魔王軍に殴り込みに行った次の日。砦近くに広がる森の中で、大木に登って俺とカズマは様子を伺っていた。
「お前らが殴り込みした意味が分からん。向こうを刺激してどうすんだよ」
「これも作戦のうちさ、ウォルバクを引きずり出す為にしただけだよ」
「なるほどな、ウォルバクが現れたと同時にめぐみんの爆裂魔法で倒すって事だな?」
「そういう事」
砦から数キロほどの近場に、魔王軍が忙しそうにしている。登っていた大木から降り、Adventuresのメンバーに様子を伝える。
「隊長の話では、ウォルバクは爆裂魔法を放つ際、いつも1人で来るそうだ。で、俺達は考えた」
俺とカズマは皆を見回しながら、
「まず、俺の潜伏スキルでこの辺に待ち伏せする。相手が気付かない様にめぐみんが魔法でズドン。万が一こちらに気付いたら、ゆんゆん、キャル、アオイ、メリッサで後方支援で注意を引く。アクアとセシリーの支援魔法で強化したミツルギ、リュウジ、ダクネス、マリュー、ペコリーヌで隙を作り、めぐみんはいけると思ったらいつでも相手に魔法を撃ち込んでくれ」
作戦を再確認すると、それぞれがやる気に満ち溢れた顔で……。
「カズマさんカズマさん、私思うんだけど、誰かこの子を守る役目の人がいると思うの。だって、こんな可愛らしくも小さな命を危険に晒すわけにはいかないわ。だから、リュウジの浮遊マントを付けてどこか遠くに…………ねぇ、痛いんですけど。布のくせに叩かないで!いたっ!どうしてちょむすけはいつも私だけに爪を立てるの!?」
1人アクアが、ちょむすけを抱く手に爪を立てられ、浮遊マントもイラッとしたのか、バシバシと頭を叩いていた。浮遊マントもちょむすけも普段は大人しいのに、今日は朝から落ち着かない様子で、皆の後ろに付きまとっている。
「よし、これで準備は整ったな。後はウォルバクを待つだけだ」
「ねぇ、カズマ、私腰が引けて来たんだけど」
「お前あれ程息巻いてたクセに」
それぞれ配置に着こうとすると、キャルが手を挙げた。
「あたし、ちょっとトイレ行ってくるから。先に行っててくれる?」
「おいおい、カッコつかねぇだろ。早くしろよ?」
「分かってるわよ!」
俺達は先に向かうとキャルがトイレに入る。キャルは慌ててポケットから通信魔石を取り出して、
「ウィック!ウィック!聞こえる!?」
キャルが問いかけると、鬱陶しそうにウィックが答えた。
《なんだ、騒がしい。今から出陣なんだぞ?》
「ギリギリ間に合ったわね!中止して、罠よ!」
《なんだと?それはどういう事だ?》
ウィックがそう言うと、キャルはトイレのドアを開けて辺りを見渡し、誰も居ないことを確認した。
「Adventuresが待ち伏せしてるわ。だから精鋭部隊を出陣させるのは待って!爆裂魔法が降ってくるわよ!?」
《そうか……分かった、ウォルバクには俺から伝えておく。精鋭部隊の出陣は中止させよう》
「なら良かったわ。あたしはもう行くから、後は頼んだわよ」
《ああ、分かった》
通信を終わらせたキャルはポケットにしまい、Adventuresの元へ合流した。遅れたキャルが皆と合流する頃にはローブの女が目の前いた。ローブの女は何かに気付いた様に、一箇所に向けて歩き始める。
「気付かれた!めぐみん!相手に使われる前にやっちまえ!リュウジ、頼んだぞ!」
「任せて下さいカズマ!」
「めぐみん、なるべく早く頼むぞ!」
俺がエレクトロを唱えて突っ込もうとしたその時、浮遊マントが突然瓦礫にしがみつく様にして俺の動きを止めた。
「なんだ!どうした浮遊マント!?なんで停めるんだよ!?」
「きゃっ、ちょ、どうしたのちょむすけ!?急に暴れたりして!?」
浮遊マントと同時にゆんゆんに抱えられていたちょむすけも、そこから抜け出そうと暴れていた。俺は咄嗟にマントを外し、ローブの女の前に立ち塞がった。立ち止まっていたフードの女は被っていたフードをまくり、顔を覗かせた。顔を見た俺は、思わず顔を歪める。
「な、なんで……!?」
そう、俺の前には、何度も風呂で見かけたお姉さんがそこに居た。
「……あなた、こんな所で何してるの?早く帰れって言ったじゃない」
「そりゃこっちのセリフだよ。あなたこそ、なんで魔王軍なんて引き連れているんですか?風呂好きのアークウィザードだと思ったのに」
最悪だ。まさかとは思ったが、やっぱこの人が邪神だったのか。
