その音色は異世界まで響き 作:誰かさん
「はあ……はあ……ぐっ。な、なんとか倒せた、ぞ」
「これで全員クリアか。お疲れさん」
「俺が、最後かっ……迷惑をかけて済まない。それに俺の攻撃も……」
「何言ってるんだ? 全て俺が弾き飛ばしたに決まってるだろう。別に俺じゃなくて雫たちでも余裕で弾き飛ばせるさ」
一時間ほどが経過して、ようやく光輝がダイヤモンドダストの中から出てきた。酷い怪我を負っており、魔力の方もかなり消費したのか顔色が真っ青である。魔力残量はほぼゼロだろう。
香織に目線で頼んで適当に回復魔法をかけてもらう。かなり適当に回復魔法の光を投げつけて、しかし見た目とは裏腹にしっかりと全回復させる。
「……そうだな。俺の〝神威〟が飛んできたはずなのに、お前は汚れ一つついてない。何をしても、お前には痛痒一つ与えられない。だから、俺は……」
「暗い雰囲気になっても良いことないぞ。早いところ立ち直れ」
光輝が回復したのと同時に洞窟の最奥にある扉が開いたので、未だにどういうわけか凹んでいる光輝に俺なりに励ましの言葉を送った。しかし俺の言葉は届いていないのか、光輝は表情どころかその瞳までもが暗く澱んでいる。俺を見る視線はまるで、親の仇でも見ているかのように鋭い。
とはいえ俺からすれば幼い子供が殺意を向けてくるのと同じような感覚である。サクッとスルーして扉の方を見やった。背中に刺さる視線がより鋭くなったような気がするが、やはり無視である。
「やれやれ……厄介なコンセプトだな」
俺の呟きを聞いた者は誰一人としていない。重々承知しているため、俺は振り返ることもなく扉へと足を進めるのだった。
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扉の奥へと歩を進めると、まず光が視界を包んだ。その次に感じたのは空間転移の感覚。そして離れていく雫たちの感覚である。
分断されると察した俺は、軽く舌打ち。しかしすぐに立て直して光が収まるのを待った。
「……やれやれ。完全に分断されたみたいだな」
光が晴れて視界がクリアになると、目の前に広がったのは細い通路である。二メートル四方のミラーハウスで、上下左右に自分の姿が映っている。後ろを振り返って見ても、あるのは突き当たりの壁だけで、出入り口らしきものは一切ない。前に進むしかない場所だった。
中央には巨大な氷柱があり、どうやらそこを目指さなければならないらしい。
カツカツと鏡のような氷の地面を歩く足音が反響する。歩く度に映る俺の姿は、片目隠れになっている以外は日本にいた頃と大して変わらない。しかしその内面はどうだろうか。
「……だが、根元は変わらないかもな。俺も」
巨大な氷柱に触れられるぐらいの距離まで近づいて映った俺の姿を見て、思わずそんなことを呟く。
いくら表面上の心は変わろうとも、深層心理まで変えることは出来ない。俺の深層心理は日本にいた頃と大して変わってはいないのだ。
「雫と近づいたキッカケ……本当のところ、心が弱ってたときに畳みかけただけだよな。俺もとんだ最低野郎だ」
『ほう、自覚はしてるんだな?』
片手で髪を掻き上げながら一人そんなことを呟いていると、唐突に氷柱から声が響き渡った。その声は先ほどまで俺の脳内に直接語りかけてきた声と全く同じである。
やはり出てきたのかと思い、俺は氷柱を睨みつける。そこにはやはり俺の姿。しかし取っているポーズは異なり、明らかに様子がおかしい。
「なるほど、最後の試練は己自身と対局か? だとすればこの迷宮のコンセプトとも合致するな」
『ほう。ちなみに、コンセプトってのは?』
「この迷宮のコンセプトは〝自分に打ち勝つこと〟だろう。己の負の部分、目を逸らして来た汚い部分、不都合な部分、矛盾……そういったものに打ち勝てるか。おそらく、神につけ込まれないための試練なんだろうな」
『流石、俺。全くもって、その通りだ』
スルッと氷柱から外に出てきて実体化する虚像の俺。途端に姿は白と黒を基調とした物に変わる。髪色は白く、肌は黒く。黒い服装は白い服に変わった。
俺は大して動揺することもなく、落ち着いてイクサを取り出す。ベルトを慣れた手つきで腰に巻き付け、イクサナックルを手にした。
『なあ俺。次々と女を落としていくのはどんな気分だ?』
「……なに?」
『とぼけるなよ。俺は次々と女を落としていったよな? 雫、ユエ、露葉、ティオ、レミア、リリアーナ。あげくの果てにはミレディと恵理。まだ足りないのか?』
「逆に何が足りないと?」
『お前自身が一番分かっているだろ? 心が完全に壊れてしまった時の保険だよ。そして、男という性別が故の運命もな』
ニヤニヤと苛つく笑み。俺が押し黙るのを良いことに、虚像の俺は舞台役者のように大きく両腕を広げて声を張り上げた。
『お前は恐れているんだろ? 完全に自我までもがファンガイアになってしまうのを! そして完全な化物になってしまってから支えてくれる人が消えてしまうことを!』
「ふむ……」
『お前が彼女たちに向けていると思っている愛情はただの安心感だ。自分が壊れてしまっても愛してくれると分かっているが故に感じる安心感なんだよ!』
「……」
