その日の晩、カチャカチャと鳴る食器の音。普段は、食事の時は上品に音も立てずに食べるこの俺が左手が使えないせいなのか、はたまた緊張でもしているのか、ぎこちなく箸をカチャつかせていた。
現在、皆でテーブルを囲んでの夕食の最中です。
「リュウジさま、お醤油を取っていただけますか?」
「あ、はいはい。ちょっと待ってね」
俺は箸を置いて近くにあった醤油を空いていた左手で取り、それをコッコロに渡してやろうと……、
「あっ……!」
渡してやろうとして、俺はペコリーヌの小さな声で、左手がペコリーヌの右手と繋がれていた事を思い出す。醤油をアクアに差し出した際に、釣られてペコリーヌの右手も引っ張られた。
「あ、ごめん……」
「い、いえ大丈夫です……」
謝る俺に、小さな声で返事するペコリーヌ。
「あの、試しに解錠スキルを使って外して見ては如何です?」
「そうですね、とても過ごしにくい様ですし」
「そうだな、ダメ元で試して見るわ」
「そう、ですね……ご、ご馳走様……でした」
ペコリーヌも緊張しているのか、いつもならペロリと完食はおろか、おかわりをするペコリーヌが半分以上も食事を残し、ほんのりと赤い顔をして小さな声でポソリと言った。
そんなペコリーヌにマリューが。
「リュウジ様もペコリーヌ様も今更なにを緊張してるんです? 長い付き合いの中、一緒に寝るなんて今更でしょうに。そんなに2人きりが心配だというなら、私やコッコロ様も一緒に、皆で仲良く寝れば良いではないですか?」
「「ぜ、ぜひ……お願いします!!」」
同じ事を考えて居たのか不覚にも、俺とペコリーヌは返事がハモった。そして食事を終えた俺とペコリーヌは加工場のテーブルに手枷を押し付けながら片手で解錠スキルを発動させて見た。ピッキングツール一本をプルプルと震わせて鍵穴に通し、カチャカチャと鍵穴を探ると何かが引っ掛かるのが分かった。
「おっ?これだな?けど、片手じゃ回せねぇ……ペコリーヌ。このピッキングツールを時計回りで回してくれるか?」
「あっ、はい」
ゆっくりとピッキングツールを渡し、ペコリーヌは。
「よっ!あ、あれ?おかしいな?コレですよね?あ、あれ〜?」
「あ〜やっぱり無理かぁ〜。口使ってやってみるか」
工具箱からもう一本のピッキングツールを取り出して口に咥えながら鍵穴に入れてみたが…………。
「やひふれぇな」
「…………どうですか?出来そうですか?」
「ひょっひょまっへ…………ふぇ!?」
チラッと顔を横に向けるとそこには巨大な胸がぶら下がっていた。俺はピッキングツールを吐き捨て、慌てて顔を上げた。
「しゅっ、集中出来ないでしょうが!!」
「あっごめんなさいっ!!ちょっと気になっちゃいまして、えへへ」
「見えるでしょこんなに鎖が長いんだから!頼むからじっとしててくれ」
「はーい」
気を取り直してピッキングツールを再び伸ばし始めた。何度もカチャカチャと引っ掛かけるがやはり普段通りに出来なかった。
「あ〜やっぱりダメだ」
「困りましたねぇ?どうしますか?」
俺とペコリーヌは同時に腕組みをして考えた。加工場を見渡すと、マリューがちょっと前に使ってた手斧が目に入った。
あっ、鎖を切れば良いんだ!切れればクリスかメリッサに外して貰うのが一番安心だな。
閃いた俺はマリューの手斧を片手で持ち、再び手枷をテーブルに押し付けた。手斧を振り上げてペコリーヌに言った。
「鎖を狙うから動くなよ?」
「えぇっ!?怖いですよ!豚肉じゃないんですから。もし腕に当たったらチョンパになっちゃいますよ!」
「そんときは…………コッコロに治して貰おう」
「もう切っちゃった事も考えてるんじゃないですか!ダメですよ!リュウジくんは幸運値低いんですから!」
普段なら度胸のあるペコリーヌが余程怖いのか、俺を必死に止めて来る。
「んじゃペコリーヌがやってよ。もし切れても怒ったりしないから」
俺はそう言って手斧をペコリーヌに渡そうとすると、
「嫌ですよ!怖いです!!いくらリュウジくんでも怖いです!」
「なんでだよ!いつもなら「任せて下さい!ヤバいですね☆」とか言ってやるじゃん!エルフの王女様がビビってんじゃねぇよ!」
「わたしそんな風に言ってませんよ!それに、ビビってません!分かりました!やりますよ!」
ペコリーヌは吹っ切れたのか、手斧を持って一気に振り上げた。俺は覚悟を決めて片目を瞑ると、
「ふんぬっふ!」
ガキーン!バコーン!