「そういえば、あなたには名乗ってなかったわね。私の名前はウォルバク。魔王軍幹部の1人にして、怠惰と暴虐を司る女神、ウォルバクよ」
「俺も名乗ってなかったからおあいこですよ。俺はフクヤマリュウジ、Adventuresの1人で通り名は、鋼のリュウジ」
俺とウォルバクはお互いを睨むように宣言した。
仲間にしたかった人だったのになぁ……。
「なぁ、あんた本当は悪い人じゃないだろ?なんで魔王軍幹部なんてやってんだよ。あんた程の実力者なら、人間を導くことだって出来るのに」
俺の他愛のない質問に。
「なんで、ね。こんな時には、こう言うのがセオリーなのかしら?」
そう言って、おかしそうに微笑を浮かべ。
「それが聞きたいのなら、この私を倒してからにする事ね」
そんな事を言いながら、少しだけ寂しそうに儚く笑った。
「やっぱ、やるしかねぇのか……」
俺はやり切れない気持ちを隠しつつ、構える。
戦いたくねぇなぁ……。
「なぁ、ウォルバク」
「何?」
俺は咄嗟に考えた策をダメ元でウォルバクにこんな事を提案した。
「もうすぐ新年を迎えるだろ?ここはどうだろうか?年明けまで一時休戦にしないか?あんたが手を出さないと言うなら、こっちも俺が責任を持って休戦させる。どうだ?」
俺がそう持掛けると、カズマ達が騒ぎ出した。
「ちょ、お前!?何言ってんだ!?」
「そうよ!リュウジ!確かにもうすぐお正月だけど、邪神とか言う奴は目の前にいるのよ!?チャンスじゃない!」
「お前達は黙ってろ!どうだ?悪い話ではないだろ?。新年を迎えたら総力戦をすれば、あんたの面子も立つし、非難もされないだろ?」
「休戦……ねぇ……」
カズマ達を黙らせると、ウォルバクは少し考え始める。そして、真剣な目付きをして返して来た。
「もし、休戦中に攻撃を仕掛けて来たらどうするつもりなの?」
「その時は、俺の首でもくれてやるよ」
「っ!?こっちの兵力は2万なのよ?本気なの?」
「本気だよ。でまかせでこんな事言えるわけがないだろ?」
思わぬ返答をされたウォルバクは少し驚いた顔をしたが、クスクスと笑い始める。
「フフフフ……あなた、面白いわね。いいわよ、休戦してあげる」
「ホントか!?」
「ええ、あなたが昨日暴れたせいでこっちも怪我人が多いのよ。ちょうど良かったわ」
俺やマリュー、ペコリーヌが暴れたんだ、怪我人が出てなきゃおかしい。
すると、ウォルバクは後ろを振り向いて肩越しに、
「年明けまで後2日。2日後、必ず全軍の総攻撃をかけるわ」
「その間に、俺達も万全にしておくさ」
「フフフフ……楽しみね。んじゃ、またね?『テレポート』」
ウォルバクはテレポートを発動させて、陣に戻って行った。俺は大きく息を吐いて、後ろを振り向くと。
「お願いです!撃たせて下さいっ!」
「待ってめぐみん!撃っちゃダメだってば!」
「あんた何やってんのよ!せっかく休戦に持ち込んだのよ!?」
めぐみんが今にも爆裂魔法を撃とうとしていた。俺は慌ててめぐみんの首に軽く手刀を繰り出し、気絶させた。
めぐみんの様子が明らかにおかしい。目が覚めたら聞いてみるか。
「ゆんゆんはめぐみんを部屋に運んでくれ。アクア、そこの外壁直せるか?」
ゆんゆんにめぐみんを頼み、俺は瓦礫に指をさしてアクアに相談した。
「えっ?これくらいならおちゃのこさいさいだけど?」
「んじゃ、アクア。俺は隊長と話してくるから早急に直してくれ。人員は任せる」
「仕方ないわね。分かったわ!」
アクアが瓦礫に早々と駆けて行き、俺も真剣な顔つきで砦に戻った。
その晩。
俺が部屋で考え込んでいると、ドアがノックされた。
「あの、リュウジさん。めぐみんが目を覚ました」
「そうか。分かった」
ゆんゆんがドアから顔をのぞかせて俺に伝えてくれた後、俺はめぐみんの部屋を訪れた。俺は、意を決して、ドアをノックする。
「めぐみん、俺だ」
「リュウジですか?はい。どうぞ?」
めぐみんの許しを貰った俺は部屋に入った。めぐみんは落ち着かなさそうにベッドに腰をかけて俺を見つめる。俺は椅子に座り、頭を下げた。
「昼間はごめんな、あーするしかなかったんだ」
「いえ、私の方こそ、取り乱してしまってすいません」
めぐみんは申し訳なさそうに頭を下げた。そんな重苦しい空気の中、立ち上がって俺はドアに鍵をかけた。めぐみんに背中を向けたまま、俺は口を開いた。
