圧倒的な実力を有した者たちは、欲望の限りを尽くし、人類を蹂躙する 作:黒椿
時は遡って、午前一時。
彼らは先ほどまで繁華街のカラオケで歌い尽くしていた。この物騒な時期にこんな夜遅くまで遊び歩くなど、とても正気の沙汰ではないが、無知故の強みか、彼らは平然と外を出歩いていた。
一人の少女が満足げな表情をしながら、口を開く。
「ふぅ~。歌った歌ったぁ」
「どうする? この後、ボウリングでも行っちゃう?」
グループの女二人はまだまだ遊び足りないようで、二人の内、金髪にした少女がそんなことを言う。だが、残った男三人は、それに苦笑する。
「いや……さすがに、昨日徹夜で遊び歩いたからな。今日のところはさすがに休もうぜ」
三人の中でもっとも大柄な紫髪の男が窘めるような口調で言う。それに少女二人は不満そうな声を上げる。
「えー、アタシらはまだまだいけんのにぃ」
「俺らが保たねえんだよ。夕方にでも、また遊んでやるから、今のところは我慢してくれ」
「む~」
男の言葉に金髪の少女は唸って非難の視線を向ける。だが、茶髪の少女はこれ以上は無理だと判断したのか、頬を膨らませながらも、それ以上何も言わなかった。それを見て、金髪の少女も渋々引き下がる。
「悪いな。明日は徹夜でやってやるからさ」
「絶対だよ?」
「わーってるよ、んじゃな」
「ほいさー」
その場で男女に分かれて帰っていく。男三人組が街に消えていくのを見て、少女二人は顔を見合わせる。
「そんじゃ、アタシたちも帰ろっか、カンナ」
「うん」
カンナと呼ばれた茶髪の少女はそう頷き、二人は男三人が行った方向と逆の方向に歩いていく。そのまま二人は仮峰と足四の境界である
見抜川を渡る橋の中でもっとも利用者の多い
「んじゃ、気を付けて帰ってね。って、どっちもそんなに離れてないから、大丈夫だと思うけど」
「心配いらねえよ。アタシが変態なんかに負けるわけないし」
金髪の少女はシュッシュッとシャドウボクシングの真似事をする。それにカンナはクスクスと笑い、軽く手を振って、二人は別れた。それが最期の別れになるとも知らずに……。
車用の橋の横にある歩行者用の橋を少女は鼻歌を歌いながら渡っていた。明らかに上機嫌だ。周囲が静寂に満ちていることで、鼻歌でも充分に聞こえる。それが少女をより一層上機嫌にさせる。
「………………?」
だが、橋を渡り終えたところで、不意に少女は眉をひそめる。さりげない所作で後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。少女は首を傾げながらも、再び前を向いて歩く。
歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、あるく、あるく、あるく、アルク、アルク……。
一体どれだけ歩いただろうか。だが、歩いても歩いても一向に家に着かない。強烈な違和感に少女は足を止める。
「アレ……。ウチってこんなに遠かったっけ?」
言いながらも、少女はその言葉を内心で否定していた。少女の家は橋を渡ってすぐのところにある一軒家だ。橋まで三分もかからない。だが、今、少女は明らかに十分以上歩いていた。
なのに着かない。どれだけ歩いてもまるで進まない。無為な歩行を何度も何度も続けて、少女はやがてその足を止めた。
「……?」
違和感を抱いた少女は周囲を見渡す。気付けば、彼女は橋の下の河川敷に立っていた。
「……やだ、何してんだ、アタシ。こんなとこ来ちゃダメじゃん……」
少女はそう言って乾いた笑いを浮かべる。全く何をやっているんだか。そう自分を戒め、河川敷から上がろうと、近くの階段へと足を向かわせる。
だが、やはり、どんなに歩いても目的地には着かなかった。そこでようやく少女は動揺した。けれど、気付くのがあまりに遅すぎた。
河川敷に下りる前からすでに、ずっと同じ光景ばかりを彼女の視界は捉えていたというのに、彼女はこれまで何の疑問も持たなかった。その事実に違和感を持ったのは、つい先ほど。この時点で、もはや救いようのないほどに手遅れだった。
「――――――」