『それだけじゃない! お前はまず雫から落としていった。表向きは心が弱っている雫を支えるためと見せかけて、本心では美人な雫を彼女にできたら幸せだろうと思っていただろう!?』
ドパン! とイクサナックルから衝撃波が発射され、俺と虚像の俺との間でぶつかり合う。冗談みたいな音を立てて周囲の床や壁が崩れ去り、後には俺たちと氷柱だけが残る。
確かにあの夜、雫のことを彼女にできたらどんなに幸せだろうと考えた。雫は美人であり、それでいて大和撫子のような女だ。彼女自身を好きになる以前に、八重樫雫という“女”として好いてしまうだろう。
『それだけじゃあ足りなかったんだよな? お前は雫と近い関係にあるにも関わらず、ユエとも関係を持った! 命の危機にあった露葉さんを救うという形で自分の物にした! ストレスの捌け口として丁度良いと思ってティオを連れていった! ミュウを助けたという実績にかこつけてレミアを手籠めにした! そうだろう!?』
「………心苦しいが、そうだな。お前が言うことは俺の深層心理。否定することは出来ない」
先ほどの衝撃波を引き金に始まった苛烈な戦闘。俺が右腕を動かせば虚像の俺も右腕を動かす。左足を上げれば虚像の俺も左足を上げる。ファンガイアスレイヤーを取り出せば虚像の俺もファンガイアスレイヤーを取り出した。
お互い傷一つとして付くことはない。傍から見れば一つの“武芸”としても見えるほどにまで技が完璧に絡み合っている。
『クックックッ……最低な野郎だな?』
「っ……」
『お前はとことん最低な野郎だ。そんなんだから、大切な人間を失う可能性が高くなっていくんだよ!』
思わず動きを止める俺。勝ち誇ったように虚像の俺が、一気に詰め寄ってくる。既に勝ちを確信したのか、手には黒いファンガイアスレイヤーとファンガイアバスターだ。
俺はと言うと、黙っている……訳がない。突き出してきた虚像の俺の腕を掴み、即座に関節技を極めて地へ投げ飛ばした。ご丁寧に胸元を足で踏みつけて身動きを取れなくする。
『ごはっ! な、なんだと!?』
「そうだな。俺は最低な野郎だ。彼女たちと近づくのに下心がなかったと言えば嘘になる。雫もユエも、露葉さんもティオも、なんならレミアにも下心があったのは事実だ。その理由を答えろと言われれば俺は迷わずこう答えるさ。“男だから”ってな」
『……動揺してなかったのか』
「するわけないだろ? 自覚してたことを話されて俺が動揺するとでも? 残念ながら俺も男なんでね。どの時代でも、男ってのは下心から女を選んでいくのさ」
世の中の男は汚れている。そのことは俺が一番尊敬する人物が教えてくれた。だからそんなことを言われても動揺なんてするはずがないのだ。
そして同時に言えるのは、それであっても俺が彼女たちに向けている愛情は本物だということだ。命をかけてでも女を愛せ。女を泣かせる者は消し飛ばせ。これも俺が尊敬する人物が教えてくれたことである。
「だが勘違いするなよ。彼奴らに対する下心も、保険だと感じる気持ちも全て引っくるめて一厘にしか満たないからな」
『一厘だと?』
「残りの九割九分九厘は愛情だ。不謹慎なことだが、密接な関係になって初めて自覚したよ。俺は下心以上に、彼奴らを愛してるってな」
イクサナックルを掌に触れさせ、起動させる。いつもの電子音を耳にしながらイクサを装着した俺は、虚像の俺に宣言を吐き出した。
「だから、罪悪感から離れることは絶対にない。もしも恵理たちが俺の傍に来るという決意をするならば、俺もそれ相応の覚悟で受け入れる。それだけの話だ」
『イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ』
「話は終わりだ。消え去りな」
『流石、見事だ。お前なら何事も敵ではないだろうな。きっと、大丈夫だろう……』
「ふん、俺らしくない言葉だな。気持ち悪い」
一切の容赦もなくカチリと引き金を引き、真下に倒れ伏した虚像の俺にゼロ距離でブロウクン・ファングを食らわせた。
凄まじい熱線が辺りを包み込み、お互いが最初に放った衝撃波同士のぶつかり合いではビクともしなかった巨大な氷柱が音もなく溶けてしまった。
その被害は散乱していた氷塊や、果てには地面にまで及んだ。一瞬にしてこの空間は冷水で満たされ、普通の人間が足を踏み入れたならあっという間に氷付けになってしまうほどの地獄のような空間へと早変わりだ。
「が、生憎なことにイクサに包まれてる。本当に便利すぎるだろ。とりあえずこれで攻略完了だな。雫たちは……まあ大丈夫だろう」
いざとなれば潜水服にもなってしまうイクサを制作した母さんに感謝しつつ、俺はいつの間にか生まれていた出口目指して泳ぐのだった。
なお、“雫たち”という枠組みに光輝たち勇者パーティーが入っているかは……推して知るべしである。
次回は露葉vs虚像です。音也はアッサリとクリアしましたが、果たして露葉は……?
恵里の処遇はどうする?
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勇者バカ之河の被害者だから救おう
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消せ(無慈悲)