今さまよっている霧けぶる山は危険だ。運良く山頂にある街にたどり着けたことに、この世界にもういない神に感謝したいくらい。
「この街はまだ生きている」
古びた街に取り残された人々が細々と生きている。行商人でもいるのか、小さいながらも露天市場や雑貨屋が身を寄せ合うのが見えた。値段も良心的でびっくりする。さらによく見れば、街の住人が物々交換と古びた貨幣半分ずつで買い物をしている。知識としては知っている昔の暮らし、すぐ前の世界大戦前の暮らしがそこにはあった。
「不思議ですね。私はおかあさんとお出かけもできるし、楽しいです」
「あたいの銃の整備のための諸々に、キャンプ用品、食料。他にも虫除け用品に医薬品。色々買うからそばを離れないでね」
「はい。おかあさん。換金できる何かは持っていますか?」
「あるよ。このあたりのスラムで使ってた古い貨幣にあたいじゃ使えない弾薬、都市部で流通している上質なタバコ。色々あるよ。密閉容器にいれてるけど、タバコは生鮮食品と同じだしダメになる前に売り切りたい」
賄賂にもなるくらい上等なタバコは早く売ってしまいたい。この子を守るためにもね。
「おかあさん」
背負ったすみれがあたいの服をきゅっと握る。
「どうしたの」
「おかあさんはだけは生きていてください。おかあさんが生きているなら、私はそれだけで幸せ」
この子はまた、泣いているのだろうか。笑っていてほしいのに。手を後ろに回して小さな背中をトントンと叩いて励ます。互いにそっとわがままを言う。とても分かりにくいわがままだ。あたい達親子にはこれがぴったりなんだろうね。
「何言ってるの。一緒に生きるんだよ」
「はい」
「買い物しよっか。ごめんください。これくらいの予算で買えるものを探しています」
古びた店に入る。そこの店主らしい老婦人にこれから入用になる物のなかから、日用品はないか聞いてみた。いくらかはあるとわかったので、必要分は買う。良心的な値段で安心した。いくらかまとめ買いするとおもちゃか保存食をおまけしてくれるらしい。背中に背負ったすみれを見た老婦人が親切にしてくれる。優しい世界がここにあって良かった。
「何か買う?」
「旅するのに切り詰めないといけないので、いりません」
ちょっと無理してすみれの顔を覗き込むととても遠慮しているのがわかる。子供はわがままになればいいんだよ。子供時代をきちんと消化できるようにするものあたいの仕事。
「しばらく滞在するから、おもちゃでも借りてみよう?」
「お金がかかることはちょっと」
「まとめ買いしたから、数日借りるだけならタダにしてくれるって」
「借りるだけなら。それなら、このスケッチブックがいいです。私も説明したいことがたくさんありますし」
「うんうん。おばあちゃん、このクレヨンとスケッチブック貸してください」
半分くらい使ったクレヨンとスケッチブックを借りる。あとおまけで鉛筆と消しゴムも借りることができた。すみれが申し訳無さそうにしていると、老婦人はニコニコして缶入りのアメまでくれた。すみれが何度も礼を言うのを聞きながら店を去る。人気のない道を静かに歩けば今回の宿に着く。かなり古いペンションだ。老夫婦と息子夫婦、孫娘とその恋人が営むとても落ちつく雰囲気の建物に足を踏み入れる。
「戻りました。保関です」
「あら、さくらさんおかえりなさい」
今回ばかりはすみれの実母の名前を借りてチェックインしている。その名前を使って宿の主の老夫婦に声をかけた。
「すみれちゃんもおかえり」
母語の日本語が使える日系人の彼らには親近感があるのか、すみれはよくなついている。
「おじいさま、おばあさま。戻りました」
老夫婦を祖父母のように、息子夫婦を親戚のように、孫娘とその恋人を姉や兄のように慕うその姿にほっとする。我が子に心開ける人ができたらいい。その願いが少し叶っている。
「かわいいねえ。うちの孫の小さい頃を思い出すよ」
宿の老婦人に頭を撫でられて照れているすみれはさっき何をしたのか少しだけしゃべっている。
「おかあさんとお買い物をしました。色々買ったらおもちゃを貸してもらえることになりました」
「良かったね。うちにもおもちゃが少し残っているから、あとで部屋まで持っていくね」
コクコクと頷いたすみれは照れたまま部屋に行こうとあたいに階段を指差す。
「内気だねえ。早く遊びたいみたいなので、昼食まで部屋で遊んでいます」
「はい。以前お伝えした時間になれば食堂に来てくださいね
「ありがとうございます。貸し切りみたいなものなので、少食なこの子も落ち着いて食べられると思います」
あたいもニコニコしてみると優しくしてくれる。丁寧に礼を言って泊まっている部屋への階段を上がって行った。