とてつもない金属音を響かせながらペコリーヌの一撃の衝撃でテーブルが破壊されてしまった。俺は物凄い勢いで床に叩きつけられた。
「いったぁ…………」
「わぁぁっ!ごごごごめんなさいっ!!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だけど、鎖は?」
俺とペコリーヌは恐る恐る手枷を浮かせて見ると、鎖は傷一つ付いて居らず、切れていなかった。それを見た俺とペコリーヌは同時に項垂れる。
「どんだけ硬ぇんだよ…………」
「オーマイガー…………」
「この様子じゃマリューの力でも無理だなぁ」
「そうですねぇ。どうしますか?クリスちゃんが帰って来るまで我慢しますか?」
「そうするか、明日の朝鍵を探すかだな」
「それが一番手っ取り早いですね。そうしましょうか」
そうと決まれば。
「んじゃ、今夜は風呂に入ってさっさと寝るか」
俺がそう言うと、ペコリーヌは慌てた様子で。
「えっ!?お風呂に入るんですか!?」
「えっ!?ペコリーヌ入らないの?」
「こ、今夜は辞めておきませんか?」
なんだと!?
俺は遂に我慢の限界に達し、立ち上がって。
「お前ふざけんなよ!俺達日本人はな、毎日風呂入らねーと死ぬんだよ!お前らみたいな風呂嫌いの、香水とかで匂いを誤魔化す王族連中とは違うんだよ!分かったら邪魔すんな!俺の裸が見たくないなら目隠しでもしとけ!」
「だ、ダメですよ!今夜だけは我慢して下さいっ!それに、王族だって風呂ぐらい毎日入りますよ!お風呂嫌いとかはどこの国の王族ですかっ!。ただ、今日はこんな状況ですからお風呂は控えて湯で身体を拭く程度に留めておこうと思ったんですっ!」
「元わといえばペコリーヌがふざけてこんなもん付けるからこんな事になったんでしょ!?責任取って風呂ぐらい入らせろ!」
「そ、それはそうですけど!こ、こ、今回だけは我慢して下さいっ!」
そんな俺の主張に、ペコリーヌが真っ向から反対していた。
「今日はあれだけ戦ったり走り回ったりしてめちゃくちゃ汗かいたんだ、風呂入らなきゃ死ぬ。別に、ペコリーヌも一緒に風呂入れなんて言わないよ、俺が目隠しして湯船でゆったりくつろいでる間、ペコリーヌは適当に濡れタオルかなんかで身体拭いていればいいよ」
「いや、お風呂に入るという事は、お互い裸になるという事ですし……!わ、わたしが身体を拭く隣では、リュウジくんが全裸で……!」
俺とペコリーヌがわーきゃー騒いでいる中。
「わたくしのターン。マジックカード、光魔法。マリューさまのモンスター達は5ターン行動不能です」
「コッコロ様、お強いですねぇ………また何も出来ないです。パス」
言い争う俺とペコリーヌを放置して、居間のテーブルの上でコッコロとマリューはカードゲームに興じている。もはや、喧嘩する俺達を止めようともしない。
「俺は別に、見られても構わないよ、状況が状況だからな。俺はカズマと違って紳士なのでね?覗いたりしません。ちゃんと目隠しするしね?」
「わたしが気にしますよ!リュウジくんの裸を見せつけられるわたしの事を考えろと言っているんです!それにリュウジくんは前に覗きしたじゃないですか!」
「わたくしのターン。ホワイトマジシャンを召喚。相手をぶっ殺します」
「わああああああーっ!コッコロ様!?私、これで6回も何も出来ないまま負けたんですけど!」
マイペースに遊んでいる2人は放っておき、俺はブツブツ呟き続けるペコリーヌを連れ、着替えを持って風呂へと向かった。
コッコロとマリュー達が晩飯を作っていた間に、既に風呂は沸かしておいた。
俺は、手早く鎧を……。
「あっ……これどうしよう。手枷があるからチェストブレイクを脱げないじゃないか。…………いっそ壊すか。いや、作ったばっかりだしなぁ」
言いながら、脱げる所から鎧を外して行く。
「…………リュウジくんは、隣にわたしが居ても何の迷いもなく裸になるというのはどうなんでしょう…………」
ペコリーヌのそんな抗議を聞き流しながら、俺は左小手と手枷とタオル一丁の姿になる。ペコリーヌは、タオルを持ったまま足元だけ裸足になった状態だ。俺が風呂に入る隣で、身体だけは拭くつもりらしい。