そこで突然後ろから声をかけられる。大きな声ではない。囁くような声だった。しかし、突発的に生まれた少女の動揺はその声だけで一瞬でピークに達し、その場から逃げるように走った。
その恐怖から逃げるために必死に少女は走る。しかし、声の主の気配は彼女の肌を延々と突き刺していた。やがて、それが気配ではなく、殺気であると本能で理解すると同時に少女は気付いた。先ほどの声の主こそが、最近起きている連続強姦殺人の犯人であるということに。
彼女はいわゆる不良少女だった。通っている高校もサボり気味で両親も教師も手を焼くような子供だった。それを表すように、顔は厚化粧が施されており、髪は金色に染められ、両耳にピアスをして、服装も派手な色のコートに紺のミニスカートという露出度の高い格好をしていた。
少女は
だが、実際は無力だった。『犯人』の力は少女の想定を遙かに上回っていたのだ。少女は走りながら、チラリと後ろを見て、恐怖に顔を歪め、悲鳴を上げる。慌てて前を向いて、走る速度を上げるが、息が乱れ、体が重くなるばかりで一向に意味を感じられない。
逃げても逃げても、逃げられない。相手は歩いているだけだというのに、どんなに走っても距離が広がっていかない。まるで、自分がまるで進めていないのではないかという感覚に陥る。
そして、とうとう橋の下にさしかかったところで転んでしまう。少女は必死に立ち上がろうとするが、体が動かせない。そこで『犯人』から声をかけられる。まるで雑談でもするかのように平静な声で話しかけられる。それに少女は恐怖を覚えるが、なぜか、体は『犯人』の方に向いていく。
『犯人』の姿を見た瞬間、少女は目を見開く。それは恐怖によるものではなく、驚愕によるものだった。なぜならば、その顔は見覚えのあるものだったからだ。
だが、その驚愕はすぐに別の驚愕に塗り替えられる。『犯人』が突如放った謎の威圧。それに少女は身動き一つ取れなくなってしまう。
「ふ、ふざけんな、てめえ……! こんなことして、タダですむと思ってんのか!?」
精一杯の強がりだった。もはや、少女に為す術がないことは明白だった。これは少女の最後の悪あがきだ。ドスの利いた声で威圧し、相手を怯ませる。そんな手段しか、彼女に残された手立てはなかった。
「――――――」
犯人は案の定、薄ら笑いを浮かべて、少女の言葉を突っぱねる。そして、少女の傍まで歩くと、尻もちをついている体勢となった彼女と目線を合わせるかのようにしゃがみ込み、ゆっくりと少女に顔を近付ける。
「やめろ……! 近付くな……!」
少女は逃げようとするが、身動き一つ取ることすらできない。『犯人』の顔はすぐに目と鼻の先まで近付き、そして、二人の影は静かに重なった……。
この四時間後。少女は近くをジョギングしていた男性によって発見される。見るも無惨な死体となって……。
第一発見者の通報を受けた警察の動きは迅速だった。すぐに数台のパトカーを含む警察車両が現場に到着し、現場検証が行われた。そして、彼らに続くように続々と警察車両が到着する。
銀の国産車から降りてきた刑事は警察手帳を見せて、規制線の中に入ると、河川敷に下りる。現場に向かう途中で第一発見者らしき男性が警察官に背中をさすられながら吐いている姿を見つける。それを見て苦い顔になりながらも、刑事はその足を進める。そして、橋の下に打ち捨てられていた
「うわ……こりゃ、ひでえ……」
被害者は精液まみれであり、恐怖で目を見開き、大量の涙を流していた。さらに全身をバラバラにされ、右手と両足、胴体を打ち捨てられ、唇を左手の甲に接触させる、という凄惨極まりない亡骸に、思わずそんなセリフがこぼれてしまう。頭部は比較的綺麗だったので、若い女性であることは、今、来たばかりの刑事にもすぐに分かった。
いや、それだけではない。少し見ただけで、若い刑事にはこの少女が何者なのかが分かってしまった。
「死んで、どれくらいですか?」
「大体四時間てところでしょうね。例の精液が検出されましたので、件の犯人と見て、まず間違いないでしょう」
それはつまり、先月から発生している連続強姦殺人の犯人がやったということだ。これまでも被害者は凄惨な姿で発見されていたが、死体がバラバラにされたのは今回が初めてだ。
