圧倒的な実力を有した者たちは、欲望の限りを尽くし、人類を蹂躙する 作:黒椿
――無駄に晴れやがって。
ベッドに寝っ転がりながらカーテンを開き、雲一つない快晴を窓越しに見て、そんなことを思う。といっても、すでに朝というには、かなり遅い時間になってしまっているのだが。
やっぱり、あいつがいないと調子が出ない。だが、今さら駄々をこねられるような歳でもないし、何とも言えぬ感情を持て余しながら日々を過ごすのが精一杯だ。
今日は休日。コユノとのまぐわいを楽しんだ後、俺は惰眠を貪り尽くしていた。うるさいのが来ないと、やはり楽だ。その点だけは救いだな。
とはいえ、あまりダラダラしていても仕方がない。九時になった辺りでのんびりと上体を起こした俺は、洗顔とトイレをすませ、朝食に向かった。
「おはようございます、ユウキ様」
「あぁ、おはよう、加茂」
俺は部屋に入って早々かけられた挨拶を返してから、椅子に座り、朝食である米と焼き鮭とわかめの味噌汁をのんびりとした食べる。
「ごちそうさん」
「お粗末様です」
食べ終わると、加茂はさっさと皿を洗い場へと持っていく。俺もすぐに席を立って、歯を磨く。洗面台を出たところで、加茂が立っているのに気付く。
「ユウキ様にお客様がいらっしゃっています。第一応接室へとお向かいくださいませ」
「客だぁ?」
俺は訝しがりながらも言われた通りに応接室に向かうことにする。今の俺は寝間着のままなので、着替えた方がいいかとも思ったが、特にそんなことも言われなかったので着替えることなく足を進める。
応接室の扉を開けると同時に、俺は中にいた人物に思わず顔をしかめていた。
「よっ、ユーキ」
「ケン兄……」
椅子に深く腰をかけ、軽く右手を上げる無精髭の男。こいつの名前は諸岡健吾。仮峰署の刑事にして、俺の又従兄弟で兄貴面して接してくるいけ好かない奴だ。それに加えて、面倒ごとをちょくちょく持ってくるので、はっきり言って嫌いだ。
俺は健吾の正面の椅子にドカっと座ると、出来るだけ不機嫌そうな顔を作って睨みつける。
「土曜の朝っぱらから何の用だよ? つまんねーことだったら、蹴っ飛ばすぞ」
「おいおい、相変わらず言葉遣いが荒いな。……ま、それもお前のいいところだけどな」
「さっさと本題を言え。こちとら、せっかくの休みに嫌なモン見て、ムカついてムカついて仕方がねえんだよ」
これは紛れもない本音だ。出来ることなら、こいつの顔など見たくない。それくらいには、俺はこいつを嫌っている。排除しないのは単に今のところ俺の邪魔をしていないから。それだけだ。
「辛辣だな、おい。そんなに俺のことが気に食わねえのか?」
「毎度毎度面倒ごと持ってくる奴に誰が好感を持つってんだ。そら、何の用だよ」
「せっかちな奴は嫌われるぞ、ったく」
そうぼやきながら、健吾は話しはじめる。それは今朝発生したという殺人事件についてだった。案の定だな。何回ここに来るつもりなんだ、こいつは。
こいつはなぜか俺に行き詰まっている事件について話しに来る。守秘義務だの何だのといろいろとあるはずなんだが、一般人の俺に平気で捜査情報を漏らす。そんなんで大丈夫かと思っちまうが、その圧倒的な実績により見逃されてるって話だ。まぁ、確かにこいつ自身かなりの切れ者だとは思うが、こんなど素人の力を借りてる時点で刑事失格だと思うんだがな。
「んで、肝心の被害者なんだが、お前とそう変わらない若い女でな。まー、軽率というか、なんというか……犯人がまだ捕まってねえってのにフラフラ夜遊びした結果、強姦された後にバラバラにされちまったってわけだ」
「軽率ねぇ……。そりゃ、俺はあんたから聞かされてるから、犯人が捕まってねえことも、未だに事件が発生してることも知ってるけど、そこらの人間は知らねえだろ。せいぜいが犯人がまだ捕まってないから、ちょっと警戒しておくか程度が関の山だよ」
「そういうもんかぁ? いくら、事件が起こってることが知らされてないとはいえ、俺なら犯人が捕まってないと聞いたら、怖くて外なんか出歩けねえけどな」
「てめえと他人は違う。てめえの価値観だけで物事を考えるんじゃねえよ」
実際、まだいくらかはピリついてはいたものの、街自体は平時と大差ないものだった。昼も夜も大して変わらない。微妙な気持ち悪さが街にあるから快適に街を歩けないだけで、民衆の事件に対する警戒心はだいぶ薄れてきている。
おそらく今朝の事件とやらも連続強姦殺人とは無関係なモノとして報道されることだろう。だから、民衆は事件を
「そもそも、以前に聞いた情報によると、ガイシャにゃ拘束された跡もなけりゃ、薬物も検出されてねえんだろ? 目撃者も精液以外の物証もまるで出てきやしねえ。そんなん、どう推理しろってんだよ。何度来られても、俺が出せる結論はどっかのイカれた源能者の仕業じゃねえか程度のもんだぞ」
「そうだよなぁ……」
健吾は右手で後頭部を掻く。こんなものはどう考えても常人には不可能な犯行だ。もちろん、
