「だぁれ?」
意を決して話しかけてみたら、返事が返ってきた。消えそうなくらい細い子供の声が凍える夜に溶ける。雪が音を吸い込むから、ささやき声でも嫌にはっきりと聞こえた。
「あたいはね、お化けだよ」
「おばけ?」
子供は咳がひどいし、うまく喋れない。おまけに視線もぼんやりしている。本当に今夜か明日には山場を迎えるだろう。このままあたいが見殺しにしたら、だけど。
「うん。そう、あたいはおばけだよ」
やりたくないなあ、そんなこと。でも、何ができるんだろう。そのための知識や技術なんて持ち合わせてはいないし。それでも、やらないよりはマシだ。棚でもひっくり返してみようか。
「おばけだよ。何をしたらいいかわからないんだ」
ああ、きちんと本音が言えた。
「あたいは迷ってるおばけ、なんだ」
自由を自覚して言葉にしたとたん、迷う。だって、自由なんて知らないから。方法はわかるけど、目標がつくれない。そう言う所が人形だと思い知らされる。
「そっか。もう、いいかな。わたしが死んだら、そこのお庭に埋めてね。このぬいぐるみと一緒に」
子供のまばたきがゆっくりになっていく。今だって、話すのだってやっとだもの。
「おやすみ」
小さく咳をして、転がったぬいぐるみに、涙がひとしずく落ちる。まるでぬいぐるみが涙をこぼしているみたい。
「どうしてさ。ねえ」
窓から投げかけられる雪明かりが、古びた毛布を照らす。視線を動かせば、窓枠が十字架みたいな影を生み出している。なんだか、このままだと死者になる子供への慰めみたい。あたいの胸が苦しくなった気がした。
「諦めるの?」
「うん。今なら、やっと眠れる気がするから」
子供はもうきちんとした受け答えができないくらいに弱っている。だんだんと呼吸も細く弱く。それでも、あたいは迷って悩んでいる。
「どうして、そんな」
なんでそんな穏やかに死を受け入れて待っているの?だいたいそんな状況ってさ、死にたくないってあがくもんじゃないの?あたいだって、本当はあの時あんなことを選びたくなかった。
「あたいは、あたいは……」
なんとなく頭の中で作っていた意志がゆらぐ。どうしたいのか。どうすればいいのか。だれも教えてはくれないし、だれもわからないんだろう。
「おやすみ、なさい」
この子供の瞳はいつかスラムでみた、掃いて捨てるほどいる孤児達と瞳が違う。
「待ってよ」
彼らは最期まで生きることを諦めなかった。この瞳は諦めた瞳?いいや、違う。これは私が45に向けた瞳と同じものだ。全てを諦めて、絶望して、空っぽになった瞳。怖くて、悲しくて、逃げたくなる。あ、逃げたかったのは45の方か。ごめんね45。
「ごめん、45。あの時、ああするしかなかったんだ」
勝手な思い込みから勝手にトラウマを作り出す。本当にあたいは勝手な人形だ。ぐっと手を握り込んで、覚悟を固める。
「あたいは勝手だ。だから、だから」
自分の言葉で我に帰る。そうだ、これからは好き勝手に生きてやるんだ。あたいだって自由に生きていいはずなんだ。
「決めたよ、45。この子を生かして、この子と生きてみるよ」
わがままだろうが、知るもんか。