この刑事の名前は
何としても手がかりを手に入れようと惨たらしい死体を見ていると、後ろから声をかけられる。
「よぅ、もう来てたのか、諸岡」
「秋山か……」
それは諸岡の同期である刑事だった。彼の名は
警察幹部の息子ということもあって、彼が刑事になった当初の評判はあまり良いものではなかったが、着任して早々に優れた捜査手腕と推理力を発揮しはじめ、今では諸岡を含め、さまざまな人間に一目置かれている人物だ。
秋山は諸岡の後ろから死体を一瞥し、思いっきり顔をしかめる。
「うっわ……。何だこりゃ。めっちゃくちゃじゃねえか……」
「あぁ……。今月入ってから徐々にエスカレートしてきてるとは思ってたが、これはそんなレベルじゃねえ。いい加減本気で捕まえねえと、やべえ」
過去の被害者はいずれも強姦及び拷問された痕跡こそあれど、ここまで損傷させられてはいなかった。だが、この事件になって、いきなりバラバラ殺人に手を染めた。犯人に何かしらの心境の変化があったのか、他に事情があるかまでは諸岡にも分からなかったが、残された猶予が少ない、ということだけは理解できた。
「つっても、これ明らかにまともな人間がやったんじゃねえだろ。やっぱ、これまでの
「……………………」
秋山の言葉に諸岡は黙り込む。詳しく捜査をしてみないと分からないが、少なくとも死体に縛られた跡はない。これで薬物反応が出なければ、これまで同様被害者は無抵抗のまま強姦され、殺されたことになってしまう。そして、それが出来るモノなど限られてくる。もし、それが事実なら、警察の手に負える領分を超えてしまっている。
「ユッコ! ユッコォォォォォォ!!」
「ん?」
そこで上の方からそんな叫び声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせて、河川敷を上がる。すると、規制線の前で泣き叫ぶ茶髪の少女の姿があった。金髪の少女と橋で別れた友人、カンナだ。諸岡は泣き叫ぶカンナを一瞥し、近くにいた警察官に彼女について尋ねる。
「アレは……?」
「何でも、今回の仏の友人だそうです。本日午前一時に別れてから連絡がつかなくなって、不審に思って仏の家に行こうと思ったら、ここを見たそうで……」
警察官の発言で秋山があぁ、と何かを思い出したかのような声を上げる。
「見たことあるわ。あの女の子。……そうか、変わり果ててたけど、あの仏さん。冷静に思い返すと……」
「あぁ、足四で暴れ回ってるグループの一人だ」
「だよなぁ。まぁ、連中は怖い物知らずだからな。何やっててもおかしくはないが……にしたって、午前一時って……。おいおい、命知らずにもほどがあるだろ」
秋山の呟きに諸岡は全力で同意した。このご時世に夜遊びなど、どう考えてもまともではない。そこで諸岡は被害者の少女がいかにもな不良少女の風貌をしていたことを思い出す。大方、連続殺人を甘く見て、遊び歩いていたというところだろうと当たりをつける。
あまりの軽率さに諸岡はうっかり頭を抱えたくなった。ここまで無謀な奴が本当にいるのかと思ってしまった。もっとも、いつまでも連続殺人の犯人を捕まえられない警察にも責任がないわけではないが。
「とりあえず、死後四時間ってことは、普通に考えてあの子が仏の生きてる最後の姿を見たんだろ? なら、何とか事情聴取したいところだが、アレじゃあな……」
「少なくとも、今は無理だろうな」
「だよな……」
諸岡は小さく息を吐く。その後すぐに、カンナは涙を流しながら、言葉を紡ぐ。
「ユッコ……。怖かったでしょうに……。あの子、ついさっきまで元気に歌ってたのよ!? ……なのに……こんな結末なんて……あんまりよ……」
そう言ってカンナは両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちる。嗚咽を漏らすカンナに近くにいた婦警が優しく背中を撫でる。それを見て、二人は聴取が無理だと判断し、現場に戻ることにする。
「とりあえず、戻るか。秋山。いつまでもここにいてもしょうがねえ」
「ああ」
二人は河川敷を下り、鑑識の邪魔にならないように動きながら、調査を始めた。