いずれにせよ、今回の事件は俺が心惹かれるモノではない。それは揺るぎない。まともに調査すれば、犯人ぐらい一瞬で分かるだろうが、わざわざ労力を割くつもりはないし、放っておいても誰かが解決するだろう。何で、ここまで長引かせてるのかは知らないが、いい加減あいつも放っておけなくなるころだろうしな。
「まぁ、何でここまでほったらかしてんのかは知らねえけど、いい加減政府の方も動くだろ。連中だって、これ以上民衆に不安を与えたくないはずだからな」
――なんと白々しい言葉か。
言いながら、俺はそんなことを思ってしまう。民衆に不安を与えたくない? 何を寝ぼけたことを。だが、この場ではそう言うしかない自分に歯噛みする。
「そら、これで結論は出たろ? さっさと帰った帰った。あんたもこんな超常的な事件ばっかり追ってないで、他の事件にも目を向けろよ。どんな小さな事件でも市民にとっては不安の種なんだからな」
そう言って俺は椅子から立ち上がると、さっさと部屋を出る。その際に呼び止める声はかけられなかった。健吾もこれ以上は時間の無駄だと判断したのだろう。それが分かるというだけ、まだマシなんだろうな。
自室に戻った俺はベッドに寝っ転がり、この後どうするかを考える。テストや宿題もなければ、何か用事があるわけでもない。完全に暇だ。このまま家でごろごろしているか、適当に外をぶらつくか。普段なら前者一択だが、ここまで天気がいいと散歩も悪くない。
さて、どうしたものかと考え込んでいると、不意に机の上に無造作に置いてあったスマートフォンが鳴る。それに俺は顔をしかめながらも、しぶしぶ出ることにする。
「はいよ」
『起きていたか?
その言葉を聞いて、自分の機嫌が急降下したのが分かる。俺は大きく鼻を鳴らし、舌打ちをしてから、言葉を紡ぐ
「……ちっ。軽々しく、その名前で呼ぶんじゃねえよ、
『ふっ。どうやら、相当不機嫌のようだな。機嫌が悪いとこと申し訳ないが、お前に依頼だ』
「依頼だぁ……?」
ったく、何でどいつもこいつも揃って面倒ごとを持ってきやがるんだ。舌打ちしたい衝動を抑えて、俺は続きを促す。
『最近起こっている連続強姦殺人を知っているな? その犯人を殺害して欲しいのさ』
その言葉に自分の眉がピクリと動くのが分かる。これまた随分とセンセーショナルな話題だ。まるで、見ていたかのようだ。
俺は電話の向こうの相手にも聞こえるように、盛大にため息をつく。
「何で俺が。他の連中にやらせとけよ。わざわざ、俺が動く必要はねえだろ」
『そう言うな。あいつも犯人については、ちと注目しているようでな。このまま放置するのは上手くないと判断したようだ』
あいつ……。それが誰を指しているのか容易に察しが付き、俺は舌打ちをする。そして、思わず悪態がこぼれて落ちる。
「何を訳の分かんねえこと言ってんだ、あの馬鹿。犯人なんて、せいぜいイキッてる
異能者とは特別な力を扱う者のことだ。最近巷で話題になっている
常人とは違う力。それは遺伝によって会得することが多いが、ごく稀に突然変異的に異能を扱うヤツが出てくることがある。そういう連中がその力に溺れて暴れることがままある。まぁ、実のところ異能は誰にでも会得できるからそんなもんは滑稽でしかないんだけどな。
『それはな――――――』
何を警戒しているのか、急に声を潜めて、その内容を話しはじめる。俺はその声を聞き取ることこそ出来たものの、その内容に思わず眉をひそめていた。
「……何だそれ、くだらねえ」
黒闇の話した内容は極めてくだらないものだった。少なくとも、俺にとっては取るに足らない些細なことだ。向こうもそれを承知しているからか、電話越しに苦笑する声が聞こえてくる。
『まぁ、そう言うな。これが重要だってことはお前も知ってんだろ。この相手はお前にしか頼めない。……やってくれねえか?』
「……………………」
その問いに俺は逡巡する。だが、黒闇の話が本当なら、確かに適任は俺だろう。できれば、面倒ごとは避けたいところではあるが、それだけではどうにもならないのも事実だ。となれば……。
「ちっ。わーったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ。ただ、やり方は俺に一任する。それが条件だ」
『構わない。ただ来週の水曜日までにはカタをつけてくれ。次の予定がつっかえている以上、いつまでもこいつに構っていられない』
「りょーかい」
俺は電話を切ると、ベッドに寝っ転がる。仕事が理由っていうのはアレだが、外出決定だ。一休みしたら、着替えて、調査に出るとしよう。
「……にしても、何で今さら」
本当なら、もっと早くに対処することも出来たはずだ。そうすりゃ、連中に魔の手が及ぶこともなかったはずだ。あいつが注目するほどの奴ならなおさらのこと……。
……まぁ、これ以上考えるのは無粋か。やるべきことをきちんとやっていく。俺がすることは、ただそれだけだ。それ以外にこの世界に見出せる価値など何もない。
そう、何も……。