思ったからだ。
同じ学校に通っているのだが、オミは今日は学校を休んでいた。おそらくは秋山を処分して、北峯木綿子の弔いでもしているのだろう。そう思い、学校を終わってすぐに俺は足四に来た。
惨月高校から足四はそう遠くない。愚連隊の拠点にはすぐ着く。近江大橋を渡りながら、そんなことを考えていると、ふと正面に誰かが立っていることに気付く。
誰なのかはすぐに分かった。俺は足を止めると両手をズボンのポケットに突っ込んで、相手を見据える。そいつは俺が立ち止まってすぐにくつくつと喉を震わせるように笑った。
「よぅ、ユーキ」
「……探す手間が省けた。今さらだが、一応報告に来たぞ。オミ」
「本当に今さらだよなぁ……」
忍び笑いをするオミに俺はジト目を向けてしまう。オミはそれに片手を顔の前に上げて謝る仕草を取る。
「悪い悪い。別に他意はねえんだぜ? 出来ることなら、もっと早くお前の口から聞きたかったってだけのことだ」
「そうかい。そいつぁ、悪かったな。けど、こっちにもやむを得ない事情ってやつがあってな」
「なぁにが、やむを得ない事情だ。どうせ、ウレに報告だけして、一人で愉しんでたんだろ?」
「うるせえなぁ、ほっとけ」
お前に何が分かる。そういう意味を込めて俺はオミを睨みつける。だが、オミは涼しげな顔で俺を見るだけだ。それが余計にイラつく。
それどころか、オミはこの後、これ以上ないほど
「おいおい、相変わらずだな。見てくれはいいんだから、もう少しお
「黙れよ、てめえに俺の何が分かるってんだ?」
ジロリと睨み上げてやると、オミは肩をすくめて笑う。それどころか、さらに俺を不快にするような戯言をぬかしてみせた。
「いいのか? そんなことを言って。あまり、男らしく振る舞いすぎると、いつかあいつに愛想を尽かされるぞ」
「……別に、あんな奴にどう思われようが知ったことじゃない……」
「おーおー。自覚無し、か。こりゃ、イクも大変そうだなぁ」
その言葉にさらにイラついたが、依頼されたとはいえ、こちらも向こうに相当な譲歩を強要しちまった負い目があるため、舌打ちをして、しぶしぶ矛を収める。
……馬鹿馬鹿しい。淑やかに振る舞ってどうなるってんだ。どう足掻いても俺が女だという事実は変えられない。なら、どう振る舞おうと関係ない。ましてや、あんな奴なんか一切関係ない
俺――
俺が今までこっちで女を抱いたり、
だから、この世界は心底クソなんだ。毎度毎度夢という名の精神世界からこっちに戻る度に自分が女だと認識させられる。しかも、その認識を起きている間、ずっと持っていなくてはいけないんだ。毎晩毎晩男として盛ってなきゃやってられねえよ、マジで。
「まあいい。とりあえず、報告はした。約束は守った。それでいいだろ?」
「あぁ、構わねえよ。ご苦労さん」
俺はオミに背を向けると、元来た道を戻る。義理は果たした。後は家に帰るだけだ。叶うことならば、しばらくの間休みたいもんだが……無理だろうな。まぁ、それもまた一興か。
そう考えていた俺だが、この後、ほんのわずかではあるが休息を取ることができた。その代わり、オミが面倒な目にあったそうだが、それはまた次の話にするとしようか。