「これで誰も邪魔が入らない……。めぐみん、隠さず言ってくれ、ウォルバクとなんの関係があるんだ?」
「そ、それは…………」
俺の言葉にめぐみんは目を逸らし戸惑っていた。俺はカツカツとめぐみんの前に座った。
「言い難い過去があるんだろ?大丈夫、俺はこう見えて口が硬いからな。めぐみんの秘密の一つや二つ、墓場まで持っていってやるよ」
「どうして、そこまでこだわるんですか?私が言うとは限りませんよ?」
「どうしてだろうなぁ、なんつーか、俺と同じ過ちをしそうだからかな?」
「………………」
俺がそう言うと、めぐみんは黙り込み、暫く沈黙が続いた。だが、先に口を開いたのはめぐみんだった。
「あれは、まだ私がこめっこぐらいの歳の頃………紅魔の里の邪神の封印。ある日私が、それを解いたのがきっかけでした。私はまだ幼かったためそこにウォルバクの封印の仕掛けをオモチャ感覚で解いてしまい、突如として現れたのが、漆黒の巨大な魔獣でした。その魔獣の正体はちょむすけで、今のような可愛らしい姿ではありませんでした。ちょむすけが襲いかかろうとしたその時、助けてくれたのがウォルバクです。その時に放たれた爆裂魔法が鮮烈で、私もそこで爆裂魔法使いになると決めました。それから長い年月が過ぎてようやく1人前の紅魔族として認められた私はお礼を言うために旅に出てカズマやリュウジに出会いました」
細々と語り始めるめぐみんに対して、俺はやり切れない気持ちになった。
「そうだったのか、だからあの時は無理矢理でも前に…………」
「私はとても恩知らずです。自分を助けてくれた恩人をこの手にかけようとしてるのですから…………」
恩知らずねぇ……。
深い自責の念に囚われているめぐみんは、とても弱々しかった。だが、俺は立ち上がって、めぐみんに対し。
「俺はそうは思わないかな?」
「え?何故ですか?」
「俺はカズマとは違って他所の国いたってのは、前に言ったよな?」
ぽつりとそんな事を言った俺に、めぐみんが顔を向ける。
「ええ、紅魔の里に着く前にでしたよね?それが…………」
何かを言いかけためぐみんに、
「恩知らずってのはな?今まで支えてくれた人を見殺しにして、殺そうとして、挙句の果てには遂に殺した。共に戦ってくれた仲間に手をかけてでも自分の正義を貫きたかった。けど、そこには何も残らなかったよ」
「─────っ!?」
「そう、俺の手はもう血で真っ赤なんだよ。そんな地獄をめぐみんには経験して欲しくないんだよね、例えそれが紅魔族の琴線に触れようとも」
俺が本音をさらけ出すと、めぐみんは赤い目を輝きさせながら。
「初めて会った時からリュウジはただものでは無いとは感じ取ってました。まさか、そんな修羅場をくぐり抜けていたとは思ってもいませんでしたよ」
「まぁな、ちなみに、この話を知ってるのはマリューとクリスだけだ。だからこの話は内緒にしてくれよ?」
俺が人差し指を口に当てながら言うと、めぐみんはクスクスと笑う。
「よほど2人を信頼してるんですね?なら、これからどうするつもりですか?白旗でも上げるつもりですか?」
めぐみんがそう言うと、俺はニヤリと笑って答えた。
「白旗なんて上げるつもりないよ」
「では、どうするんですか?」
「ウォルバクを俺のパーティーに引き込む」
「…………えっ?」
めぐみんが目を点にしてしまった。
「そうなるのは百も承知。けど、仲間に同じ過ちを繰り返させるくらいなら恥でもなんでも受けてやる。めぐみんも、1回くらい師弟コンビで爆裂魔法を撃ってみたいだろ?」
「そ、それは確かに魅力的ですけど、相手は魔王軍幹部ですよ?」
「俺はウォルバクと何回か話してるから分かる。アイツは根っからの悪じゃないよ。ホントにヤバい奴なら……めぐみん、お前ここにいないだろ?」
俺がそう言うと、めぐみんははっとした顔をした。
「だからさ、ウォルバク以外に爆裂魔法を使ってくれないか?ウォルバクは俺が必ず説得するから」
めぐみんに持ちかけると、めぐみんは頷いた。
「分かりました。ウォルバクには使いません、ここぞと言う時に使わせて頂きます。後で文句言わないで下さいね?」
「勿論さ、文句なんて言わないよ。話はこれでおしまいだから俺は戻るね」
「はい。おやすみなさい……」
「うん、おやすみ」
俺とめぐみんは約束を交わし、俺は部屋を後にした。