「気絶してた俺をコッコロ達と助けてくれた時に脱がせた人が何言ってんだか」
「あ、あの時は緊急事態でしたからそんな余裕ありませんでしたよ!そ、それにパンツは脱がせてませんから!」
「あっ、そうだったな。そんな変わらないと思うけどね?」
嬉々として浴場に入っていく俺の後を、恥ずかしそうに付いてくるペコリーヌ。
風呂に浸かる前に身体を洗う俺の背後で、背中合わせ状態になったペコリーヌはドレスは脱がないままで、手袋とブーツだけを脱いでタオルを湯に浸し、恥ずかしそうにドレスの露出している所からタオルを突っ込んで身体を拭いている。俺は手早く身体を洗い終えると、そのまま湯船に行く。もちろん鎖に繋がれたままのペコリーヌも、湯船の際まで付いて来た。
「ふぅ〜。風呂に入ると、今日の事は全て水に流せてしまう不思議」
「あの……わたし王族ですよ?、堂々と全裸で風呂に……。いや、もうリュウジくんのやる事に関しては何も言わないです…………」
ペコリーヌが、鎖で繋がれた右手を湯船の中に入れ、そのまま湯船の縁に寄り掛かるようにして、濡れた床にペタンと座る。そのまま風呂に浸けた右手を、湯を掻き回すようにチャプチャプと動かしながら。
「キャルちゃんは無事に逃げきれましたかね?」
唐突に、そんな事を言ってきた。
「ん〜。まぁ、キャルはアークウィザードで優秀だから逃げ切れたんじゃねぇか?今頃どっかの宿でのんびりしてるだろうよ」
「そうですよね!きっと逃げ切ってますよね!」
湯船に寛ぐ俺に、ペコリーヌが、はあと呆れたように再びため息を吐く。
「どうしてキャルちゃんをパーティーに入れないんですか?」
「え?あ、あの時いなかったからな。実は1回誘ってるんだぞ?」
「そ、そうなんですか!?」
「うん。爆裂魔法に似てる魔法使えるしな?こりゃいいなと思ったんだけど、フラれちゃったよ。今じゃカズマの屋敷にいるしな」
「なるほど…………ってことは、覗きをしなかったらパーティーに入ってたかもって事ですよね?」
グサッとくるね、その言葉。
俺は動かせる右手を広げて湯船に浸かりながら首だけを動かして天井を見上げ、
「ま、まぁそうかもな…………キャルは悪いヤツじゃないからな。ほとぼり冷めるまで気長に待つしかないよ」
「そうですねぇ…………わたしもなんだかキャルちゃんがほっとけなくて」
「ふーん。けど、ウォルバクが入ったし部屋はもうパンパンだ」
「ウォルバクさん、お会いして直ぐに分かりました。キャルちゃんと同じ様に、元々悪い人じゃなかったです」
「そうだな」
「にしても…………ウォルバクさんもクリスちゃんもなかなか帰って来ませんねぇ」
おっと、これ以上はまずいな。
「ま、まぁそのうち帰ってくるだろ。そろそろ上がるわ」
「そうですね、ドレス濡れちゃいますしね」
風呂から上がると、マリューが悔しそうな顔でコッコロにすがっていた。
「もう一回!お願いします!もう一回!今度こそ負けません!」
「もうダメですよ。何度やっても同じです、マリューさまではわたくしのホワイトマジシャンやドラゴンソルジャーには勝てません」
「そ、そこをなんとか!!お願いします!このままじゃ竜帝の名が廃れてしまいます!」
どうやら、泣く子も黙る竜帝様が11歳のコッコロにカードゲームでボコボコにされたらしい。コッコロは何処で覚えたのか、ボードゲームにカードゲームなど、頭を使うゲームに関しては無敗と言っていい。
「さて。早いが、もう寝てしまおうか。早く寝て、早く起きて。そして、夜明けとともに鍵を探す。無かったらダクネスをボコボコにする」
「……そ、そうですね」
俺の言葉にペコリーヌが恥ずかしそうに同意した。
先ほどトイレを済ませてきたが、ペコリーヌが用を足している間、音が聞こえない様にと、俺は大声で歌わされた。なんでもいいから歌って欲しいと言われたのでドラ〇もんを歌ってやった。音を聞かれたくないなら、ペコリーヌが自分で歌えと何度も抗議したが、結局俺がアカペラで歌わされた。王族特有の理不尽な物を感じたので、歌っている途中に歌詞を忘れたフリをして何度も無言になってやったりして邪魔してやると、今度は俺が用を足す際、ペコリーヌに鎖を引っ張られたりされてやり返された。